副腎ホルモン産生異常

文献情報

文献番号
199800847A
報告書区分
総括
研究課題名
副腎ホルモン産生異常
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
名和田 新(九州大学医学部内科学第三講座)
研究分担者(所属機関)
  • 藤枝憲二(北海道大学医学部小児科)
  • 成瀬光栄(東京女子医科大学第二内科)
  • 田中廣壽(旭川医科大学第二内科)
  • 林晃一(慶應義塾大学医学部内科学)
  • 加藤茂明(東京大学分子細胞生物学研究所)
  • 諸橋憲一郎岡崎国立共同研究機構基礎生物学研究所)
  • 宮森勇(福井医科大学第三内科)
  • 五十嵐良雄(浜松医科大学)
  • 荻原俊男(大阪大学医学部加齢医学)
  • 宮地幸隆(東邦大学医学部第一内科)
  • 関原久彦(横浜市立大学医学部第三内科)
  • 斎藤康(千葉大学医学部第二内科)
  • 安田圭吾(岐阜大学医学部第三内科)
  • 田中一成(京都大学医学部臨床病態医科学)
  • 田苗綾子(国立小児病院内分泌代謝科)
  • 笹野公伸(東北大学医学部病理学講座)
  • 竹森洋(大阪大学医学部分子生理学)
  • 後藤公宣(九州大学医学部附属病院総合診療部)
研究区分
特定疾患調査研究補助金 臨床調査研究グループ 内分泌系疾患調査研究班
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
-
研究費
0円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
厚生省特定疾患調査研究班は、過去20数年の実績を踏まえ、今後の
展望をもとに平成8年より根本的再編成され、内分泌系疾患調査研究班の一つ
として副腎ホルモン産生異常症の班がスタートし、平成10年は班長として3年
目の最終年に当たる。平成10年は当分科会の5つの対象疾患について、難病と
しての特性上問題となっている以下の諸点の解明を目標とした。
(1)原発性アルドステロン症では腫瘍の発生と自律性のアルドステロン産生能
獲得機構が問題であり、副腎腫瘍化及び癌化と、機能性腫瘍としてのアルド
ステロン産生機構を転写因子、細胞周期制御因子、各受容体、ステロイド合
成の面より解明する。
(2)偽性低アルドステロン症ではアルドステロン抵抗性の機序をミネラルコル
チコイドレセプター、電解質チャンネル遺伝子の面から解明する。
(3)グルココルチコイド抵抗症は先天性ばかりはでなく、AIDS、膠原病など
続発性にも発症し、臨床上問題となる。この機序を特にグルココルチコイド
レセプター(GR)による転写制御レベルより解明する。
(4)副腎酵素欠損症では、リポイド過形成症の病態解明が遅れており、特に、
臨床像が男女間で差があり、機能的予後が異なる。この点を臨床例の遺伝子
異常とステロイド合成能の解析により解明する。また、コルチゾールを不活
化する11_-HSD2はヒトで種々の病態に関わっている可能性があり、11_-
HSD2欠損症(AME症候群)、さらに、高血圧、偽性アルドステロン症への
関与を解明する。
(5)アジソン病(先天性副腎低形成)では、性腺を含めた副腎の発生分化機構
異常による副腎低形成の発症が問題であり、その解明のため、副腎の発生分
化機構の基礎的解明と臨床例の解析を行う。
以上に加えて、
(6)疫学班と共同で精度の高い全国調査を行い当分科会の比較的稀な疾患の本
邦での実態を解明する。
研究方法
結果=上記の目標に従い、第一回内分泌調査研究合同班会議を平成10年6月5
日に福岡において第71回日本内分泌学会のシンポジウム「臨床内分泌研究の進
歩」として取り上げ、第二回副腎ホルモン産生異常症調査研究班会議を平成10
年12月11日東京において行い、班員ならびに研究協力者の研究成果について
発表を行った。
以下、その成果の総括的概要について述べる。
(1)原発性アルドステロン症(APA):副腎皮質腫瘍におけるステロイド合
成能の獲得の機序として、CYP17遺伝子プロモーター上でSF-1/AD4BPと
拮抗するオーファンレセプター COUP-TFIや転写共役因子のコリプレッサ
ーとして作用する N-CoRがpreclinical Cushing症候群や非機能性腫瘍でそ
の発現が増加していることを見い出し、ステロイド合成能が転写因子の発現
により制御されるという新知見を得た(林)。APAにおいてCYP11B1遺伝
子に変異はなく、アルドステロン合成能の獲得はCYP11B2遺伝子の発現増
加によると考えられた(成瀬)。CYP11B2遺伝子のAPA発症に関与する遺
伝子候補としての可能性を調べるため、CYP11B2のLys173Arg多型とプロ
モーター領域のT-344C多型をAPAと正常者で比較したが有意差を認めず、
その遺伝的リスクは軽度と考えられた(荻原)。PGE2受容体サブタイプの
EP4の発現をAPAで検討したところ、検索した8例すべてに発現が認められ
