薬物依存・中毒者のアフターケアーに関する研究

文献情報

文献番号
199800682A
報告書区分
総括
研究課題名
薬物依存・中毒者のアフターケアーに関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
内村 英幸(国立肥前療養所)
研究分担者(所属機関)
  • 村上優(国立肥前療養所)
  • 原井宏明(国立療養所菊池病院)
  • 内田博文(九州大学)
  • 近藤恒夫(日本ダルク)
  • 鈴木健二(国立療養所久里浜病院)
  • 下野正健(福岡県精神保健福祉センター)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 医薬安全総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
10,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
我が国においても薬物依存は青少年を中心に増加していることが報告されている。これまでアルコール依存に関する治療やリハビリテーションについては医療、保健、自助グループやその他関係機関の在り方など臨床、研究、研修の体制が整備され、他の国に比較できる体制となっている。しかるに薬物依存の治療やリハビリテーションについては未だ整備がなされていないのが現状である。
これは薬物依存が司法の問題、法規制の問題としてのみ対処がなされてきたこと、中毒性精神病(精神病状態)についてのみ医療化がなされ、依存については医療の対象外におかれて、体制が整えられてこなかったこと、人格形成以前の青年期に問題を発し、人格障害などを伴い対応困難とされてきたことなど理由があげられる。
このために本研究では、薬物依存の治療とリハビリテーションについて、諸外国の体制、制度について比較検討を行い、現在の我が国における臨床の問題を検討し、回復のための施設や自助グループ育成の方法を模索し、また法律面での検討をおこなうことをとうして、我が国の薬物依存に対する治療・リハビリテーションに関する施策の基礎的資料とする。これは我が国も欧米と同じく薬物依存が将来において、特に青少年期の精神保健において大きな課題となることを予想して、依存への治療・リハビリテーションに向け大きく方向転換の時期にきていると認識を有する必要がある。
研究方法
我国の薬物依存・中毒者の治療とリハビリテーションの現状を調査研究し、具体的にとりうる方策について検討をおこなった。本年度は1年目として以下のことを行なった。
1)病院における薬物依存リハビリテーションプログラムDRPを作成し試行した。
2)薬物依存者の構造的面接による評価をおこなうためにDSM-・、ICD-10を参考に肥前物質使用障害面接基準を作成し、試行した。病院と精神保健福祉センター及びダルクへ受診・相談・利用した薬物依存者について評価しデータベース化した。今後1年から2年の経過を追跡するための準備をおこなった。
3)精神保健福祉センターにおける相談事業などへのニーズを調査する目的と、地域での薬物関連問題についての対応と意識を聞く目的で質問紙を作成し、福岡県の司法・警察関係の114ヶ所、医療・保健関係393ヶ所の合計1355ヶ所に配布しアンケート調査を行ない、67.4%の回答を得た。この調査結果にもとづき、地域プログラムを考察した。
4)薬物依存回復者施設(ダルク)について、施設や運用の質問紙を作成し、全国16ヶ所のダルクに配布しアンケート調査を行ない14施設の回答を得た。またダルクの施設長とそれに準ずる位にあたる者の研修会を開催し14施設の出席を得た。この研修会ではダルクを運営するにあたりスタッフとして抱える問題を討論した。アンケートと研修会での意見をもとにして、主に財政、運用、スタッフ、ネットワークについて検討をおこなった。
5)高校生の薬物乱用の実態を把握するために、薬物関連問題の質問票を作成し、神奈川県と九州地方の8つの公立高校の生徒3393名に対し、薬物の関心と共に、シンナー・大麻・覚醒剤の使用経験にまで踏み込んだ調査をおこなった。この結果をもとに薬物乱用や依存が開始または加速する高校生に対しての啓発活動やハイリスクグループへの介入について検討をおこなう。
6)薬物依存に関する法制度を検討するために、世界の法制をリードすると共に、我国の法制にも大きな影響を与えてきた西欧大陸法、中でもドイツとフランスのそれを取り上げて、その最近の動向を検討することにより、上記の世界的傾向を探ることとする。
7)薬物依存に対する治療・リハビリテーションに関する英語によるレビュー文献を系統的に検索し、その内容をまとめた。方法はOvid社が提供するmedline(1995から1998)を用いて、用語、検討されている治療法・治療評価の問題を検索しまとめた。
結果と考察
