諸外国における医療の広告規制に関する研究

文献情報

文献番号
199800814A
報告書区分
総括
研究課題名
諸外国における医療の広告規制に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
川渕 孝一(日本福祉大学経済学部教授)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 医療技術評価総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
-
研究費
4,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
医療広告に対する規制緩和、および医師・医療機関の情報の公開についての施
策づくりに資するため、諸外国における現状や動向についてまとめた基礎資料を作成する
研究方法
アメリカ、イギリス、フランス、ドイツの4カ国における・医療広告に対する
規制の有無とその内容、・医師・医療機関の情報、および医療の質に関する情報の公開状
況について、次の3つの方法によって調査を行った。
(1)国内・海外の文献やインターネット等を活用して、資料収集を行う。
(2)各国の医療関係者や政府関係者、医師会、ジャーナリスト等に協力を依頼して、情
報収集・調査を行う。
(3)研究協力者を交えて、各国の施策の現状や動向、世論等について検討・分析を行っ
たうえで、わが国との相違点や今後の政策づくりに有用な方法について考察する。
結果と考察
研究結果=4カ国の調査結果を先に述べた2点からまとめると、次のようになる。
(a)アメリカ
・:医療広告の規制内容は州によって異なるが、一般的には、・医師・医療機関名、・
住所・電話番号、・診療科名、・医療設備等の広告が認められている。一方、広告が禁止
されているのは、・治療費、・治療成績、・医師の出身校等である。その理由は、これら
の広告を許可すると「人を騙すような広告」も認めることになるからである。「人を騙す
ような広告」は、わが国のような医療法ではなく、連邦取引委員会法(FTC法)やラン
ハム法といった一般法により禁止されている。さらに、アメリカ医師会(AMA)は倫理
綱領を設け、「(医療広告は)真実を述べること」を定めている。
なお、インターネット上の医療広告に対しては、他のメディア上の広告と同じように、
FTC法で「人を騙すような広告」については一定の取り締まりが行われている。
・:医師・医療機関の情報も、州によりその公開の程度は異なるが、たとえばペンシル
バニア州は、医療広告にほとんど規制を設けず、情報公開を積極的に進める政策を取って
いる
また、医療の質を評価するJCAHO(医療機関認定合同委員会)は従来「認定結果は
非公開」という姿勢を取ってきたが、保険者側の意向を受け入れる形で1994年に認定報告
書の公開、1997年には認定を受けた全ての医療機関の報告書の公開に踏み切った。ホーム
ページには、認定を受けた全医療機関の認定状況(7段階)と、認定報告書の内容が掲載
されており、患者は事実上の「病院ランキング」に関する情報を無料で入手することがで
きる。
(b)イギリス
・:医療広告の規制は、法的な規制よりも自主規制が中心で、医師倫理綱領に基づいて
いれば問題はないとされる。同綱領は、英国医師会が作成したもので、・広告が患者にプ
レッシャーを与えないこと、・患者は惑乱広告から保護されるべきこと、・広告の責任は
医師にあることを定めている。このほか、英国医師会の下部組織の一般医療協議会(GM
C)は「医師・患者間のコミュニケーションを円滑に保つことが基本原則」と指針で示し
ている。また、広告規制協会(ASA)は「広告活動実施規約」を設けて、医学的内容を
記載した広告には同協会の事前審査に合格することを義務付けている。
なお、インターネット上の医療広告に対する規制は、現時点では存在しない。
・:イギリスでは、NHS情報公開実施法により、一般医(GP)は患者に対して自ら
のサービス内容等を記載したリーフレットを配布することが義務付けられている。リーフ
レットは広く地域住民にも行き渡るよう、図書館等にも配布される。記載情報には、予約
システムの内容や苦情処理方法、対応可能な外国語等が含まれる。
医療の質に関する情報についても、同じくNHS情報公開実施法によって、各病院の「
予約後30分以内に診てくれる割合」や各地域の「患者憲章の実践割合」などの情報が「N
HS実績ガイド」としてまとめられ、NHS管理部のホームページに掲載されている。
また、医療の質を評価する第三者機関は現時点では存在しないが、政府により設立準備
が進められている。設立されるのは、各臨床領域の「科学的根拠に基づく指針」を作成す
る国立医療評価研究所(NICE)と、医療機関の抜き打ち評価を行う医療改善委員会(
CHImp)の2つである。
(c)フランス
・:医師倫理法によって、医師はいかなる広告活動も禁止されている。しかし例外的に
、薬剤・検査の処方せんや電話帳、看板、新聞等のメディアに、・医師名、・住所・電話
番号、・診療時間、・診療科目、・加入学会名、・認定医名等を広告することが認められ
ている。このうち、新聞等のメディアに広告を掲載する場合は、医師会の許可を得ること
が義務付けられている。
なお、インターネット上に医療広告を掲載する場合は、事前に国の「情報と自由に関す
る委員会」の許可を得ることが義務付けられている。
・:フランスでは、医療の質を評価する第三者機関として、1996年に国立医療機関承認
評価機構(ANAES)が設立され、1999年から本格稼働している。同機構の評価結果は
「要望があれば公開可能」だが、具体的な公開項目は未決定である。
(d)ドイツ
・:医師会が定める医師職業規則によって、医師の積極的な広告活動は原則禁止である
。看板、新聞等のメディア、処方せん、インターネット等においては・医師名、・医師で
ある旨、・専門医名、・診療時間、・学位のほか、医師会に所定の書類を提出すれば、・
勤務医である旨、・医療サービス内容も広告できる。さらに医師会の許可を得れば、・「
診療室」等の名称も広告できる。
なお、インターネット上の医療広告に対する規制として、ドイツ連邦医師会が医師職業
規則の「注釈」を定め、ネット上に掲載できる情報と、利用者が医師に質問できる情報等
を規定している。
・:ドイツには、医療の質を評価する第三者機関は存在しない。しかし社会法典には、
病院に「質の確保」を義務付ける規定があり、これを実践するため、連邦保健省が現在「
外部評価」のモデル事業等を行っている。
考察=4カ国の調査結果について、次の3点から考察を加えた(詳細は別表1、2参照)

