高齢者の身体的活動能力水準別運動プログラムの開発に関する研究

文献情報

文献番号
199800744A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢者の身体的活動能力水準別運動プログラムの開発に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
荒尾 孝(財団法人・明治生命厚生事業団体力医学研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 佐々木英夫(広島原爆障害対策協議会健康管理増進センター)
  • 竹島伸生(名古屋市立大学)
  • 木村みさか(京都府立医科大学医療技術短期大学部)
  • 種田行男(財・明治生命厚生事業団体力医学研究所)
  • 松林公蔵(高知医科大学)
  • 辻博明(岡山県立大学短期大学部)
  • 藤原孝之(信州大学医療技術短期大学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 健康科学総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
-
研究費
8,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
高齢者の身体活動能力を維持増進することは高齢者保健活動の重要な目標であり、積極的かつ効果的な対策の推進が求められる。高齢者の身体活動能力は極めて個人差が大きく、安全かつ有効に運動を実施するためには高齢者の身体活動能力に応じた運動プログラムが必要となる。そこで、本研究は高齢者の身体活動能力水準に応じた健康体力の維持増進を図る運動プログラムを開発することを目的とした。 
研究方法
高齢者の身体活動能力水準を高・中・低の3段階に分け、それぞれの能力水準に応じた健康・体力の維持増進を図る運動プログラムを開発するために、以下の内容の研究を実施した。
1. 高活動能力を有する高齢者のための運動プログラムの開発
健康増進センターの健康増進コースを受診する高齢者を対象として、2年間の介入研究を実施した。用いた運動プログラムはゲーム性に富んだ種々の球技と、その前後に約30分づつのストレッチ体操を加えたものとし、指導者の監視下で1回2時間の運動を1週間に2日の頻度で実施した。また、運動習慣のない高齢者を対象として、水中運動と陸上サーキット運動をそれぞれ主運動とするプログラムを用いて3ヵ月間の介入研究を実施した。サーキット運動プログラムは、油圧マシーンとエアロボードを交互に用いた30分間の主運動、10分間の準備運動、および5分間の整理運動の組み合わせとした。水中運動は昨年と同じ内容とした。これらの運動を1週間に3日の頻度でそれぞれ実施した。
2. 地域在住の一般高齢者のための運動プログラムの開発
運動の長期継続が体力や健康に及ぼす効果について検討するために、教室終了後に自主運営の運動クラブに長期間所属している地域高齢者を対象として追跡調査を実施した。調査項目はバッテリーテスト、主観的体力感、GDS、健康状態、身体活動、運動継続性などである。昨年実施した運動習慣形成プログラムを用いた短期介入の教室終了後における運動の継続性とその効果について検討するために、教室修了者および対照者に対して、1年後の追跡調査を行った。調査項目は生活体力の4項目、脚筋力、長座体前屈、シャトルスタミナウォーク、質問紙による1日当たりの運動による消費エネルギー量とした。また、地域高齢者における運動の長期継続効果に影響を及ぼす要因を明らかにするために、数年間にわたり継続的に運動教室に参加している者および新規に参加した者を対象に、1年間の成績と集団属性との関係について検討した。調査項目はADL(8項目)、老研式活動能力(13項目)、QOL(7項目)、神経行動機能(5項目)とし、集団属性については性、年令階級、Frailty、教室出席頻度、運動種目、コレステロール値、血圧値、血圧変動性とした。 
3. 低活動能力を有する高齢者のための運動プログラムの開発
昨年実施した特別養護老人ホーム入居者に対するストック体操プログラムを用いた介入について、その後の継続性とその効果を検討するために、介入終了3ヵ月後と9ヵ月後に追跡調査を実施した。体操の継続性については初期参加率(初回時参加数÷参加登録人数 )、 継続参加率(継続運動実施者数÷初回時参加者数 )、 長期継続率(介入終了後継続運動実施者数÷介入終了時実施者数 )により評価した。効果に関する評価項目は、体力(6項目)、精神的機能(GDS簡易版)、QOL(10項目)とした。また、高齢者の日常生活活動の大きな制限因子である尿失禁に対する改善プログラムの効果について検討するために、医師により尿失禁ありと診断され、書面による本人のインフォームドコンセントが得られた施設入居の高齢障害者を対象に介入研究を実施した。改善プログラムは骨盤底筋群の筋力強化を目的とした骨盤底筋群に対する自動運動を主体とした運動療法とプログラム化した電気刺激による物理療法を組み合わせたものとし、1日40分、1週間に5回の頻度で、6週間実施した。評価項目は、尿漏れパットの重量、尿量、水分摂取量、失禁回数、尿失禁に関わる総費用などとした。
