老人保健施設における良質な「療養上の世話」の効果に関する研究

文献情報

文献番号
199800835A
報告書区分
総括
研究課題名
老人保健施設における良質な「療養上の世話」の効果に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
川島 みどり(健和会臨床看護学研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 陣田泰子(健和会臨床看護学研究所)
  • 竹森チヤ子(健和会老人保健施設千寿の郷)
  • 村嶋幸代(東京大学医学部健康科学・看護学科)
  • 倉田トシ子(神奈川県立衛生短期大学)
  • 河口てる子(日本赤十字看護大学)
  • 青木和恵(国立がんセンター中央病院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 医療技術評価総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
5,408,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
老人保健施設において「療養上の世話」を中心とした良質な看護実践が高齢者の自立を促し入所日数の短縮及び再入所比率の低下をもたらすことを明らかにし、専門職による質の高い看護ケアが高齢者に与える効果を検証する。初年度は、1)老人保健施設における療養上の世話の実態と良質なケア提供の条件、並びに入所日数短縮の条件を探り、2)入浴の世話と食事行動の援助を通じて療養上の世話の専門性と、それを媒介にした看護婦の教育能力についての検討を行った。
研究方法
1) 全国10老健施設のヒアリングと参加観察による調査研究。2) 上記のうち都市型老健施設を事例に利用者統計等の分析と死亡者の追跡並びに利用者の事例を抽出して分析。3)集団介助浴の直接介助者の身体負荷と疲労の実態を臨床生理学的に測定、介助直後のインタビューを行った。4) 3つの老健施設における食事場面の参加観察と職員へのインタビューによる分析。5)老健施設で働く経験年数10年以上の看護婦に対して面接、録音内容を起こして専門的機能を抽出した。
結果と考察
1) 対象10老健施設の背景は、北海道、長野県、東京都、千葉県、高知県、沖縄県の各 1 施設と、神奈川県 4 施設で、設立年次は最低 3年、最高10年、平均 5.3年であった。施設のタイプは、 独立型 2、病院併設型 5、診療所併設型 2であった。開設主体は、地方公共団体、医療法人、社会福祉法人、公的社会保険関係団体等で、施設長は医師7、看護婦2、ケースワーカー 1であった。今回調査した10施設で観察できた療養上の世話の多くは、医療モデル的な発想を抜きにできず、定められた日課を限られた時間で遂行すると言うスタンスが多く、個別の流れに沿ったケアになり得ていなかった。世話の内容とレベルに影響する要因としては、施設運営者の理念を背景に、質よりも量をこなさざるを得ないスタッフ体制や設備面の問題があると思われる。複数の施設で、看護婦が看護の方向性を見失い仕事のやりがいを失っている傾向が見られた。
2)対象の中から東京都内の老健施設における利用者と利用形態について創設1年目と3年目の比較を行い、3年間に死亡した90名の利用者の利用状況から都市型老健施設の課題を探った。他の老健施設に較べて介護度が高いが、入所期間は短く(平成8年開設年の在所日数は、27.6日、同年の全国平均108.7日、対象10施設平均93.6日)、3年目(平成10年)には約7日間の短縮が見られ20.9日となっている。1年目の359人と3年目の359人では、ADL良好レベルが増えている反面、中度・重度の痴呆が増え、スタッフの看護・介護負担感を高める要因となっている。また、3年間の利用者総数801名中、死亡の把握ができた90名(11.2%)の死亡場所は、自宅31%、関連病院30%、長期入院可能病院 (精神、老人) 17%、救急病院 9%、かかりつけ病院8%、当施設4%、その他1%であった。当老健施設での死因は、窒息2名、心不全1名、老衰1名であった。救急搬送の理由は、意識レベル低下、心不全状態、肺炎の順であった。入所期間減少の要因として、老健施設の仕組みを理解しショートステイを上手に利用している人々の増えたこと、また、居住圏内の利用群が全体の約5割に増えたことである。すなわち24時間訪問看護を始めヘルパーの派遣など、居住圏内の在宅介護支援体制の整備によるものである。
