熱媒体の人体影響とその治療法に関する研究(H10-生活-002)

文献情報

文献番号
199800611A
報告書区分
総括
研究課題名
熱媒体の人体影響とその治療法に関する研究(H10-生活-002)
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
小栗 一太(九州大学薬学部)
研究分担者(所属機関)
  • 篠原志郎(集計担当、福岡県保健環境研究所)
  • 草 徹二(千葉県衛生部衛生指導課)
  • 横溝力男(横浜市衛生局生活衛生部食品衛生課)
  • 森 一明(愛知県衛生部食品獣医務課)
  • 阪本 章(大阪府保健衛生部食品衛生課)
  • 柳 俊徳(島根県健康福祉部薬事衛生課)
  • 栗森直之(広島県福祉保健部環境衛生課)
  • 原田秋人(山口県環境生活部生活衛生課)
  • 小松靖正(高知県健康福祉部健康政策部)
  • 溝脇直規(鹿児島県保健福祉部生活衛生課)
  • 九州大学及び長崎油症治療研究班分担者:赤峰 昭文(九州大学歯学部)
  • 飯田隆雄(福岡県保健環境研究所)
  • 石橋達朗(九州大学医学部)
  • 小川文秀(長崎大学医学部)
  • 沖田 実(長崎大学医療技術短期大学部)
  • 菊池昌弘(福岡大学医学部)
  • 古賀信幸(中村学園大学家政学部)
  • 辻 博(九州大学医学部)
  • 中西洋一(九州大学医学部附属病院)
  • 中山樹一郎(福岡大学医学部)
  • 長山淳哉(九州大学医療技術短期大学部)
  • 廣田良夫(九州大学医学部)
  • 古江増隆(九州大学医学部)
  • 増田義人(第一薬科大学)
  • 山田 猛(九州大学医学部附属病院)
  • 吉村健清(産業医科大学)
  • 片山一朗(長崎大学医学部)
  • 吉村俊朗(長崎大学医療技術短期大学部)
  • 渡辺雅久(長崎大学医学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 生活安全総合研究事業
研究開始年度
-
研究終了予定年度
-
研究費
47,200,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究は、昭和43年に西日本一帯に起こった油症の原因物質である熱媒体の患者人体に及ぼす影響を検診・調査・研究すると共に、その治療法について研究することを目的とする。油症事件発生後、既に三十年が経過した。一部の患者には未だに病的障害が観察されるが、多くの患者については症状は改善されている。現在は症状が観察されても、それが PCBあるいはPCDFなどの原因物質の摂取と関連するのか、あるいは単なる老年期障害であるのかが識別困難な場合が多くなってきている。このように、油症患者の病状については、少なくとも事件発生当時に認められたような急性症状は軽減されてきている。しかし、本研究でのこれまでの成果により、ガン罹患の亢進や免疫機能低下の可能性など、新たな問題が浮上してきていることから、ダイオキシン類による高度暴露患者として、引き続き患者健康状態の検診体制を継続する必要がある。また、油症の診断・調査・治療の基盤となる基礎的な研究も重要であることから推進した。本研究では、未だに未解明部分の多い PCB 類の毒性発現機構を解明すると共に、患者の慢性的病態の把握を行い、これに立脚した患者の健康管理をも目的として以下の検討を行った。・油症患者の検診。・検診結果の疫学的並び統計学的解析。・原因物質排泄促進法に関する検討・油症患者体内の PCB 並び関連物質の分析・油症発症に関する基礎的研究。
研究方法
