医薬品等の安全性確保の基礎となる研究-アポトーシスを指標とした毒性評価のための動物組織・細胞の利用法に関する研究-

文献情報

文献番号
199800624A
報告書区分
総括
研究課題名
医薬品等の安全性確保の基礎となる研究-アポトーシスを指標とした毒性評価のための動物組織・細胞の利用法に関する研究-
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
川崎 靖(国立医薬品食品衛生研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 井上達(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 小野宏(財・食品薬品安全センター)
  • 香川順(東京女子医科大学)
  • 今田中伸哉(財・化学品検査協会)
  • 山中すみへ(東京歯科大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 医薬安全総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
3,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究の巨視的な目的は、LD50という「死」を基準とした、「毒物性、劇物性の強さの指標」に対して、死に頼らない「毒物性、劇物性の強さの指標」を探索することにある。この意義として、1)亜致死性毒性、即ち、死に至らないが、蓄積性もしくは時間の経過とともに、その延長線上で死に達するような「毒性」の把握を可能とする(「非パラケルスス型毒性」)、また、2)潜在性低用量毒性、即ち、毒性と薬効の裏合わせになった物質や、毒性と薬効性が狭い閾値で裏合わせになったような化学物質に対して、低用量の潜在性毒性の如何を評価することを可能とする、さらに3)潜在性慢性毒性、即ち、「障害」と「個体の生死」の相互関係の中間指標に位置づけ可能な概念、例えば日常的な潜在的毒物摂取を対象とする方途が開ける、等が挙げられ、究極的に1)から3)の種々のレベルの毒性を一元的な共通軸で把握する見通しが期待される。
ここでは、1)個体レベルでは、「加齢の促進」即ち寿命が短縮する「毒性」を、2)分子レベルでは、「DNAの死」とも考えられる「アポトーシス」により「DNAの断片化」を取り上げる。
研究方法
井上 達:アポトーシスを指標とした、遺伝子改変動物による毒性評価
平成9年度の実験結果を鑑み、平成10年度では以下の実験を行った。
実験1.「p53ノックアウトマウスにおける吸入毒性試験での感受性の変化について」
実験2. 「チオレドキシン・トランスジェニックマウスにおけるパラコート誘発アポトーシスの標的臓器の解明と、その急性毒性に対する感受性の変化についての確認実験」
[実験1](実験目的) 発ガン感受性並びにその背景にある生物反応性を検定することにより、本マウスの毒性試験系あるいは早期発ガン試験系への有用性検討の基盤を作ることにある。
(実験方法) 9-16週齢の雄p53ノックアウトマウスの野生型、ヘテロ、ホモにベンゼンを0, 33, 100, 300 ppmを全身暴露(1日6時間、週5日間、26週間)し、回復期間中である。なお、一群各々24匹とした。測定項目は、一般状態及び体重測定を行っている。
[実験2] (実験目的) 平成9年度において予備試験を行った。チオレドキシン・トランスジェニックマウスにおけるの感受性変化を再確認することにある。平成10年度の実験での変更点は、1) パラコート誘発アポトーシスが、より早く進行していることが示唆されたため、パラコート投与3時間後に解剖する。2)一群6匹とする。3)精巣における病理学的検索をより正確にするため、固定法としてブアン固定を行う。4)精巣での増殖分化程度への影響を詳細に検討するため、セルソーターを用いた解析を行う。また、骨髄での増殖分化程度への影響もin vitro colony assay等を用いて詳細に検討する。
(実験方法)10-12週齢の雌雄チオレドキシン・トランスジェニックマウスのヘテロ及び野生型にパラコートを0, 8, 20, 50 mg/kgを投与用量10 ml/kgBWで単回腹腔内投与し、投与3時間後に解剖する。対照群(0mg/kg投与群)は溶媒である滅菌生理食塩水を投与した。なお、群構成は一群6匹とした。
小野 宏:アポトーシスを指標とした、培養細胞による毒性評価のための基礎的研究
本研究では、細胞死の一つであるアポトーシスに焦点を当て、培養細胞や化学物質の種類を変えることで、培養細胞を用いたアポトーシスの実験系を検討した。
香川 順:動物を用いたアポトーシスを指標とした毒性評価とその他の指標との比較
ラットにパラコートを単回投与することにより、アポトーシスが誘導されるいわゆる標的臓器を解明するための前実験として各種生体影響について、従来のデーターと比較可能な項目を測定し、検討を加えてきた。
今田中伸哉:アポトーシスを指標にしたほ乳類培養細胞による毒性評価
本研究では、毒性物質を細胞に暴露した後、細胞の生存率とアポトーシスによる細胞死を定量的に調べ、アポトーシスを毒性影響の早期指標として適用できるか否かを検討した。
山中すみへ:培養細胞を用いた化学物質の毒性評価法に関する基礎的研究
3種の細胞を用いた一般細胞毒性試験により化学物質のIC50(50%細胞死)を求め、げっ歯類における急性毒性や膜障害性との関係から細胞毒性試験の意義を検討した。さらに細胞死の一つであるアポトーシスに焦点を当て、化学物質によるアポトーシスの誘発を指標とした毒性評価を試みる。それらの結果を哺乳動物を用いたin vivo系での結果と比較検討することによって、invitro系における毒性評価法として確立する。
