国立病院療養所におけるコンピュ-タネットワ-クを用いた糖尿病の二次予防・三次予防に関する多施設前向き研究

文献情報

文献番号
199800764A
報告書区分
総括
研究課題名
国立病院療養所におけるコンピュ-タネットワ-クを用いた糖尿病の二次予防・三次予防に関する多施設前向き研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
大石 まり子(国立京都病院)
研究分担者(所属機関)
  • 中原俊隆(京都大学医学部)
  • 山本和利(京都大学医学部)
  • 森川博由(福井大学)
  • 平塚任(国立西埼玉中央病院)
  • 谷川博美(国立療養所東佐賀病院)
  • 成宮学(国立西埼玉中央病院)
  • 能登裕(国立金沢病院)
  • 大星隆司(国立大阪南病院)
  • 加藤泰久(国立名古屋病院)
  • 河野茂夫(国立京都病院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 健康科学総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
5,550,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
糖尿病医療においては合併症の抑制が重要であるが、現在まで継続的合併症発
症率調査は日本にはほとんどなく、治療効果、医療体制を評価するシステムもない。本研
究の目的は以下の通りである。①未治療糖尿病初診患者を対象に診断から治療導入の時
期の現状と問題点を調査し、解決策をさぐる。②糖尿病の治療開始時から患者を登録・
追跡調査し、合併症発症の実態を前向きに調べる。③合併症発症と臨床成績の関係を調
査し、合併症二次・三次予防対策を探る。④デ-タの送受信、検索のためのコンピュ-
タ通信を用いた糖尿病デ-タベ-スネットワ-クシステムを構築する。
研究方法
国立病院・療養所糖尿病ネットワ-クグル-プの20施設に未治療で初診した
2型糖尿病患者を対象とする。デ-タ収集には本研究のために作成した初診時登録票およ
び1年毎の追跡調査票によるデ-タベ-スを用いる。研究分担者および協力者は1年毎
に調査票を糖尿病ネットワ-クセンタ-(国立京都病院糖尿病センタ-)に送り、センタ
-でデ-タの管理・分析を行う。各施設に来院しなくなった患者に対しては、年1回郵
送によるアンケ-ト調査を行い、現在の治療状況と臨床成績について情報を得る。
森川は以上のデ-タを各施設の端末機で入力し、デ-タを送信し、かつ分析されたデ-タ
を閲覧、検索できるネットワ-クシステムを構築する。
谷川は佐賀県北茂安町の住民基本健診受診者を対象に、生活習慣・遺伝背景を調査し、糖
尿病発症要因としての生活習慣の意義を検討すると共に、健診後の受療行動を調査し、健
診の有用性と初期の治療導入の重要性、問題点を検討する。
山本、大石、大星、成宮、能登は、次年度より糖尿病初期治療における薬物治療の有用性
を検討するために、無作為化比較対照試験(RCT)を計画検討する。
結果と考察
われわれは1995年より本研究の登録を開始している。今年度は登録1年後
の成績をまとめた。初診時に登録され、1年目追跡調査に協力を得られた施設の866名中、
1年目の成績が得られた588名が解析対象となった(回収率68%)。治療中断10例、死
亡3名で死亡例のうち1名は突然死、2名が癌死であった。患者の平均年齢は56.8歳、
平均罹病期間4.2年である。①HbA1cは初診時平均9.3%から6.7%へ、BMIは平均24.0
から23.2へ、体重は平均1.5kg減少していた。②合併症有病率:単純性網膜症12.6%、
前増殖性網膜症3.2%、黄班症0.5%、失明0.3%、アルブミン尿14.2%、間歇性蛋白尿、
蛋白尿5.1%、腎不全0.2%、神経障害あり23.9%であった。高血圧37.2%、高脂血症35.2%、
虚血性心疾患7.3%、脳血官障害3.7%であった。③合併症発生率:網膜症新規発症は右
2.7%、左3.8%、悪化率右4.0%、左4.5%、改善率両眼とも0.7%(3例)であった。腎
症の新規出現率6.1%、悪化率4.3%、改善率1.2%(6例)であった。神経障害進行率3.9%、
改善率0.2%、高血圧新規発生率3.3%、改善率0.4%、(2例)、高脂血症新規発生率9.2%、