・油症患者の検診。 油症患者全国統一検診表に従って、各県の担当検診医師、歯科医師による検診を行った。検診結果の全国集計は、福岡県保健環境研究所の分担研究者において行い、その解析は、九州大学の分担研究が後出のように行った。統一検診以外の分担研究者による研究方法は、以下の通りである。皮膚科検診では、1997年度と1998年度の福岡県の福岡市、北九州市、久留米市で行われた油症患者の一斉検診時に得られた皮膚症状(面皰、座瘡、色素沈着など)の程度をそれぞれの患者で詳細に記載し、全患者での重症度分類あるいはデータの点数化を行い、4~5年前のデータと比較検討した。患者血液を採血して油症指標の1つである PCB パターンを測定する。また、油症患者の血液検査を行って、液性免疫を中心とする免疫機能に対する影響を調査する。さらに、液性免疫の障害が細胞性免疫の障害に起因するか否かを解明するために、油症患者より得られた末梢血のリンパ球亜集団につて検討する。歯科検診では、油症認定患者における歯周炎ならびに口腔内色素沈着の罹患率を調べる。眼科の検診に
おいては、主症状である眼脂過多を中心に検診する。
・検診結果の疫学的並び統計学的解析。対象は、1993年の全国統一検診受診者265名の検診結果である。血中 PCB 濃度との関連を中性脂肪、総コレステロール、GOT、GPT、γ-GYP、総ビリルビン、直接ビリルビンの7つの臨床検査値について調べた。また、全国統一検診票から飲酒習慣など、調整要因のデータを得た。統計解析は共分散分析を用い、性、年齢、飲酒習慣、喫煙習慣、Body Mass Index を調整要因として統計モデルに含めた。総コレステロール以外の目的変数は分布に強い偏りが見られたため、対数変換を行った。要約統計量及び trend Pの計算において、血中 PCB 濃度はそのままでも単純な対数変換でもはずれ値が目立ったため、1を加えて対数変換した。統計処理ソフトウェアには、Stata Ver 5.0 を用いた。検定は有意水準 0.05 で両側検定を行った。また、追跡患者1821名について、1996年12月末日までの生死を調査した。調査方法は、1990年3月末の油症患者名簿をもとに、厚生省食品保健課、全国29都府県の担当課の協力を得て、予後調査を行った。死亡者の死因について、これまでの死因情報、並びに、総務庁より使用許可を受けた厚生省人口動態調査調査票死亡テープ(1978年~1996年)を用いた。その後、日本全国死亡を標準として、油症患者の死因別標準化死亡比(SMR)を算出する。
・原因物質排泄促進法に関する検討 排泄促進研究に資するために、プロトポルフィリン(ジナトリウム塩)及びヘミンによる油症原因ライスオイルに含まれる原因物質の吸収抑制効果を評価した。 また、油症患者2例について、右大腿部に市販の皮脂取りシートを10cm×10cmの大きさに作成したものを水に含ませて貼布し、乾燥後剥離する。この操作を、同一部分で1週おきに4回施行し、 シートに吸着された皮脂量を測定した。
・油症患者体内の PCB 並び関連物質の分析 患者に残留する全PCB異性体の分析は、209 種の PCB 異性体及び内標準物質として用いる C13 安定同位体の PCB 7種を購入し、これらを定量分析の標準品とした。高分離能のキャピラリーカラム(DB5MS 60m)を装着したガスクロマトグラフ/質量分析計(島津 QP-5000)を用い、PCB のM+ 及び [M+ 2]+ をモニターする SIM 法で分析した。また、臨床所見とテQ、PCBとの相関を測定した。対照は、平成7年度の福岡県油症検診受診者(86人)のうち TEQ が計算された82 人である。解析項目は、平成7年度油症検診統一検診票による内科所見32項目、皮膚科所見21項目、眼科所見5項目、歯科所見9項目及び、血液・生化学検査50項目である。これらの項目と TEQ あるいは PCB との間の Spearman 順位相関係数を計算した。計算及び検定には PC-SAS を用いた。さらに、油症患者の血液中PCDDs、PCDFs 及びcoplanar PCBs 濃度の追跡調査においては、1997年の油症一斉検診(1995年10月)で、肘静脈から 10ml 真空採血管に採取された患者の血液約 5g を使用した、健常人血液は、ボランティア7名から1998年12月にヘパリン溶液入り採血バッグに 200ml 採取した血液 50ml を使用して、すでに確立している分析方法にしたがって分析調査した。
