「療養上の世話」における生活支援技術の開発

文献情報

文献番号
199800834A
報告書区分
総括
研究課題名
「療養上の世話」における生活支援技術の開発
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
紙屋 克子(筑波大学医科学研究科社会医学系)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 医療技術評価総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
3,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究の目的は、高度医療・高齢社会の要請に応え、「療養上の世話」行為を通して病者や高齢者の自立を促進すると共に、ケア提供者の身体的負担を軽減するための看護(日常生活の支援)技術をNursing Biomechanicsの視点から開発することである。また、開発された技術や従来の技術の効果測定・分析・評価の過程に科学的根拠の導入を計ることを目的としている。
研究方法
研究方法および対象=1.看護の対象者の自立を促進し、ケア提供者の身体的負担を軽減するための生活支援技術を開発する。 2.開発された新しい技術、および従来の看護技術の効果について、 1) 実施者およびケア提供を受けた双方の主観をアンケートおよび面接聞き取り調査により評価する。 2) 運動力学的ならびに筋電計を用いて生理学的に分析・評価する。 3.対象 1) 評価対象の技術は新しく開発された2つの技術とH8年に開発した仰臥位での要臀部挙上の3技術を選択した。 2) 技術の実施評価者は ①一般評価として高齢者25名 ②臨床実践評価者は看護婦14名があたり ③筋電計を用いた生理学的実験は対象者側、支援者側被験者ともに医師・看護婦(士)11名で担当した。 4.研究期間 平成10年4月1日-平成11年3月31日
結果と考察
研究結果=病者や高齢者の自立を促進し、ケア提供者の身体的負担を軽減するための日常生活支援(看護)技術の開発、および開発された技術の効果について実証的に評価・分析を行い、以下の成果を得ることができた。 1.新しく開発された技術 1) 仰臥位から坐位になる技術 病者あるいは高齢者は体力や筋力が低下している状態にあり、仰臥位から上半身を直線的に起こして坐位になることは困難である。このような条件にある対象者は一度側臥位をとり、上肢をテコに頭部で弧を描くように上半身をらせん状に回転させて起きあがる。手術などの制約で上半身に回転を加えられない条件がある場合においても容易に坐位をとることができれば、患者の早期離床および「寝たきり」状態になることの予防に貢献できる。 2) 仰臥位から立位になるための支援技術 畳や布団の上から立位姿勢をとらせる支援技術は、なお安全な技術として確立しているとはいえず、介助する者にとっても負担が大きい。わが国の家屋面積や生活様式は、必ずしもベッドの導入に適しているわけでも、椅子・テーブル中心のものに変化したわけでもない。畳・布団からソファーへ、ソファーからベッドへ、あるいはその逆へと対象者を移動する支援技術は、在宅における療養生活スタイルの選択肢を広げることになる。 2.開発された生活支援技術の効果分析と評価 新しく開発した技術ならびにH8年度報告の技術について、当事者の主観(負担感、安楽)および運動力学的・生理学的に分析し、効果を評価した。 1) 仰臥位から坐位になる技術 ①主観的評価 対象者:一般的評価として25名の高齢者のうち骨折・関節性リウマチ症既往歴をもつ2名を除き、全員が「楽である」と評価した。 看護者:臨床実践による評価では対象者の力を活用できるので、早期離床の指導が容易になった。妊娠後期の女性、腹部手術の術後患者も容易に坐位になる方法であることが確認された。 ②運動力学的評価 背部に置かれた手掌は上半身のほぼ重心の位置にあり、手掌でベッドを押す(作用)ことが上半身の重心を押すことになり(反作用)、上半身を直線的に斜め上方に起きあがらせ、最少の力で坐位をとることができる。 2) 仰臥位から立位になるための支援技術 ①主観的評価 対象者:立位になるまでに自身の筋群を意識的に使用することがなく、負担感がない。 看護者:対象者との間に極端な身長差がない限り、身体に負担を感ずるところは無い。 ②運動力学的
