文献情報
文献番号
199800693A
報告書区分
総括
研究課題名
がん検診受診者が抱く安心感と不安感の数量化に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
清水 弘之(岐阜大学医学部)
研究分担者(所属機関)
- 樫木良友(厚生連岐北総合病院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 健康科学総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
-
研究費
3,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-
研究報告書(概要版)
研究目的
わが国では、胃がんをはじめとして各種がんの集団検診が積極的に行われている。
これらがん検診の精度評価(感度、特異度などの評価)は、十分に行われてきたと言って
よい。一方、検診効果の評価については若干後手に回った感があるものの、近年、胃、大
腸、肺、子宮、乳房などいくつかの部位で研究が行われ、効果が確認されるようになった
ものもある。また、経済的な評価を加味したがん検診の効果評価も散見される。しかし、
がん検診を受けることによる心理的負荷、あるいは異常なしと判定されることによる安心
感などの評価はなおざりにされてきたきらいがある。特に、検診で精密検査の必要がある
と判定された場合に受診者が受ける不安感等の精神的負担は無視できないが、その調査の
ためには実際に精密検査に回った者の感想を聞く必要がある。そこで、がんの早期発見の
ために行われている医療行為が一般地域住民に及ぼす心理的影響を明らかにすることを目
的に、がん検診受診によって生じる“安心"と“不安"の程度を様々な角度から、特に金
銭的価値を評価の尺度に加えて、評価することを計画した。
これらがん検診の精度評価(感度、特異度などの評価)は、十分に行われてきたと言って
よい。一方、検診効果の評価については若干後手に回った感があるものの、近年、胃、大
腸、肺、子宮、乳房などいくつかの部位で研究が行われ、効果が確認されるようになった
ものもある。また、経済的な評価を加味したがん検診の効果評価も散見される。しかし、
がん検診を受けることによる心理的負荷、あるいは異常なしと判定されることによる安心
感などの評価はなおざりにされてきたきらいがある。特に、検診で精密検査の必要がある
と判定された場合に受診者が受ける不安感等の精神的負担は無視できないが、その調査の
ためには実際に精密検査に回った者の感想を聞く必要がある。そこで、がんの早期発見の
ために行われている医療行為が一般地域住民に及ぼす心理的影響を明らかにすることを目
的に、がん検診受診によって生じる“安心"と“不安"の程度を様々な角度から、特に金
銭的価値を評価の尺度に加えて、評価することを計画した。
研究方法
安心と不安の金銭変換を試みるに当たって、政策導入による健康状態の変化に対
し最大限いくらまで支払う意志があるか(Willingness to Pay(WTP))もしくは最低限いく
らまで補償されるべきか(Willingness to Acceptance(WTA))を聴取することとした。その
方法にはいくつかの方法が考えられるが、最も普通に行われるのは金額を自由に記載して
もらう自由表記法であろう。ただし、この方法には極端な数値が返答される可能性が高い
こと、被調査者が回答にとまどう恐れが強いことなどの問題点が指摘されているので、あ
る金額を提示してその支払いもしくは受け取り意志を聞く競りゲーム法による結果を比較
しようとした。某短大の学生74名を対象にして無作為に2群に分け、次の3項目につき、
片方の群には自由表記法で、もう一方の群には競りゲーム法でそれぞれの値段をたずね
た:1.現在日本で行われている乳がん検診の価値の値段、2.乳がん検診の結果要精密検査と
診断された場合の不安の値段、3.乳がん検診の結果異常なしと診断された場合の安心の値段。
上記の方法で行った調査研究の結果より、競りゲーム法の方が適していると判断し、競り