・油症に関する基礎的研究。
油症の原因物質である高毒性のPCBやPCDFは、転写調節因子であるAhRを介して作用すると考えられ、多くの遺伝子発現の活性化あるいは抑制などの変化が毒性に関わると推定されている。強く制御を受けるラット肝炭酸脱水酵素IIIのcDNAクローニングを行い、 mRNAレベルでの抑制について検討した。また、逆に強い誘導を受ける機能未知のセレン結合性タンパク質を精製して阻害実験、あるいはPCBのミエリンタンパク質の発現調節を検討した。さらに、難代謝性PCBやPCDFの水酸化代謝物について女性ホルモン作用を酵母two-hybrid法を用いて検討した。また、同様な代謝物の遺伝毒性についても検討した。PCBの代謝に関わるP450についても検討した。PCBの腫瘍生物学的影響について1-ニトロピレン誘発肺腫瘍を検討した。
結果と考察
・油症患者の検診。 全国統一検診結果は、集計されたので、次項の疫学的並び統計学的解析において述べる。ここでは、治療研究班の所見を述べる。皮膚科検診では、近年の傾向である皮膚症状の軽快化がさらに明らかとなった。また、血中 PCB 濃度も低下傾向が明らかとなった。現在の油症患者の皮膚症状は、大部分の患者がきわめて軽快化しており、1975年に作成された油症皮膚重症度評価試案でも必ずしも客観的な評価とならない場合が生じている。簡明な新たな評価基準の作成の時期にきていると思われる。末梢リンパ球亜集団の検討より、血中 PCB 濃度は3.0 ppb 以上の油症患者では2.9 ppb 以下の患者に比べ、helper / inducer T 細胞を示す CD4 陽性細胞の増加を認め、油症患者に高頻度にみられる免疫グロブリン上昇や自己抗体出現の原因となっている可能性が示唆された。眼科検診では、自覚症状での眼脂過多を訴えるものが多かったが、その程度は軽く、油症の影響とは考えにくかった。他覚所見として慢性期の油症患者において診断的価値が高い眼症状である眼瞼結膜色素沈着と瞼板腺のチーズ様分泌物について特に注意して診断したが、ほとんど観察できなかった。このように、受診者の高齢化が進み、臨床所見は捉えにくくなってきている。油症患者の眼科領域における臨床所見は徐々に軽くなっているが、今後慎重な経過観察が必要である。歯科検診では、平成6年度の油症一斉検診では、口腔内色素沈着の発現率は33.8 %であった。それと比べると、平成8年度は57.3 %2)、平成10年度は58.2 %と著明に上昇していた。過去の口腔内色素沈着の報告や、眼科や皮膚科領域における報告においては、特異的な色素沈着は経年的に減少しており、平成7年度(55.8 %の発現率)からみられる口腔内色素沈着の発現率の上昇に関する機序に関しては、不明のまま残されており今後の検討課題と思われる。また、平成6及び8年度の報告と同様に今回の検診においても、60歳未満の患者に比べて60歳以上の患者では色素沈着の発現率は低下傾向にあり、その原因の一つとして、残存歯牙数の減少による口腔内環境の変化が色素沈着の発現率の低下に影響を及ぼしている可能性が考えられる。しかし今回、口腔内色素沈着の部位としては歯肉がほとんどであり、前回報告2)したような年齢による色素沈着の部位の変化は見られなかった。歯肉以外の部位の色素沈着の消失にどのような因子が関与しているかについても更なる検索が必要と考えられる。
・検診結果の疫学的並び統計学的解析。
