文献情報
文献番号
199800633A
報告書区分
総括
研究課題名
医薬品等の安全性確保の基礎となる研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
安原 一(昭和大学医学部)
研究分担者(所属機関)
- 佐藤哲男(HAB協議会霊長類機能研究所)
- 鈴木聡(HAB協議会霊長類機能研究所)
- 大野泰雄(国立医薬品食品衛生研究所)
- 草野満夫(昭和大学)
- 伊藤洋二(昭和大学)
- 内田英二(昭和大学)
- 倉田知光(昭和大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 医薬安全総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
7,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-
研究報告書(概要版)
研究目的
薬物のヒトでの有効性及び安全性を評価する上で動物実験は欠かせない。しかし、ヒトと動物との間には大きな種差が存在し、ヒトへの外挿を行う上での障害となっている。一方、最近の研究によれば、この差の多くは肝臓での薬物代謝活性の相違に起因する事が明らかにされている。従って、ヒト肝臓あるいはそれに由来する試料を利用した試験を行うことが可能であれば、動物実験やin vitro試験の結果をヒトに結び付けることに威力を発揮し、医薬品の開発やその適切な評価が促進される。また、第1相臨床試験で初めにヒトに薬物を投与する際に志願者の安全性を確保する上で、予めヒト由来肝組織で試験し、動物と比較しておくことが重要である。しかし、欧米諸国では、ヒト組織の利用に関しては、移植目的で提供され、適合者が見いだせなかった場合の臓器は研究目的で使用することが可能であるが、我が国ではその使用は法的に認められていない。そのため、ヒト臓器・組織を用いた研究は、手術材料に頼るほか方法はない。脳死臓器の場合には、脳死後数分で冷却された灌流液で灌流され、冷蔵保存される。これに対して、手術切除組織は長時間温阻血状態におかれたり、施行される手術法、麻酔薬の種類、病態などの影響がある。これらの要因は提供者個々で異なっており、実際に研究への使用に充分な信頼性を保証するものであるのかに関しては不明な点が多い。
本研究は、ヒト組織を用いた試験の医薬品評価における意義について手術により得られた試料の信頼性と有用性について実験的に検討するとともに、我が国におけるヒト肝臓を用いた試験を行うに当たっての基本的な問題、即ちヒト肝臓の供給、保存、利用および倫理の問題を文献的に検討し、整理する事により将来ガイドライン等を作成する際の基礎的資料とする事を目的とした。
本研究は、ヒト組織を用いた試験の医薬品評価における意義について手術により得られた試料の信頼性と有用性について実験的に検討するとともに、我が国におけるヒト肝臓を用いた試験を行うに当たっての基本的な問題、即ちヒト肝臓の供給、保存、利用および倫理の問題を文献的に検討し、整理する事により将来ガイドライン等を作成する際の基礎的資料とする事を目的とした。
研究方法
凍結保存ヒト肝細胞における細胞内カルシウム濃度およびホルモン応答などの生理学的特性について検討するとともにヒト肝cDNAライブラリーより新規に単離したアリル硫酸転移酵素(ST)のcDNA(ST1B2 cDNA)がヒトの生体内におけるT3の代謝に特異的に関与するアリルST分子種であるかについて検討した。また、これら分子種に対する抗体を用い、各々の分子種のヒト肝含量を定量し、可溶性画分における硫酸抱合活性との相関性を比較した。さらに、手術材料を薬物代謝研究に使用する場合、どのようなインフォームド・コンセントが必要であるかに関して検討し、説明文書の作成および本研究を遂行するための倫理委員会の審査・承認を得るための計画書の提出を行った。また、手術を受ける患者に対して作成した説明文書および口頭での説明を行った後、自由意思に基づき書面での同意を得た。得られた組織を使用してサブセルラーフラクションおよび単離細胞での薬物代謝活性を各種cytochrome P450(CYP)分子種に対する代表的基質を用いて評価し、手術材料の有用性、信頼性について検討した。一方、我が国におけるヒト臓器・組織の供給体制と実施に向けた検討項目について討議、調査を行い、その一環として日本全国の主たる医学部および医療機関の外科にヒト臓器・組織の利用に関する現状調査を目的としたアンケートを実施した。
