保健サービスの効果の評価に関するコホートおよび介入

文献情報

文献番号
199800716A
報告書区分
総括
研究課題名
保健サービスの効果の評価に関するコホートおよび介入
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
辻 一郎(東北大学大学院医学系研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 大森浩明(東北大学大学院医学系研究科)
  • 永井謙一(岩手県立大迫病院)
  • 一柳一朗(青森県立高等看護学院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 健康科学総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
-
研究費
11,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
疾病予防と健康増進に向けた保健サービスの拡充により健康な生存期間(健康寿命)を延長できれば、国民の生活の質の向上および社会保障資源の効率的運用への貢献は大きい。本研究の目的は、各種の保健サービスについて、コホート研究及び無作為割り付け対照試験(RCT)により、その効果と効率を評価することである。これにより今後の地域保健サービス立案のための基礎資料を提供し、もって費用効果的な疾病予防対策の確立に資することを目指す。そのため、4名の研究者による共同研究を実施した。
研究方法
(1) 生活習慣と地域保健サービスが医療費に及ぼす影響に関するコホート研究(辻) 対象は、宮城県大崎保健所管内の国民健康保険加入者(40~79歳)で平成6年末のベースライン調査回答者52,029名であり、平成7年1月から国保レセプトとのリンケージにより入院・入院外別の受診回数と医療費を追跡している。なお生活習慣データ・ファイルと国保レセプト・ファイルの双方から個人名を削除し、国保番号のみでリンケージを行っているので、すべてのデータは匿名で処理され、研究対象者のプライバシーは保護される。喫煙習慣が医療費に及ぼす影響に関する研究として、分析に用いた変数に有効回答のあった42,010名を対象に、平成7年1月から平成9年6月までの30ヶ月にわたって、1ヶ月当りの平均受診回数と医療費を算出した。年齢と身体活動能力を補正した多変量解析により、死亡リスク、医療利用状況と医療費について、喫煙群(現在喫煙者と過去喫煙者の双方)と非喫煙群とで比較した。基本健康診査の受診が医療費に及ぼす影響に関する研究として、平成7年基本健康診査受診歴を検索し、受診群と非受診群との間で、基本健康診査後1年間の医療利用状況と医療費について、年齢・性・喫煙・飲酒・肥満度・1日当り歩行時間・身体活動能力を補正した多変量解析で比較した。平成7年1月から健診までに入院歴がある者、上記の補正項目に不明または未回答の者を除外し、解析対象人数は34,469名であった。学歴と生活習慣との関連に関する研究として、分析に用いたすべての変数に対して有効回答のあった34,475名(男性18,568名、女性15,907名)に対して、Breslowによる7つの健康習慣行動について、学歴との関連を検討した。(2) 高齢者に対する運動訓練の効果に関する無作為割り付け対照試験(RCT)(大森) 1998年2月に60歳以上の仙台市民を対象に参加募集を行った。身体運動に対する支障また運動訓練における安全性の確保が困難な者は除外された。同年3月末の訓練前検査で訓練可能と判定された被験者65名に対して無作為割付けを行った。運動群に対して同年4月から9月までの25週間の身体運動訓練を実施した。運動群には仙台市シルバーセンターで毎週3回、1回2時間の運動訓練(静的ストレッチング20分間と低運動強度のリズム体操10分間、自転車エルゴメーターによる持久的訓練、ゴムバンドによる抵抗性訓練(各20~30分間)、静的ストレッチングによる整理運動20分間)を実施した。対照群には同センターで2時間の教室(講義とレクリエーションゲーム)を月2回実施した。被験者から、本研究に参加することの同意を文書にて得た。同年9月末に両群に再検査を実施し、最大酸素摂取量を訓練前後で比較した。(3) 家庭血圧測定に基づく高血圧管理の効果と費用効果に関する介入研究(永井) 岩手県大迫町では昭和62年以来、住民を対象に家庭血圧測定を実施しており、近年では医療費の増加が見られなくなった。その要因を検討するために、この家庭血圧導入前後の期間(昭和56年~平成8年)にわたって、大迫町・近隣の5市町村および岩
手県平均を対象に、医療費と死亡率の推移を分析した。(4) 地域特性に応じた効果的な保健事業推進のための大規模コホート研究(一柳) 平成9年度に青森県の全域の食生活改善推進員とその家族(約2500名)、食生活改善推進員以外の近隣の世帯の者(約2500名)を対象に実施したコホート研究ベースライン調査を解析した。調査内容は心理的要因(ストレス適応度調査、主観的健康観尺度、生活の質、GHQ)や喫煙・飲酒などの生活習慣であった。食生活改善推進員の世帯員(以下、食改)と食生活改善推進員がいない世帯の世帯員(以下、非食改)との間で、男女別に比較した。