評価 身体各分節の重心を重力に逆らって垂直に上昇させず、介助者の補助的力(慣性力)で下方から順次、上方かつ中心部分に移動させることで重心を斜めに上昇させ、立位にすることができる。 3) 腰臀部の挙上技術(H8年度報告) 腰臀部の挙上は、排泄の介助、衣服の着脱介助などで多用する技術であるが、ベッド上に臥床する体重50㎏を超える対象者の腰臀部を、1人の看護者が持ち上げることは困難である。2人で持ち上げる従来の看護技術と、1人で腰臀部を挙上する支援技術(H8年度報告)を筋電計を用いて比較した。 ①生理学的評価 Electromyography(EMG)は筋肉の活動に伴う電気現象を測定する方法であり、作業による筋の負担を評価することが可能である。今回の実験は以下の方法で行われた。 (方法) 被験筋:左右腕橈骨筋、左右上腕二頭筋、左右三角筋、左右僧帽筋の8ヵ所の筋腹に2㎝間隔で電極を貼付した。 (結果) 2人で腰臀部を持ち上げる従来の支援技術では、看護者側被験者の選択した8筋群のうち、左右の腕橈骨筋と左右の上腕二頭筋が大きく活動していることが確認された。一方、1人で腰臀部を挙上させる新しい技術では、主たる活動筋が右三角筋のみであることが確認された。 また、それぞれの技術で、大きな活動を示した筋を増幅してみると、1人で腰を挙上させる技術は活動筋の数が1/4と少ない上に、筋の活動時間も従来の技術が5秒であるのに対して新しい技術では1秒と短いことが明らかになった。
考察=1.負担の軽減について 自ら生活行動をとることができない対象者への支援技術で、負担となる行為は、①中腰姿勢をとること、②対象者の身体各部を持ち上げること、③作業に要する時間、の組み合わせによる。このことは一般人の常識としても確立しているため、看護・介護を受ける対象者にとっても心理的な負担となる。日常生活行動の支援技術を開発する際には、こうした条件を克服するものでなければならない。 新しく開発された技術はこの三つの要因を極力さけて構成されているため、支援技術を提供する看護・介護者にとっても負担の少ないものとなっている。筋力が低下している状態でも負担なく坐位になることができれば、臨床では早期離床を実現し、在宅においては「寝たきり」状態になることを予防することができる。 日常生活の基本行動であり介護を受ける回数が多い排泄、保清、移動に関するケアを軽やかに提供されることは対象者の心理的負担感をも軽減することになる。 2.生活支援技術の効果測定・評価方法について 対象者や看護者が「楽である(負担が少ない)」と感ずるには、相応の理由がある。しかし、これ迄の生活支援(介護)技術の評価方法は主観的方法と運動力学的な解釈が中心であり、生理学的な、あるいは実験的手法による評価方法は十分に試みられてはいなかった。 今年度は筋電計を用いて、筋活動から身体の負担の程度をみることができた。他には、力を圧に変換して評価する方法などが考えられる。また、長坐位から立位姿勢をとるまでの支援技術では、介助者の補助する力の方向と対象者の重心を的確に移動してゆくことで、困難と思われていた生活行動の支援技術が開発された。このような技術では運動力学的な評価が説得力ある方法と思われるため、技術によって適切な効果測定の方法、評価方法を選択し、確立してゆくことが期待される。特に開発された技術を教育という手段で普及させるためには、技術の効果測定・評価方法に科学的手法を導入することは不可欠と思われる。
結論
1.高度医療・高齢社会の要請に応え、病者や障害者・高齢者の自立を促進し、ケア提供者の身体的負担を軽減する2つの日常生活支援技術を開発した。 2.新しく開発された技術について、当事者の主観、運動力学的、生理学的実験手法を用いて評価・分析した結果、新しく開発された技術は従来の方法に比べてケア提供者、対象者の双方にとって明らかに負担が少なかった。 3.新しく開発された2つの生活技術は、早期離床の促進と在宅における対象者を「寝たきり」状態にすることを防ぎ、QOLの向上に貢献できる。 今後は、文化や心理的側面からも影響を受ける食事・排泄などの生活行動について研究を展開する。また、開発された技術を普及させるために、技術開発における法則性の発見や効果測定、ならびに評価方法について科学的手法の導入を図ってゆきたい。

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