3) 老健施設基準によりショートスティを含む入浴サービスの頻度が定められているが、1施設以外すべて集団介助浴であった。1日に30ないし40人もの利用者への高温多湿下での介助による介助者の身体的負担と疲労は何れの施設でも問題になっていた。そこで、入浴介助者の身体負荷および疲労の実態を、臨床生理学的検査法や面接法によって包括的に評価し、入浴環境や入浴方法などに関する問題点を明らかにした。入浴介助のタイプは、同一作業を反復する流れ作業的な特徴を持ち、介助者の身体負荷や疲労は介助行為によるエネルギー消費だけではなく、高温多湿な環境要因と服装による体温調節への影響、並びに発汗を伴う脱水によるものと思われた。だが、同じ疲労でも対象の個別性重視か効率性優先かにより疲労パターンをわけていた。これは、今後、療養上の世話の専門性への示唆になり得ると思われる。従来の医療モデルではない生活モデルに添った老健施設のありようから言えば、日常的に普通に行っている「お風呂に入る」という意味に重点を置いた援助こそ専門家による入浴介助といえよう。
4) 高齢者の食行動の検討からみた看護の専門性
K県内 3老健施設での食事援助場面のヒアリングにより、モデル的要素抽出のできた施設での、食事場面の観察と 職員(看護職・介護職・栄養士)へのインタビュー、ならびに看護判断を要する問題を持った利用者6事例について分析した。これにより、疾患を持った高齢者の生活の質は、食行動への配慮と専門的援助に左右されるとの結論を得た。医師が常駐していないために、対象の健康的側面を配慮して食事形態を決定するためには、看護婦が食行動を構成している全身的査定ができなければならない。介助方法は、介護職員の創意工夫に左右されるが、食行動がもたらす危険の予測的指導は看護婦の責任である。経口的食行動は、高齢者にとっては危険も少なくないため、看護・介護を問わず食事時間の職員の緊張度は高かった。嚥下障害の原因を把握・判断して誤嚥等の危険予防を行い、さらに、水分摂取困難な利用者のIN-OUTの管理は看護婦の責務である。
5)老健施設での看護婦の教育機能を検討するにあたり、病院における教育事例41事例を7~10名の看護婦により分析、次いで老健施設で働く臨床経験10年以上の看護婦へのインタビューを行った。老健施設でのインタビューは、看護の教育的援助機能、日常生活援助に関する機能、健康関連 (疾病の予防、早期発見と介護計画の予測)の観察、アセスメント、看護計画に関する機能、コーディネーション技術等で、7名の看護婦による分析の結果、8カテゴリーを抽出した。すなわち、①医学判断、②高齢者の行動アセスメント、③病態生理、④引き出すセンス、⑤管理と対象者の自己決定支援、⑥在宅へつなぐための選択、高齢者の意志の尊重、⑦在宅への移行の現状、⑧提言等である。看護婦の教育的機能の拡大により、高齢者の自立がはかれるかどうかの可能性は、今回の研究によっては明確にできなかった。ただ、現在の老健施設の人員体制は、量的、質的にも再検討しなければならないことは確かであり、現在のところ殆ど実施されていない看護婦・介護職員の現任教育の充実は必須の課題であろう。有効なスタッフ教育により、老健施設本来の役割である「在宅に視点を当てた支援」施設として機能できるようにすべきである。
結論
病院に比べて医療介入の少ない老健施設における看護職者の専門性について、療養上の世話を通して検討した。しかし、実態は旧来の医療モデルに近似した能率優先に傾く傾向にあり、定められた日課を限られた時間の中で遂行すると言うスタンスが多いことは否定出来なかった。世話の内容とレベルに影響する要因としては、施設運営者の理念を背景に、質よりも量をこなさざるを得ないスタッフ体制や設備面の問題があると思われる。しかし、入浴の介助に見られるような労働密度の過重からくる疲労感も、個別ケアの視点のあるなしにより質の異なる状況も観察されるなど今後の改善点を示唆する結果を得た。公的介護保険実施を目前にして、また、老健施設創設10年という節目に当たり、現行の人材投入は果たして適切であるか等の検証と併せて、看護・介護ともに業務内容の根本的見直しを行う必要がある。看護の専門性を発揮した良質な療養上の世話と、これを媒介にした教育機能の充実による効果の検証は次の課題でもある。

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