食べる腸管感染ウイルスワクチンの開発

文献情報

文献番号
199800635A
報告書区分
総括
研究課題名
食べる腸管感染ウイルスワクチンの開発
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
武田 直和(国立感染症研究所)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 医薬安全総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
3,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
子供のワクチンは、安価であること、注射器による接種ではなく経口投与できること、発熱などの副作用がないこと、コールドチェーンが整備されていない熱帯地域へ常温で供給できること、開発途上国でも自主生産できるワクチンであること、が理想である。ワクチンによる予防が可能な感染症の中で、子供のウイルス性感染症、特に腸管感染ウイルスによる下痢症と肝炎は、開発途上国において常に年間死亡率の上位を占めてきた疾患である。本研究では腸管感染ウイルスのうち、わが国では生ガキによる集団食中毒で問題になる小型球形ウイルス(small round structured virus、SRSV)、および開発途上国の経口伝播型急性肝炎の主要病原体であるE型肝炎ウイルス(Hepatitis E virus、HEV)についてその構造蛋白を発現するトランスジェニック植物を作製し、食用ワクチンとしての有効性を評価することを目的とする。SRSVには多数の血清型があるため10種以上の抗原性を持つ多価ワクチンを開発する必要があるが、植物は組み込める遺伝子数に事実上制限がないのでこの目的には最適である。HEVはわが国へも輸入感染症として近年持ち込まれるケースが多く、診断法の確立と共に早急に予防対策を講ずる必要がある。トランスジェニック植物は最近国際社会、特に日本を含む先進国に対して提言されたCVI(Children's Vaccine Initiative)に対する最も優れた解答の一つである。また現在WHOが進めている子供ワクチン計画のポリオ、マシン撲滅に続く疾患対策にも、これを推進する上で極めて有効な手段を提供することができる。本研究が対象としているウイルスでは、いずれもトランスジェニック植物体内でウイルス遺伝子を有しないウイルス様中空粒子として産生されるため、通常の経口ワクチンと異なり投与されたウイルスが増殖することは全くない。したがってAIDS患者のように免疫不全であったり、免疫欠損の個体にも投与することができる。本研究の最終目的であるトランスジェニックバナナは、上記に示したワクチンの条件をすべて満足する理想的な食用ワクチンと考えられる。
研究方法
1)SRSV VLPを産生するトランスジェニック植物の作製
SRSVはエンベロープを持たない直径約38nmの小型の球形ウイルスである。ゲノムは約7.6kbのプラス一本鎖RNAで、3'末端にポリアデニル酸をもつ。3'末端に位置する約1.6kbのORF2は約530アミノ酸、分子量58kDaの構造蛋白をコードする蛋白する。1987年千葉で分離されたGenogroupⅠに属するHu/NLV/Chiba407/1987/JP(千葉株)およびGenogroupⅡに属するHu/NLV/Chia104/1997/JP(104株)のORF2全領域をカセットベクターpIBT210のSmaⅠ部位にクローン化した。さらにこのプラスミドからカリフラワーモザイクウイルス35Sプロモーター、タバコエッチウイルス5'-UTR、目的とする遺伝子、及び3' Soybean vagetative storage proteinを含むHindⅢ-Eco RI fragmentをbinary vector pGPTV-Kanにクローン化し、Disarmed Ti plasmidをもつアグロバクテリアを形質転換した。ジャガイモの若葉にアグロバクテリアを感染させ、定法にしたがってトランスジェニックトマトとジャガイモを作製した。
2)HEV VLPを経口投与したマウスの免疫応答
HEVはエンベロープを持たない直径30nmの小型の球形ウイルスである。ゲノムは約7.2kbのプラス一本鎖RNAで、3'末端にポリアデニル酸をもつ。HEV感染サルの胆汁からRNAを抽出し、RT-PCR法で構造蛋白領域を増幅してORF2全領域を増幅後、ORF2全長とORF2のN末端から111アミノ酸を欠失させたフラグメントをそれぞれpVL1393にクローニングし、組換えバキュロウイルスをつくり、昆虫細胞Tn5細胞に感染させた。結果としてN末端を欠損するクローンの培養上清から、平均密度は1.285g/cm3、直径約23-24nmのVLPが大量に得られた。四週齢の雌のBALB/cマウスにPBSで希釈したVLPsをそれぞれ経口、腹腔投与後、経時的に採血と採便して、ELISA方法を用いて、血中のIgG、IgM、便中のIgA抗体を測定した。
