文献情報
文献番号
199800772A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢者の口腔保健と全身的な健康状態の関係についての総合研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
小林 修平(国立健康・栄養研究所)
研究分担者(所属機関)
- 養老孟司(北里大学)
- 斉藤毅(日本大学)
- 花田信弘(国立感染症研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 医療技術評価総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
60,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-
研究報告書(概要版)
研究目的
高齢社会における歯科保健のあり方を示す目標として8020運動が提唱されているが、80歳で残存歯が平均10本にもみたないという現状を改善するためには、歯科保健の長期健康戦略を立案する必要がある。
また、全身の健康保持や寝たきり者および痴呆の予防等のために口腔機能、特に咬合および咀嚼が重要な役割を果たしていると言われている。微生物学の分野では、口腔細菌に起因する誤嚥性肺炎やその他の臓器への歯性感染症も注目されている。このように、口腔疾患を放置することにより起きていると考えられる各種の症例が多数報告されているにもかかわらず、これまで総合的な調査がなされず、その健康被害の実情は不明であった。そこで、口腔の状態に起因する各種の疾患や病態を検証し、口腔保健が全身の健康状態に影響を及ぼしている状況を科学的に評価する。
また、全身の健康保持や寝たきり者および痴呆の予防等のために口腔機能、特に咬合および咀嚼が重要な役割を果たしていると言われている。微生物学の分野では、口腔細菌に起因する誤嚥性肺炎やその他の臓器への歯性感染症も注目されている。このように、口腔疾患を放置することにより起きていると考えられる各種の症例が多数報告されているにもかかわらず、これまで総合的な調査がなされず、その健康被害の実情は不明であった。そこで、口腔の状態に起因する各種の疾患や病態を検証し、口腔保健が全身の健康状態に影響を及ぼしている状況を科学的に評価する。
研究方法
岩手県、福岡県、新潟県、愛知県に住民票を有する大正6年生まれの方を調査対象とした。岩手県、福岡県、愛知県の3県は悉皆調査を行った。会場調査に参加できなかった人は訪問調査を行った。受診率は最高で94%(岩手県紫波町、福岡県築城町)であった。
調査項目は、内科検診、歯科検診(齲蝕と歯周病)、身長・体重、視力、血圧、心電図、血液検査(総タンパク質、アルブミン、クレアチニン、血糖、GOT, GTP,?-GTP、総コレステロール、中性脂肪、カルシウム、リン、IgG, IgA, IgM、リウマチ因子)、唾液検査、骨密度、嚥下、顎関節、ADL、握力、開眼片足立ち、脚伸展力、ステッピング、脚伸展力パワー(W)、舌苔、カンジダ検査、パノラマレントゲンおよび生活習慣を中心にしたアンケートである。
また、大学を中心に「咬頭嵌合位の後方偏位と側頸部の疼痛に関する研究」、「高齢者における口腔・咬合状態とADLとの関係 - 高齢障害者における検討」について研究報告を受けた。肥満・糖尿病、感染症、脳の老化について検討した。
調査項目は、内科検診、歯科検診(齲蝕と歯周病)、身長・体重、視力、血圧、心電図、血液検査(総タンパク質、アルブミン、クレアチニン、血糖、GOT, GTP,?-GTP、総コレステロール、中性脂肪、カルシウム、リン、IgG, IgA, IgM、リウマチ因子)、唾液検査、骨密度、嚥下、顎関節、ADL、握力、開眼片足立ち、脚伸展力、ステッピング、脚伸展力パワー(W)、舌苔、カンジダ検査、パノラマレントゲンおよび生活習慣を中心にしたアンケートである。
また、大学を中心に「咬頭嵌合位の後方偏位と側頸部の疼痛に関する研究」、「高齢者における口腔・咬合状態とADLとの関係 - 高齢障害者における検討」について研究報告を受けた。肥満・糖尿病、感染症、脳の老化について検討した。
結果と考察
80歳の健康に関する標準値の設定と8020達成者が全身的な健康を維持できているのかどうかを知る目的で、80歳(大正6年生まれの人)の悉皆調査を行った。この調査は、県庁(市町村)、県(市郡)歯科医師会ならびに歯学部の予防歯科学、口腔衛生学講座との合同調査である。調査対象者は調査地区に住民票がある大正6年生まれの男女全員である。平均歯数は、岩手県4.64本(紫波町5.63、安代町3.51、雫石町6.15、玉山村4.64、矢巾町5.48、葛巻町0.97、岩手町2.87、盛岡市8.00、西根町4.07)、福岡県8.06(豊前市7.90、行橋市5.78、宗像市9.23、北九州市戸畑区9.48、勝山町6.50、築城町6.45、新吉富村6.83、豊津町7.77、苅田町6.71)、新潟県8.25(新潟市8.25)、愛知県5.91(岡崎市5.71、常滑市8.06、田原町4.75、渥美町3.90、南知多町6.90)であった。8020達成率は、岩手県6.5%、福岡県15.4%、新潟県14.7%、愛知県9.7%であった。新潟県において実施した70歳の健康調査では、平均歯数は17.41本、7020達成率は、49.2%であった。多くの数値に地域差と性差が認められた。最大咬合圧は、上下とも義歯の場合は1/3から1/4に低下することが明らかになった。
