薬物代謝酵素の遺伝子型を利用した医薬品の有効性・安全性の評価と使用基準の確立に関する研究

文献情報

文献番号
199800645A
報告書区分
総括
研究課題名
薬物代謝酵素の遺伝子型を利用した医薬品の有効性・安全性の評価と使用基準の確立に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
奥村 勝彦(神戸大学医学部附属病院)
研究分担者(所属機関)
  • 青山伸郎(神戸大学医学部附属病院)
  • 谷川原祐介(慶應義塾大学病院)
  • 五味田裕(岡山大学医学部附属病院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 医薬安全総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
3,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
薬物を代謝する能力には大きな個人差があることが知られている。この原因の一つとして、
特定の薬物代謝酵素に関してその活性が欠損または著しく弱い個体が存在する、即ち遺伝的多型性を示
すことがあげられる。あらかじめこれらの遺伝子型がわかれば患者の薬物代謝能力が予測でき、処方設
計のための有力な情報となることが考えられる。現在、血液中のDNAより薬物代謝酵素の遺伝子型を決
定して、患者の薬物代謝能力を予測しようとする研究が行われている。
ここで、PCR-RFLP法は、操作が簡便であることから遺伝子型の決定に繁用されているが、制限酵素が
抗悪性腫瘍薬、SH基含有化合物や過剰のPCRプライマー等により阻害される事が知られている。そこで
まず、我々は制限酵素の不完全消化による誤判定を避ける目的で、CYP2C19および2C9遺伝子型判定に
おいて制限酵素消化の陽性対照(制限酵素の認識部位を持つ他のDNA断片)を設計し、その有用性を検
討した。
次に、遺伝的多型性を示す肝薬物代謝酵素N-アセチル転移酵素(NAT)及びCYP2C19について、遺伝子
型とサラゾスルファピリジン(SASP)又はプロトンポンプ阻害剤(オメプラゾール(OPZ)並びにランソプ
ラゾール(LPZ))の薬物代謝能との相関性について健常人での検討を行う。
さらに上記薬物服用患者について、遺伝子型と薬効・毒性との相関解析も行った。
研究方法
まず、CYP2C19および2C9遺伝子型判定時の制限酵素消化陽性対照として、CYP2C19は、制限
酵素Sma I およびBam HIの認識部位を持つヒト癌遺伝子N-mycのエキソン1-イントロン1の領域に、
CYP2C9では、 Ava Ⅱ およびKpn I の認識部位を持つヒトCYP1A1遺伝子の3'下流領域にプライマーの
設計を行った。ヒト血液より抽出したゲノムDNAを用いバンドの位置を確認した後、制限酵素阻害物質
アドリアマイシンを最終濃度15または30μMとなる様に添加し、RFLPへの影響を検討した。
次にNAT遺伝子型或いはCYP2C19遺伝子型の判明している健常人において、サラゾスルファピリジン
(SASP)及びプロトンポンプ阻害剤(オメプラゾール(OPZ)、ランソプラゾール(LPZ))の単回投与試験を
行った。投与後、経時的に採血・採尿を行い、スルファピリジン(SP)並びにアセチル体、そしてOPZ又
はLPZの未変化体並びに水酸化体の血漿中・尿中濃度はHPLC法により測定した。また、プロトンポン
プ阻害剤については、薬物服用時、胃内pHモニタリングも併せて行い、胃酸分泌抑制作用と遺伝子型
との関連性ついて検討した。
さらに、SASP服用経験のある潰瘍性大腸炎患者13例に対し、NAT遺伝子タイピングを行った後、服
薬状況、薬理効果・副作用等について問診を行い、カルテにて調査した。また、プロトンポンプ阻害剤
(OPZ又はLPZ)と抗生剤の併用療法(投与期間:1週間)を行ったHelicobacter pylori (H. pylori)
除菌治療患者(計141例)に対し、除菌治療効果とCYP2C19遺伝子型との関連性を検討した。さらに、
投与開始7日目の朝薬物服用後のプロトンポンプ阻害剤未変化体及び水酸化体・スルフォン体の濃度は
HPLC法により測定した。
結果と考察
