疲労の実態調査と健康づくりのための疲労回復手法に関する研究

文献情報

文献番号
199800748A
報告書区分
総括
研究課題名
疲労の実態調査と健康づくりのための疲労回復手法に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
木谷 照夫(市立堺病院)
研究分担者(所属機関)
  • 生田和良(北海道大学免疫科学研究所)
  • 赤枝恒雄(赤枝医学研究財団)
  • 簑輪眞澄(国立公衆衛生院)
  • 松田重三(帝京大学)
  • 橋本信也(東京慈恵会医科大学)
  • 筒井末春(東邦大学)
  • 西海正彦(国立病院東京医療センター)
  • 松本美富士(豊川市民病院)
  • 松村潔(京都大学)
  • 山西弘一(大阪大学)
  • 倉恒弘彦(大阪大学)
  • 渡辺恭良(大阪バイオサイエンス)
  • 志水彰(関西福祉大学)
  • 西連寺剛(鳥取大学)
  • 三池輝久(熊本大学)
  • 久保千春(九州大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 健康科学総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
5,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
疲労感は肉体的、精神的過労状態や外因性、内因性の各種疾患における警告シグナルとして極めて重要な自覚症である。この警告に応じて心身の安静や疾病の治療が求められ、個体の更なる障害が防がれる。しかし現代社会において、必ずしもこの警告に従い休養が得られるとは限らない。今日一般社会で慢性的に疲労に悩まされている人は多く、日常生活への影響も多大で、疲労への対応は保健、医療における重要な今日的課題である。本研究では、まず我が国社会における疲労の実態を知るため、一般地域住民の疲労状態とそれにかかわる心身への負荷、生活習慣などの因子について疫学調査を行うこととした。 また、欧米の調査によると医師を訪れる患者の20~40%に疲労感があり、それを主訴として受診することが多いとされているが、我が国でのこのような調査は見られない。そこで医療機関受診者の疲労自覚の状況を病名、受診動機との関連などについて調査し、医療対応や患者QOLを考えるうえでの基礎資料を得ることを目的とした。
今日疲労の病態、発現機序については筋疲労を除き中枢性疲労ではほとんど不明であると言っても過言ではない。この中枢疲労を主徴とする、原因不明の疾患に慢性疲労症候群(CFS)がある。この疾患は疲労病態発現の機序を知るうえで好個の研究対象であり、その研究は疲労の本態解明に有力な知見を与えるものと考えられる。このような観点からCFSの病因・病態の研究を本研究の主たるもう1つの課題とした。
これらの研究で得られた成果は多くの人々を悩ませている疲労の予防や回復手法の開発に寄与するところ大なるものと考える。
研究方法
1)地域住民の疲労状態の実態調査:代表的な地方都市の適切な地域を選び疲労自覚保有率、程度のほかライフスタイル、性格なども含めた調査を行う。本年度は良質の情報が得られ、かつ回収率のよい質問票の作製を行う。2)医療機関受診者の疲労の実態調査:疲労の保有率、受診動機への関与、疾患名についてアンケート調査を行う。本年度は調査票の作製と医療機関の選択を行う。3)慢性疲労症候群(CFS)を対象とした慢性疲労の病因と病態の研究:①馬脳炎ウイルスで人の精神病との関連が示唆されている神経好性のボルナ病ウイルス(BDV)のウイルス分離法を確立する。既に我々は抗BDV抗体価陽性とBDV-RNAをCFS患者末梢血から見い出しているが、今後脳材料や末梢血単核球からウイルスの分離を行い感染を確定する。②慢性疲労における代謝異常:遊離カルニチン(FCR)とアシルカルニチン(ACR)はミトコンドリアでの脂肪酸酸化エネルギー産生に関与する物質であるが、CFSでは ACRが特異的に低下していることを既に我々は報告している。このACRの低下の中枢性疲労への関与を調べるため、これをトレーサーとしてPETを用い脳内への取り込みを見る。またACRのアセチル基の脳内各種物質への移行を調べる。乳酸についても同様の検討を行う。③CFSにおける免疫異常、自律神経系の調節異常ならびにサイトカインの病態への関与を検討する。④精神医学的分析により病態への関与を検討する。⑤症例・対照研究により発病の危険因子を調査する。⑥小児における慢性疲労と自律神経調節ならびに不登校との関連を検討する。
