災害初動期におけるトリアージに関する研究

文献情報

文献番号
199800819A
報告書区分
総括
研究課題名
災害初動期におけるトリアージに関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
山本 保博(日本医科大学)
研究分担者(所属機関)
  • 浅井康文(札幌医科大学)
  • 甲斐達朗(大阪府立千里救命救急センター)
  • 杉本勝彦(昭和大学医学部)
  • 金田正樹(聖マリアンナ医科大学東横病院)
  • 二宮宣文(日本医科大学)
  • 大友康裕(国立病院東京災害医療センター)
  • 鵜飼 卓(県立西宮病院)
  • 小井土雄一(日本医科大学)
  • 石原 哲(白鬚橋病院)
  • 太田宗夫(大阪府立千里救命救急センター)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 医療技術評価総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
6,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
災害初動期における現場、搬送、医療機関、救護所におけるトリアージの基本マニュアルを研究作成するとともに、各ステージのトリアージを有機的に活用できるようにする。トリアージを総括的、横断的にみることにより災害初動期における活動、患者の流れがスムーズになり、それに伴う医療活動が活性化され災害によるプリベンタブルな人的被害を最小限にすることが目的である。
研究方法
トリアージ実施場所である、現場、搬送、病院とわけた。災害現場における急性期の医療活動場所を現場、現場救護所に限定して資料を収集し検討した。搬送トリアージは緊急搬送群、準緊急搬送群、保留群、死亡群にわけ搬送先および搬送手段について検討した。病院でのトリアージは、受け入れ患者を、災害現場で医療トリアージが行われた場合と行われていない場合に分けた。さらに病院でトリアージを行うための準備については、その病院の持っている医療能力、病院の備蓄及び供給能力ライフラインの状況及び復旧能力、通信能力、院内の人的被害状況などの情報収集能力について研究した。
結果と考察
現場におけるトリアージ
災害現場における急性期の対応は,傷病者の救助と危険地域から安全な場所への移動,傷病者のトリアージ,治療そして後方医療施設への速やかな搬送である。災害現場における急性期の救護所での医療活動は,中等~重症の傷病者に対する応急処置,骨折部の固定などの治療,そして重症者の後方医療施設への搬送(scoop and run) を優先するか,治療を行い安定化させる (stabilization)ことを優先するかの判断等,災害の規模,傷病者の数,現場から病院までの距離と交通事情,受入病院の状況により臨機応変に判断し対応しなければならない。また状況によりSRM (search and rescue with medical support) チームとの協力を視野にいれた活動も必要になる。現場救護所は,医療資機材,人員,場所などに制限のある大災害時の状況下で,効果的な医療を行い可能な限り救命にあたることが目的である。その役割は,3つのT (Triage,Treatment,Transportation) で表される。すなわち,まず入り口のトリアージ部門では,緊急に手当てを必要としている傷病者を区別するための医療トリアージを行う。続いて,治療部門では緊急,非緊急の優先順位にしたがって治療 (Treatment) を行う。しかし現場救護所での緊急傷病者に対する医療行為はあくまでstabilizationのための治療であり,確定的 (definitive) な治療ではない。内容は,気管内挿管,気管切開,胸腔ドレナージ,ショック状態の傷病者への輸液や薬剤療法,止血等の生命を保持するための緊急治療に限定する。こうした治療によって1人でも多くの緊急治療群の傷病者が搬送に耐えられるように,また,傷病者の状態が緊急治療群(赤)から準緊急治療群(黄)へ変わることが期待される。この他,筋膜切開,骨折の固定,創部の消毒と縫合,鎮痛剤の投与などが非緊急の治療として挙げられるが,これらは原則的には現場救護所では行わない。そして,現場救護所でのもう1つの大切な仕事は,適切な医療施設への傷病者の搬送 (Transportation) を組織的に行うことである。
搬送時のトリアージ
このトリアージの目的は,適切なしかも受け入れ準備の整った医療機関への傷病者の搬送優先順位を決め,傷病者の搬送をコントロールすることである。そうすることで,無秩序に傷病者が医療機関へ集中することを避けることができ,本来持っている医療機関の機能を十分生かすためである。現場救護所での症状安定のための治療が功を奏した場合や,逆に準緊急群の傷病者の症状が時間とともに悪化することもあり,搬送前には再度のトリアージが必要である。搬送トリアージは,搬送ポストの責任者である救急救命士あるいは救急隊員が,現場救護所内のそれぞれの治療区域の責任者と相談し,行うのが望ましい。搬送先の医療機関および搬送車両の選択は,以下のように行う。