CYP2C19及びCYP2C9の陽性対照は共に各制限酵素処理により切断され、RFLPのDNA断片とゲル上で
明確に判別できた。また、アドリアマイシンをサンプルDNAに加えた場合、RFLPのバンドのみからはヘ
テロ接合体または変異型のホモ接合体と判定する可能性があったが、未消化の陽性対照(590bp)が残
っていたため消化が阻害されていることが容易に確認でき、誤判定を避けることが可能であった。薬物
代謝酵素の遺伝子タイピングに用いられるPCR法は未精製のサンプルを用いても増幅が可能なため、血
液からの鋳型DNA調製も簡便な方法で行われる場合が多い。この場合、制限酵素の阻害物質が除去され
ずに混入して誤った遺伝子型の判定をもたらす可能性がある。従って、今回検討した制限酵素の陽性対
照は、より確実な判定を下すための有効な方法であると考えられる。今後は、これらの陽性対照を用い
てCYP遺伝的多型の抗てんかん薬薬物動態への影響を検討する予定である。
次に、健常人におけるSASP及びOPZ、LPZ単回投与試験の結果、NAT遺伝子型とSPのアセチル化代謝
能、そしてCYP2C19遺伝子型と各プロトンポンプ阻害剤の水酸化能とに良好な相関性が認められ、変異
遺伝子型同士の組み合わせの場合、未変化体濃度/代謝物AUC比が高値を示した。また、OPZ並びにLPZ
単回投与後、胃内pHは上昇し、その程度はCYP2C19遺伝子型が変異遺伝子同士の場合、より顕著であ
った。よって、SASP並びにOPZ、LPZにおいて、NAT及びCYP2C19の遺伝子タイピングによる健常人で
の薬物代謝能の予測は可能であると考えられた。また、CYP2C19遺伝子型とOPZ及びLPZの胃酸分泌抑
制作用とが相関したことから、薬理作用の予測も可能であると考えられた。
さらに、SASP服用経験のある潰瘍性大腸炎患者13例のうち、NAT遺伝子型が変異遺伝子同士であっ
た1例で副作用発現(膵炎)が見られたが、その他の遺伝子型の場合、副作用は薬物アレルギーによる
発疹(4例)のみであった。またH. pylori除菌治療において、CYP2C19遺伝子型が正常遺伝子を含む
場合に41%~88%の除菌成功率であったのに比べ、変異遺伝子同士の患者の場合、全例が除菌に成功した。
一方、LPZ併用群では、除菌治療効果におけるCYP2C19遺伝子型の違いは認められなかった(正常遺伝
子を含む遺伝子型の患者の除菌率:90%、変異遺伝子同士の遺伝子型の患者での除菌率:82%)。なお、
両薬物共に、副作用(消化器症状)における遺伝子型の違いは認められなかった。
以上、患者でのSASP及びOPZによる薬物治療において、SASPの副作用発現とNAT遺伝子型、OPZ併
用群のH. pylori除菌治療成績とCYP2C19遺伝子型とに関連性が見られた。一方、同じCYP2C19により
代謝されるLPZ併用群でのH. pylori除菌治療成績においては、遺伝子型による違いが認められなかっ
た。この理由として①LPZは、OPZに比べ、代謝過程におけるCYP2C19の寄与率が低いこと、②副代謝
経路CYP3A4を介した抗生剤クラリスロマイシンとの相互作用等、が挙げられる。今後、これらの点に
ついてin vitro肝ミクロゾーム系を用いて詳細に検討を行いたい。
結論
今回設計したCYP2C19および2C9遺伝子型判定時の制限酵素消化の陽性対照は、制限酵素の阻害
又は失活による誤判定を確認できる事から、遺伝子診断を確実に行うための簡便で有用な方法である。
健常人における薬物単回投与試験の結果、薬物代謝酵素の遺伝子型と薬物代謝能・薬理作用とに良い
相関が認められた。また、SASP及びOPZ服用患者において、副作用発現或いは除菌治療効果と、各々の
薬物代謝酵素(NAT及びCYP2C19)の遺伝子型とに関連性が見られた。しかしながら、LPZのように必ず
しも、CYP2C19遺伝子型から除菌治療効果の予測ができない場合も見られた。
今後も引き続き、「薬物療法における遺伝子解析の応用」を目的としてさらなる検討を行いたい。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-

研究報告書(紙媒体)

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-