結果と考察
我々はミトコンドリアへの脂肪酸の移行とミトコンドリア内でのacetyl-CoAと共役関係にあり、β酸化によるエネルギー産生に関連を持つ遊離カルニチン(FCR)ならびにアシルカルニチン(ACR)をCFS患者で測定したところ血清中FCRには変化がないがACRの有意な低下がみられ、CFSに特異な成績であることを知った。
さらにACRの生体内動態を知るためPETを用いて11C標識ACRのサルでの体内臓器移行をみたところ明らかに脳内に取り込まれていることが判明した。そこで、CFS患者におけるACRの脳内取り込みとその分布を知るためCFS患者8名でACRの脳内取り込みならびにH215Oによる局所脳血流量を調べ健常人8名と対比検討した。脳内血流量は前帯状回、海馬、中脳、橋など種々の部位で低下が認められ、SPECTなどの報告に一致した。極めて興味ある成績はACRの取り込みで、CFS患者では自律神経調節や情動と深く関連するBrodmann24野ならびに意欲やコミュニケーションにかかわるBrodmann9野において特異的に取り込みが低下しており、これは脳内血流の低下とは無関係であった。CFSは各種の症状から大脳辺縁系になんらかの異常が疑われていたが、それを示す客観的な検査上の所見は得られていない。今回のACRの局所的な取り込みの異常とその部の既知の機能からみて、この領域に機能異常が存在するとすればCFS病態の理解は飛躍的に前進したことになる。これまでMRIやCTなどの画像診断ではCFSの脳に明らかな異常は見出されておらず、勿論Broadmann24、および9野に異常がみられたという報告はない。このことは脳神経細胞の壊死、変性などの細胞死を伴う器質的変化はなくとも、機能的異常のみが存在する可能性を示唆している。これはまたボルナ病ウイルスの様な non-cytopathicなウイルス感染による脳神経細胞機能異常の可能性を検索する必要を示すものである。ACRは脳においてどのような働きをしているのかは不明であるが、[2-11C]acety1-carnitineが[1-11C]標識のものより脳内蓄積が大なることは単にacety1基がエネルギー源として利用されるとは考えられない。事実[2-14C]アセチルカルニチンを用いた脳内代謝物解析によりグルタミン酸やアスパラギン酸への合成利用が認められた。今回の成績はアシルカルニチンの脳内での未知の代謝経路や機能物質移行を示唆している。以上の成績はCFSという強い慢性疲労を示す患者にみられたことから、上記のアセチルカルニチン取り込み低下領域は、疲労関連中枢とも理解しうるもので、今後の研究の進展に多大の期待が持たれる重要な所見である。
次に免疫異常ならびに自己免疫・アレルギー疾患との関連についての成績は、CFSでは特異な抗核抗体(抗核膜抗体)の存在が知られていたが、それとは異なる抗体SCS-70が見い出され、かつアトピー性皮膚炎でもこの抗体陽性例のみられることが明らかとなった。CFSでは低力値の抗核抗体が30%以上にみられるが、この発現が病因ならびに疲労病態とどのように関わっているのかは今後の興味あるテーマである。
結論
CFSという疲労を主微とする特殊な疾患でのACR血中レベルの低下という特異な現象に着目し、アセチル基に標識したACRでPETを用いCFS患者の脳内動態をみたろころ、Brodmann24野と9野に限局した取り込み低下を見い出した。これは疲労に関する脳内分子神経メカニズムについての最初の知見と言えるもので、この両野が疲労発現に深く関わっていることを示唆している。またACR アセチル基のグルタミン酸など興奮性神経伝達物質への移行の成績はこの物質が中枢神経機能と密接に関連していることを示唆している。
一般地域住民ならびに医療機関受診での疲労の実態調査は調査票が完成した。

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