日本版処方イベントモニタリング(J-PEM)のパイロットスタディ

文献情報

文献番号
199800683A
報告書区分
総括
研究課題名
日本版処方イベントモニタリング(J-PEM)のパイロットスタディ
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
久保田 潔(東京大学医学部薬剤疫学講座)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 医薬安全総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
10,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
我が国における第三者研究機関による医薬品の市販後調査の一方法としての日本版PEM(J-PEM)のパイロットスタディを実施し、実施方法に関わる問題、達成可能な調査の規模、えられるデータの性格などを明らかにし、今後の本格的実施の可能性やその詳細を検討する際に必要な資料を得る。パイロットスタディのテスト薬である新しい降圧薬ロサルタンの安全性に関する情報を得ること自体も目的とする。
研究方法
参加を希望する保険薬局、診療所・病院内薬局・薬剤科(部)、医療機関は自ら本パイロットスタディを主催した東京大学医学部薬剤疫学講座に参加の意志を表明するか、本厚生科学研究班にその代表が研究協力者として参加している日本医師会総合政策研究機構(日医総研)、日本薬剤師会(日薬)、日本病院薬剤師会(日病薬)によって募集される。特に日薬に関しては組織だった全国的な募集が行われ、各都道府県薬剤師会が当該都道府県内の全保険薬局の1割を目標に参加薬局を募集中である。PEMでは調査が日常診療に与える影響を最小限にとどめるため、モニター対象の患者は薬を処方した医師が自ら選択するのではなく、処方箋を扱った保険薬局が医師から独立に登録するか、コンピュータ上の処方記録などから処方した医師以外のものが登録する。登録にあたっては患者名、医師名はコード化する。テスト薬のほか、テスト薬と比較されるコントロール薬をモニターの対象薬とする。パイロットスタディでは、テスト薬はロサルタン、コントロール薬は患者に新規に処方されたACE阻害薬、またはジヒドロピリジン系Ca拮抗薬とする。それぞれの患者に対して初めての処方箋が発行されてから6ヵ月以上経過後に主催者は患者コード番号を印刷した質問用紙を、患者ID登録を担当したものに送付し、患者ID登録を担当した者は薬処方後に発生したイベントなどについて質問する医師用質問票を入れた封筒表面に患者名を手書きで記入した上で医師に転送または配布する。医師は回答後、患者名を匿名化して返送する。患者ID登録を担当した薬剤師などに対しても質問票を発行し、薬処方後に発生したイベントや併用薬などに対する情報の提供を求める。
結果と考察
都道府県薬剤師会によって参加希望の保険薬局のとりまとめ作業には差があり、参加薬局の新規登録は平成11年3月末現在においても進行中である。既に登録済みの参加薬局の一部では患者コード登録が開始されている。平成11年3月29日現在において1855の薬局・薬剤科(部)が自ら参加を申し出たか所属薬剤師会によって参加薬局または参加の可能性のある薬局として登録された。このうち参加の意志の再確認をかねた参加時アンケートが返送されたのは759軒の薬局からであり、これらの薬局には登録票が順次発送され、3月29日現在において、このうち58軒の薬局からロサルタン276人分、コントロール薬169人分、計445人分の登録を受け付けた。イベントの集計結果については報告する段階にはなく、また最終的な研究規模についても未だ言及できる状況にはない。
従ってここでは研究の実施方法に関連する事項についてのみ言及する。本パイロットスタディではこれに先立つトログリタゾンPEMと異なり、参加薬局・医療機関からの同意取得が比較的円滑になった点が特記されよう。これは平成10年9月の第2回会議で本研究を日医総研、日薬、日病薬が相互協力をしながら支援することが確認されたことと密接に関係する。研究方法の項に述べた通りPEMでは調査が日常診療に与える影響を最小限にとどめるため、モニター対象の患者は薬を処方した医師が自ら選択するのではなく、処方箋を扱った保険薬局が医師から独立に登録するか、コンピュータ上の処方記録から処方した医師以外のものが登録する。このため、関連する薬局、医療機関、医療機関内の医師及び院内薬局・薬剤科(部)の意志疎通と相互協力が不可欠であるが、本パイロットスタディでは院外保険薬局が参加をまず申し出るケースが多く、この場合、関連する医療機関との合意形成は必ずしも容易ではない。医療機関と保険薬局の関係または医療機関内の医療従事者間の関係は多様であり、合意形成をいかに進めるかは参加の意志を表明した者の意向が尊重され、保険薬局が参加を申し出るケースでは各保険薬局の判断に委ねられる。