(1)医療広告に対する規制の方法
まず、・医療広告に対しては、4カ国とも何らかの規制が設けられている。具体的な規
制の方法は、・法的規制と・自主規制の2つに大別することができる。さらに、法的規制
は・一般法による規制と・医療法等の特別法による規制の2つに、自主規制は・医師・医
療機関サイドによる規制と・広告会社、媒体社サイドによる規制の2つにそれぞれ分けら
れる。
広告規制の仕方という視点から4カ国の状況をみると、アメリカでは、医療が産業分野
の一つとして位置付けられているため、一般法による規制がベースになっている。イギリ
スには法的規制がほとんど設けられておらず、もっぱら自主規制によっている。フランス
とドイツではそれぞれ、医師倫理法、医師職業規則といった「特別法」によって厳しい規
制がなされている。この2カ国は、ともに医療広告が原則として禁止され、例外的に広告
できる項目が定められている。
このように、4カ国の規制の仕方はさまざまだが、唯一共通する点として、各国の医師
会が規制に関与していることが挙げられる。アメリカとイギリスの医師会は倫理綱領を定
め、フランス医師会は広告掲載を許可する権限を持ち、ドイツでは法的拘束力を持つ医師
職業規則を医師会が定めている。
なお、広告規制の緩和という観点からみると、ドイツの医師職業規則が1997年に改正さ
れ、医師会への書類提出を条件に医療サービス内容などの広告が認められたことが注目さ
れる(報告書のP.97参照)。
(2)インターネット上の医療広告に対する規制の方法
・インターネット上の広告に対する規制は、4カ国のうち、アメリカ、フランス、ドイ
ツの3カ国において実施されている。ここでもフランスとドイツは厳しい規制を設けてい
る。フランスは「許可制」を取っており、ドイツはネット上に掲載できる情報などをあら
かじめ規定している。
(3)医師・医療機関の情報の公開状況
・医師・医療機関のパフォーマンスに関する情報の公開状況、および・医師・医療機関
同士の情報交換や情報共有化については、アメリカとイギリスにおいて情報公開を積極的
に進める政策が取られている。特に、イギリスの「NHS実績ガイド」は各病院の「予約
後30分以内に診てくれる割合」(報告書のP.49参照)などを一般公開しており、病院間の
優劣がはっきり分かる内容になっている。これに対して、フランス(報告書のP.70参照)
とドイツは、広報活動による情報公開が中心である。
また、・医療の質を評価する第三者機関は、4カ国のうちアメリカとフランスに存在す
る。アメリカのJCAHOは評価結果を全面的に公開しており(報告書のP.20参照)、フ
ランスのANAESは評価活動を始めたばかりだが、評価結果を公開する可能性があるこ
とを表明している。
さらに、患者が・個々の医師・医療機関の情報を入手できる国とできない国を調べたと
ころ、・一般的な情報については4カ国とも「入手できる国」であったが、・医療サービ
ス内容に関する情報と・医療の質に関する情報を「入手できる国」はいずれも3カ国であ
った。
なおここでいう「入手できる」とは、医師・医療機関が広告できるということ以外に、
客観的なデータが公表されているなど、概ね入手の手段が確保されている状態をいう(た
だし、雑誌の記事などで「入手の可能性がある」等は除く)。
結論
わが国における医療広告に対する規制は、「広告できる事項」が限定列挙された医
療法第69条から第71条の規定によってなされている。この規制は、広告の行き過ぎを防止
している反面、患者に対しては、医療選択に必要な情報を入手する道を半ば閉ざしてしま
っている。たとえば、「医療サービス内容」に関する情報を医療側は自由に広告できない