ゲーム法を用いて、岐阜市郊外の某総合病院における乳がん検診受診者を対象とした調査
を行った。パイロット調査を経て、自覚症状のある受診者等を除いた51名を対象に、待ち
時間を利用して面接形式で情報を得た。主な質問項目は次の通りであった:1.乳がん検診受
診歴、2.状態特性不安尺度(STAI: State-Trait Anxiety Inventory)、3. 乳がん検診の結果
要精密検査と診断された場合の不安の値段、4. 乳がん検診の結果異常なしと診断された場
合の安心の値段。
し最大限いくらまで支払う意志があるか(Willingness to Pay(WTP))もしくは最低限いく
らまで補償されるべきか(Willingness to Acceptance(WTA))を聴取することとした。その
方法にはいくつかの方法が考えられるが、最も普通に行われるのは金額を自由に記載して
もらう自由表記法であろう。ただし、この方法には極端な数値が返答される可能性が高い
こと、被調査者が回答にとまどう恐れが強いことなどの問題点が指摘されているので、あ
る金額を提示してその支払いもしくは受け取り意志を聞く競りゲーム法による結果を比較
しようとした。某短大の学生74名を対象にして無作為に2群に分け、次の3項目につき、
片方の群には自由表記法で、もう一方の群には競りゲーム法でそれぞれの値段をたずね
た:1.現在日本で行われている乳がん検診の価値の値段、2.乳がん検診の結果要精密検査と
診断された場合の不安の値段、3.乳がん検診の結果異常なしと診断された場合の安心の値段。
上記の方法で行った調査研究の結果より、競りゲーム法の方が適していると判断し、競り
ゲーム法を用いて、岐阜市郊外の某総合病院における乳がん検診受診者を対象とした調査
を行った。パイロット調査を経て、自覚症状のある受診者等を除いた51名を対象に、待ち
時間を利用して面接形式で情報を得た。主な質問項目は次の通りであった:1.乳がん検診受
診歴、2.状態特性不安尺度(STAI: State-Trait Anxiety Inventory)、3. 乳がん検診の結果
要精密検査と診断された場合の不安の値段、4. 乳がん検診の結果異常なしと診断された場
合の安心の値段。
結果と考察
自由表記法と競りゲーム法の比較を行ったところ、回答不能と答えたものが前
者では11%、後者では3%であった。乳がん検診の価値の見積もり(幾何平均)は、自由表
記法で3,700円、競りゲーム法では5,700円であった。不安料の見積もり(幾何平均)は、
自由表記法で78,000円、競りゲーム法では153,000円であり、後者が1桁高かった。安心
料の見積もり(幾何平均)は、自由表記法で57,000円、競りゲーム法では160,000円であ
り、後者が1桁高かった。ただし、自由表記法では回答額が大きく高額の方に伸びた分布
をしており、算術平均値では逆に、不安料、安心料ともに自由表記法で1桁高かった。ま
た、自由表記法での算術平均値は幾何平均値より2桁高かった。一方、不安感は検診価値
評価額を下げる方向に働くものと考えられるが、検診価値評価額と不安料の順位相関係数
は、競りゲーム法によると0.07と負の相関を示さないまでも極めて低い値であったのに対
し、自由表記法による場合は0.31であった。自由表記法を用いた場合は、競りゲーム法と
比べて極端に高い見積もりをする者が多いことや、先にたずねた金額(ここでは検診価値
評価額)の影響を強く受けることなどから、不安料・安心料を聴取するには競りゲーム法
を用いる方がよいと判断した。ただし、競りゲーム法では、回答が最初に提示する金額に
影響される開始時点バイアスの存在する可能性が強いので、提示額を数種類用意するなど、
質問方法をさらに改良する必要性がある。
競りゲーム法を用いて乳がん検診受診者を対象に行った結果、精検目的で受診した者の不
安料の幾何平均値は18,000円であった。また、精検で一旦がんでないと診断されその後の
フォローアップ目的で受診した者の安心料の幾何平均値は11,000円であった。両者に統計
