脳卒中の危険因子としての糖尿病の疫学研究

文献情報

文献番号
199800756A
報告書区分
総括
研究課題名
脳卒中の危険因子としての糖尿病の疫学研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
藤島 正敏(九州大学医学部第二内科)
研究分担者(所属機関)
  • 島本和明(札幌医科大学医学部第二内科)
  • 鈴木一夫(秋田県立脳血管研究センター疫学研究部)
  • 加藤丈夫(山形大学医学部第三内科)
  • 嶋本喬(筑波大学社会医学系地域医療学)
  • 田中平三(東京医科歯科大学難治疾患研究所社会医学研究部門(疫学))
  • 岡山明(滋賀医科大学福祉保健医学講座)
  • 日高秀樹(三洋電機連合健康保険組合保健医療センター)
  • 佐々木陽(大阪府立成人病センター)
  • 伊藤千賀子(広島原爆障害対策協議会健康管理センター)
  • 柊山幸志郎(琉球大学医学部第三内科)
  • 林邦彦(群馬大学医学部保健学科医療基礎学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 健康科学総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
-
研究費
20,350,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
わが国では、脳卒中のリスクが欧米諸国に比べて高く、寝たきりや痴呆の最大の原因と
なっている。一方、近年日本人の生活習慣が欧米化したことによって、糖尿病の患者数が全国レ
ベルで急速に増加しており、今後高血圧に代わる脳卒中の重要な危険因子として注目される。そ
こで本研究では、全国を網羅する形で選出された地域・職域の集団において、糖尿病と脳卒中の
関係を疫学的手法により検討する。
研究方法
本年度は、各分担研究者の担当する対象集団の調査スタイル、研究の進行状況に合わ
せて、糖尿病と脳卒中の関係について各自独自のアプローチで研究を遂行した。①藤島は、1988
年に75gOGTTを受けた40歳以上の福岡県久山町住民2,424名を8年間追跡し、アメリカ糖尿病協会(
ADA、1997年)の新基準に基づく耐糖能レベルと脳梗塞発症の関係を検討した。②岡山は、1980年
の循環器疾患基礎調査受診者のうち9,768名を14年間追跡した成績より、随時血糖値が脳卒中死亡
に及ぼす影響を調査した。③島本は、1977年に50gOGTTを受けた北海道端野・壮瞥町の住民1,819
名(平均年齢51歳)を18年間追跡し、耐糖能異常が生命予後に及ぼす影響を分析した。④嶋本は、
東北、関東、四国、近畿の4農村、1都市近郊の住民健診を受診した10,532名(40-69歳)を平均15
年間追跡し、健診時の血糖値とその後の脳卒中発症の関連を検討した。⑤伊藤は、1969-97年にOG
TTを受けた広島市民17,615名(平均年齢63.4歳)を対象として1997年まで追跡し、糖尿病と心血
管系疾患死亡の関係に加え、糖尿病例における虚血性心疾患および脳血管障害死亡に与えるLDL-c
holesterol値の影響を検討した。⑥佐々木は、初診時35歳以上のインスリン非依存糖尿病患者1,8
50名を平均 7.9年間追跡し、糖尿病患者における脳卒中の罹患状況ならびにその危険因子を分析し
た。⑦日高は、1980-83年に滋賀県愛東町の成人病健診を受検した住民1,730名を対象に18年間追跡
し、OGTT負荷後尿糖陽性者の生命予後を調査した。⑧鈴木は、秋田県5町村の住民5,026名につい
て、血糖値(≧126mg/dl)あるいはヘモグロビンA1c(HbA1c、≧7%)の値より糖尿病有病率を推
計した。⑨田中は、新潟県S市のモデル地区住民1,239名において、HbA1c値(≧6%)より糖代謝
異常の頻度を調べた。⑩柊山は、 1997年度に人間ドックを受診した沖縄県人9,914名について、
空腹時血糖(≧126mg/dl以上)、HbA1c値(≧7.0%)、糖尿病治療歴より糖尿病の有病率を推計
した。⑪加藤は、1995-97年に75gOGTTを受けた、脳卒中の既往のない山形県舟形町住民102名を対
象として、脳MRI検査で発見された無症候性脳梗塞と耐糖能異常の関連を検討した。⑫林は、観察
的疫学研究にメタ・アナリシスを応用するに当たっての問題点と限界を検討した。
結果と考察
①(藤島)糖尿病群における年齢調整後の脳梗塞発生率は、男女とも正常群に比べ有
意に高かった。多変量解析では、男性において糖尿病は脳梗塞発症の有意な独立した危険因子と
なった。近年、男性において脳梗塞に与える糖尿病の影響が増大していることが示唆される。②
(岡山)男女とも血糖値の上昇とともに脳卒中死亡の相対危険度は有意に上昇した。多変量解析
でも、血糖値は脳卒中死亡の独立した有意な危険因子となった。脂肪摂取量の増加など食生活の