こうした現状を打開するために「医療広告を原則自由化すべき」という意見も出てきて
いるが、現行医療法の限定列挙規定をいきなり「原則自由化」にまで持っていくのは非現
実的と考える。なぜなら、原則自由化した場合、広告に記載された「医療サービス内容」
等の情報について、客観性・信頼性を確保することが難しく、かえって患者に誤解を生じ
させてしまう恐れがあるからである。
そこで、今後わが国において規制を大幅に緩和する、あるいは原則自由化する場合、患
者を戸惑わせないために、広告に一定の歯止めをかける仕組みが必要と思われる。その方
法としてたとえば、イギリスやドイツのように「事前審査」を課すことが考えられる。イ
ギリスとドイツではそれぞれ、「医学的内容の広告」「医療サービス内容の広告」といっ
た患者に誤解をもたらす恐れのある部分に、事前審査を課すことによって規制をかけてい
る。
確かにわが国にも、・日本広告審査機構(JARO)や・日本新聞広告審査協会といっ
た広告の審査機関は存在するが、いずれも広告会社や媒体社が「疑問を感じたとき」にの
み審査を引き受けるシステムなので、広告主(医師・医療機関)サイドに対して強制力が
及ばない。そのうえ、こうした機関に「医療サービス内容」等の審査を要求するのにも無
理がある。
加えて、新たに医療広告の審査機関を設けるとなると、コストがかかる。しかしながら
、情報公開はもはや時代の流れであり、患者が医療を選択する際に必要とされる医師・医
療機関の情報を充実させることは避けられないテーマである。
したがって、法規制を緩和すると同時に、自主規制を強化することによって、「医療情
報不足」の問題を解決することが必要と考える。具体的には、医師会や病院団体に「医療
広告の掲載基準」の作成を委託することによって、広告に記載された医療内容のチェック
を行う方法が考えられる。
なお、業界団体が独自に行う「自主規制」については注意しなければならない点がある
。それは、「自主規制」が、公正取引委員会の認定を受けた「公正競争規約」でなければ
、独占禁止法第8条に定められた「事業者団体の禁止行為(競争制限)」に当たる恐れが
あるということである。すでに、静岡県の浜北市医師会の「広告自主規制」が独禁法違反
に当たるとして、1998年12月に公取委の排除勧告を受けた例がある。
また、インターネット上の医療広告に対する規制は、現時点ではわが国には存在しない
が、今回調査した4カ国のうちアメリカ、フランス、ドイツの3カ国が規制を実施してい
る。今後、これらの国の取り組みを参考にしながら、規制の有効性等の検討を進めていく
ことが求められる。
さらに、医療の質に関する情報の公開については、現在、・日本医療機能評価機構の評
価結果を「公開していく」方向で検討がなされている。アメリカやイギリスでも医療の質
に関する情報が公開され、フランスでもその可能性が示されていることを考えると、「公
開」という方向性は妥当なものと考える。

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研究報告書(紙媒体)

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