ヘム代謝を指標とする定量的毒性試験法の確立

文献情報

文献番号
199800631A
報告書区分
総括
研究課題名
ヘム代謝を指標とする定量的毒性試験法の確立
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
藤田 博美(北海道大学)
研究分担者(所属機関)
  • 柴原茂樹(東北大学)
  • 杉田修(サントリー株式会社)
  • 小川和宏(東北大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 医薬安全総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
3,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
一酸化窒素供与体、ポルフィリン誘導体、トブラマイシンといった薬物としての作用機序の全く異なる各種の薬剤を用いて、さまざまな培養細胞系におけるヘム代謝系が共通する毒性の指標として利用可能であるか否かを解析し、その定量性を検討し、実用化への道を探る。
研究方法
ハウスキーピング型のヘム代謝調節が行われることが知られているヒト培養細胞系を中心として実験を行い、一酸化窒素供与体、ポルフィリン誘導体といった各種の薬剤がヘム分解系の律速酵素であるヘムオキシゲナーゼ-1の発現に及ぼす影響を解析する。ことに、薬物代謝が行われる場でありしばしば薬剤の標的ともなりうる肝臓については、最も重症な障害である劇症肝炎を取り上げた解析を行い、ヘム代謝の症状発現への関与と、ヘム代謝系が指標になりうるか否か、加えて予防的な意義があるかどうかを含めた研究をおこなう。
さらに、常に細胞分化が行われているという条件があるので薬物毒性の標的組織の一つであり、また他の組織の2倍以上の濃度に当たる単一のタンパク質(即ちヘムタンパク質の代表であるヘモグロビン)を合成していることが知られている造血細胞系において、ヘム代謝系を指標とする毒性検出が可能であるか否かを解析するとともに、そうした現象の背後に存在する転写調節機構の基礎的な解析を行い、論理的根拠を求める。
一方では、ヘム代謝に関する研究がこれまで殆ど行われていなかった筋細胞系および胎児・胎盤系を対象としてヘム代謝調節の基礎的な解析を行い、明年度以後これらの組織を実験の対象としうるか否かに関する基礎的データを得る。このことにより、本計画における提案が肝細胞、造血細胞のみならず広範な組織で応用可能であるか否かという点が明らかになると考えられる。
結果と考察
研究結果=一酸化窒素供与体、ポルフィリン誘導体の投与によりヒト肝細胞培養系、神経細胞培養系でヘム分解系の律速酵素であるヘムオキシゲナーゼ-1遺伝子の誘導が濃度依存的に認められた(一部は論文として報告済み、他は学会で発表済み)。さらに、これまで造血毒性の知られていなかったトブラマイシンにより、造血系細胞におけるヘム合成系の律速酵素赤血球型デルタアミノレブリン酸合成酵素の発現の抑制が認められた。更に、この抑制が造血系転写因子によることが明らかとなった(学会発表済み、論文投稿準備中)。
こうした現象を更に深く極めるために赤血球型デルタアミノレブリン酸合成酵素の先天的発現異常のメカニズムの解析、および本酵素の転写に深く関与している造血系転写因子の調節機構が外来性の因子(環境因子を含む)により影響を受けやすいことを示す結果を得た(ともに論文として報告済み)。従って、先に述べたような薬剤毒性が本酵素遺伝子の発現調節の異常として表現されることは科学的に了解可能であることが示された。以上のように本計画で提案したようなヘム代謝系を利用した薬物毒性の定量的評価の可能性が示されたので、今後の成果が期待される。
また、初年度の計画として提案した劇症肝炎については、ハロタンを例として動物実験を行い、ヘム代謝系が肝障害の発現機構に関与しているという新たな事実を発見した。このことは劇症肝炎の指標としてヘム代謝系を用いた検出が可能であることを示唆しており、さらには予防の指標としても応用できる可能性を示唆している(学会報告済み、論文投稿準備中)。従って、本年度の成果は、今後培養細胞系を導入した解析へと進む上で非常に有望であることを示していると考えている。