結果と考察
身体活動能力水準別の運動プログラムを用いた介入研究とその後の追跡調査を実施した結果、以下のことが明かになった。
1. 高活動能力を有する高齢者のための運動プログラムの開発
ゲーム性の高い運動プログラムを2年間継続した場合、余暇時運動量の増加、HDLコレステロールの経年的な増加、推定最大酸素摂取量の維持がそれぞれ認められた。また、陸上サーキット運動(P群)と水中運動(W群)プログラムを用いた介入により、生活体力では歩行動作と総合評価得点(P,W 群)、手腕作業(P群)、身辺作業(W群)がそれぞれ有意に改善し、活力年齢ではP群は7.9歳、W群は7.3歳それぞれ有意に若返った。体力ではW群では握力、脚伸展パワー、上体反らしが、P群では脚伸展パワー、立位体前屈がそれぞれ有意な改善を認めた。これらの結果より、水中運動プログラムと陸上サーキット運動プログラムはほぼ同程度の効果が得られ、ゲーム性の高い運動プログラムよりも大きな効果が得られものと思われる。しかし、これらのプログラムは大規模な施設や高価な機械を必要とすることから、実用性の点で問題となる。一方、ゲーム性の高い運動プログラムは、必ずしも効果の点では大きくはないものの、長期継続が可能であり、生活体力などの比較的生体負担度の少ない活動能力を維持するには有効と思われる。従って、これらのプログラムの実施に当たっては、それらを適宜組み合わせて行うことが有用と思われる。
2. 地域在住の一般高齢者のための運動プログラムの開発
教室終了後に4年間継続して運動クラブに所属している者は男女ともに健康感が良好であり、平衡性、柔軟性、敏捷性、持久性が維持され、GDS得点の変動が少なかった。運動クラブを継続している理由は、「楽しい」などの精神的要因が「健康・体力によい」などの身体的要因を上回っていた。運動習慣形成プログラムの介入終了1年後における運動継続率は、非介入群では42.1%、介入群では65.6%であった。介入終了直後に増加した運動による1日当たりのエネルギー消費量は介入終了1年後には減少する傾向がみられた。歩行能力、手腕作業能力、および長座体前屈は有意な介入効果が認められたが、介入終了1年後には低下傾向にあった。また、運動教室で数年間にわたって運動を継続している者の神経行動機能は非運動群よりも優れており、その効果は運動開始1年以内で顕著であり、その後は維持されていた。これらの結果より、地域在住の一般高齢者が歩行やストレッチ体操などの簡単な運動を長期継続することにより、身体的効果のみならず、精神的および社会的な効果が期待できる。そして、それらの運動を継続するためには実施可能性の高い運動内容と共に、運動に対する積極的な態度を形成し、精神的な満足感が得られるような場とする等の支援対策が必要と思われる。
3. 低活動能力を有する高齢者のための運動プログラムの開発 
ストック体操プログラムを用いた介入終了後の体操の実施率は時間経過とともに低下し、9ヶ月後には44 %であった。全期間を通じ週2回以上の頻度で体操を実施した者の割合は65%であった。GDS得点は介入終了後男女共に増加し、QOLは一部の項目で向上し、体力は脚筋力、Functional Reach、UP & GO テストでわずかに向上がみられた。また、尿失禁治療プログラムを実施した結果、1日当たりの尿失禁回数が平均6.71回から1.64回へと大きく減少し、その改善効果による尿失禁のケアに関わる経費の節約効果は、年額換算で1名当たり38万円ないし138万円であった。これらの結果より、ストック体操は活動能力の低い高齢者の歩行能力の改善に有効と思われる。しかし、GDS得点が介入後の時間経過に伴い増加することは、今後の課題である。尿失禁に対する本プログラムの治療効果が大きく、そのことによる経費の節約効果も大きいことは、高齢者個人のQOLの改善のみならず、わが国の医療費や介護費用の低減を図るうえでも重要な意義をもつものと思われる。
結論
高活動能力を有する高齢者の運動プログラムとしては、短期間に効率良く大きな改善効果が得られる水中運動や陸上サーキット運動を主運動としたトレーニングプログラム、および長期間継続できるゲーム性の高い軽運動を主運動とした軽運動プログラムがそれぞれ有効である。地域在住の一般高齢者の運動プログラムとしては、実行可能性の高い歩行やストレッチ体操などを主運動とした非監視型の運動プログラムと健康教育や行動科学的な理論を取り入れた支援プログラムからなるものが有効である。施設などに入居している低活動能力の高齢者に対する運動プログラムとしては、ADLやQOLの維持改善の観点から、歩行などの移動能力の改善を目的としたストック体操や日常生活活動の大きな制限要因である尿失禁などに対する改善プログラムが有効である。

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