学的な有意差は認めなかった。STAI得点と安心料の順位相関係数が0.55と大きく統計学
的にも有意であったのに対し、STAI得点と不安料の順位相関係数は-0.03であった。ここ
で得られた乳がん検診受診者の安心料と不安料には大差がなく、実際に同程度の金銭価値
と評価しているとも考えられる。しかし、両者とも初回提示額を10万円として競りゲーム
法による評価を依頼したので開始時点バイアスが入り、類似の金額になった可能性が強い。
また、不安の程度を示すSTAI得点と不安料は正の相関を示すことが予想されたが、無相関
であった。解析対象者数が少なく現時点では評価を保留したい。一方、STAI得点と安心料
は高い相関を示したが、不安を強く感じている者ほど逆に検診で異常を指摘されフォロー
中であることに一種の満足感を感じ、そのことに高い金額を支払ってもよいと考えている
ものと推察された。
者では11%、後者では3%であった。乳がん検診の価値の見積もり(幾何平均)は、自由表
記法で3,700円、競りゲーム法では5,700円であった。不安料の見積もり(幾何平均)は、
自由表記法で78,000円、競りゲーム法では153,000円であり、後者が1桁高かった。安心
料の見積もり(幾何平均)は、自由表記法で57,000円、競りゲーム法では160,000円であ
り、後者が1桁高かった。ただし、自由表記法では回答額が大きく高額の方に伸びた分布
をしており、算術平均値では逆に、不安料、安心料ともに自由表記法で1桁高かった。ま
た、自由表記法での算術平均値は幾何平均値より2桁高かった。一方、不安感は検診価値
評価額を下げる方向に働くものと考えられるが、検診価値評価額と不安料の順位相関係数
は、競りゲーム法によると0.07と負の相関を示さないまでも極めて低い値であったのに対
し、自由表記法による場合は0.31であった。自由表記法を用いた場合は、競りゲーム法と
比べて極端に高い見積もりをする者が多いことや、先にたずねた金額(ここでは検診価値
評価額)の影響を強く受けることなどから、不安料・安心料を聴取するには競りゲーム法
を用いる方がよいと判断した。ただし、競りゲーム法では、回答が最初に提示する金額に
影響される開始時点バイアスの存在する可能性が強いので、提示額を数種類用意するなど、
質問方法をさらに改良する必要性がある。
競りゲーム法を用いて乳がん検診受診者を対象に行った結果、精検目的で受診した者の不
安料の幾何平均値は18,000円であった。また、精検で一旦がんでないと診断されその後の
フォローアップ目的で受診した者の安心料の幾何平均値は11,000円であった。両者に統計
学的な有意差は認めなかった。STAI得点と安心料の順位相関係数が0.55と大きく統計学
的にも有意であったのに対し、STAI得点と不安料の順位相関係数は-0.03であった。ここ
で得られた乳がん検診受診者の安心料と不安料には大差がなく、実際に同程度の金銭価値
と評価しているとも考えられる。しかし、両者とも初回提示額を10万円として競りゲーム
法による評価を依頼したので開始時点バイアスが入り、類似の金額になった可能性が強い。
また、不安の程度を示すSTAI得点と不安料は正の相関を示すことが予想されたが、無相関
であった。解析対象者数が少なく現時点では評価を保留したい。一方、STAI得点と安心料
は高い相関を示したが、不安を強く感じている者ほど逆に検診で異常を指摘されフォロー
中であることに一種の満足感を感じ、そのことに高い金額を支払ってもよいと考えている
ものと推察された。
結論
乳がん検診の安心料と不安料を聴取するためには、自由表記法と比較して競りゲーム
法の方が望ましい。その競りゲーム法を用いて調査した乳がん検診後の不安の額は約
18,000円、逆にフォローアップ中の者が評価した安心(満足)の額は約11,000円であった。
法の方が望ましい。その競りゲーム法を用いて調査した乳がん検診後の不安の額は約
18,000円、逆にフォローアップ中の者が評価した安心(満足)の額は約11,000円であった。
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