疫学研究におけるインフォームド・コンセントに関する研究と倫理ガイドライン策定

文献情報

文献番号
199800757A
報告書区分
総括
研究課題名
疫学研究におけるインフォームド・コンセントに関する研究と倫理ガイドライン策定
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
玉腰 暁子(名古屋大学医学部)
研究分担者(所属機関)
  • 菊地正悟(順天堂大学医学部)
  • 小橋元(北海道大学医学部)
  • 斎藤有紀子(明治大学法学部)
  • 杉森裕樹(聖マリアンナ医科大学)
  • 中村好一(自治医科大学)
  • 武藤香織(医療科学研究所)
  • 山縣然太朗(山梨医科大学)
  • 鷲尾昌一(北九州津屋崎病院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 健康科学総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
-
研究費
5,550,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
諸外国では、疫学研究の場でも近年インフォームド・コンセント(以下IC)の必要性
が重視され始め、ガイドラインが策定されるなど、研究に際し従来とは違った対応が求めら
れている。日本でも近年テーマとして取り上げられ始めているが、今までにICの必要性が説
かれてきた臨床の現場に比較し、疫学研究は対象者の数が多く、対象者の身体への侵襲度が
比較的低いという特質があるためか、その動きは十分とは言えない。そこで、疫学研究にお
けるICを中心とする倫理的問題の実状を研究者、対象者の両側面から把握することを第一の
目的とする。さらに、第二の目的として、包括的に把握した現状と諸外国での実状を勘案し、
ガイドラインを策定することを目指す。
研究方法
1.疫学研究におけるインフォームド・コンセントの実態調査。既に学会報告や論
文の形で研究を発表した日本の疫学研究者490名を対象に、発表された研究におけるICの実
施状況などについて、無記名の自記式調査を依頼した。調査依頼状には、調査の目的、内
容、目的外使用のないこと、発表の予定を明記するとともに、回答を依頼する研究を指定
した。調査票は1998年9月2日に発送した。2.一般住民に対する疫学研究の倫理的問題に関
する意識調査。兵庫県H町において、1999年1月の住民健診の場を利用し、住民健診終了後
にアンケート調査を実施した。健診受診者全員に対し健診受付時にアンケート調査への協
力依頼を呼びかけ、健診終了後に自主的に調査テーブルを訪れた受診者ならびに役場職員
を調査対象とした。調査は、4ないし5人の班員もしくは面接調査に慣れた調査員が、待機
順に行った。ア ンケートの様式は質問票を用いた聞き取り調査で、構造化面接の方法を用
いた。3.諸外国における疫学研究の倫理的問題についての情報収集および整理。これまで
に海外の資料として収集したガイドラインや法令を読み、ICと医療上の記録に関連する箇
所の規定内容を比較した。収集した資料は、(1)WHOの傘下にあるCIOMS(Council for Inte
rnational Organizations of Medical Sciences)「疫学研究の倫理審査のための国際的指
針(以下、CIOMS/WHO疫学ガイドライン)」(2)Royal College of Physicians of London(以
下RCP)「ヒト被験者を伴う研究における倫理委員会での審査の実践におけるガイドライン
(以下RCPガイドライン)」(3)Industrial Epidemiology Forum(以下、IEF)が策定した「疫
学研究者のための倫理ガイドライン(以下、IEFガイドライン)」(4)ミネソタ州の「健康の
記録へのアクセス(Access to Health Records)(以下、ミネソタ法令)」である。これらを
用いて、集められた資料をもとに議論の流れを整理することを試みた。
結果と考察
研究者を対象に疫学研究におけるICの実態調査を実施したところ、回収率は68
.9%であり、全体で70.6%の研究において何らかの説明が、47.3%の研究において同意の確認
が行われていることが明らかとなった。詳細に検討すると、研究の種類、対象者の属性な
どにより、説明と同意確認の割合のみならず実施方法なども異なっており、疫学研究の類
型化を行ないながらICのあり方を検討していく必要があると考えられる。また、対象者が
内容をよく理解できるような説明でなくては、本来のICの説明とは言えないであろう。我
々研究に従事するものは、口頭であれ文書であれ形式的な説明ではなく、対象者の理解を
促すよう努力するべきである。一般に疫学研究の対象者は多く、侵襲は少ない。したがっ
て、個々の対象者に対しICを行なうことは数の上から現実的でなく、さらにわざわざ知ら
せることで対象者に不信感、不安感を生じさせる可能性を避けてもよいのではないかとい
う意見も出てこよう。実際説明や同意確認を行なっていない理由の最多は「対象者にとり
わけ不利益のない研究なので倫理的な問題がないと考えた」であった。しかし、研究内容
を知らされたときの対象者のその研究に対する 態度は不明である。今回実施したH町の
