臨床倫理実践のシステムに関する研究

文献情報

文献番号
199800833A
報告書区分
総括
研究課題名
臨床倫理実践のシステムに関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
濱口 恵子(医療法人東札幌病院)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 医療技術評価総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
3,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
医療の質をあげるためには、医療の科学性と倫理性を考慮することが求められるが、我が国において臨床倫理委員会を設置している施設は少なく、設置されていても様々な問題をかかえている。また、その実態調査は病院の代表者が回答しており、実際の臨床現場の状況を反映しているとは限らない。そこでこれらの実態を明らかにし、臨床現場でどのような臨床倫理的問題が生じているのかを明らかにすることで、臨床倫理の実践システムのあり方を検討する一助とすることを目的として本研究を行った。
研究方法
本研究は3つの調査;a)臨床倫理委員会に対する職員の意識調査、b)臨床現場で直面する臨床倫理的問題の実態調査 -職員の意識調査- 、c)臨床現場で直面する臨床倫理的問題の実態調査 -カルテ調査-から成る。a)臨床倫理委員会に対する職員の意識調査は、臨床倫理委員会や臨床倫理について、病院及びその関連施設(老人保健施設、特別養護老人ホーム、併設の訪問看護ステーション)の全職員309名を対象にしてアンケート調査を行い、施設間や職種間、看護婦の経験年数によって違いがあるのかどうかχ2検定、Kruskal-Wallisの順位和検定で分析した。
b)臨床現場で直面する臨床倫理的問題の実態調査 -職員の意識調査- は、病院及び訪問看護ステーションの全職員220名を対象にデルファイ法を応用したアンケート調査を行った。1回目調査は、対象者に臨床現場で直面している臨床倫理的問題について5つ箇条書きしてもらい、2回目調査は、1回目で明らかになった臨床倫理的問題各々について直面する頻度及び対応する必要度について7点尺度(0-6)で重み付けをしてもらった。3回目調査は、2回目調査で明らかになった重み付けの平均点を対象者に示し、それらを参考にして再度7点尺度で重み付けをしてもらった。分析は、3回目調査の平均点から、直面する頻度や対応する必要度が高い臨床倫理的問題を明らかにし、また2回目調査の結果から、これらの重み付けについて職種や看護婦の経験年数によって違いがあるのかどうかをKruskal-Wallis、 Man-Whitneyの順位和検定で分析した。
c)臨床現場で直面する臨床倫理的問題の実態調査 -カルテ調査-は、平成10年10月25日から31日までの一週の間に病院を退院・転院した全患者51名のカルテを対象とし、Jonsenらの症例検討の枠組みを用いてレトロスペクティブに情報を整理し、9名の研究メンバー(医師2名、看護婦4名、薬剤師1名、MSW1名、ボランティアコーディネーター1名)で各患者毎に臨床倫理的問題の有無とその内容について分析した。
結果と考察
a)臨床倫理委員会に対する職員の意識調査において、臨床倫理委員会の存在については全体の74%が知っていたが、その活動については26%しか知っておらず、その理解には施設間、職種間、看護婦の経験年数で差がみられた。また、「委員会の活用方法がわからない」「手続きが面倒」が全体の90%を占めていた。臨床倫理委員会が活用されにくい要因として、①職員に臨床倫理委員会の活動が知られていないこと、②「臨床倫理」のイメージが「難しい」などなじみがなく日常の臨床での意思決定そのものであるという理解が少ないこと、③臨床倫理的問題を明らかにすると人間関係が気まずくなるという意識があることなどがわかった。以上のことから、職員に対して臨床倫理や臨床倫理委員会について教育・啓蒙することが重要である。