結果と考察
1.凍結ヒト肝細胞のviabilityに関する研究
今回用いた2例(HH-018, HH-022)の凍結ヒト肝細胞のviabilityについて検討した結果、HH-018に関しては、細胞質中の多くを脂肪滴と思われる顆粒が占め、細胞内オルガネラは明瞭ではなかった。正常ラットの肝細胞を用いた場合には、高いviabilityが示された。また、HH-022細胞は、ほとんどが接着性を示さなかった。
2.ヒトST分子種の異種細胞発現
ST1A3、ST1A5、ST1B2、ST1E4およびST2A3の酵素化学的性質を明らかにする目的で大腸菌からリコンビナント酵素(6xH ST)を得た。これらの精製酵素は電気泳動上の移動度が全て異なっていた。また、作成した抗体でヒト肝可溶性画分中の上述5種の酵素タンパクのWestern blot 解析を行った結果、それぞれリコンビナント酵素分子種と移動度が一致した。
3.ヒトST分子種の肝含量と硫酸抱合活性の相関性
6例のヒト肝可溶性画分における各々のヒトST分子種の含量とp-NP、ドパミン、T3、E2、DHEAに対する硫酸抱合活性との相関性について検討した。その結果、ST1A3含量とp-NPに対する活性(r=0.99)、ST1A5含量とドパミンに対する活性(r=0.95)、ST1B2 含量とT3に対する活性(r=0.96)、ST1E4含量とE2に対する活性(r=0.88)およびST2A3含量とDHEAに対する活性(r=0.78)との間に高い相関性が示された。
4.手術材料の信頼性と有用性に関する研究
4-1.本研究における肝切除症例
1)HL1:75歳、女性。左乳癌術後、肝転移(肝S6~7、単発、径5cm)および、HL2:52歳、男性。肝細胞癌(S5~8、単発、径7cm)、の2例を対象に行った。
4-2. サブセルラーフラクションでの薬物代謝酵素活性評価
今回提供されたそれぞれの肝臓に関して、切除に要した時間経過および切除後の試料の処理に要した時間経過と、残存酵素活性、含量との関連性について検討した。
(1) 肝臓試料摘出および摘出後の処理に要した時間。
HL1の摘出に要した時間は、約5時間10分であった。また、肝切除後試料を等張緩衝液で冷却するまでに要した時間は40分、その間、撮影のため2回(約3分間)写真用照明下に置かれた。一方、HL2にでは、摘出に要した時間は約5時間40分だった。また、肝切除直後し試料を等張緩衝液で冷却した。
(2) 各種CYP分子種活性および酵素含量の腫瘍部位からの距離による差に関する検討
各試料を、腫瘍部位から1cm以内(腫瘍辺縁部)と1cm 以遠(正常部)で分割し6種基質に対する代謝活性を測定した。その結果、HL1では、CYP1A2活性が腫瘍辺縁組織で正常部より約20%の高値を示した。他の分子種の活性は、腫瘍辺縁部で正常部に比べその活性はCYP2C9, 2D6, 2E1および3A4でそれぞれ、約20%、約40%、約45%および約50%程度低値を示した。また、CYP2C19においてはその活性は腫瘍辺縁部ではほぼ完全に消失していた。一方、HL2では、CYP1A2およびCYP2C9活性が腫瘍辺縁部でそれぞれ約20%、約15%の活性低下を示した。他の分子種ではCYP3A4活性が腫瘍辺縁部で約30%の高活性を示した。他の分子種は、腫瘍辺縁部との差はほとんど無く同様の活性が認められた。
各部位でのCYP分子種タンパク量と活性の相関性について検討した結果、HL2では、分子種タンパクの含量と活性はほぼ相関した結果が示されたが、HL1においては、CYP1A2およびCYP3A4で活性に比較して高い酵素タンパク含量が正常部で示された。この結果は、HL1は、手術による摘出および摘出後の処理に要した時間と大きく関連するものと考える。すなわち、HL1では、摘出後温阻血状態が約40分続いた事から、抗体認識部位のタンパクは十分に残存しているものの、活性中心はすでに分解あるいは何らかの障害を受けていることに由来するものと考える。