ただし、保険薬局が要請すれば関連する医療機関・医師に対し主催者からPEMを説明しこれに協力を求める依頼状を発行する。本パイロットスタディでは、日医総研、日薬、日病薬の相互協力体制が確立したため、この際に主催者からの医療機関・医師への依頼状とともに日医総研からの依頼状を添えることが可能となり、この点が合意形成の円滑化に寄与している。また医療機関内に薬局・薬剤科(部)がある時は当該薬局・薬剤科(部)に対しても協力依頼状を送付しているが、相互協力体制が確立したため、この際に主催者から薬局・薬剤科(部)への依頼状とともに日病薬からの依頼状を添えることが可能となり、この点も関係する医療機関と院外保険薬局の合意形成過程及び院内の合意形成過程の円滑化に寄与している。
その他パイロットスタディの施行過程で問題となったのは、調査対象となる患者からの同意取得の問題である。英国PEMでは調査対象の患者からの同意取得は全く行われておらず、また、我が国でGPMSPの規定に従って製薬企業が行う使用成績調査でも調査対象の患者からの同意取得は全く行われていない。本パイロットスタディでも処方した医師以外のものによる登録など、日常診療への介入は最小限度にとどめられること、また患者名がコード化され主催者の元に集まるデータは匿名化されていることから、モニター対象の患者からの同意取得は必須とはしていない。但し、「たとえ患者名が匿名化され、日常診療への介入を最小限度にとどめても、患者データを第三者に提供する以上、患者本人からの同意取得を怠ることは倫理的に問題がある」とする意見が調査開始当初から本パイロットスタディを支える団体の中から提出された。しかし、とくに院内のコンピュータ上の処方記録から患者IDを登録する場合、登録時に患者一人一人から同意をとることは困難であり、また登録した患者すべてについて質問票が発行されるとは限らないなどの理由から、調査の実施を告示するポスターを作成し、参加薬局、医療機関が適当と認める場合には各薬局、医療機関に当該ポスターを掲示することに決定した。しかし、これまでに「ポスターを見た者にとって自分が実際にモニター対象となるか否かが不明であるためポスターは患者に不安感を与え、刺激的である」との評価が参加・協力する医療機関や薬局から寄せられており、登録または回答の時点でモニター対象の患者またはモニター対象となる可能性のある患者一人一人からの同意を可能な限りとる方法に変更するなど、患者からの同意取得についての問題は今後さらに研究班での検討を要する。
その他、本研究から直接えられた結果ではないが、本研究に先行するトログリタゾンのPEMパイロットスタディにおいて収集した質問票への回答から報告されたイベントに用語コードを割り当てるコード化作業に関連する問題点を検討し、その結果を報告する論文が「医療情報学」に受理され、印刷中である。結果は本研究におけるコード化作業にも利用されるだけでなく、更に本研究で質問票の回答のコード化にMedDRAを使用する際の基礎資料としても利用される。日本語版のMedDRAは平成11年3月に公定書協会からリリースされ、現在本研究にMedDRAを利用するために必要な事項を検討中である。
MedDRAの本研究への利用にあたって問題となった点などについては結果が出次第報告する。
また、本研究に先立つトログリタゾンのPEMの中間集計結果を日本薬剤疫学会の会誌「薬剤疫学」に掲載した。悪心・嘔吐(3.5対0.9%)、肝機能障害(5.6対2.6%)、浮腫(2.2対0.9%)、体重増加(3.4対0%)の4つのイベントに関してトログリタゾンではコントロール薬より発生率が高かった。これまで正確なデータは入手しえていないが、以上4つのイベントのうち、体重増加については企業の使用成績調査での頻度はPEMでえられた頻度の1割程度であり、いずれ厳密な比較が可能になれば、個々の症例で因果性の判断が困難なイベントの検討においてPEMが力を発揮することを明らかにしうるものと考えられる。最新の中間集計結果はインターネットで公開しており、本研究についても中間集計結果をインターネットにおいてリアルタイムで公開する予定である。
結論
平成10年度から3年間の計画でロサルタンをテスト薬とする日本版PEMのパイロットスタディを開始した。平成10年度は患者登録が一部終了した段階で、主たる結果は平成11年度以後にならないと明らかにすることはできないが、参加薬局登録数などから、研究規模が本調査に先立つトログリタゾンのPEMを上回ることが期待される。また、用語コード上の問題などについて、本調査に先立つトログリタゾンのPEMの結果をもとに検討を進めており、その成果の一部は学会誌に受理され印刷中である。

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