結果と考察
(1) 生活習慣と地域保健サービスが医療費に及ぼす影響に関するコホート研究(辻) 喫煙習慣に関する研究では、非喫煙群に対する喫煙群の死亡リスク(相対危険度)は、男性で1.55と有意に高く、女性でも有意ではないが1.34と増加を認めた。1人当り平均医療費(1ヶ月当り)は、男性では非喫煙群で27,560円に対して喫煙群で30,773円と11.7%高く、統計学的にも有意であった。女性でも有意ではなかったが、非喫煙群(24,927円)より喫煙群(26,210円)で高かった。基本健康診査の受診に関する研究では、1人当り平均医療費(健診後1年間)は健診受診群で221,888円、非受診群で239,259円であり、受診群で9.2%減少していた。この差は統計的に有意であった。一方、1人当り平均診療日数は受診群と非受診群との間で有意な差を認めなかった。学歴と生活習慣との関連に関する研究では、喫煙・飲酒・肥満度・睡眠時間・運動・朝食・間食の7つの生活習慣について、全体として健康習慣と学歴との間には明確な関連がなかった。欧米では高学歴と健全な生活習慣との関連が報告されているが、そのような関係は日本では観察されなかった。(2) 高齢者に対する運動訓練の効果に関する無作為割り付け対照試験(RCT)(大森) 65名の適格者のうち、32名が運動群に33名が対照群に無作為に割り付けられた。25週間の介入期間を通じて、脱落・外傷・心血管系事故はなかった。運動群の最大酸素摂取量は、介入前の23.7ml/kg/分から介入後の26.8ml/kg/分に有意に増加した。対照群でも増加したが、有意ではなかった。最大酸素摂取量の身体運動訓練による正味の改善は2.1ml/kg/分(p=0.040)であった。最大酸素摂取量は、60歳以上では年に0.4ml/kg/分減少するので、運動群の有酸素運動能力は6ヶ月の訓練で5歳相当も若返ったことになる。(3) 家庭血圧測定に基づく高血圧管理の効果と費用効果に関する介入研究(永井) 大迫町の老年人口比率は、近隣の市町村と比べ急速に増大し、平成7年の大迫町の値(24%)は県内でも最高レベルである。しかし、大迫町の国保一般被保険者1人当りの診療費(平成8年:15.2万円)は、最低レベルを続けている(県平均値:17.8万円)。診療費の1人当たり診療費の増加率も、大迫町で最低であった。大迫町の年齢調整死亡率は昭和56-60年には近隣市町村で最高だったが、それ以後、大迫町の死亡率は低下し、平成3-7年には最低であった。同町では悪性新生物・心疾患死亡率が顕著に低下していた。脳血管疾患死亡率は減少しなかったが、近隣市町村のなかでは最低の率を維持していた。(4) 地域特性に応じた効果的な保健事業推進のための大規模コホート研究(一柳) 男女とも、食改の方が非食改より年齢が高く、子供との同居率が低かった。食生活改善推進員の世帯員は、食生活改善推進員がいない世帯の世帯員より、健康的な生活をしており、生活の質も高いことが示された。今後の効果的な保健事業の一つのあり方として、事業を食生活改善推進員の活動を軸に展開することが有用である可能性がある。以上のように、1次・2次予防には健康増進・疾病予防の点で効果があり、しかも医療費の節減も期待できる。来るべき少子高齢社会において、わが国の活力を維持・強化するには、国民全体の健康レベルが十分に高くなければならない。そのため、有効で効率的な1次・2次予防対策を確立し、それを国民各層に浸透させることが必要である。そのための科学的な基礎資料(根拠)を提供することが本研究の目指すところであり、今後とも研究を進めるものであ
る。
結論
各種の保健サービスについてコホート研究及び無作為割り付け対照試験(RCT)の手法で効果と効率を評価した。宮城県大崎保健所管内の国保加入者のコホート研究より、非喫煙者の1人当り平均医療費(1ヶ月当り)は、男性で3,213円(10.5%)、女性で1,283円(4.9%)、喫煙者より安かった。基本健康診査受診者の1人当り平均医療費(1年間)は17,371円(7.3%)、非受診者より安かった。高齢者に対する長期間の運動訓練の効果についてRCTの手法で検証した結果、6ヶ月間の運動訓練により、持久性体力の指標である最大酸素摂取量は2.1ml/kg/分、改善した。これは5歳程度の若返りに相当した。岩手県大迫町で医療費の増加が見られない要因として、悪性新生物・心疾患死亡率の顕著な低下が認められた。脳血管疾患死亡率は減少しなかったが、近隣市町村のなかでは最も低い率を維持していた。1次・2次予防対策の効果と医療経済効果に関する研究は、今後の少子高齢化社会に対応するための方策として重要なものと思われた。

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