1. 細胞種によるIC50値の比較
3種の細胞を用いて、25化学物質の細胞増殖抑制試験を行い、50%阻害濃度(IC50値)を求め、細胞間の比較を行った。
2. 試験法によるIC50値の比較
ニュートラルレッド(NR)法及びギムザ染色法、LDH法の3種の細胞毒性試験法で IC50値を求め、比較検討した。
3. 細胞毒性試験とげっ歯類での急性毒性試験との関係
in vitroでの細胞毒性をin vivoでの毒性と比較するために、げっ歯類で求めた経口LD50値との関係を検討した。
4. アポトーシスの誘導による毒性評価
水銀及びパラコートをCHL細胞培養液中に添加して24~96時間培養後に、アガロースゲル電気泳動で分離したフラグメント化したDNAを紫外線下にてアポトーシス細胞の存在を調べた。
結果と考察
結果=井上 達:アポトーシスを指標とした、遺伝子改変動物による毒性評価
実験1.各群のホモマウスは21-39週でほぼ全例が死亡し、死亡曲線はホモ、ヘテロ及び野生型の各群で特異なパターンを示した。「急性毒性」の指標としてのLD50に替わる指標を模索する過程で、生体(個体)の寿命への影響を指標とすることが考えられた。そこでゴンペルツ関数(各時点での、その時点での死亡率の対数)を用い、寿命に対する「急性暴露」の影響をゴンペルツ関数の勾配(直線部分)で検討した。その結果、ベンゼン暴露を受けたp53遺伝子欠失動物の「寿命の短縮」は、ベンゼン処置濃度に依存して顕著となり、また、p53遺伝子の欠失の度合いに依存して顕著となることが示された。このことから、LD50に替わる指標として、ゴンペルツ関数の勾配の変化が使用可能であることが示唆された。次の段階として、ゴンペルツ関数の勾配変化に最も直結するバイオマーカーを模索する必要があるが、その一つとしてアポトーシスを取り上げてきた。今後、アポトーシスあるいは増殖調節に関連する遺伝子群の発現に対する影響を引き続き検討する。
実験2.1.全ての群において、死亡例は認められなかった。
2. 一般状態の変化は、雌雄チオレドキシン・トランスジェニックマウスの野生型ヘテロともに50 mg/kg投与群で、投与2時間後からうずくまり、努力性呼吸が弱く認められた。
3. 血液学的検査では、雌雄の野生型、ヘテロともに50 mg/kg投与群で白血球の減少傾向が認められた。好中球の減少は認められなかった。
小野 宏:アポトーシスを指標とした、培養細胞による毒性評価のための基礎的研究
DESのみが低血清培地で強力な細胞増殖阻害作用を示した。さらに、この細胞毒性作用は、細胞の動物種及び組織に関係なく誘導され、さらにエストロジェン受容体を介さない作用であることが示唆された。また、DESによる低血清培地における強い細胞増殖阻害作用はアポトーシスであり、細胞の種類によって、アポトーシスに伴って断片化されるDNAのサイズが異なることが示唆された。
香川 順:動物を用いたアポトーシスを指標とした毒性評価とその他の指標との比較
投与1時間及び4時間後において、明らかなアポトーシスと思われる変化は認められなかった。
今田中伸哉:アポトーシスを指標にしたほ乳類培養細胞による毒性評価
アポトーシス誘発細胞数の定量的な計測が毒性評価に有用であることを示唆する結果が得られた。
山中すみへ:培養細胞を用いた化学物質の毒性評価法に関する基礎的研究
1. 細胞種によるIC50値の比較
一般細胞毒性試験に用いる細胞としては、継代培養の容易なCHL細胞やHela細胞が適当であろう。
2. 試験法によるIC50値の比較
3種の試験法のうち、LDH法は水銀などのように直接活性阻害をもたらす被験物質では不適当であった。CHL細胞でのNR法、LDH法、ギムザ染色法には大きな差はなかったが、フローサイトメトリーでは高値となり、試験法による違いがみられた。
3. 細胞毒性試験とげっ歯類での急性毒性試験との関係
刺激性物質を含めた場合にはLD50値とIC50値とは相関性がみられなかったが、刺激性物質を除いた場合には有意な相関性がみられた(r=0.814, r=0.84)。
4. アポトーシスの誘導による毒性評価
実験濃度における水銀及びパラコートでは細胞の生存率には影響がみられなかったが、しかし水銀及びパラコートを添加して48時間以上培養した場合には、フラグメント化したDNAがみられ、アポトーシスの誘導を示唆した。
考察=p53ノックアウトマウスを用いた解析からベンゼン暴露のよる生存曲線が、野生型、ヘテロ、ホモで移動することが明らかとなり、遺伝子改変動物の有用性を示唆した。合成エストロジェン(DES)により、低血清濃度の条件下で強力にアポトーシス誘導することが見出され、この作用が受容体非依存性であることを示した。ラットにパラコートを投与した際、気管支肺胞洗浄液 BALFのGSHが増加し、SODが低下することを見出した。Ames(-), carcinogenesis(+)の数種の化学物質を培養細胞に暴露した際の従来の細胞毒性とアポトーシス誘導との関係から、アポトーシス誘発細胞数の定量的計測の有用性を示した。細胞毒性として検出されない条件でのアポトーシスが細胞毒性の高感度検出系である可能性を示唆した。
結論
急性毒性とアポトーシス、酸化的ストレスとアポトーシスの関連性に関する新知見とその解析に向けた遺伝子改変動物の有用性を示すことができ、またin vitroの系では、従来の細胞毒性試験とアポトーシスを指標とした細胞毒性試験との関連についていくつかの新知見が得られた。本年度行われた成果から、in vivoでは遺伝子改変動物の有用性、 in vitroではIC50とアポトーシス誘発濃度との関係で用いる培養細胞とアポトーシス誘発との関係等についてのデーターが得られた。

公開日・更新日

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