住民調査対象者の多くは、疫学研究とはどのようなものかほとんどイメージを持っていな
い状況であった。そのような中で、健康情報を疫学研究に利用する際に 、肝炎ウィルス、
エイズウィルス、遺伝子解析、および生活習慣では、個別に説明が必要との回答が6割以
上あり、研究者の抱いている倫理的な問題のありなしがそのまま対象者にも当てはまると
は言い難い。したがって、ICを取らないような疫学研究を企画立案実施する場合に、第三
者的な機関での審査の必要性を検討する必要があろう。イギリスには、地域ごとに設けら
れたLocal Research Ethics Committees(以下、LREC)をベースとして、医学研究の倫理的
審査を行う制度があるため、CIOMS/WHO疫学ガイドラインに準じた疫学研究に特化したガ
イドラインを設けず、扱う材料や研究デザインによって倫理的審査のあり方を若干変容さ
せるという方法をとっている。アメリカでもいくつかの疫学研究者団体が倫理的な問題を
検討する機関を設けたが、イギリスと異なるのは、疫学研究者団体が倫理的な審査のガイ
ドラインではなく、行動規範にあたる倫理コードを策定した点である。倫理的な審査制度
としては、アメリカではイ ギリスのLRECにあたるものとして、IRB(Industrial Review
Board, 施設内倫理委員会)がある。ヒトを対象としたあらゆる研究(医学に限らない)はこ
こで審査され、研究の成否を握る制度であることは同 じである。こうした倫理コードが
つくられるのは、なるべく法制化による研究の自由が剥奪されるのを避けるための方策と
も言える。一方、ミネソタ州では「健康の記録へのアクセス(Access to Health Records)
」のうち1996年に修正加筆された個所で、厳格なICを求めるという法令が成立した。それ
によると、医療上の記録は、原則的に当事者の日付入りの同意書がなければ開示されず、
その同意書の有効期限は原則的には1年間となっている。この規定は、研究者自身が策定
したルールに比べ、極めて具体的でかつ厳しい内容のものであり、いくつかの理由からバ
イオエシックスの研究者からも医学研究者からの批判もあると聞いている。しかし、なし
崩し的に行われてきた医学的研究の慣習を、いまのところでは最も徹底的にリセットした
法律であるという評価は可能である。倫理的審査のガイドラインについては、日本でも既
に検討が始まっている。しかし、その審査の場となる可能性が高い、現在の大学医学部・
医科大学の倫理委員会では、先端的な医学研究ばかりが対象となっており、観察的な疫学
研究が審査されてこなかった点は問題である。また、特に疫学研究者は公衆衛生の実践の
場を基盤とし大学に在籍していると は限らないため、各大学の倫理委員会が地域の拠点
審査機関として広く活用されなければ、審査を受けられない研究者も出てくる。ガイドラ
インに実効性を持たせるためには、制度的な基盤づくりも同時に並行していくことが不可
欠である。今後、日本で検討していくうえで望ましいと考えられるプロセスは、疫学研究
をも含めた倫理的審査のガイドラインや制度が整う一方で、疫学研究者自身の倫理コード
をも策定していくことだと考えられる。そのプロセスでは、論点となるべきところを絞り
込むまでに十分な議論を行なう必要がある。日本で議論する場合にも、根源的な議論から
積み重ねていくことが非常に大切である。そのためにも今回、研究者の立場から捉えた日
本の疫学研究におけるICの実態が明らかになったことの意義は大きいと考える。住民対象
調査は、今回限られた一地域住民のみで日本全体を代表しているとは言えず、また疫学研
究の全ての側面を調査したわけでもない。したがって、今後対象者、調査内容を変え、調
査を継続していく必要がある。今回、その他の研究として、1.疫学研究におけるICにおい
て問題となる事項の議論の共通の基盤とするために、同意、自己決定権、守秘義務に関連
する法律の整理2 .疫学研究における遺伝情報について、その活用と遺伝情報の特殊性を
概説、遺伝医学における他機関から公表されているガイドラインを紹介し、これらをもと
に疫学研究における遺伝情報取り扱いに関するガイドライン作成にあたっての課題の列挙
3.疫学研究におけるICとプライバシー保護について、既存のガイドライン、生命倫理の原
則と合わせて検討4.非医学系学生を対象として、ICと疫学研究についてアンケ-ト調査5.
我々の活動の基盤となってきた疫学会「疫学の未来を語る若手の集い」におけるICに関す
る議論のまとめ6.疫学研究におけるICにおいて問題となる事項の議論を効率的に進めるこ
とを目的として、問題点や論点の整理、を行なった。
結論
大きく3つの柱、1.疫学研究におけるインフォームド・コンセントの実態調査、2.一
般住民に対する疫学研究の倫理的問題に関する意識調査、3.諸外国における疫学研究の倫
理的問題についての情報収集および整理、を中心に活動を進めるとともに、法的側面の検
討を行なってきた。これらの研究を推し進める一方、疫学研究におけるICにおいて問題と
なる論点を整理し、ガイドライン策定へ向け十分な議論を尽くしていくことが必要である。

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