全国統一検診結果では、血中 PCB 濃度と中性脂肪及び総コレステロール間に有意な正の関連を見いだされた。今回の解析では性、年齢、BMI、飲酒喫煙習慣が調整されている。なお、本研究はクロスセクショナルなデザインであるため、結果の解釈は慎重に行うべきである。しかし、血中の総コレステロール及び中性脂肪は心疾患の重要なリスク要因であるので、今回観察された血清脂質と PCB 濃度との有意な関連は、油症患者の今後の健康を考える上で重要な問題となる可能性を持っている。生死確認調査では、全国29都府県の担当課生死確認調査を依頼し回答を得られた。その結果、1998年6月時点での生死不明者 84名であり、84名の生死確認調査を各自治体に再度依頼したところ、20名の生存が判明した。 1999年 3月時点での油症患者コホート追跡調査結果は、死亡者 307名、生存者 1,450名、生死不明者 64名である。さらに現在、生死不明者 64名についての生死確認を各種情報により調査中である。死因調査では、307名の死亡者について、人口動態統計の原死因を得るために、油症患者コホートの307名の死亡者の個人情報と厚生省死亡テープ(1978年~1996年, 1500万件)との照合を行った(死亡テープには、個人名の記載はない)。照合は、生年月日、死亡年月日、性、死亡時住所により個人の同定を行った。その結果、死亡者307名のうち、上記4つの照合条件が完全に合致した死亡患者は、167名であった。油症患者コホートの個人情報が多くの情報源に基づいているため、死亡テープの情報との完全一致が困難であったものと考えられる。現在、油症患者コホートの情報の再確認と照合方法の再検討を行っており、その調査が終了次第、標準化死亡比の算出をする予定である。
・原因物質排泄促進法に関する検討
プロトポルフィリンを与えた群は基本食群と比べて、2,3,4,7,8-PCDF、1,2,3,4,7,8-HCDF 及び1,2,3,6,7,8-HCDF の吸収をそれぞれ 11.0、19.2、22.0 % 抑制し、糞中にそれぞれ 1.9、1.8、1.7倍の排泄増加が認められた。また、プロトポルフィリン群は PCDF の再吸収を抑制し、基本食群と比べて 2,3,4,7,8-PCDF、1,2,3,4,7,8-HCDF 及び 1,2,3,6,7,8-HCDF をそれぞれ 2.1、2.0、1.8倍多く排泄促進した。しかし、ヘミン群の排泄量は基本食群と比べて大きな差はなく、ヘミンには PCDF の吸収抑制及び再吸収抑制による排泄促進作用が認められなかった。従って、プロトポルフィリンは PCDF の吸収抑制及び再吸収抑制を抑制し、排泄促進作用が期待できる。皮膚からの排泄促進については、昨年の報告で、アルコール清拭法による油症患者5例(今回の2例を含む)の大腿部からの皮回収量は、平均1.0 mgであった。今回の皮脂取りシートでは、平均で約10倍以上の収量が認められた。70歳女性例では、昨年のデータで大腿部の PCB 濃度は1800 ng/g であったので、平均皮脂量を30 mgとすると、計算上1回あたり5.4 ng の PCB が除去できたことになる。これは、糞便中への排泄量と比べると、およそ100分の1程度であり、現時点では効果的な PCB 除去法とは言い難いが、今後シートの大きさや処置を上げられるよう検討していきたい。
・油症患者体内の PCB 並び関連物質の分析
1997年度の油症検診受診者 84 名について血液中 PCDDs,PCDFsおよび coplanar PCBs (PCB 類)20 種類を測定した。今回測定したデータと 1995 年度および 1996 年度の油症患者のデータと合わせて検討した。1995、1996 および 1997 年の平均値は、それぞれ、150、190 および 150 pg TEQ/g lipid であった。このうち3年間連続して受診した患者は45名で、これらの患者の1995、1996 および 1997 年の血液中 PCB 類濃度の平均値は、それぞれ、280、260 および 240 pg TEQ/g lipid であった。個々の患者の濃度は、概ね減少または横這い傾向にあり、増加したものは少なかった。一方、平成10年に採血した健常人7名(男5名、女2名)の血液中 PCB 類濃度の平均値は 22 pg TEQ/g lipid であった。
