看護教育における卒後臨床研修のあり方に関する研究

文献情報

文献番号
199800829A
報告書区分
総括
研究課題名
看護教育における卒後臨床研修のあり方に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
井部 俊子(聖路加国際病院)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 医療技術評価総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
3,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
新卒者を受け入れる臨床現場の受け入れ状況を把握するとともに、新卒者の臨床実践能力の実態を描写する事によって、看護職の卒直後の臨床研修体制や機能を確立していくための基礎資料を得る事を目的としている。
研究方法
新卒者の卒後臨床研修の実態を明らかにするため、本研究の研究協力者が所属する施設における新卒者と新卒者の院内教育の実態を質問紙により調査した。
新卒者の臨床実践能力の実態を明らかにするため、新卒者の院内教育の実態を調査した上記4病院において、新卒者と婦長等(もしくは主任、係長)に対してフォーカスグループインタビューを行なった。新卒者グループは、看護教育の大学化に伴ない看護大学卒業者(以下、大学卒と略す)と看護婦養成所卒業者(以下、養成所卒と略す)の臨床実践能力の特性を明らかにするため、教育背景別とした。婦長グループは、新卒者グループインタビューに参加したメンバーの当該婦長等によって構成した。フォーカスグループインタビューは各施設ごとに行った。参加者には研究趣旨を説明し、同意書による承諾を得た。
フォーカスグループインタビューの質問内容は、①就職時における新卒者の臨床実践能力について、②現在の時点(卒後10ヶ月)における新卒者の臨床実践能力について、③新卒者の臨床実践能力の成長や変化に影響を及ぼした要因についての3点とした。発言の内容は録音しテープを起し、質問内容に関して内容分析を行った。インタビュー調査は1999年1月14日から1月26日の期間に行った。
結果と考察
1.新卒者の卒後臨床研修の実態:都内近郊の4病院を対象として、1998年度における新卒者の卒後臨床の実態調査を行った。4病院の採用者の割合は全看護職員数の20.2%であった。全採用者数の85.8%が新卒者であり、さらに全採用者の45.6%が看護大学卒業者であった。院内教育体制は4病院とも2~3人の教育先任者を配置し、さらに教育企画・運営にあたる組織体制は6~48人で、多様な研修プログラムを準備していた。新卒者には採用後に集合教育オリエンテーションを行ったあと、配属部署に置いてプリセプタ-シップ導入によってOJTを行っている。1年目の集合教育の平均時間は24.9時間であった。4病院の看護管理者は新卒者の育成上の主な課題として、技術力の不足、経験の再評価の必要性、社会人としての成長が必要なこと、及び知識と実践の統合が必要であることなどをあげていた。
2.新卒者の臨床実践能力:新卒者は、就職時の状況を「できない」「自信がない」「わからない」「すべてが怖い」としており、「ゼロからのスタート」だと認識していた。点滴がわからず、注射や吸引ができず、単純な血圧測定や検温、清拭とシャンプーはかろうじて行っている状況であった。患者把握やコミュニケーションもうまくできず、先輩に指示されたことを行うために"伝書鳩"のように動いていた。一方、婦長は新卒者を「緊張が高い」「依存・頼る」「消極的である」とみていた。さらに、仕事への取組み姿勢が「学生気分が抜けない」「積極性に欠ける」などと評価し、「ゆとりがなく」「不安やパニック状態にある」ことも認識していた。また臨床実践能力における新卒者のスキルでは、大学卒と養成所卒といった教育背景に「差はない」とも認識していた。新卒者と婦長が認知している新卒者の就職時の臨床実践能力の要素には大きな不一致はなく、婦長側には経験的につちかってきたステレオタイプな見方があり、そうした見方を納得することでフラストレーションを軽減しているように思われる。
卒後10ヶ月が経過した時点では、新卒者は「患者把握」「看護行為」「コミュニケーション」能力の進歩をあげており、自らの「進歩や成長を自覚」している一方、「勉強不足な自分」にも気付いていた。「仕事への満足」も感じ始めていた。さらに、「チームワーク」や「自己コントロール」といった新たな視点も加わり、臨床実践能力の範囲を拡大していた。婦長は、「態度」や「仕事への取組み姿勢」が積極的になったことを認めており、「アセスメント」「治療・処置」「記録」「生活の援助」における進歩を具体的にあげていた。中でも「記録」能力は、大学卒の方が高いと指摘していた。
新卒者の臨床実践能力の成長や変化に影響を及ぼした要因では、新卒者は「先輩からの保証」「教育などのプログラム」「看護基礎教育」「ロールモデル」「職場の人的環境」「プリセプターシップ」など外在している要因の他に、「経験する」「本人のモチベーション」「仕事への取組み姿勢」など内在している要因についても成長・変化要因として指摘していた。一方、婦長は、「教え方」が重要だと指摘しており、様々な工夫や努力をしていることがわかった。また、「役割を与える」「プリセプターシップ」や「仕事仲間」が重要であり、「先輩からの保証」「上司のサポート」なども挙げていた。内在する要因として「本人のモチベーション」があり「患者との関わり」も成長要因としてあげられていた。
いずれにしても、臨床現場では通常の生産性を低下させずに、新卒者を動機づけ臨床実践能力を獲得してもらうのに、新卒者も受入れ側も多大なエネルギーを使っていることがわかる。新卒者の心の健康に関する調査では、その60%がうつ状態であるという報告もあり、両者にとってもう少し負担の少ないしくみや体制を考える必要がある。
また、看護基礎教育における教育プログラムも吟味されなければならないであろう。看護学は実践の科学であるといいながら、看護基礎教育における到達点と臨床実践能力との乖離が著しい。或いは、看護基礎教育期間では臨床実践能力の習得が困難ならば、看護教育における卒後の臨床研修体制の確立は必須となるであろう。
結論
都内近郊の4病院において、新卒者を受け入れる臨床現場の受け入れ状況を把握した。4病院では、新採用者の割合は全体看護職員の約20%を占め、そのうち約86%が新卒者であった。4病院では複数の教育専任者をおいて、集合教育プログラムおよびプリセプターシップによるOJTを導入していた。
新卒者の就職時の臨床実践能力は低く、臨床現場では、観察、判断、看護技術、コミュニケーション、記録さらに日常生活にいたるまで、仕事を行なうために必要なあらゆるレベルの指導を行なっていることがわかった。
看護基礎教育期間では、臨床現場に必要な臨床実践能力の習得は困難であり、看護教育における臨床研修体制の確立の必要性が示唆された。

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