た。また、PGE2添加により、cAMPの上昇を認め、PGE2/EP4系のアルド
ステロン分泌における意義が示唆された(田中一成)。副腎腫瘍における細
胞周期制御因子の役割を検討し、悪性化に伴いcyclin E、cdk2の発現が亢進
し、抑制蛋白としてのP27kip1の発現が低下していることを見い出した。こ
の機序として、cyclin E、cdk2はmRNA転写の増加、P27kip1は分解亢進が
認められた(齋藤)。Comparative Genomic Hybridization (CGH) 法を副腎
腫瘍に適用し、良性腫瘍29例、悪性腫瘍12例の比較により、コピー数の変
化している遺伝子座位を明らかにした(関原)。今後、これらを基に悪性化
に関与する未知の遺伝子の検索が期待できる。
(2)副腎酵素欠損症:・StAR異常症(リポイド過形成症):46、XXの核型
を有する先天性副腎リポイド過形成症ではStAR遺伝子の異常により、全ス
テロイド合成が障害されているにも拘わらず二次性徴が自然に発来すること
を明らかにした。さらに詳細な検討を行い、エストラジオール(E2)のサー
ジ、プロゲステロンの分泌は障害されているが、E2の基礎分泌は保たれてい
ることを明らかにし、このことが二次性徴発来の理由となっている可能性が
示唆された(田苗)。・11_-HSD2異常症:ヒト胎児および胎盤における
11_-HSD2並びにミネラロコルチコイド受容体(MR)の発現を免疫組織化学、
RT-PCRで検討し、ヒト胎児では肺胞細胞、気管上皮、腎尿細管に加えて、
成人では発現が低い胃粘膜、皮膚上皮で発現が認められ、母体-胎児間の水・
電解質代謝に関与する新しい11_-HSD2の生理作用と羊水過多症などの病態
への関与が示唆された(笹野)。ヒト血管平滑筋細胞に11_-HSD2の発現が
認められ、その活性低下が血管抵抗増大、高血圧の発症に関与し得る可能性
を示した(宮森)。また、ストレプトゾトシン糖尿病ラットに認められる高
血圧の発症に11_-HSD2の異常が関与していることを明らかにした(五十
嵐)。腎11_-HSD2活性のより正確な臨床的評価法として、尿中遊離コルチ
ゾール(F)、コーチゾン(E)のELISAによる測定法を確立した(安田)。
本法により、高血圧などの病態への11_-HSD2異常の関わりが明らかになる
ことが期待される。甘草を含む柴苓湯の摂取による偽性アルドステロン症発
症には個体差が強いことが示された(宮地)。
(3)グルココルチコイド抵抗症:グルココルチコイド受容体(GR)は酸化ス
トレスにより転写促進能が障害される。しかしながら、酸化ストレスにより
核内へ移行するチオレドキシンthioredoxin がGRのDNA結合部位と蛋白-
蛋白相互作用することにより、GRの機能を回復させることを見い出した。こ
のことはグルココルチコイド抵抗症の新しい治療剤の開発を示唆させる知見
である(田中廣壽)。
(4)偽性低アルドステロン症:ミネラロコルチコイド受容体(MR)のN末
転写促進領域(AF-1)を解析し、2ヶ所の転写促進領域が存在することを見
い出した。また、p300とTIF2がAF-1の転写を促進することを見い出し、
このp300とTIF2の促進作用発現には他の介在蛋白を要することを突き止め
た。即ち、AF-1には未知の因子が作用している可能性が示された(加藤)。
(5)副腎低形成(Addison病):16家系20症例のX連鎖型副腎低形成につ
いてDAX-1遺伝子の解析を行いDAX-1遺伝子異常を20例中18例に認めた。
異常の大部分は推定上のリガンド結合部位(LBD)に存在し、C 末側の重要
性が示唆された(藤枝)。AD4BP/SF-1 は副腎、性腺以外に脾臓でも正常で
は高発現が認められる。副腎、性腺が無形成の男児死産症例で脾臓での
AD4BP/SF-1発現が欠如していることを見い出した。本症例はAD4BP/SF-1
異常症が強く疑われた。また、アンドロゲン受容体(AR)に異常を認めない
が内分泌学的、臨床的にアンドロゲン不応症(睾丸性女性化症)と診断され
る例で、ARのAF-1領域に特異的な機能障害を証明し、未知の共役因子病で
あることが示された(後藤)。AD4BPとDAX-1は共に副腎、性腺の発生分
化に必須の転写因子であるが、DAX-1遺伝子のプロモーターにAD4BP結合
領域が存在し、DAX-1遺伝子の発現がAD4BPに制御されていることを明ら
かにした。また、このことはAD4BPノックアウトマウスでDAX-1の発現が
消失することからも確認できた。また、AD4BP陽性細胞は必ずしもDAX-1
陽性ではないという知見も得られ、これらの結果は先天性副腎低形成の病態
解析に重要な知見と考えられた(諸橋)。当研究班でクローニングされた副
腎皮質球状層特異的因子(ZOG)発現細胞は副腎皮質の3層へ分化する起源
の細胞であることが明らかとなった。また、ZOG遺伝子のプロモーター領域
-50bp~-300bp はSp1に強く依存した転写活性領域が存在することも明らか
となった(竹森)。