1) 口腔の健康と感染症
人体の入り口である鼻腔、口腔と咽頭には絶えず全身感染症の病原体が侵入している。高齢者の歯や義歯にはどのような病原体が定着しているのかを調べた。調査は、まず、カンジダ属の中ではCandida albicansが歯面、咽頭ぬぐい液から検出された。レンサ球菌ではStreptococcus pneumoniae (肺炎レンサ球菌)や各種の溶連菌が分離された。歯面からHaemophilus influenzae(インフルエンザ菌)が検出できる場合もある。その他にKlebsiella pneumonia(肺炎桿菌)、Pseudomonas aeruginosa(緑膿菌)が分離された。Staphylococcus aureus(黄色ブドウ球菌)は歯面と咽頭ぬぐい液からそれぞれ検出された。通常の黄色ブドウ球菌の他に、院内感染菌であるメチシリン耐性黄色ブドウ球菌 (MRSA)も検出できた。インフルエンザ菌と同じ、ヘモフィルス属のHaemophilus parainfluenzaeは、腎症や急性咽頭炎を引き起こすが、歯面と咽頭ぬぐい液から分離できた。上気道炎、肺炎の原因菌であるブランハメラ(Branhamera catarrhalis)も歯面、咽頭ぬぐい液から分離できた。
2) 口腔の健康と肥満・糖尿病
肥満は糖尿病に限らず生活習慣病全体のリスク因子であるため、口腔疾患予防の観点からも改善が必要である。食欲は視床下部の摂食中枢と満腹中枢により調節され、多くの神経伝達物質が関与しているが、その中でも神経性ヒスタミンと咀嚼の関係が明らかにされている。ヒスタミンは受容体を介して満腹中枢に食事停止の情報を伝達し、摂食行動を抑制する方向に導いている。咀嚼不良では制御機構が働かず、食べ過ぎて肥満度が増加するのであろう。口腔の健康と肥満・糖尿病については、国立健康・栄養研究所の井上修二部長が東京医大をはじめ全国の大学医学部に内科と口腔外科の共同研究チームを組織し、臨床研究を行っている。現在、肥満120症例、糖尿病800症例についてデータを収集した。
3)咬頭嵌合位の後方偏位と側頸部の疼痛
顎機能障害患者には胸鎖乳突筋に疼痛を訴える者がいる。それらの患者には咬頭嵌合位が後方へ偏位している者が多数存在する。そこで、新潟大学の河野正司教授らの研究班は、咬頭嵌合位が後方偏位した場合における顎機能時の胸鎖乳突筋の活動の変化を観察し,疼痛発症のメカニズムを探求した。
咬頭嵌合位におけるかみしめ時の咀嚼筋並びに胸鎖乳突筋の筋活動と下顎後退位でのかみしめ時を比較した結果,下顎後退位の場合,咀嚼筋活動量が80%以上となるときに胸鎖乳突筋の筋活動量が急激に高値を示し,過緊張状態となる傾向が4名中3名に認められた。従って,咬頭嵌合位が後方偏位した状態で強いかみしめが行われると、胸鎖乳突筋に筋疲労が生じやすく,その結果疼痛が発現するのかもしれない。
4)口腔と日常生活動作(ADL)の改善
歯科診療が,高齢障害者の全身状態,特に機能上や生活上の障害に及ぼす効果について藤田保健衛生大学医学部の才藤栄一教授を代表とする研究班が70症例(女48名、男22例)の調査を行った。歯科治療による介入前・後の障害の変化を観察した。その結果、 改善例から増悪例を差し引いた頻度が10%を越えた項目は、意識状態,人に対する見当識,食事,表出,起立,生活満足度,Face scale(全般的満足度),摂食状態,食事時間および全ての口腔機能であった。歯科治療は口腔機能の改善をもたらし,それが食事機能を向上させ,QOL,ADLによい影響を与えたものと考えられる。
5)80歳の口腔と全身の健康調査
80歳の健康に関する標準値の設定と8020達成者が全身的な健康を維持できているのかどうかを知る目的で、80歳(大正6年生まれの人)の悉皆調査を行った。この調査で歯の本数に何らかの形で関連を示す調査項目は数十にのぼる。しかし、これらの項目の中には、男女に分けると関連性が消失するものもあり今後の慎重な解析が必要である。具体的には、血清中の免疫グロブリン値(IgA, IgG)は、歯の本数の多いほうが男女共に高かった。歯の本数が多い人の方が多くの種類の食品を食べることができ、身体の機敏性も良かった。その他に口臭、カンジダ、パノラマレントゲンでも歯との相関が示された。
1) 口腔の健康と感染症