4-3.単離ヘパトサイトを用いた肝薬物代謝酵素活性評価
上述2例の手術切除肝臓の非癌部位が、本試験に供された。
ヘパトサイトの単離はコラゲナーゼ灌流法により行った。トリパンブルー染色で、生細胞数を計測し、オーバーナイトで培養した後、検鏡した。接着率は、HL1で約80%, HL2でほぼ100%であった。
手術切除組織は、摘出時に長時間温阻血状態におかれる。脳死肝を用いた試験報告では約1×107 cells/gの回収率である。本試験の回収率はそれよりも低いが、手術切除組織は切断面が電気メスで焼かれているため、肝重量当たりの回収率は単純には比較できない。それにもかかわらず、本試験で単離されたヘパトサイトは高い接着性を示し、また、播種40時間後にP450分子種の活性を測定した結果、高い薬物代謝能を示した。したがって、手術切除組織でも十分に医薬品の開発研究に使え得ることが示唆された。
5. ヒト組織利用・供給の現状
5-1わが国における研究システムの整備と今後の戦略
ヒト肝を学術研究の目的に用いる場合、組織を提供した患者個人への利益になるときと、個人から社会への貢献の場合が考えられる。後者では、患者本人が、医学、薬学の研究にヒト組織を使用することが人類全体に計り知れない利益をもたらすとする考え方を持っている場合にのみ実現するのである。欧米に比較して特殊な事情にある我が国にあって、国内のネットワークづくりを具体化するためには、(1)研究体制の確立とそれを運営するための経済基盤の確保(2)広報と世論の支持(3)臨床医の理解と協力(4)医師と患者との信頼関係の確保、(5)患者のインフォームドコンセント、などの環境整備が必要である。一方、これを具体化するには、社会環境、倫理感、宗教感、法制度などの点で欧米とわが国の間でかなりの隔たりがあるので、結局はわが国独自の路線を考えなければならない。
5-2.アンケート調査
アンケート調査の集計に関しては、現在回収を行っている。
今回用いた2例(HH-018, HH-022)の凍結ヒト肝細胞のviabilityについて検討した結果、HH-018に関しては、細胞質中の多くを脂肪滴と思われる顆粒が占め、細胞内オルガネラは明瞭ではなかった。正常ラットの肝細胞を用いた場合には、高いviabilityが示された。また、HH-022細胞は、ほとんどが接着性を示さなかった。
2.ヒトST分子種の異種細胞発現
ST1A3、ST1A5、ST1B2、ST1E4およびST2A3の酵素化学的性質を明らかにする目的で大腸菌からリコンビナント酵素(6xH ST)を得た。これらの精製酵素は電気泳動上の移動度が全て異なっていた。また、作成した抗体でヒト肝可溶性画分中の上述5種の酵素タンパクのWestern blot 解析を行った結果、それぞれリコンビナント酵素分子種と移動度が一致した。
3.ヒトST分子種の肝含量と硫酸抱合活性の相関性
6例のヒト肝可溶性画分における各々のヒトST分子種の含量とp-NP、ドパミン、T3、E2、DHEAに対する硫酸抱合活性との相関性について検討した。その結果、ST1A3含量とp-NPに対する活性(r=0.99)、ST1A5含量とドパミンに対する活性(r=0.95)、ST1B2 含量とT3に対する活性(r=0.96)、ST1E4含量とE2に対する活性(r=0.88)およびST2A3含量とDHEAに対する活性(r=0.78)との間に高い相関性が示された。
4.手術材料の信頼性と有用性に関する研究
4-1.本研究における肝切除症例
1)HL1:75歳、女性。左乳癌術後、肝転移(肝S6~7、単発、径5cm)および、HL2:52歳、男性。肝細胞癌(S5~8、単発、径7cm)、の2例を対象に行った。
4-2. サブセルラーフラクションでの薬物代謝酵素活性評価
今回提供されたそれぞれの肝臓に関して、切除に要した時間経過および切除後の試料の処理に要した時間経過と、残存酵素活性、含量との関連性について検討した。
(1) 肝臓試料摘出および摘出後の処理に要した時間。
HL1の摘出に要した時間は、約5時間10分であった。また、肝切除後試料を等張緩衝液で冷却するまでに要した時間は40分、その間、撮影のため2回(約3分間)写真用照明下に置かれた。一方、HL2にでは、摘出に要した時間は約5時間40分だった。また、肝切除直後し試料を等張緩衝液で冷却した。