1987年から1998年の間に4名の油症患者の出産に際し、母乳哺育の可否を検討するため母体血、臍帯血、胎盤、臍帯、母乳中の油症関連物質(PCBs、PCQs、PCDFs、PCDDs およびCo-PCBs)の測定を行った。2例の患者の母体血および母乳中の油症関連物質の濃度レベルは、健常人のそれと同程度であったが、他の2例はPCBs、PCQs およびPCDFsが健常人より明らかに高い濃度レベルで検出された。また、一例のみであるが、油症患者の臍帯血、胎盤、臍帯から油症原因油の摂取に起因すると考えられるPCDFsを主とするダイオキシン類が検出された。油症患者の PCBs による胎内曝露は油症発生初期の研究で報告されているが、胎児は母体から臍帯血を経由して PCDFs 等のダイオキシン類に曝露されることが明らかにされた。
油症患者の血液中 PCBs は従来パックドカラム ECD/GC で測定されてきたが、近年キャピラリーカラムの発達により PCB のそれぞれの同族体別に測定することが可能になった。また、簡易型 GC/MS が一般化し、キャピラリーカラム GC/MS により、より正確な分析が可能となっている。今回、従来のパックドカラム ECD/GC を用いた分析法とキャピラリーカラム GC/MSに よる分析法との同等性、データの継続性について検討した。その結果、キャピラリーカラム GC/MS による血中 PCBs の定量値は、従来の ECD/GC を用いたパターン法の定量値に比べ平均 62 %(油症患者)-71 %(健常者)であり、パックドカラム ECD/GC を用いた鵜川らの係数法による定量値に近い値であった。一方、油症患者の血中 PCBs のパターンは従来法と GC/MS 法はAおよびBタイプでは比較的良く一致するが、Cタイプでは60 % 程度しか一致せず、今後例数を増やして検討する必要があると考えられた。
高分離能ガスクロマトグラフ/質量分析装置により、PCB の異性体/同族体 209 種の分離について検討した結果、165 ピークが検出された。これらの中の 28 ピークは2種の PCB が、また8ピークは3種が重なるものであった。原因ライスオイルの分析の結果、本油中には約 130 種の PCB の存在が確認された。この方法により、油症患者の母乳と血液に残留する PCB を分析した結果、それぞれ 71 および 49 ピークが検出された。一般人血中より4倍以上の高値を示す PCB は 18 種類観察された。また、母乳中の PCDF と PCDD 類の分析も併せて実施し、TEQ 換算で評価した結果、油症患者母乳では PCB 関連物質の 80 % 以上は PCDF 類によって占められることが確認された。
・油症に関する基礎的研究。
1)肝サイトソルセレン結合性タンパク質の生理機能に関する検討
コプラナーPCB (3,3',4,4',5-pentachlorobiphenyl、PCB126) 処理ラットにおいて、肝サイトソルのセレン結合性タンパク質 (SeBP) が著しく誘導されることが当研究班での研究により既に明らかにされている。SeBP の機能はまだ全く解明されていない。そこで今回は、本タンパク質変動の毒性学的意味を明かにする目的で、酸化的ストレスとの関連性に注目して検討を加えた。その結果、ラット肝サイトソルを抗 SeBP 抗体で処理すると キノン還元酵素 DT-diaphorase 活性が有意に低下することを見いだした。このことから、SeBP誘導 は PCB による酸化的ストレス発生と関連性があるものと考えられた。
2)コプラナーPCB によるカルボニックアンヒドラーゼ III の抑制
コプラナー PCB やダイオキシンによるCYP1A1 などの誘導的発現調節機構は、よく研究されているが、発現抑制機構については、あまり分かっていないのが実状である。本研究では、コプラナー PCB が、ラット肝カルボニックアンヒドラーゼ III (CAIII) のタンパク質レベルを、著しく低下させるという知見をもとに、CAIII の発現低下のメカニズムを解明することを目的とした。ラット肝の CAIII cDNA をクローン化し、これをプローブとしてノーザンブロッティングを行った。PCB 最強の急性毒性を示す PCB 126 (10 mg/kg) 処理5日後の、CAIII mRNA レベルは、対照群に比べて有意に著しく低かった。このことから、PenCB による CAIII タンパク質レベルの著しい低下は、mRNA レベルの低下に起因すると考えられた。