結果と考察
1)SRSV VLPを産生するトランスジェニック植物の作製
これまでに組換えバキュロウイルスで中空粒子の産生に成功している小型球形ウイルス7種のうち、GenogroupⅠに属するHu/NLV/Chiba407/1987/JP(千葉株)およびGenogroupⅡに属するHu/NLV/Chia104/1997/JP(104株)の構造蛋白領域をバイナリーベクターにクローン化し、アグロバクテリアを形質転換した。千葉株はジャガイモ、104株は既にGenogroupⅠに属するHu/NLV/NV/1968/US(ノーウォーク株)のVLPを発現しているジャガイモとトマトの葉に感染後、形質転換体を抗生物質で選択した。現在のところ、まだ数個体であるが、1.5~2cm位の幼植物体を得るに至った。
2)HEV VLPを経口投与したマウスの免疫応答
7日目の培養上清を1000xgで遠心して、組換えバキュロウイルスを除き、塩化セシウム平衡密度勾配遠心で純度の高い粒子を得た(通常10の7乗個のTn5細胞あたり1mgの精製粒子が得られる)。患者回復期血清を用いた免疫電子顕微鏡で特異的なアグリゲーションがみられ、この粒子を用いたELISA方法によって急性期の患者血清と感染サルの血清から特異的抗HEV-IgM,IgG抗体を、回復期の患者血清と感染サルの血清から特異的抗HEV-IgG抗体を検出した。したがってこの中空粒子はネイティーブな粒子に近い抗原性を持つと考えられる。
食べるワクチンの免疫学的基礎を得るため組換えバキュロウイルスで産生したHEV VLPを四週齢のBALB/cを用い、一匹あたり10、50、100ugのVLPsを経口投与した。初回免疫を0日として11、25、および51日目に追加免疫を行った。経時的に尾動脈から採血して血清を分離した。同時に糞便を採集し抗体価をELISA法によって血中のIgGおよびIgM抗体、および便中のIgA抗体を測定した。50ugのVLPsを投与したマウス群が最も良い応答を示した。初回免疫1週後の血中には既に特異的IgMが認められ、IgG抗体も3週後には産生されていた。便中のIgA抗体も5週後には有意に上昇し、経口投与による明らかな免疫効果が観察された。血中IgM抗体は急速に消失したが、IgGは4回の経口投与後少なくとも3ヶ月間、糞便中のIgAも一ヶ月程度持続した。追加免疫によってIgGとIgA抗体ではブースター効果も認められた。
SRSV VLPを産生するトランスジェニックトマトとジャガイモが得られつつある。ジャガイモではGenogroupⅠとGenogroupⅡに属し血清型が異なる2種類の中空粒子をひとつの植物体で産生することを試みた。さらに1~2ヶ月培養して生長したところで、導入遺伝子の発現解析等を行う予定である。先に米国で行われたタバコを用いた同種の実験では、組換えバキュロウイルスで産生されるVLPと形態学的にも免疫学的にも差異のない粒子が植物体内で発現されており、今回用いたトマトやジャガイモでも粒子の産生が十分期待できる。またひとつの植物体で2種類のVLPを発現する試みは全く初めてのことであり結果が待たれる。これらはE型肝炎ウイルスVLP同様、経口投与実験で腸管粘膜に抗体産生を誘導出来ることが十分期待でき、食べるワクチンとして有望である。
ウイルス様中空粒子の腸管免疫誘導機能は組換えバキュロウイルスで発現したHEV VLPで試験した。四週齢の雌のBALB/cマウスにVLPsをそれぞれ経口、腹腔投与後、経時的に採血と採便をして、ELSA方法を用いて、血中のIgG、IgM、便中のIgA抗体を測定した。その結果HEVのVLPは投与ルートに関わらず特異的にマウスの免疫反応を誘導された。特筆すべきは、経口投与において腹腔投与では認められなかった腸管IgAの産生が誘導したことである。腸管IgA抗体はHEV感染に対してどういう免疫防御の役割を担当するかはまだはっきり分かっていないが、ワクチンの開発にはこの点をまず明らかにする必要がある。
結論
SRSV VLPを産生するトランスジェニックトマトとジャガイモが得られつつある。ジャガイモではGenogroupⅠとGenogroupⅡに属し血清型が異なる2種類の中空粒子をひとつの植物体で産生することを試みた.VLPの腸管免疫誘導機能を組換えバキュロウイルスで発現したHEV VLPで試験した結果、HEV VLPは投与ルートに関わらず特異的にマウスの免疫反応を誘導した。経口投与においてのみ腹腔投与では認められなかった腸管IgAの産生が誘導された。

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