b)臨床現場で直面する臨床倫理的問題の実態調査 -職員の意識調査- において、1)臨床現場で直面している臨床倫理的問題は25項目同定され、「インフォームド・コンセント(以下I.C.)」「治療・ケアの選択及び判断」「セデーション」「チーム医療」の4つに大別された。2)直面する頻度及び対応する必要度がともに一位である臨床倫理的問題は、「医療の目標が明確になっていないまま、患者・家族の意向で入院が長期化している」であった。この問題は、平成10年度の診療報酬改訂を機に病院全体で医療の効率化・適切化による在院期間短縮に関して取り組み、職員の意識が高まっている一方、現状では医療チームでの情報の共有や合意、役割分担が難しいことが要因と思われる。またこの問題には、医療従事者の治療・ケアの判断、I.C.、チーム医療などの様々な問題が集約しているといえる。その他、直面する頻度や対応する必要度を高く評価されたのはI.Cやチーム医療に関する問題が多かった。3)臨床倫理的問題に直面する頻度について5職種(医師・看護婦・診療部員・事務職・その他)で比較すると、25項目中24項目に有意差がみられ、<事務職>と<その他>の直面する頻度が低かった。医療職3職種(医師・看護婦・診療部員)で比較すると、25項目中10項目で有意差がみられ、いずれも、看護婦の方が医師や診療部員よりも直面する頻度が高い傾向を示した。臨床倫理的問題への対応する必要度について、5職種で比較すると25項目中7項目に差がみられ<医師>と<その他>が対応する必要度を低くみている傾向がみられた。医療職3職種で比較すると8項目で差がみられ、<看護婦>が<医師>や<診療部員>より必要度を高く評価する傾向がみられた。4)本調査の限界として、デルファイ法を応用したことである。本来デルファイ法は、専門家の情報を得る目的で効果的かつ効率的な方法であるが、今回、現場スタッフ全体の意見を把握するために全職員を対象とした。今回の調査結果にもあるように、臨床倫理や臨床倫理臨床倫理委員会に対して誤解や理解不足がある中での調査であり、臨床現場の状況を正しく反映しているかについて限界がある。5)今後、直面の頻度及び対応する必要度がともに高かった臨床倫理的問題に対して、事例を積み重ねて指針を作成したり、また第3者として臨床倫理委員や専門看護師などが病棟に出向いて対応するシステムを考慮する必要があると思われる。
c)臨床現場で直面する臨床倫理的問題の実態調査 -カルテ調査- において、1)51例のカルテ中14例に何らかの臨床倫理的問題がみられた。その問題の内容は、I.Cに関する問題が多く、職員の意識調査の結果と関連していた。2)一方、I.Cの問題と思われる内容でも、分析していくと、医療従事者のコミュニケーションスキル、患者の心理過程、医療従事者間の連携(システム)などの問題が含まれていることがわかった。このことから、情報を整理し、何が問題なのかを見極め、適切に対応していくための判断プロセスを現場スタッフに教育・啓蒙していく必要があると考える。3)臨床倫理的問題を同定・分析・解決するためには、「医学的適応」、つまり診断・治療・ケアの妥当性について検討する必要があるため、診療録などの記録を整備することや、臨床倫理委員会には医学的適応に関する情報を分析できる人や、各職種のバランスがとれていることが必要と考える。
結論
今回の調査で明らかになった臨床倫理委員会が活用されにくい要因、及び、直面する頻度や対応する必要性が高い臨床倫理的問題については今後とも継続的な検討を重ね、職員への啓蒙や院内のガイドラインの作成へと結びつけていくことが課題である。
我が国の臨床倫理委員会は、臓器移植や生殖医療、遺伝子治療などの先端医療について検討されていることが多く、日々の医療・ケアで遭遇する個々の患者の臨床倫理的問題を検討することが少ない。そこで、病院の中での臨床倫理委員会の位置づけやその役割を再検討し、臨床現場で有効に活用される臨床倫理委員会のあり方を検討し、他の施設でも応用できる臨床倫理実践のシステムをつくっていくことが求められる。

公開日・更新日

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