改善率2.3%、虚血性心疾患出現率2.7%、脳血管障害出現率1.9%、閉塞性動脈硬化症出
現率1.0%であった。④合併症の進行例、非進行例の初診時HbA1cを比較すると腎症、
網膜症いずれも進行例で有意に初診時のHbA1cが高値であった(各々9.9±2.6%vs9.0
±2.4%、p<0.02、10.1±2.4%vs9.0±2.4%、p<0.01)。受診契機別でみると、網膜症進
行例は検診群の6.7%、自覚症状群の9.5%、腎症進行例は検診群の8.9%、自覚症状群の
13.3%で検診群で少ない傾向はあったものの、統計学的には有意でなかった。⑤1年後の
治療法をみると約50%は非薬物治療でコントロ-ルされていた。SU薬治療が20%、イ
ンスリン治療が12%、ついでBG薬が7%でノスカ-ル2%、αGI1%であった。SU薬
と他の内服薬との併用が合わせて8%であった。検診群は65%が非薬物療法であったが、
自覚症状群は39%のみ、他の疾患群は48%が非薬物療法であり、検診群は有意に薬物治
療を必要とする割合が少なかった(各々p<0.001、p<0.05vs検診群)。なお検診群、自覚
症状群、他疾患群の1年目の平均HbA1cは各々6.5%、6.7%、6.5%で差はなかった。⑥
栄養指導・患者教育を受けた群では網膜症進行率、腎症進行率いずれも低い傾向(各々
9.3%vs10.6%、10.1%vs13.1%)であり体重減少した例の割合も多い傾向がみられたが、
統計学的には有意でなかった。⑦森川はWWW-DB連携システムを構築中である。今年度は
各施設の情報端末でWWWプラウザを利用して患者登録票、追跡調査票の入力を可能とした。
さらに治療管理システムとしてISLAND(森川作成の既存ソフト)をベ-スに来年度から
のRCTにそなえて、各施設で独自に割り付けを可能とする機能を付加した。⑧谷川は、
佐賀県北茂安町の住民健診調査から健診により糖尿病を発見された群の受療率が高く、健
診とその後の指導による継続的治療への導入が糖尿病二次予防に有効であることを示した。
今年度の成績は糖尿病の治療開始後1年目の成績であり、また588名の成績であるが、
すでにこの1年で細小血管障害の新規出現や悪化が3~6%にみられた。また3名の死亡
がみられ、うち1名は突然死であった。これら合併症の出現、悪化例は1年目のHbA1cが
非出現群と差がなかったが、初診時のHbA1cは有意に高かった。また統計学的に有意では
なかったものの検診群で自覚症状群よりも合併症進展率が低い傾向にあり、さらに長期に
観察すれば有意差が期待できる可能性があり、糖尿病の早期発見の重要性を示唆する成績
と考えられる。また1年後のHbA1cに差はないものの検診群で非薬物治療の割合が多く、
発症早期の指導、治療の有効性がみられた。
本研究は糖尿病患者を登録し、長期に追跡調査することが治療介入の有効性や問題点
を明らかにするために重要であることを示唆している。一方、1年目の追跡率が68%であ
り、特に大都市や大病院では転居、転院など患者の定着率が悪く、長期調査の困難性も示
唆された。追跡調査のために患者へのアンケ-トやかかりつけ医との連携、登録時のイン
フォ-ムドコンセントによる患者の自主的参加の要請など、工夫が必要であることが明ら
かになった。
登録、管理システムを実施運営しやすくすることがこの研究の継続の鍵となる。森川
により開発されたコンピュ-タ入力システムは、操作が簡便であり、研究参加者が継続運
用するのに有用と思われる。今後は実際に情報通信システムにのせて、デ-タの管理上の
問題を解決していく予定である。
今年度までの記述的調査は今後も継続するが、次年度よりさらにHbA1c管理目標と、
αGIおよびBG治療の無作為化対照比較試験を開始し、初期治療のあり方と、これら薬物
の位置づけについての研究を加えてすすめる予定である。
結論
本研究は糖尿病の治療開始初期より患者登録し、継続的に追跡調査することにより、
合併症の出現、進展に関する疫学情報を得ることができるとともに、治療介入効果の評価
のための重要な資料となり、その成果は糖尿病の二次・三次予防対策に生かして患者の健
康増進に役立つ。情報通信システムを用いた研究体制は他の疾患研究にも応用でき、多施
設共同大型研究の推進に役立つと考えられる。

公開日・更新日

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