動物組織由来医薬品等原材料の異常プリオンタンパク汚染の高感度検出法の開発

文献情報

文献番号
199800650A
報告書区分
総括
研究課題名
動物組織由来医薬品等原材料の異常プリオンタンパク汚染の高感度検出法の開発
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
澤田 純一(国立医薬品食品衛生研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 菊池裕(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 品川森一(帯広畜産大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 医薬安全総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
-
研究費
4,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
伝達性海綿状脳症(プリオン病)の原因物質である異常プリオンタンパクの、食品、医薬品、医療材料、およびそれらの原材料への混入が、国際的問題になっている。我が国でも、輸入されたヒト硬膜を介してプリオン病患者が発生している。医薬品、医薬部外品、化粧品にはウシ由来成分が多数含まれている。幸いに、医薬品等中に含まれるウシ由来成分からウシ伝達性海綿状脳症(BSE)が伝達したと考えられる症例は報告されていないが、今後外国産原材料から感染事故が起こる可能性は否定できない。医原性プリオン感染を防ぐためには、医薬品、医療材料等の異常プリオンタンパクによる汚染の有無を確認し、プリオンの混入を排除することが有効である。異常プリオンタンパクの検出法としては、バイオアッセイ法が高感度であるが、迅速性、簡便性に欠ける。医薬品等原材料に混入した微量の異常プリオンタンパクの検出法には、現在のバイオアッセイ法のみでは不充分であり、免疫化学的手法を利用する高感度検出法の開発が望まれている。また、これまでに報告されている異常プリオンタンパクの検出法の多くは、プリオン病に罹った生体組織からの検出であり、脳組織という異常プリオンタンパクの含量が最も高い試料を対象にしており、脳以外の生体組織からの検出や、医薬品等原材料、医療材料の検査にはそのままでは適用できない。医薬品等原材料の検査には、一層の高感度化と、個々の検体の種類に応じた適切な前処理(抽出、濃縮など)が必須とされている。
そこで、本研究では、医薬品等原材料中へのBSE病原体の汚染を想定して、その高感度検出法の開発を行う。また、in vitro細胞培養系による高感度検出法の開発も検討する。そのために、(1)免疫化学的検出法の一層の高感度化のための、高親和性抗体の作製と高感度ELISAの開発、(2)医薬品等原材料に混入した微量のプリオンタンパクの濃縮方法の開発、(3)細胞培養系を用いたin vitroバイオアッセイ法の検討を行う。それによって、実際の医薬品等原材料中の異常プリオンタンパク検出に必要な基本分析方法を開発し、医薬品等製造企業や公的検査機関での検査法にも利用できることをめざす。
研究方法
1. 抗プリオンペプチド抗体の作製と抗体の性質の解析
ウシ、ヒトのプリオンタンパクのN端側およびC端付近のペプチドを、MBSを架橋剤にしてHSAまたはBSAに結合させたものを免疫抗原とした。それらをウサギおよびニワトリに免疫した。また、抗原をマウスに免疫した後、ハイブリドーマを作製した。得られた抗血清およびハイブリドーマ培養上清の抗体価は、ペプチド-OVAを固相抗原にしてELISAで測定した。さらに、得られた抗体を1次抗体として、ウシ脳P2画分を試料としたイムノブロッティングを行った。
2. 医薬品・化粧品関連原材料中の微量汚染プリオンの沈殿濃縮方法の開発
スクレイピ-感染マウス脳抽出物を添加した、市販のコラ-ゲン及びゼラチンをモデル試料とした。コラ-ゲンおよびゼラチンの粘度を低下させるために、Proteinase K、bromelain及び collagenaseの処理温度、処理時間、溶液のpH等に関して検討した。粘度の低下した材料からPrPScを選択的に沈殿濃縮する方法として、アルコ-ル沈殿、硫安沈殿及びポリエチレングリコ-ル沈殿を検討した。PrPScの検出にはウエスタンブロット法を用いた。
3. 培養細胞での正常プリオンタンパクの発現制御の解析
ヒトグリオーマ細胞株T98Gを培養後に破砕し、遠心分離(100,000 g)で沈殿した膜画分を溶解してSDS-PAGEで分離後、ニトロセルロース膜に転写した。抗ヒトプリオン抗体(3F4)を用いたイムノブロッティングを行い、化学発光法でプリオンタンパクを検出した。
結果と考察
1. 抗プリオンペプチド抗体の作製と抗体の性質の解析
