化審法で規定された変異原性検出試験(チミジンキナーゼ試験)を改善する手法の開発

文献情報

文献番号
201825001A
報告書区分
総括
研究課題名
化審法で規定された変異原性検出試験(チミジンキナーゼ試験)を改善する手法の開発
課題番号
H28-化学-一般-001
研究年度
平成30(2018)年度
研究代表者(所属機関)
武田 俊一(京都大学 医学研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 本間 正充(医薬品食品衛生研究所 変異遺伝部)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 化学物質リスク研究
研究開始年度
平成28(2016)年度
研究終了予定年度
平成30(2018)年度
研究費
5,231,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
H30年の研究目的は、XPA-/-/XRCC1-/-株が野生型TK6細胞に比べてどれほどTK変異試験による変異原性検出感度が増加するかを決定することにある。武田グループは、典型的変異原性化学物質を使い、それらの変異原性の検出感度を、野生型TK6細胞とXPA-/-/XRCC1-/-株とで比較した。本間グループは、Ames試験陽性だが哺乳類を用いる遺伝毒性試験等で陰性あるいは偽陽性を示す物質をモデル化合物としてTK変異試験を実施した。
 武田らは、XPA-/-/XRCC1-/-株を解析する過程で、従来の学説に反し、XRCC1が紫外線損傷(6-4光産物)とシスプラチン損傷を、ヌクレオチド除去修復(XPAが必須)とは独立して修復していることが解った。ヌクレオチド除去修復はミトコンドリアで機能しない故に、ミトコンドリアDNA(mtDNA)に生じたシスプラチン損傷は修復されないとされてきた。この学説の是非を検証することが、H30年の、2つめの研究目的である。
研究方法
TK変異試験
本間グループは、EURL ECVAM Genotoxicity and Carcinogenicity Consolidated Database of Ames Positive Chemicals(https://ec.europa.eu/jrc/en/ scientific-tools/Ames)のデータベースを参照に、オーラミン、マラカイトグリーン、ナフチルエチレンジアミン、パラフェニレンジアミンを選択し、TK変異試験を実施した。TK変異試験は、OECDガイドライン(TG490)を参考に、用量設定試験から始め、本試験の順に実施した。処理細胞数は107細胞、処理時間は4時間、陽性対照物質はシスプラチン(非代謝活性化条件)とシクロホスファミド(代謝活性化条件)を使用した。武田グループは、TK変異試験の感受性を調べる為の陽性対照(典型的変異原性化学物質)としてcis-diamminedichloroplatinum (II) (cisplatin)、 mitomycin-c (MMC)、 methyl methane sulfonate (MMS) を選択した。
mtDNAに生じたシスプラチン損傷の修復の解析
染色体DNAではなくmtDNAに生じたDNA損傷のみを修復する酵素としてミトコンドリア特異的トポイソメラーゼI(Top1MT)を見つけた。ヒト乳癌細胞株、MCF-7においてTop1MT遺伝子を破壊し、TOP1MT-/- 株を作った。シスプラチン損傷の定量法は無い。野生型MCF-7とTOP1MT-/- 株において、シスプラチン長期曝露時のmtDNAコピー数をdigital PCRにて定量した。
結果と考察
TK変異試験
TK変異の誘導頻度(薬剤処理細胞のTK変異率 – 自然発生TK変異率)を測定した。0.5μMシスプラチンがXPA-/-/XRCC1-/-株にTK変異を誘導する頻度は、2μMシスプラチンが野生型TK6細胞にTK変異を誘導する頻度より高かった。以上の結果からXPA-/-/XRCC1-/-株を使うTK変異試験は従来型TK変異試験(野生型TK6を使う)よりシスプラチンの変異原性検出感度が4倍以上向上したと結論した。同様に、MMCの変異原性検出感度が8倍以上、MMSの変異原性検出感度が約4倍向上した。
 マラカイトグリーンとナフチルエチレンジアミンは、+/-S9mix両条件下でTK変異頻度を上昇させることはなく陰性であった。一方、オーラミンについては、XPA-/-/XRCC1-/-株を用いると+/-S9mix両条件下でTK変異頻度が顕著に上昇し、容易に陽性となった。また、非代謝活性化条件下のパラフェニレンジアミンについては、野生型細胞では陰性であったが、XPA-/-/XRCC1-/-株ではTK変異頻度がわずかに上昇し、統計的有意に陽性となることが分かった。
mtDNAに生じたシスプラチン損傷の修復の解析
8μMシスプラチンを10日曝露するとmtDNAコピー数が野生型は15%しか低下しなかったのに対しTOP1MT-/- 株は70%低下した。
結論
XPA-/-/XRCC1-/- TK6細胞をTK変異試験に応用した場合に、化学物質の変異原性の検出感度が約5倍程度の感度を上げることができた。
 TOP1MT-/- 株はmtDNAへの、化学物質の毒性を検出するバイオアッセイに使える。TOP1MT-/-マウス(取得済み)は、休止期の細胞から成る様々な臓器(抹消神経、腎臓など)でミトコンドリアDNAを損傷することによって毒性を発揮する化学物質を同定するのに有用である。

