地域住民健診の有用性評価に基づく効果的運用に関する研究

文献情報

文献番号
199800701A
報告書区分
総括
研究課題名
地域住民健診の有用性評価に基づく効果的運用に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
矢野 栄二(帝京大学医学部)
研究分担者(所属機関)
  • 小林廉毅(東京大学大学院医学系研究科)
  • 山岡和枝(帝京大学法学部)
  • 村田勝敬(帝京大学医学部)
  • 橋本英樹(帝京大学医学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 健康科学総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
7,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
世界の健診資源の半分が日本で消費されると言う。妊産婦健診、乳幼児健診、学校検診、事業所における健診、そして老人健康診査と、わが国の健診(二次予防の体系)は非常に整備されているかに見えるが、実はこれらの健診が果たして有用であるのか否かの根拠は必ずしも明確でない。結核がわが国の死亡原因のトップであった頃の結核検診や脳卒中対策の一環としての血圧測定は確かに有用性があると考えられるが、現在死亡原因の首位にあるがん検診については最近大きな見直しが進行している。同様に、それ以外の健診についても、その根拠や有用性の評価がなされるべき時期にあると考えられる。本研究では、地域住民に対して行われている健診を取り上げ、その有用性を文献的および実証的に評価することを目的とした。
研究方法
現在老人保健法の基本健康診査で行われている健診項目(問診、身体計測、血圧、検尿、心電図、眼底、脂質検査、貧血検査、肝機能検査、腎機能検査、クレアチニン、血糖検査、ヘモグロビンA1c検査)について、文献的および実証的にその有用性を検討する。具体的には効果と効率の違いを考慮し、敏感度、特異度などの疾病発見検査としての有効性と疾患発見と予後改善の関係(例えば、有効な治療法が存在するか)、健診受診と実際のアウトカム(生命や健康状態の予後、QOL)の関係や医療費節約効果等多面的に検討する。
本年度は、定期健診項目評価の基礎となるEvidence Based Medicine(EBM)の概念整理や欧米における現状の把握に重点のひとつを置いている。このため国内外の研究者との討論・意見交換を行い、そこから得られた知識・情報を基にEBMおよび予防医学の問題点の整理を行った。次に、イギリス、米国、カナダなどのから既に発表された予防活動評価の報告を参照しながら、“わが国の健診の現状"と“スクリーニングの在り方"を整理・検討し、スクリーニング検査の批判的評価項目を作成した。実証的研究では、本年度は従業員4万人の事業所の協力が得られたので、心電図が心臓性突然死の予知に有用かどうかを患者対照研究を用いて検討した。
結果と考察
Evidence Based Medicine(EBM)の概念整理と課題設定 - EBMの歴史、概念、診療と教育、および予防医学について国内外の専門家から知識・情報の提供を受け、整理した。EBMは個々の患者の医療判断の決定に、最新で最善の根拠を良心的かつ明確に思慮深く利用することを指し、この過程の中には文献の「批判的吟味」も含まれている。特に今日、(1)日本においてもEBMが実践できる土壌を培う必要がある、および(2)EBMを実践するに当たり、文化社会構造や人種の異なった(結果として、各種疾病の罹患率および有病率が異なる)外国産の証拠に頼るのではなく、日本人を研究対象とした証拠を得る必要があることが指摘された。