A.緊急搬送 (治療) 群
直ちに,あるいは可能な限り早く救命救急センターを含む三次救急医療施設へ,可能ならば救急救命士が同乗する高規格救急車で搬送するのが望ましい。対象は,救命のための手術を必要とする傷病者,集中治療を要する傷病者,緊急手術を行えば,機能予後が明らかに上がる傷病者である。搬送に時間がかかる場合は,緊急治療区域(赤)の責任者と協議の上で,治療区域内での治療を優先するか,搬送を優先するかを決める必要がある。この場合搬送責任者は,搬送に要する時間を把握しておく必要がある。
B.準緊急搬送 (治療) 群
すべての緊急治療群の搬送が終了した後,二次医療施設へ,場合によっては三次医療施設へ救急隊員が同乗する救急車で搬送する。生命危機の可能性はないが,入院治療が必要な傷病者
C.保留群 (軽症群)
すべての現場での医療救助活動が終了してから,救急告知医療機関,診療所などに搬送する。上記の緊急搬送 (治療) 群,準緊急搬送 (治療) 群の傷病者を搬送した医療機関と重複しないようにする必要がある。救急車を利用する必要はなく,場合によっては一度に多くの人数を搬送できるバスなども利用する。
D.死亡群
死亡群は,遺体安置所へ搬送し,検案を受ける。
病院でのトリアージ
病院でのトリアージの目的は,災害現場や搬送時のトリアージと異なり,確定的な治療のために傷病者を選別することである。トリアージに際しては,傷病者の緊急性と同時に生存の可能性を十分に考慮すべきであると考えられている。傷病者数や重症度が医療資源を著しく上回った場合には生存の可能性の高い傷病者が優先され,傷病者数が多くなく重症度もあまり高くない場合には致命的損傷が優先される。災害現場で医療トリアージが行われた傷病者は、災害現場で現場トリアージ・医療トリアージ・搬送トリアージが行われて救急車などで搬入された傷病者であり,主に緊急治療群(赤及び黄)が含まれる。この群は現場で,気管内挿管・胸腔ドレナージ・輸液などの生命の安定化を図る治療 (stabilization) は行われているが,搬送中に状態が悪化することがあるため,病院収容時には再度のトリアージが必要である。また,この群は搬送機関により搬入されるため,搬送能力により多少の差はあるが,同時に多数の傷病者が搬入される可能性はあまり高くない。災害現場で医療トリアージが行われていない傷病者は、自力で受診した傷病者や家人や隣人などにより搬入された傷病者,あるいは災害現場で現場トリアージだけが行われて搬入された傷病者であり,医療トリアージやstabilizationは行われていない。この群のトリアージに際しては,気道障害や致命的な出血に対しstabilizationを行うことが要求される。また,この群は病院周囲の被害状況や人口によって左右されるが,同時に多数の傷病者が殺到する可能性が高い。病院でのトリアージを成功させるためには、トリアージ部門において迅速かつ有効なトリアージが行われても,人員や物品が不足し院内の搬送に手間取ったり診療部門での治療が滞ることで,傷病者の予後は最悪の状態になることが予測される。病院内においても,災害現場と同様に災害医療の基本となる3つのT (Triage,Transportation,Treatment)が必要である。この3つのTがお互いに連携を持ちそれぞれが自律的かつ円滑に機能する災害時の医療体制を構築しなければならない。特にトリアージ部門は災害医療の中心的役割を果たす重要な部門であり,ここでの情報管理は災害時の医療を行ううえにおいて非常に重要である。搬送部門,診療部門,検査部門などに対して,傷病者数や重症度などの情報を絶えず提供するとともに,病院内他部門の状況や災害現場における傷病者数及び重症度などの情報を入手する必要がある。災害時の混乱した病院でいかに効果的な医療調整がなされ,完璧な管理下に医療を行っても,傷病者が停滞することはある程度避けられないことである。一般的にトリアージ部門では,気道障害と致命的な出血に対してのみ処置を行うことが望ましいと考えられている。しかし,傷病者が停滞する場合にはトリアージ部門において,気管内挿管・気管切開・輸液・昇圧剤の投与などの緊急治療を躊躇なく積極的に行うことが要求されている。また,骨折の固定・創縫合・創処置などの非緊急治療も行うことを念頭に置く必要がある。
結論
災害初動期におけるトリアージは各段階で平常時より本研究の結果にそった教育訓練がなされるべきである。その結果として人的被害を最小限にすることができると思われる。

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