公開日・更新日

公開日
2019-07-19
更新日
-

研究報告書(PDF)

公開日・更新日

公開日
2019-07-19
更新日
-

研究報告書(紙媒体)

文献情報

文献番号
201825001B
報告書区分
総合
研究課題名
化審法で規定された変異原性検出試験(チミジンキナーゼ試験)を改善する手法の開発
課題番号
H28-化学-一般-001
研究年度
平成30(2018)年度
研究代表者(所属機関)
武田 俊一(京都大学 医学研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 本間 正充(医薬品食品衛生研究所 変異遺伝部)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 化学物質リスク研究
研究開始年度
平成28(2016)年度
研究終了予定年度
平成30(2018)年度
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
 化審法で規定された変異原性検出試験は、30年以上前に開発された手法であり感度があまり高くない(Mutat. Res. 588: 47-57, 2005)。化審法で利用が定められた検出試験の1つ、チミジンキナーゼ遺伝子(TK遺伝子)変異試験とは、細胞を化学物質に曝露し、TK遺伝子を不活性化する変異が入る頻度を定量する、変異原性検出試験である。TK遺伝子に変異が生じないと変異原性を検出できないが故に感度が高くないという弱点がある一方、特異性が非常に高いという長所がある。感度が高くない原因の1つは、化審法で規定された変異原性検出試験が野生型細胞を使うからである。野生型細胞は、DNA損傷を正確かつ迅速に修復できるので、化学物質の変異原性を感度良く検出できないのは当然である。
 我々の提案は、化審法で規定された変異原性検出試験、TK変異試験において、野生型細胞に加えDNA修復ミュータントも併用し、変異原性の検出感度を改善することにある。併用により、新たな設備投資をしなくてもTK変異試験を継続でき、かつ感度を確実に改善できる。過去のデータ(野生型細胞のみのTK変異試験の結果)とDNA修復ミュータントを使ったTK変異試験結果とを比較しながら有害化学物質の変異原性作用機序を解析できる。それ故に我々の提案の行政的必要性は高い。
 本研究の目的は、どのミュータントを1つ併用すれば、様々な種類の変異原性化学物質をTK変異試験によって最も感度よく包括的に検出できるかを決定することにある。そして実用にたえる改良版TK変異試験を確立することにある。
研究方法
●武田グループ
DNA修復機能が欠損したTK6ミュータント細胞を遺伝子破壊によって創る。さらにDNA修復遺伝子の多重欠損株を創る。これらのミュータント細胞を典型的変異原性物質(電離放射線、紫外線、過酸化水素、アルキル化剤、クロスリンカー)に曝露し、どのミュータントを使えばTK変異試験の感度向上に役立つかを調べる。
●本間グループ
野生型TK6細胞を使って実施する従来型TK変異試験に加えてDNA修復TK6ミュータントも併用する新規TK変異試験を応用する。モデル被験物質として、オーラミンとパラフェニレンジアミン、マラカイトグリーン、ナフチルエチレンジアミンを用いた。これらは、エームステスト陽性、ヒト細胞を使った変異原性試験陰性で一応、変異原性試験偽陽性と考えられている化学物質である。ヒト細胞を使った変異原性試験(TK変異試験)の感度を上げることによって、「偽陽性」なのかヒト細胞でも変異原性陽性なのかを判定する。
結果と考察
●武田グループ
TK変異試験は、点変異の原因になる変異原性を検出するのに優れた手法である。変異原性がDNA損傷を起こした時にそれが点変異に変換されるのを防止する酵素には、POLη、RAD18、PARP1、XPA、XRCC1がある。これらをコードする遺伝子をTK6細胞において破壊した。XRCC1遺伝子破壊細胞(XRCC1-/- 細胞)は様々な種類の変異原性化学物質に対し最も高い感受性を示した。ただしXRCC1-/- 細胞は、紫外線やDNA架橋剤にあまり感受性を示さなかったので、その弱点を補う目的でXPA-/-/XRCC1-/- 細胞を作製した。この細胞を使ったTK変異試験は従来型TK変異試験に比べ数倍から20倍変異原性の検出感度が高まった。
●本間グループ
TK変異試験をXPA-/-/XRCC1-/- TK6細胞を使い実施したところ、マラカイトグリーンとナフチルエチレンジアミンの変異原性は検出できなかったが、オーラミンとパラフェニレンジアミンの変異原性を検出できた。
結論
XRCC1/XPA 二重欠損細胞(XPA-/-/XRCC1-/- 細胞)は、TK変異試験に応用した場合に、化学物質の変異原性の検出感度が約10倍上がることを確認した。TK変異試験は特異性が高いのみならず比較的容易であることから、化審法で規定され従来型TK変異試験(野生型のみを使う)に二重欠損細胞を使うTK変異試験を併用すると、TK変異試験の感度を大きく改善できる。
 AIにより新規化合物の化学構造から変異原性を予測できるようになれば、行政や化学産業にも資することになると考えられる。この予測(QSARと呼ばれる)実現には、質の高い学習データが必要である。AIの学習データには本間博士(分担研究者、安井学博士の上司)が収集したエイムス試験の結果(~20,000化合物)が全世界で使われている。二重破壊TK6株を使ったTK変異試験により「従来、変異原性偽陽性と一応説明されてきた化学物質」であるオーラミンとパラフェニレンジアミンが変異原性陽性であることが証明できた。この成果は、QSARによる変異原性予測効率を向上する。