ウサギとニワトリによるポリクローナル抗体およびマウスモノクローナル抗体の作製を行った。その結果、ウシのPrPのN端側付近のペプチドB104-123を抗原として作製したウサギ抗血清、および、ヒトPrPのN端側付近のペプチドH95-114を抗原として作製したウサギ抗血清が、共に、ウシ脳由来の正常プリオンタンパク(PrPC)のイムノブロッティングに使用できることを確認した。一方、ニワトリ抗血清は、イムノブロッティングに使用できるものが得られなかった。また、ウシPrPペプチドに反応するモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマを得られたので、現在、抗体の性質の解析を進めている。
今回得られたウサギ抗血清は、PrPCのイムノブロッティングに使用できたことから、これらの抗血清は、変性させたPrPC及び変性させたPrPSCを認識できると推測される。得られた抗血清と既存の抗PrP抗体を用いて、次年度に高感度ELISAの検討を行う予定である。
2. 医薬品・化粧品関連原材料中の微量汚染プリオンの沈殿濃縮方法の開発
医薬品・化粧品関連原材料として汎用されるコラ-ゲンやゼラチンをモデル試料にして、マウススクレイピ-プリオンをスパイクして、これを効率良く回収し検出する方法を検討した。bromelain消化、及びコラ-ゲン溶液のpHを中性に調整後にcollagenase消化する方法が粘性の低下と共に、後のPrPSc沈殿の際に夾雑蛋白量を低下させる上で適していた。酵素処理により粘性の低下した溶液から、PrPScを定量的に沈殿させ、かつ総蛋白量を可能な限り減少させるためには、1% NaCl存在下で8% ポリエチレングリコ-ルによる沈殿が優れていた。5 mlのコラ-ゲン溶液からの添加PrPScの回収率は40~50%、50 mlからは30%程度であった。ゼラチンも同一プロトコ-ルで処理できた。
コラゲナ-ゼによるPrPScの減少は認められず、また1% NaCl存在下で8% ポリエチレングリコ-ル沈殿により、PrPScは90%以上回収された。しかし、最終的な回収率が30~50%と予想外に低かった。この理由は、10 ml~50 mlの遠心管から沈殿を定量的に微量遠心管に移す際のロスと、混在する可能性のあるPrPCを除去するためのProteinase K 処理によりPrPScの一部も部分分解したためと推定された。次年度は、PrPScの回収率を高めるために、試料調製法にさらに改良を加える。
3. 培養細胞での正常プリオンタンパクの発現制御の解析
各種のヒト培養細胞株から調製した膜画分のイムノブロッティングを行った結果、ヒト・グリオーマ細胞株T98Gに、抗ヒトプリオン抗体が認識する数本のバンドを検出した。糖鎖の合成を阻害するツニカマイシンでT98G細胞を処理しても、また、N-グリコシド結合を切断するN-グリカナーゼで膜画分を酵素処理しても、高分子量の2本のバンドが消失して低分子量のバンドが増大した。従って、T98G細胞は糖鎖が結合したPrPCを産生する事が確認された。
対数増殖期のT98G細胞から得た膜画分ではPrPCの含量は低く、定常期の膜画分ではPrPCの含量が増大した。また、接触阻止のかかった細胞ではPrPCの含量は高く、細胞密度が低い細胞では含量が低かった。さらに、接触阻止がかからない細胞密度の細胞にT98G細胞の培養上清を添加して培養し、膜画分のイムノブロッティングを行った。そのPrPCの含量は、新鮮な培地で培養した細胞から得た膜画分と有意差がなかった。以上の結果から、ヒトグリオーマ細胞株T98GでのPrPCの発現は、その産生するautocrine factorではなく、細胞密度に依存して制御されていることが示唆された。
プリオンタンパクは中枢神経系、特に脳で大量に発現していることが知られているが、現状では正常ヒト・プリオンタンパクの供給源として人の脳を用いることは難しい。プリオンタンパクの糖鎖の有無がその異常化に関与しているとの報告があり、糖鎖を有する正常ヒト・プリオンタンパクの確保が望まれている。T98G細胞はヒト正常プリオンタンパクを多量に定常的に発現しており、培養も容易なことから、正常ヒト・プリオンタンパク質の供給源として有望である。また、今後この細胞株を用いて、プリオンタンパクが関連する細胞内反応を解析し、異常プリオンタンパクに対して敏感に変化する細胞内反応を探索する。
結論
1. 抗ウシプリオンタンパク抗体(ポリクローナル抗体、モノクローナル抗体)を作製し、その反応特性を解析した。その結果、ウシプリオンタンパクのイムノブロッティングに利用可能なポリクローナル抗体が得られた。
2. 医薬品・化粧品関連原材料として汎用されるコラーゲンおよびゼラチン中の汚染プリオンを検出するための試料処理法の検討し、酵素処理(ブロメリン、コラゲナーゼ)とポリエチレングリコール沈殿によってプリオンPrPScを抽出することができた。
3. 正常プリオンタンパクを発現しているヒト培養細胞株T98Gを見出し、その細胞におけるプリオンタンパクの発現量と培養条件との関連を解析した。その結果、プリオンタンパクの発現量が細胞密度に依存することを見出した。

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