人体の入り口である鼻腔、口腔と咽頭には絶えず全身感染症の病原体が侵入している。高齢者の歯や義歯にはどのような病原体が定着しているのかを調べた。調査は、まず、カンジダ属の中ではCandida albicansが歯面、咽頭ぬぐい液から検出された。レンサ球菌ではStreptococcus pneumoniae (肺炎レンサ球菌)や各種の溶連菌が分離された。歯面からHaemophilus influenzae(インフルエンザ菌)が検出できる場合もある。その他にKlebsiella pneumonia(肺炎桿菌)、Pseudomonas aeruginosa(緑膿菌)が分離された。Staphylococcus aureus(黄色ブドウ球菌)は歯面と咽頭ぬぐい液からそれぞれ検出された。通常の黄色ブドウ球菌の他に、院内感染菌であるメチシリン耐性黄色ブドウ球菌 (MRSA)も検出できた。インフルエンザ菌と同じ、ヘモフィルス属のHaemophilus parainfluenzaeは、腎症や急性咽頭炎を引き起こすが、歯面と咽頭ぬぐい液から分離できた。上気道炎、肺炎の原因菌であるブランハメラ(Branhamera catarrhalis)も歯面、咽頭ぬぐい液から分離できた。
2) 口腔の健康と肥満・糖尿病
肥満は糖尿病に限らず生活習慣病全体のリスク因子であるため、口腔疾患予防の観点からも改善が必要である。食欲は視床下部の摂食中枢と満腹中枢により調節され、多くの神経伝達物質が関与しているが、その中でも神経性ヒスタミンと咀嚼の関係が明らかにされている。ヒスタミンは受容体を介して満腹中枢に食事停止の情報を伝達し、摂食行動を抑制する方向に導いている。咀嚼不良では制御機構が働かず、食べ過ぎて肥満度が増加するのであろう。口腔の健康と肥満・糖尿病については、国立健康・栄養研究所の井上修二部長が東京医大をはじめ全国の大学医学部に内科と口腔外科の共同研究チームを組織し、臨床研究を行っている。現在、肥満120症例、糖尿病800症例についてデータを収集した。
3)咬頭嵌合位の後方偏位と側頸部の疼痛
顎機能障害患者には胸鎖乳突筋に疼痛を訴える者がいる。それらの患者には咬頭嵌合位が後方へ偏位している者が多数存在する。そこで、新潟大学の河野正司教授らの研究班は、咬頭嵌合位が後方偏位した場合における顎機能時の胸鎖乳突筋の活動の変化を観察し,疼痛発症のメカニズムを探求した。
咬頭嵌合位におけるかみしめ時の咀嚼筋並びに胸鎖乳突筋の筋活動と下顎後退位でのかみしめ時を比較した結果,下顎後退位の場合,咀嚼筋活動量が80%以上となるときに胸鎖乳突筋の筋活動量が急激に高値を示し,過緊張状態となる傾向が4名中3名に認められた。従って,咬頭嵌合位が後方偏位した状態で強いかみしめが行われると、胸鎖乳突筋に筋疲労が生じやすく,その結果疼痛が発現するのかもしれない。
4)口腔と日常生活動作(ADL)の改善
歯科診療が,高齢障害者の全身状態,特に機能上や生活上の障害に及ぼす効果について藤田保健衛生大学医学部の才藤栄一教授を代表とする研究班が70症例(女48名、男22例)の調査を行った。歯科治療による介入前・後の障害の変化を観察した。その結果、 改善例から増悪例を差し引いた頻度が10%を越えた項目は、意識状態,人に対する見当識,食事,表出,起立,生活満足度,Face scale(全般的満足度),摂食状態,食事時間および全ての口腔機能であった。歯科治療は口腔機能の改善をもたらし,それが食事機能を向上させ,QOL,ADLによい影響を与えたものと考えられる。
5)80歳の口腔と全身の健康調査
80歳の健康に関する標準値の設定と8020達成者が全身的な健康を維持できているのかどうかを知る目的で、80歳(大正6年生まれの人)の悉皆調査を行った。この調査で歯の本数に何らかの形で関連を示す調査項目は数十にのぼる。しかし、これらの項目の中には、男女に分けると関連性が消失するものもあり今後の慎重な解析が必要である。具体的には、血清中の免疫グロブリン値(IgA, IgG)は、歯の本数の多いほうが男女共に高かった。歯の本数が多い人の方が多くの種類の食品を食べることができ、身体の機敏性も良かった。その他に口臭、カンジダ、パノラマレントゲンでも歯との相関が示された。
結論
8020達成率は、岩手県6.5%、福岡県15.4%、新潟県14.7%、愛知県9.7%であった。新潟県において実施した70歳の健康調査では、平均歯数は17.41本、7020達成率は、49.2%であった。多くの地域差と性差が認められた。最大咬合圧は、上下とも義歯の場合は1/3から1/4に低下した。全身的な状態と歯の本数の間には様々な相関が認められた。
平均寿命80歳まで元気で長生きする者には、短命な者に比べて好ましい生活習慣と口腔領域に由来する全身健康促進因子があると予想されるが、そのような健康促進因子を特定する基礎資料が得られた。
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平均寿命80歳まで元気で長生きする者には、短命な者に比べて好ましい生活習慣と口腔領域に由来する全身健康促進因子があると予想されるが、そのような健康促進因子を特定する基礎資料が得られた。
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