(2) 各種CYP分子種活性および酵素含量の腫瘍部位からの距離による差に関する検討
各試料を、腫瘍部位から1cm以内(腫瘍辺縁部)と1cm 以遠(正常部)で分割し6種基質に対する代謝活性を測定した。その結果、HL1では、CYP1A2活性が腫瘍辺縁組織で正常部より約20%の高値を示した。他の分子種の活性は、腫瘍辺縁部で正常部に比べその活性はCYP2C9, 2D6, 2E1および3A4でそれぞれ、約20%、約40%、約45%および約50%程度低値を示した。また、CYP2C19においてはその活性は腫瘍辺縁部ではほぼ完全に消失していた。一方、HL2では、CYP1A2およびCYP2C9活性が腫瘍辺縁部でそれぞれ約20%、約15%の活性低下を示した。他の分子種ではCYP3A4活性が腫瘍辺縁部で約30%の高活性を示した。他の分子種は、腫瘍辺縁部との差はほとんど無く同様の活性が認められた。
各部位でのCYP分子種タンパク量と活性の相関性について検討した結果、HL2では、分子種タンパクの含量と活性はほぼ相関した結果が示されたが、HL1においては、CYP1A2およびCYP3A4で活性に比較して高い酵素タンパク含量が正常部で示された。この結果は、HL1は、手術による摘出および摘出後の処理に要した時間と大きく関連するものと考える。すなわち、HL1では、摘出後温阻血状態が約40分続いた事から、抗体認識部位のタンパクは十分に残存しているものの、活性中心はすでに分解あるいは何らかの障害を受けていることに由来するものと考える。
4-3.単離ヘパトサイトを用いた肝薬物代謝酵素活性評価
上述2例の手術切除肝臓の非癌部位が、本試験に供された。
ヘパトサイトの単離はコラゲナーゼ灌流法により行った。トリパンブルー染色で、生細胞数を計測し、オーバーナイトで培養した後、検鏡した。接着率は、HL1で約80%, HL2でほぼ100%であった。
手術切除組織は、摘出時に長時間温阻血状態におかれる。脳死肝を用いた試験報告では約1×107 cells/gの回収率である。本試験の回収率はそれよりも低いが、手術切除組織は切断面が電気メスで焼かれているため、肝重量当たりの回収率は単純には比較できない。それにもかかわらず、本試験で単離されたヘパトサイトは高い接着性を示し、また、播種40時間後にP450分子種の活性を測定した結果、高い薬物代謝能を示した。したがって、手術切除組織でも十分に医薬品の開発研究に使え得ることが示唆された。
5. ヒト組織利用・供給の現状
5-1わが国における研究システムの整備と今後の戦略
ヒト肝を学術研究の目的に用いる場合、組織を提供した患者個人への利益になるときと、個人から社会への貢献の場合が考えられる。後者では、患者本人が、医学、薬学の研究にヒト組織を使用することが人類全体に計り知れない利益をもたらすとする考え方を持っている場合にのみ実現するのである。欧米に比較して特殊な事情にある我が国にあって、国内のネットワークづくりを具体化するためには、(1)研究体制の確立とそれを運営するための経済基盤の確保(2)広報と世論の支持(3)臨床医の理解と協力(4)医師と患者との信頼関係の確保、(5)患者のインフォームドコンセント、などの環境整備が必要である。一方、これを具体化するには、社会環境、倫理感、宗教感、法制度などの点で欧米とわが国の間でかなりの隔たりがあるので、結局はわが国独自の路線を考えなければならない。
5-2.アンケート調査
アンケート調査の集計に関しては、現在回収を行っている。
結論
ヒト臓器・組織を用いた薬物代謝研究において、冷凍保存された単離肝細胞の有用性・信頼性には若干の疑問が残された。一方、手術材料は、提供患者の背景に種々の問題を含んでいるが、総じて、代謝試験への応用については、現在のところ問題点は少ないと考えられた。
公開日・更新日
公開日
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更新日
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