文献情報
文献番号
201923002A
報告書区分
総括
研究課題名
オルト-トルイジン等芳香族アミンによる膀胱がんの原因解明と予防に係る包括的研究
課題番号
H29-労働-一般-002
研究年度
令和1(2019)年度
研究代表者(所属機関)
武林 亨(慶應義塾大学 医学部 衛生学公衆衛生学教室)
研究分担者(所属機関)
- 中野 真規子(慶應義塾大学 医学部 衛生学公衆衛生学教室 )
- 祖父江 友孝(大阪大学 大学院 医学研究科)
- 鰐渕 英機(大阪市立大学 大学院医学研究科)
- 甲田 茂樹(独立行政法人労働者健康安全機構労働安全衛生総合研究所)
- 王 瑞生 (オウ ズイセイ)(独立行政法人労働者健康安全機構労働安全衛生総合研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 労働安全衛生総合研究
研究開始年度
平成29(2017)年度
研究終了予定年度
令和1(2019)年度
研究費
11,520,000円
研究者交替、所属機関変更
-
研究報告書(概要版)
研究目的
本研究は、オルト-トルイジン(以下、OT)使用職場における膀胱がんの発生の実態及び原因の全容解明と、それに基づく予防手法の開発を目的とする
研究方法
詳細な曝露情報を用いた回顧的コホートとしての疫学的解析により因果関係を検討する。また、芳香族アミン取扱事業所で発生したヒト膀胱がん腫瘍組織を用いた臨床病理学研究と、動物モデルを用いた2-メチルアセトアセトアニリド(AAOT)の膀胱発がん性評価を行い、ヒトと動物モデルの両面から発癌に関わる分子メカニズムの解明を目指す。さらに、皮膚透過性試験システムを用いたアミン類の皮膚吸収の体内動態及び影響因子の検討とOT等の生物学的モニタリング手法の開発により、芳香族アミン類等を取り扱う作業に代表される経皮曝露を伴うリスク評価のあり方を検討する。これに関連して、保護手袋耐透過性に対する併存有機溶剤や温度の影響を明らかにするとともに、幅広い保護具(手袋・前掛け・防護服)素材に対する透過試験を行い、現場で効果的な曝露防止策を明らかにする。
結果と考察
コホート研究(平成29年4月から令和2年1月まで)の膀胱がん罹患者は2名だった(H29年度0名、H30年度2名、本年度0名)。罹患者の特性は、平均年齢58歳、喫煙歴あり、平均OT曝露期間15.3年、OT曝露開始からの平均潜伏期間21.1年で、OT推定曝露量は100-<300、ともに2,4-キシリジン、アニリン等の複合曝露があった。これまでの膀胱がん罹患者(10名)と同様の特性(平均年齢56歳、喫煙率80%、平均OT曝露期間16.5年、OT曝露開始からの平均潜伏期間21.9年、OT推定曝露量 平均274、範囲:105-440)であった。つまり、芳香族アミン等に複合曝露のあるOT推定曝露量 100以上のOT曝露者が、約20年という潜伏期間を経て発症していた。また、罹患者2名は、いずれも診断前の特殊健康診断で膀胱がん関連所見を繰り返し認め、膀胱がん診断の契機となった1次健診項目は、尿沈渣による尿細胞診(パパニコラ法)class3であった。NMP-22の測定は、新規膀胱がん罹患者数が少なく、明確な有効性は示せなかったが、10<NMP-22<12 U/ml(正常範囲内高値)を示す場合は罹患の前兆なのか、さらなる検討が必要である。芳香族アミン等の曝露歴のある現従事者は、本年度の特殊健康診断結果で尿潜血を8%に認め、今後も本集団の注意深い経過観察が必要である。最後に、OTの特殊健康診断の対象者の選定時:重量の<1%含有濃度の従事者の検討、製品の生体内代謝物(OTおよびOT代謝物)、複合曝露の影響については、特に今後の課題である。また、AAOTの膀胱発がん性評価に関しては、AAOTの発がんメカニズムを明らかにするためAAOTを6週齢のF344ラットに0%、0.167%、1.5%濃度で4週間単独投与し、ラット膀胱上皮からRNAを抽出し、マイクロアレイ遺伝子発現解析を行った。その結果、JUNとその下流にある「腫瘍の増生」関連遺伝子の発現が亢進していたことが明らかになった。このことから、AAOTの膀胱発がんにはJUNシグナリング伝達経路の活性化が関与していることが示唆された。産業化学物質の皮膚透過性試験モデルとしての三次元ヒト培養皮膚モデル応用に関する検討については、1.三次元ヒト培養皮膚モデルにおける物質透過に関する特性を詳細に把握するための補強的検討、2.正常皮膚動物におけるOTの経皮吸収、体内動態、尿中の代謝物解析(損傷皮膚動物における検討は実施済)、3現場作業者の尿サンプルを用いた、尿中バイオマーカーの開発に関する検討を実施し、芳香族アミン類等の経皮ばく露によるリスク評価を実施するための基盤を構築した。
結論
膀胱がん発生企業の協力可能な全従業員を対象とした疫学的解析においては、芳香族アミン取扱工場の作業者を観察集団、日本国民を基準集団とした場合の標準化罹患比(罹患率が基準集団と等しい場合を1とする)は、61.0(95%信頼区間:32.1 – 106.1)と有意に高値であった。また、芳香族アミンの累積曝露量が多い集団ほど、標準化罹患比が大きい傾向が見られた。今回の研究結果からは、芳香族アミンへの曝露が膀胱がんの発症に強く関与していたことが示唆された。ただし分析に用いたデータの都合上、膀胱がん罹患に対する寄与度を芳香族アミン別に分離して定量的に示すことは困難であった。ヒト膀胱がん腫瘍組織を用いた臨床病理学研究では、本年度は、昨年度に施行した芳香族アミン取扱事業所で発生したヒト膀胱がんと、芳香族アミン類のばく露のない膀胱がんについて次世代シークエンサーを用いたがん関連遺伝子の変異スペクトラム解析を行った。両者の遺伝子変異数、遺伝子変異スペクトラムに有意な差は認められなかった。
公開日・更新日
公開日
2020-11-19
更新日
-