我が国において、薬物依存は中毒性精神病(精神病状態)の医療を中心に対策が講じられてきた。薬物依存においては、アルコール依存のように治療・リハビリテーションの体制は整備されていない。このため薬物依存への包括的治療・リハビリテーションをすすめることを目的として研究がすすめられ、以下の結果を得た。
1)薬物依存に対する簡単で標準化した評価をえるためにDSM-・とICD10を参考にして肥前物質使用障害面接基準を作成した。これで医療や保健、中間施設(ダルク)において援助を受けた症例に共通の評価をおこない経過を追跡することにより、効果的な治療やリハビリテーションの方法を検討する基礎とした。
2)病院で行いうる入院と外来治療プログラムを作成した。これはアルコールリハビリテーションプログラムARPに模して薬物依存リハビリテーションプログラムDRPと称している。アルコール・薬物病棟で試行されたのでARPとDRPは併用して行われているが、入院期間、プログラムの内容や自助グループとの関係などは、より柔軟に構成されている。まだDRPのプログラムは過渡的で、今後の研究にそって他機関との連携の整備や予後調査の結果を反映して改正してゆくことにしている。
3)薬物乱用・依存に対して地域を特定(福岡県)して現状の対応体制・課題とニーズの調査をおこなった。・司法警察分野では対応件数が多く相談に応ずる機関も多いのに対し、他分野では対応件数が少なく普及啓発・他機関紹介・職員研修にとどまるものが多かった、・個別対応上では、再使用が多い・複雑な家庭背景・深刻な問題合併、対策立案上では、単独対応が困難・対応方法が不明・スタッフ不足などの問題をあげる機関が多かった、・今後の課題として、啓発活動充実・若年早期での介入体制の確立・連携の強化などを求める機関が多かった。この調査結果にもとづき、・乱用早期における介入法の普及啓発、・薬物問題に対する連携機関の必要性、・家族が継続して相談を受けられる窓口の拡大、・社会復帰施設の支援・設立促進、を重点として都道府県レベルでおこなわれるべき地域プログラムを考察した。
4)薬物依存に対する専門の中間施設はダルク以外にない。現在全国で16施設が運営されており、薬物依存者の回復や社会復帰の場として評価を受けている。このダルクの調査を通して薬物依存回復者施設の運営、スタッフ、プログラム、ネットワークの在り方について検討した。・各施設の財政は多くの苦難を抱えている。公的助成の在り方は第1に精神保健福祉法を根拠としてグループホームや共同作業所などの補助金として、第2に自治体の単独事業として薬物依存施設への補助として、第3に民間福祉団体よりの補助として援助する形がある。
・入寮費の本人及び家族負担は大きい。・生活保護を受給している者が34%にのぼる。生活保護支給額は低レベルにおさえられ、自助グループであるNAの交通費(移送費)も認められていない。ダルクの施設やNAの活動を公に評価すべき時期にきている。・ダルクの運営には運営委員会、ないし支援する会の関与がおこなわれている。財政支援、ダルクをめぐるネットワークの支援、相談相手として期待されている。・ダルクは建物などハード面よりも、スタッフや利用者、プログラムとしての12ステップなどソフト面がその特長である。とりわけスタッフの養成は重要である。そのための研修プログラムや体制を財政も含めて確立すべきである。・現在のダルクをめぐるネットワークは偏りが大きい。回復者施設としての認識を関係機関に衆知し、有効な連携を図るべきである。・NAも全国で36グループ120会場でミーティングが行われ、実績を重ねており、正しい評価を受けるべきである。
5)薬物依存へのアフターケアを考える上で薬物事犯に対する法、制度の検討をさけてはとられない。近時の薬物取り締まりにおいては、世界的規模での対策の重要性が認識され、「麻薬及び向精神薬の不正取引の防止に関する国際連合条約」(1988年)などが採択された。わが国も同条約の批准に向けて、平成3年に「国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律」を制定した。とすれば、今後のわが国の薬物自己使用事犯の法制を検討する場合も、同法制についての世界的傾向を理解しておくことが必要不可欠ということになろう。麻薬問題のうち、自己使用罪事犯及びそのための所持罪については、これを取引事犯から区別し、医療的対応を中心とする非刑罰的対応を採用する国が増加してきており、世界的傾向となっている。