変化が、耐糖能異常の増加に関連している可能性が高く、生活習慣の適正化が脳卒中の予防に重
要と考えられた。③(島本)18年間の累積生存率は正常耐糖能群、境界型糖尿病群、糖尿病群の
順に有意に低下した。男性の耐糖能異常群では、年齢調整後の総死亡の相対危険が有意に高かっ
た。また、耐糖能異常群の脳・心血管累積死亡率も正常群に比べて有意に高かった。しかし、耐
糖能異常は脳卒中死亡の有意な危険因子とならなかった。高血圧治療による脳卒中の軽症化が示
唆される。④(嶋本)老健法の判定基準による糖尿病域の高血糖では、年齢調整後の全脳卒中発
生率が男女とも正常域、境界域に比べて高い傾向を示したが有意差はなかった。多 変量解析
でもこの傾向に変わりなかった。脳卒中を病型別に分けて検討する必要があると考えられる。⑤
(伊藤)糖尿病は、虚血性心疾患および脳血管障害死亡の有意な危険因子となった。糖尿病者で
は、LDL-cholesterol値とともに虚血性心疾患死亡率が上昇した。一方、低LDL-cholesterolレベ
ルでは脳血管障害死亡率の上昇がみられることから、LDL-cholesterol値は 100-159mg/dlに管理
することが望ましいと考えられた。⑥(佐々木)初診時に脳血管疾患既往歴を有する者を除いた
集団からの脳血管疾患(脳死または脳卒中発作)の発生率は男性の方が高く、男女とも加齢とと
もに著明に上昇した。また、多重ロジスティック・モデルによる検討では、性、年齢に加え、初
診時の収縮期血圧、空腹時血糖値、蛋白尿が脳血管疾患発症の有意な独立した危険因子となった。
以上の成績は欧米の報告とよく一致してた。⑦(日高)初回受検時に、OGTT1時間後の尿糖が陽性
であった住民の18年間の粗累積死亡率は22.3%、尿糖陰性者は11.2%で、尿糖陽性者の生命予後
が悪かった。女性でその傾向が強かった。耐糖能異常は総死亡のリスクになるといえる。⑧(鈴
木)糖尿病が疑われる者は男性9.7%、女性5.9%で、男性の頻度が高かった。さらに、秋田県の
脳卒中発症登録から得られた脳卒中発症率の期待値をこの集団に当てはめると、男女合わせて糖
尿病者362名から年間1名の割合で脳梗塞が発症すると推定された。⑨(田中)耐糖能異常者の割
合は、男性10.7%、女性4.5%で男性の方が大きかった。年齢階級別に男女を比較しても同様の成
績であった。また、高齢者の方が若年者よりも耐糖能異常者の割合が大きかった。厚生省が1998
年に発表した糖尿病実態調査の概要と比較すると、男性ではほぼ同様であったが、女性ではむし
ろ低かった。⑩(柊山) 糖尿病有病率は6.8%(男性8.4%、女性4.2%)で、加齢とともに増加
した。糖尿病患者では収縮期血圧が有意に高く、拡張期血圧が低いことから,この群ではすでに
動脈硬化が進行していることが予想される。⑪(加藤)MRI画像所見の病巣部位、大きさ、数など
を考慮して求めた脳虚血スコアは、耐糖能レベル間で有意差は認めなかった。脳虚血スコアが3.0
以上を無症候性脳梗塞群として、その危険因子をロジスティック解析で検討したところ、年齢、
高血圧が有意な危険因子となったが、耐糖能異常、高脂血症、肥満は有意な危険因子とならなか
った⑫(林)メタ・アナリシスは、多くの問題点や限界はあるものの、様々な領域の観察的疫学
研究に用いられている。わが国の糖尿病と脳卒中の関連を明らかにするに当たり、国内での疫学
研究をメタ・アナリシスによって検討することも有用である。
結論
①(藤島)最近の地域住民では、糖尿病は脳梗塞発症の有意な危険因子となるが、その影響
には男女差が存在する。②(岡山)随時血糖値の上昇とともに脳卒中死亡のリスクは上昇し、血
糖値は脳卒中死亡の独立した有意な危険因子となる。③(島本)耐糖能異常は、総死亡および脳・
心血管死亡の有意な危険因子となる。④(嶋本)老人保健法の判定基準による糖尿病域の高血糖と
、全脳卒中発生率の間には有意な関連は認めない。⑤(伊藤)糖尿病は脳血管障害死亡の有意な危
険因子となる。一方、低LDL-cholesterolレベルでは脳血管障害死亡率の上昇がみられる。⑥(佐
々木)糖尿病者では、男性、年齢、収縮期血圧、空腹時血糖値、蛋白尿が脳血管疾患発症の有意な
独立した危険因子となる。⑦(日高)OGTT後に尿糖陽性を示す者は、生命予後が約2倍不良である
。⑧(鈴木)秋田県5町村における糖尿病有病率は,男性9.7%、女性5.9%と推定される。⑨(田
中)新潟県S市モデル地区では、耐糖能異常者の割合は男性の方が高い(男性10.7%、女性4.5%
)。⑩(柊山)沖縄県の人間ドック受診者では、糖尿病有病率は男性8.4%、女性4.2%と推定され
る。⑪(加藤)山形県舟形町住民では、無症候性脳梗塞と耐糖能異常の間には有意な関連はない。
⑫(林)メタ・アナリシスは観察的疫学研究においても応用可能である。

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