3)1-ニトロピレン誘発肺腫瘍における PCB の影響に関する検討
1-ニトロピレン(1-NP)誘発肺腫瘍の実験モデルにおいて、PCB(Kanechlor 400) の投与が誘発腫瘍に与える影響について病理学的検討を加えると共に、発生した腫瘍の分子生物学的特徴について検討した。6週齢のA/Jマウス腹腔内にPCBを単回投与したもの(PCB群)、1-NPを腹腔内に分割投与したもの(1-NP群)、PCB投与に続いて1-NPを投与したもの(1-NP + PCB群)、溶媒のみ投与したもの(対照群)の4群に分けて検討した。対照群では肺病変の形成は認めず、PCB群では1例で腺腫の形成を認めたのみであったのに対し、1-NP群では過形成から腺腫、腺癌 に至る種々の病変を認めた。1-NP + PCB群では、腫瘍の数、サイズとも1-NP群に比べて有意に高く、腺癌の形成も多かった。各病変から採取したDNAについてK-ras遺伝子の変異について検討したところ、腺腫の一部と腺癌のすべてでK-ras遺伝子の変異を認めた。変異を認めたのは、すべて1-NP(±PCB)を投与した群であった。変異のパターンは2通りで、codon 61のCAAから CGAへの、並びにcodon 12のGGTからGATへの塩基置換であった。K-ras遺伝子変異のパターンはPCBの前処置の有無に関わらなかった。本実験系ではPCBはtumor initiatorとしてよりも1-NP誘発肺腫瘍のtumor promoterとして作用することが示唆された。
4)酵母 two-hybrid 法による PCB- および PCDF-OH 体のエストロゲン様活性の検出
PCB やPCDFの水酸化体代謝物による内分泌攪乱作用を評価するため、酵母two-hybrid法を用いて、PCB-OH17種およびPCDF-OH4種の β-ガラクトシダーゼ活性を測定することにより、これらの女性ホルモン様活性について検討した。PCB-OH では、ほとんど β-ガラクトシダーゼ活性は認められなかった。 一方、 PCDF-OH では、強い活性を示すことが知られている 4-OH-3',4',5'-trichlorobiphenylに類似した構造をもつ 8-OH-3,4-dichlorodibenzofuran、8-OH-2,3,4-trichlorodibenzofuran および 3, 8- (OH)2-2-monochlorodibenzofuran が比較的強い女性ホルモン様活性を示した。
5)PCB 水酸化体の遺伝毒性に関する検討
PCB の水酸化体4種の遺伝毒性を培養細胞の小核誘導性を指標として検討した。その結果、ある種の同族体は単独では小核形成を高めるように作用するが、遺伝毒性物質 (7,8-ベンゾフラボン) が共存する場合には、全く逆の方向に作用する可能性が示唆された。
6)四塩素化ビフェニルの水酸化に関与する肝チトクロム P450 に関する検討
ウサギ肝ミクロゾーム (Ms) およびチトクロム P450 (P450) による 2,5,2',5'-四塩素化ビフェニル (TCP) の代謝を調べた。 未処理およびフェノバルビタール (PB) 前処理ウサギ肝 Ms により、いずれも未処理の3-および4-水酸化体がほぼ1:1で生成され、PB 処理 Ms で両水酸化体の生成はいずれも未処理の約2.4倍に増加していた。この結果から、本 PCB の代謝が PB 誘導性の P450 によって触媒されていることが示された。次に、PB 前処理ウサギ肝 Ms より P450 (CYP2B4) を精製し、本 TCB の代謝を調べたところ、3-および4-水酸化体の生成が認められたが、他の動物の CYP2B に比べ、著しく低かった。一方、CYP2B4 に対する抗体の添加による TCB 代謝の阻害効果を調べたところ、肝 Ms による3-および4-水酸化の生成活性はいずれも約90 %が阻害された。以上の結果から、CYP2B4 が3-および4-水酸化活性の両活性を有することが明らかとなった。