6)薬物乱用依存の1次予防としての啓発活動は国も力を入れているところである。これまで中学生の実態について研究がおこなわれてきた。今回はパイロットスタディーとして高校生に対し薬物関連問題の調査を行い高校生の薬物乱用の実態を把握するための基礎資料を得ること、また効果的な薬物乱用防止教育の方法を考えるために行った。神奈川県、九州地方の8つの公立高校の生徒3393名に対し、薬物への関心と共に、シンナー・大麻・覚醒剤の使用経験にまで踏み込んだ調査を行った。調査対象の高校生の中に、シンナー経験者は5.1%、大麻経験者は1.1%、覚醒剤経験者は0.8%存在した。こうした薬物乱用者の回りには予備群が存在し、薬物に誘われた経験のある高校生はシンナー13.6%、大麻2.4%、覚醒剤2.5%が存在し、誘われたら使ってみたいと回答した生徒はシンナー3.7%、大麻3.5%、覚醒剤2.5%であった。これらの薬物乱用群・予備群には男女差が存在しないことも特徴であった。これらの調査結果は、過去の調査と比較して高い頻度が認められた。また対象の高校生の薬物の害への知識は全体に低い水準であった。薬物使用者、薬物に誘われた経験者、薬物をやってみたいと考えている者などは、問題飲酒群(大量飲酒者)や現在喫煙者の中に多く含まれており、問題飲酒群や喫煙者は薬物乱用へのハイリスクグループであると推定された。またすでに多剤乱用の状態にあると推定される高校生も存在した。これらの調査結果は、高校生における飲酒・喫煙・薬物乱用の問題は統一的に対策を立てる必要があることを示しており、また乱用群に対するアプローチが必要になっていると考えられる。今回の調査はパイロットスタディであったが、高校生の3400人規模の調査を行い、シンナー・大麻・覚醒剤の経験者を抽出し、飲酒・喫煙・薬物乱用が強い結びつきを持っていることを明らかにし、高校生の中にすでに多剤乱用者が存在していることを明らかにした。この結果は、高校における薬物乱用防止教育が単独では効果がなく、アルコール健康教育、喫煙教育と結びついて行わなければならないことを示しており、また問題飲酒群、現在喫煙群、薬物乱用群などのハイリスクグループに対する指導援助の方策が必要であることも示している。今後、高校生における全国的な薬物乱用の実態を明らかにするために、現在の段階では学校単位での全国調査には困難があり、世帯別調査が必要と考えられる。
7)日本における薬物依存・中毒に関する治療・リハビリテーションに関する研究は、諸外国と比べてまだ不十分であると考えられる。治療・リハビリテーションに関する英語によるレビュー文献を系統的に検索し、その内容をまとめた。その結果に基づいて日本の今後の課題を指摘した。様々な治療方法があり、それらは組み合わせて用いられ、治療の期間もさまざまである。一方、患者の使用する薬物、患者の背景もさまざまである。効率よくかつ効果的に治療を行うためには患者に合わせて治療を組み立てる必要があると考えられるが、それに答えるだけの臨床研究はまだ不十分である。
日本では覚醒剤と有機溶剤が乱用薬物として多いが、これらを対象にした臨床研究はまだ数が少なく、今回参照したレビューでは取り上げられていなかった。アルコールも含めて物質使用障害に対する治療は共通点が多いと考えられ、コカインとヘロインについて海外の臨床研究のデータは日本でも参考になると考えられる。しかし、これについては日本でも臨床研究を行わない限り結論づけることはできない。
また、治療方法を実現するのに必要な資源が日本では限られている。例えば12ステップは患者の参加率が不十分なので他の治療方法を用意しておく必要があるとされているが、日本では他のプログラムは得られない。認知行動療法はしばしば登場するが、日本の行動療法学会で薬物依存を取り上げた発表は皆無に近く、薬物依存と認知行動療法の両者について知識と経験がある臨床家はほとんどいないと言って差し支えない。
医療機関での治療に限っても今後の課題は大きい。
結論
薬物依存・中毒のアフターケアを研究するにあたり、我国の先行研究で欠落していた治療処遇に対する具体的なシステムや介入・援助技法について検討をおこなった。アルコール依存に対する治療や援助は久里浜方式が導入されて普及したように、薬物依存にも同様のシステムが必要とされる。これまで難治性、処遇困難性、法と医療の境界領域性が強調されていたが故に、具体的なプログラムへの関心が二の次にされていた。その中にあって独自の発展をとげた中間施設であるダルクは、薬物依存治療プログラムに大きな影響を与えていたにもかかわらず、無視されてきたといっても過言ではない。今回の研究においてリハビリテーションを軸におくことにより、一次予防も展望に入れた包括的なアフターケアのシステムDRPを試みることが望まれている。今回は医療・地域サービス、中間施設(ダルク)、法規制、高校生の薬物問題の現状と治療法についての文献考察をおこない次年度の具体的なDRPの予備的研究をおこなった。

公開日・更新日

公開日
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更新日
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