災害犯罪時のストレス性障害の予後予測とヒアリング技法の研究

文献情報

文献番号
199800749A
報告書区分
総括
研究課題名
災害犯罪時のストレス性障害の予後予測とヒアリング技法の研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
金 吉晴(国立精神・神経センター精神保健研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 笠原敏彦(国立国際医療センター)
  • 小西聖子(東京医科歯科大学難治疾患研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 健康科学総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
3,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
災害犯罪等に伴って生じるストレス反応を評価するとともに、その経過に影響する要因を抽出し、かつ治療的な指針を提出する
研究方法
事例として、ペルー日本大使公邸人質占拠事件と性犯罪による相談事例を選んだ。前者については、対象:日本人元人質とその家族。該当する元人質24名のうち、2名を除いて、以下に述べる少なくともひとつの時期に面接を行った。また在ペルーの日系ペルー人1名も対象に加えた。面接:精神科医師3名(金吉晴、笠原敏彦、小西聖子:例外的に2名)が同席面接を行い、人質に対しては事件の発生から面接時天満での時間経過に沿って、事件への巻き込まれ方とその都度の心理的な状態、精神症状を尋ねた。精神症状についてはPTSDおよび一般的な不適応反応に見られるものを列挙したチェックリスト(各症状のついての有無をたずねるもの)を作成して用いた。時期:第一次)平成9年4月22日の公邸解放後、政府医療班としての現地での活動中。民間人と政府関係者の一部に面接を行った。また解放後約一週間から三週間後に、日本に順次帰国した人質のうち、査入院となったため、同院において面接を行った。第二次)その後、民間人元人質の一部について、日本国内で個別に面接を行った。第三次)平成10年9月にペルーに上記3名が赴き、現地に残っていた日本人元人質全員と面接をした。それぞれの時期において可能な限り家族とも面接を行った。
またこれと関連して、性被害の実態を明らかにするために、東京都3地域より多段層化抽出により20歳から59歳迄の成人女性を2400人抽出し、mail-mailによりアンケート調査を行った。調査票は人口統計学的項目、GHQ12項目、性暴力被害に関する質問項目、IES-R、直近の出来事に関する質問項目、自由記述欄より構成されている。
結果と考察
1)ペルー人質事件調査
① 本事件の日本人元人質のメンタルヘルスは比較的良好であり、発生後1年半を経過して、PTSD診断に該当するものはいなかった。
② しかし経過中に若干の精神症状、心理的な適応の困難を感じた例がみられている。
③ 人質テロ事件の予後を規定する要因として重視されている、暴力的な場面の目撃ないし体験については、日本人元人質は、解放時まではほとんどみられていない。
④ 解放時の銃撃戦と火災、人質によっては愛着を形成していた若いテロリストの射殺は、急性、一過性のPTSD症状を生じさせる要因となった。しかし拘禁が終了し、日常生活への復帰が順調に行われたため、遷延した者はいなかった。
⑤ 拘禁中のメンタルヘルスの指標として、自分の身体健康が低下しているという感覚があげられているが、本事件においては拘禁中も規則正しい生活が維持されており、赤十字から日本人医師が訪れたり、日本食が差し入れられるなど、衛生、健康面での不安は低かったと思われる。
⑥ 一部に活動性の低下も見られたが、それに対しては、意図的に「冬眠」状態に入ったのだなどと、自分の能動性の現れとして解釈するという認知的な対処行動が見られていた。
⑦ 別の不安的要因として、職場を失う恐怖があり、これは日本人の民間人元人質においては若干認められた。しかし会社からは、復職を保証するような効果的なサポートが多くの場合に与えられていた。
⑧ 家族との交流については、制約はあったものの、手紙を介しての交流が保たれており、好ましい効果をもたらした。
⑨ しかし家族そのものへのサポートについては非常に不十分であり、反省点が多い。特に、メンタルヘルスの専門家が医療班に常駐し、家族に対するコーディネーターとして働くことに必要性が浮き彫りとなった。
2)支持的ヒアリング法の開発
トラウマ体験後の心理的な状態について、いわゆるPTSDの三大症状であるところの、侵入、回避・麻痺、過覚醒が、代表性が高いことが示唆され、今後の調査研究において、コレラの症状を中心として患者の状態を把握することの重要性が示された。
治療的な介入を行った上での追跡研究は、今年度はまだ追跡データが採取できておらず、二年度目にデータの回収と統計解析を行う予定にしている。
3)性被害に関する郵送アンケート調査
調査結果は膨大であるので、全体の解析は次年度に行いたい。
GHQ得点の分布は、この集団の特性の情報を与えると期待される。被害はかなり多く、被害の質によっては長期間経ってもポストトラウマの症状が見られ、精神健康にも影響を与えていることが予想される。過去の性被害のどのような要素が現在の健康に影響を与えているのか、下位症状間の関係はどのようになっているか、今後分析を進めたい。
結論
日本人元人質の事件後のメンタルヘルスは一過性の動揺以外には概して良好であり、PTSD診断に該当するものは生じていない。直接の暴力が少なかったこと、支援体制が整っていたことが好ましい要因であった。家族への支援は不十分であり、医療班への精神科医師の常駐が望ましい。
今後の支援活動の指針としては
① 医療班に精神科専門家を常駐させる。その役割は人質そのもののメンタルヘルスだけではなく、家族の支持、また医療班を含む支援スタッフの精神健康の維持である。
② 拘禁中の人質に対しては心理それ自体を扱うよりも、心理的な配慮に基づいた、現実生活上のサポートが有効である。具体的には
a. 身体健康の管理(日常衛生、医療の保証)
b. 家族の安全の保証
c. 解放後の復職の保証
d. 手紙などによる外部とのコミュニケーションの確保
③ 逆に好ましくない要因としては
a. 拘留期限の不明確さ
b. メディアによる過剰取材
④ 家族に対する支援として、上記の精神医療スタッフによる定期的な面談が必要である。その際にも、心理的問題そのもののカウンセリングよりも、拘禁事件に伴って生じた家族の生活ストレスに重点を置いた現実的な支援が重要である。
⑤ ホットラインを開設し、家族から現地もしくは日本の精神科担当者随時連絡が可能となるように配慮する。実際にこのホットラインを使用することは希であると思われるが、その存在自体が安心感をもたらすと思われる。
治療介入プログラムについては、PTSDの主要症状が、一般的なトラウマ後の精神状態の評価として、日本人患者においても有用であることが示された。
また性被害調査では、意に反した性交を全女性の8%が経験しているなど、性に関する問題の深刻さが浮き彫りとなった。

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