わが国の健診の現状分析 - 地域住民に対して行われている健診の有用性を検討する前段階として、英国、米国、カナダから既に発表された予防活動評価の報告等を参照しながら“わが国の健診の現状"と“スクリーニング"というテーマで現状分析を行った。この結果、(1)検査の対象者(性、年齢)、項目、検査間隔についてきめ細かく検討する必要があること、(2)スクリーニングの評価に当たっては検査項目の敏感度および特異度の他に、費用-効果(便益)等の経済的評価も考慮する必要があること、さらに(3)検査結果が有効利用されているかどうかのチェックシステムを確立する必要があることが示された。また、これらの文献的検討を踏まえてスクリーニング検査の批判的吟味項目として、(1)その検査が発見すべき疾患は何か?(例えば、目的がはっきりしないまま何か関係があるという程度で検査が行われていたり、特別な調査目的もないまま地域や職域の全員を対象に必然性のない疾患を検査目的としていることがある)、(2)その疾患を発見することが、治療や生活の改善で被験者にとって利益になるか?(例えば、介入の方策もない疾患が対象となっている場合もある)、(3)その検査に伴う費用や侵襲などのマイナス面は?、(4)目的から見て適当な方法で実施されているのか?、(5)その目的のためにはもっと適当な別の検査項目や検査方法がないか?、(6)一次予防、三次予防等、他の医療保健活動との結びつきは?、(7)改善のための提案、の7視点を提示した。
心電図の心疾患スクリーニングに関する検討 - 1970年から1988年までに報告された中年男性を対象集団とした文献の検討によると、頻発する心室性期外収縮、左軸偏位、左室肥大やST異常などの虚血性変化は、程度は小さいが統計的には有意に冠疾患の死亡の危険を高める。これに対し、カナダの特別専門委員会は無症状の人に対する定期健康診断の項目として、安静時心電図は不必要と勧告した。同様に米国予防医療研究班も、高血圧や高コレステロール血症について定期的に検査した結果より、(1)喫煙習慣、脂肪コレステロールの摂取や不十分な身体活動などの生活習慣上の危険因子の日常的な調査による一次予防が重要であり、(2)無症状の人に定期的に安静時心電図を二次予防として行うことは、勧められないと結論している。
突然死症例の患者対照研究 - 某企業で働く人々の中で過去5年間に心臓性突然死した6症例(40歳以上)を研究対象とし、性・年齢、入社時期がマッチし、無作為抽出法で選ばれた対照群(1人の症例に5人の対照)を用いて、心電図所見の比較検討を行った。「突然死」とは発生後24時間以内に内因性に死亡した場合を指し、慢性疾患で入院中の症例は除外した。突然死症例群6例のうち心電図異常を示した症例は3例(50%)であり、その心電図所見は高電位、左室肥大+頻脈性不整脈、洞性徐脈であった。一方、対照群では30例中5例(17%)で心電図異常を認めた。その内訳は左室肥大、不完全右脚ブロック、頻脈性不整脈、高電位などであった。心電図所見の突然死に対する相対危険度は3.7(95%信頼区間は、0.7~19.0)であった。また、喫煙および飲酒を調整した場合には2.7(95%信頼区間0.5~15.8)であり、いずれの場合にも3倍程度のリスクがあるが、統計学的には有意でなかった。なお、研究期間の全従業員の心電図異常の有所見率は、全体で23.0~26.9%であった。したがって、このように多く見られる異常を突然死のスクリーニング検査とすることは実際的でないことが指摘された。
結論
定期健診項目の評価の基礎となるEBMの概念を整理・検討すると、わが国固有の疾病構造に対応した評価が必要であることが明らかになった。また、日本の健診システムは、EBMで考えるような“根拠"に基づいて作成されたものでなく、今後のために根拠を作り出すことにも役立っていない。すなわち健診を一定期間実施してきたにもかかわらず、健診による疾病予防の効果等の成果が科学的(批判的)に吟味されていない。かかる意味で、地域住民健診の有用性を早急に評価する必要がある。また、健診の検査項目の目的・意義を再考し、費用-便益等の経済的側面を検討した研究が今日強く求められる。このような状況の中で、一律の基準(例えば、「40歳以上」とか「年1回以上」)で実施されている健診をどう変革すれば良いのかに答えるの指針を次年度提示する予定である。
健診項目検討の一例として、本年度は心電図検査の検討を行った。その結果、突然死予知のためのスクリーニング検査としての心電図測定の問題点が提示された。しかしながら、現実には心電図波形の一部の結果のみが“心電図所見"として利用されており、今後測定されたデータの選び方次第で大いに価値が高まるかも知れない。そこで心電図検査のより有用性の高い利用法について次年度報告したい。 

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