公開日・更新日

公開日
2019-07-19
更新日
-

研究報告書(PDF)

公開日・更新日

公開日
2019-07-19
更新日
-

研究報告書(紙媒体)

行政効果報告

文献番号
201825001C

成果

専門的・学術的観点からの成果
化審法で利用が定められた変異原性検出試験の1つ、チミジンキナーゼ遺伝子(TK)変異試験は、感度が高くないという弱点がある一方、特異性が非常に高いという長所がある。感度が低い原因は、野生型細胞(ヒトTK6細胞)を使うからであり、野生型はDNA損傷を正確かつ迅速に修復できるので、化学物質の変異原性を感度良く検出できないのは当然である。我々は、DNA修復酵素を欠損させて、検出感度を約5倍向上した。
臨床的観点からの成果
シスプラチンはDNA複製を阻害する。腎細胞は増殖しないにもかかわらず、なぜ、シスプラチンが強い腎毒性が発揮するのか不明であった。ミトコンドリア(mt)DNAは休止期細胞でも複製される。我々は、mt特異的トポイソメラーゼI (mtTOP1)が欠損するとシスプラチン曝露時にmtDNAコピー数が大きく低下することを見出した。mtTOP1欠損マウス(取得済み)はシスプラチンの腎毒性解析に有用である。
ガイドライン等の開発
ガイドライン等の開発はない。
その他行政的観点からの成果
本研究の成果は、以下の理由で行政的ニーズに合致する。塩基除去修復とヌクレオチド除去修復がすべての種類の塩基損傷を修復する。XRCC1は前者の修復経路を促進し、XPAは後者に必須である。故に、この2種類のDNA修復酵素が両方欠損したXPA-/-/XRCC1-/- TK6細胞は、多様な種類の変異原性を高感度に検出できる。新たな設備投資をしなくてもTK変異試験を継続でき、かつ感度を確実に改善できる。
その他のインパクト
AIによる変異原性の予測(QSAR)の実現には、質の高い学習データが必要である。AIの学習データには本間博士(分担研究者)が収集したエイムス試験の結果(~20,000化合物)が全世界で使われている。本間博士は我々が開発したTK変異試験を使い「従来、エイムス試験の結果が偽陽性と一応説明されてきた化学物質」が変異原性陽性であることが証明した。この成果は、QSARによる変異原性予測効率を向上する。

発表件数

原著論文(和文)
0件
原著論文(英文等)
8件
その他論文(和文)
0件
その他論文(英文等)
0件
学会発表(国内学会)
4件
学会発表(国際学会等)
1件
その他成果(特許の出願)
0件
その他成果(特許の取得)
0件
その他成果(施策への反映)
0件
その他成果(普及・啓発活動)
0件

特許

主な原著論文20編(論文に厚生労働科学研究費の補助を受けたことが明記された論文に限る)

公開日・更新日

公開日
2023-04-28
更新日
-

収支報告書

文献番号
201825001Z