分子運動性スケールの利用による効率的省資源型安定性試験法の確立

文献情報

文献番号
199800656A
報告書区分
総括
研究課題名
分子運動性スケールの利用による効率的省資源型安定性試験法の確立
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
吉岡 澄江(国立医薬品食品衛生研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 阿曽幸男(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 村勢則郎(東京電機大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 医薬安全総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
3,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
現在、医薬品製剤の有効期間の推定は、製剤を一定条件に長期にわたって保存し、その品質の経時的変化を実際に観察する保存安定性試験のデータを基にして行われている。試験を長期にわたって行なわなければならないことから、かなりの労力が必要であり、また大量の検体も必要とされる。地球の環境問題から資源の節約が叫ばれている現在において、医薬品を保存するという保存安定性試験の概念から全く離れ、保存することなく有効期間を推定できる方法が確立されれば、効率的省資源型安定性試験として、新世紀への画期的なステップとなると考えられる。本研究は、この目標に向かって、医薬品製剤中の分子の運動性を解析することによって保存試験を行わずに有効期間を推定する方法を確立するための基礎研究を行うことを目的とする。
研究方法
牛血清γグロブリン(BGG)をモデルタンパク質とする凍結乾燥製剤を、デキストラン、ポリアスパラギンのヒドロキシエチル体(PHEA)、ポリビニルピロリドン(PVP)、カルボキシメチルセルロースナトリウム(CMC-Na)、ヒドロキシプロピルメチルセルロース(HPMC)およびメチルセルロース(MC)を高分子添加剤として用いて調製した。
製剤の水分含量を調節後、 製剤中に存在するプロトンのスピン-スピン緩和時間(T2)を測定した。Free Induction Decay(FID)シグナルは、パルスNMRを用いてソリッドエコー法で測定した。製剤のガラス転移温度(Tg)は5℃/minの昇温速度で測定した。水のDRSはtime domain reflectometry法で測定した。
DSCによるデキストラン水溶液の凍結挙動は分子量の異なったデキストラン(T-7, 10, 40, 70, 500,2000)の含水率の異なる試料を用いて解析した。DSCは、5℃/minで20℃から-50℃付近まで冷却し、その後5℃/minで20℃まで昇温し、測定した。また、試料が完全に融解する直前で昇温を中断して再冷却し、その後の再昇温曲線も求めた。
結果と考察
(1)タンパク質凍結乾燥製剤の分子運動性
種々の高分子を添加した凍結乾燥製剤について測定したプロトンのFIDは、いずれの製剤も、ある温度以上で固体プロトンによるガウス型緩和に加えて、液体プロトンによるロレンツ型緩和を示すようになり、その温度をNMR緩和に基づく分子運動性の限界温度(Tmc)として測定することができた。Tmcは水分含量の増大とともに低下した。PHEA、MCおよびHPMCを含有する製剤は、デキストランやCMC-Naを含有する製剤より低い水分含量において同等のTmcを示し、同一の水分含量ではより低い温度で運動性の高いプロトンが出現することがわかった。
CMC-Na、HPMCおよびMCを含有する製剤について測定したDSCは、明瞭な比熱の変化は示さなかったが、PHEA、デキストランおよびPVPの製剤は、Tmcより23~34℃高い温度にTg に相当する比熱変化を示した。これらの製剤ではTgよりも低い温度ですでに、液体プロトンの存在で示されるような高い運動性をもつことが明らかになった。
各種添加剤を含有する製剤中の水分子のT2は、水分含量とともに増大した。PHEA、MCおよびHPMCを含有する製剤は、デキストランやCMC-Naを含有する製剤に比較して低い水分含量でT2の低下を示し、製剤中の水分子の運動性が高いことが示唆された。
一方、製剤中の水の運動性をDRSによって測定した結果、デキストラン、MCおよびPVP製剤は、添加剤との相互作用によって運動を束縛され108~109Hzに緩和を示す水および束縛されずに自由な動きを示す水 (109~1010Hz)が存在することがわかった。自由な動きを示す水の緩和時間はMC<デキストラン<PVPの順に高くなり、また束縛された水に対する自由な動きを示す水の比率はデキストラン<MC<PVPの順に大きくなった。MCを含有する製剤はデキストラン製剤に比べて、自由な動きを示す水の量が多く、さらにその運動性が高い(緩和時間が短い)ことが示された。それに対してPVPを含有する製剤は、デキストランやMCの製剤に比べて自由な動きを示す水の量が多いが、その運動性は低いことが明らかになった。
種々の高分子添加剤を含有する凍結乾燥製剤のTgは、Gordon-Taylor式にしたがって、添加剤のTgおよび比重、さらに水分含量に依存するが、添加剤と水の相互作用によっても影響される。水と強く結合し、水の可塑化作用を低下させるような添加剤は水分吸着によるTgおよびTmcの低下の度合いが小さいと考えられる。今回、水分含量によるTgおよびTmcの変化が添加剤によって異なる結果が得られたが、それは水と添加剤の相互作用の差異によって説明することができる。
水の見かけのT2が分子の運動性を表すと仮定すれば、PHEA、MCおよびHPMCを含有する製剤は、デキストランやCMC-Naを含有する製剤より、水分子の平均の運動性が高く、MC製剤はそのためにデキストラン製剤よりも低いTmcを示すと考えられる。これは、MC製剤ではデキストラン製剤よりも自由な動きを示す水の量が多く、またその運動性が高いことがDRSによって示されたことと一致する。
(2)凍結挙動からみた水分子の運動性
凍結したデキストラン水溶液のDSC昇温曲線は、-15~-20℃から吸熱方向へ移行を開始し、小さなピークを示してから、通常の氷の融解による大きな吸熱ピークを示すようになる。吸熱方向への移行開始時に観測される小さな吸熱ピークはデキストランの分子量に依存し、分子量が大きくなるほど顕著となった。また、吸熱方向への移行開始温度は含水率が高くなると高温側に変化し、その傾向はやはり分子量が大きいほど顕著であったことから、吸熱ピークは小さな氷晶の融解によると考えられる。小さな氷晶は、水溶液中でほどけたデキストラン分子鎖の絡まり内に閉じこめられた水分子集合に起因して生成すると考えられる。分子量の大きなデキストランほど水溶液中で分子の絡まりが起こりやすく、小さな氷晶もできやすいとして、DSC昇温曲線の分子量依存性は説明できる。また、含水率が高いほど高分子の分子鎖がほどけやすく、水分子が高分子内の空間に閉じこめられやすいとして、含水率依存性も説明可能である。平衡凍結では、非平衡凍結に比べ氷晶が成長し易くサイズが大きくなるために融点が上昇し、吸熱ピークは高温にシフトすると考えられる。
結論
種々の添加剤を含有する凍結乾燥製剤は、Tmcより23~34℃高い温度にTg に相当する比熱変化を、Tgよりも低い温度ですでに、液体プロトンの存在で示されるような高い運動性をもつことが明らかになった。また、凍結乾燥製剤のTgおよびTmcは、添加剤との相互作用による束縛をうけずに自由な動きを示す水の量が多く、その運動性が高いものほど低くなることが明らかになった。さらに、凍結・融解挙動のDSC測定により、同一高分子で水との化学的相互作用は同じでも、デキストランの分子量が異なると分子内空間に閉じこめられる水分子集合の形状や分子拡散性に違いが生じることが明らかになり、医薬品製剤中の分子の運動性を指標として製剤の安定性評価を行う可能性を考察するための基礎データを得ることができた。

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