(6)副腎疾患の全国疫学調査:副腎ホルモン産生異常症研究班による副腎疾
患の全国調査は過去数回行われたが、対象病院を特定したため、真の疫学調
査とは言い難い面があった。今回、疫学班と共同で精度の高い全国疫学調査
を完了した。今回の調査の特徴として、一定規模以上の病院は全てを、小規
模の病院は無作為に抽出し全国の病院を対象としたこと、さらに、前期に稀
少副腎疾患(副腎酵素欠損症、先天性アジソン病、偽性低アルドステロン症、
AME症候群)、後期に比較的頻度の高い副腎疾患(原発性アルドステロン症
(preclinical)Cushing症候群、アジソン病、褐色細胞腫)と2回に分けて調
査し、副腎疾患のほぼ全体の実態を把握することを目的としたことである。
前期調査の1次調査の回収率は57.4%、2次調査の回収率は73.5%であった。
全国推定患者数は副腎酵素欠損症全体で5年間で1,462例であり、87%が21-
水酸化酵素欠損症であった。21-水酸化酵素欠損症患者の30~38%が新生児
マススクリーニングを受けており、その陽性率は90.6~92.8%であり、10%
以下の患者が検出できていなかった。先天性アジソン病の全国推定患者数は5
年間で103例あった。この中の約1/5(女児例)は、現在病因が判明している
DAX-1異常症(男児例)では説明できない。また、稀少副腎疾患の97.8%が
治療中あるいは観察中であり、治療の継続は必要なものの、予後は極めて良
好であった。後期調査の1次調査の回収率は67.3%、2次調査の回収率は53.0
であった。全国推定患者数は1年間で原発性アルドステロン症1,450例、
Cushing症候群(下垂体性を含む)1,250例、副腎性preclinical Cushing症
候群290例、アジソン病660例、褐色細胞腫1,030例であり、男女比や病因
別割合はアジソン病で結核性が減少、特発性が増加した点以外、従来とほぼ
変わらなかった。しかしながら、統計的に信頼できる全国推定患者数の算出
は今回始めて成し得た成果である。(名和田)。
結果と考察
考察および平成8~10年度の対象5疾患の研究成果の意義としては、以下
のように要約できる。
(1)原発性アルドステロン症
副腎皮質の発生分化と機能獲得、特に、球状層、束状層、網状層への3層の
zonationは、機能性腫瘍の発生分化と深く関連しており、球状層のzonation
を規定するZOG遺伝子は当分科会会員により、発見されたものであり、他に
例を見ない。また、Comparatine Genomic Hybridization (CGH) 、細胞周期
制御因子解析の副腎腫瘍への応用も当分科会で成されたものである。
(2)副腎酵素欠損症
リポイド過形成症は本邦に多いことが特徴のため、本症の原因遺伝子として
StAR遺伝子が外国の研究者により発見されて以来、当研究班で多症例の解析
が成され、StAR遺伝子異常にQ258X の hot spot が存在すること、女児で
は二次性徴の出現みることなどの臨床的特徴を明らかにした。11_-HSDは腎
ばかりではなく血管をはじめ、全身の臓器に発現しており、従来予想されて
いなかった生理作用が明らかになり、種々の病態との関連が示唆されるよう
になった。
(3)副腎低形成
先天性副腎低形成症の原因遺伝子の一つはDAX-1であることが判明しており、
当分科会でも多数例の解析を予定している。しかし、本症はDAX-1以外でも
発症することが今回の疫学調査からも明らかであり、副腎の発生分化機構の
基礎的解明は必須である。Ad4BPは副腎、性腺の発生分化に不可欠の転写因
子であり、当分科会により世界で初めて発見されたものである。
(4)グルココルチコイド抵抗症
AIDSなどに続発性に発症する本症の発症機序の解明は世界的にも研究が遅
れており、グルココルチコイドレセプター(GR)のレドックスからの解析は
他に例を見ない。
(5)偽性低アルドステロン症
ミネラルコルチコイドレセプターの転写制御機構の面からの研究は世界の第
一線の研究である。
今回の本格的全国疫学調査で副腎疾患の実態がほぼ明らかになった。稀少疾
患の2次調査の集計結果は、治療中を含めて、現在の生存率は97.8%と劇的
な改善を示している。しかしながら、疫学調査でも明らかになったように、
死亡例が認められる先天性アジソン病は原因不明のものが全体の約20%を占
め、副腎、性腺の発生分化の基礎的研究を含めて病因追求が必須と考えられ
る。また、予後不良の副腎癌や悪性褐色細胞腫は稀少疾患ながら、全く治療
法の開発は進展していない。当研究班で進展させた核内受容体/共役因子の基
礎的研究はAIDSなどで後天性にひき起こされるグルココルチコイド抵抗症
などの2次性ステロイド無効に対する新しい治療法開発につながる可能性を
秘めており、今後特色ある研究として進展が期待される。
結論

公開日・更新日

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研究報告書(紙媒体)