一方、筋細胞系についての解析では、基本的にヘム代謝調節機構は肝細胞系に近いこと、しかし細胞分化に伴い合成系の律速酵素であるハウスキーピング型デルタアミノレブリン酸合成酵素の誘導が認められること、この誘導に関与する転写調節に関わる遺伝子上の領域の一端が明らかにされ始めている。筋細胞系に置いては造血系細胞と同様に細胞分化に伴う著名なヘム合成の亢進がおきることが認められたので、こうした知見を利用して造血細胞における毒性と同様のモニタリングが筋細胞系でも可能になると期待される(学会報告済み、論文投稿準備中)。
また、胎児・胎盤系の解析では、胎盤系でのヘム代謝調節がことに酸素環境の維持との関連から胎児の正常な発育に重要であることが示された(一部は論文として発表済み、他は現在投稿中)。このことは、今後、次世代毒性を解析して行く上でヘム代謝系を利用した場合に重要な知見が得らる可能性を示していると考えられる。
考察=ヘムオキシゲナーゼ-1遺伝子の誘導現象を各種ヒト細胞系での様々な薬物作用の指標として利用出来る可能性が示唆された。ことに一酸化窒素供与体による影響が予測される誘導型一酸化窒素合成酵素の遺伝子発現が全く変化しない条件下で、本来一酸化窒素代謝に全く関連のないヘムオキシゲナーゼ-1遺伝子の濃度依存的な誘導が認められたことは本研究計画の目指す一般的な毒性検出機構の開発に有力な手がかりを与えると考えられる。
また、合成系の律速酵素発現障害および転写調節機構の抑制が、これまで造血毒性の知られていなかったトブラマイシン投与で認められたこと、さらに本現象はヒトのみならず実験動物および培養細胞系で整合性をもって観察されたことから、本計画で目指した実験動物を用いない培養細胞系でのヘム代謝系遺伝子発現を指標とした解析が毒性の解明に寄与することが示された。
さらに、これまでよく研究されてきた上記の肝臓あるいは赤血球系でのヘム代謝調節系を指標として利用する試みに加えて、殆ど研究が進んでいなかった筋細胞系でヘム代謝系が利用できるか否かを明らかにするための基礎的成果が得られた。特に、ハウスキーピング型デルタアミノレブリン酸合成酵素の誘導機序に係わる転写調節の基礎的な結果が得られたことは、ヘム代謝調節機構そのものは全く異なっているにせよ同様に細胞分化にともなうヘム合成の誘導が認められ、合成系の律速酵素およびその転写調節系の指標としての応用の可能性が示された造血系細胞の毒性検出システムと類似の検出が筋細胞系で可能となることを期待させる成果である。
一方、次世代毒性を検討する上で、胎児・胎盤系のヘム代謝調節を解析したところ、胎児の発育に応じた組織特異的な代謝調節機序が存在すること、その調節機序は胎児の発達に伴う酸素要求の増大に応じていると考えられること、したがってヘム代謝調節の乱れは胎児の正常な発育を阻害することが示された。これらの胎児・胎盤系におけるヘムの機能の重要さを示す結果は、今後次世代毒性の検索を進めて行く上でヘム代謝系の変動を指標とすることが可能であり重要であることを示唆していると考えられる。
結論
初年度の成果としてヘム合成系あるいは分解系の律速酵素であるデルタアミノレブリン酸合成酵素およびヘムオキシゲナーゼ-1の各遺伝子発現を、薬物としての作用機序が全く異なっている各種薬剤の造血細胞あるいは肝細胞系、神経細胞系への毒性の解析に用いうる可能性が示された。さらに、筋細胞系、胎児・胎盤系についての今後の解析を行う上での基礎的結果が明らかになった。
こうした初年度の成果をもとに今後二年次、三年次の研究・解析が進展すれば、本計画で提案した、分子メカニズムにもとづく、あらたなかつ検出感度に優れ定量的な薬物毒性検出系が肝細胞、造血細胞、神経細胞、筋細胞さらには胎児・胎盤系といった広範な組織で可能になることが期待される。

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