7)リン酸化シグナリングによるミエリンタンパク質の発現調節
PCB が末梢神経のミエリン蛋白の発現に及ぼす影響を検討するための基礎データを得るために、シュワン細胞におけるミエリン蛋白の発現調節機構を明らかにした。蛋白のリン酸化を上昇させる刺激は短時間、長時間とも MAG および P0 の発現量を低下させた。一方、長時間の tyrosine リン酸化の阻害もミエリン蛋白の発現を抑制したことから、tyrosine リン酸化シグナルによるミエリン蛋白の発現調節にはシグナル伝達ステップの異なる複数の経路が関与していると考えられた。リン酸化シグナルによる発現調節機構は tyrosine リン酸化と serine/threonine リン酸化では異なり、ミエリン蛋白によっても異なると考えられた。今後、PCB がミエリンタンパク質の発現に及ぼす影響について研究を展開する。
8)好中球に及ぼす PCB の影響に関する検討
PCB の細胞毒性に関する研究の一環として、ヒトのリンパ球の一種類である好中球を用いて PCB が及ぼす影響を検討した。その結果、PCB 添加群ではコントロール群(2.14 ± 0.32)と比べて FMLP に対する走化性を抑制( 5μg/ml ( 1.9 ± 0.09 )、10μg/ml ( 1.85 ± 0.1 )それぞれp < 0.05)することが明かとなった。今回のヒトのリンパ球の走化性は、従来の Hela 細胞数とは指標が異なるが、PCB に対してより低濃度で影響を受けやすいことが観察されたことは意義深いと思われた。
9)油症患者における CPK 上昇の意義に関する検討
カネミ油症検診者で認められる血清クレアチン・ホスホカイネース (CK) 上昇の要因を平成7年~9年度の検診データから検討し、加えて、ラットを用いた動物実験からも検討した。検診者の中で血清 CK 値が上昇している患者は、BUN 値とPCB濃度も高値を示し、血清 CK の上昇の要因の一つと考えられた。しかし、動物実験では BUN と PCB との直接的関係は否定され、今後、運動の影響や腎機能との関係などの検討が必要と考えられた。また、PCB 投与によって筋線維萎縮が認められた。
結論
全国統一検診より、患者に口腔内色素沈着の増加傾向が認められた。また、血中コレステロール等の上昇が体内 PCB 濃度と相関があることから、患者にみられる障害の一部は体内に残留する PCB 類の影響による可能性があるものと考えられる。また、helper / inducer T 細胞の増加を認め、これは免疫グロブリン上昇や自己抗体出現と符合する。患者における慢性的な免疫機能障害の可能性が示唆された。今後はガンや免疫機能障害などの慢性的症状の発生状況にも十分に注目する必要があると考えられる。今後、死亡患者の追跡とその死因調査は極めて重要でる。
患者に対する原因物質の排泄促進が期待される。今年度は、皮脂中排泄を利用する方法およびヘム関連物質の効果について検討した。前者については、除去できる原因物質量が少なくまだ検討の余地があると考えられた。しかし、プロトポルフィリンについては動物実験で排泄促進剤としての有用性が確認された。
1997年度の油症検診受診者 84 名について血液中 PCDDs,PCDFsおよび coplanar PCBs (PCB 類)20 種類を測定した結果、平均濃度は150 pg TEQ/g lipid であった(健常人7名の血液中 PCB 類濃度の平均値は 22 pg TEQ/g lipid)。1995 年より3年間連続して受診した患者の血中濃度の比較から、個々の患者の濃度は、概ね減少または横這い傾向にあり、増加したものは少ないことが明かとなった。また、4名の油症患者の出産に際し、母体血、臍帯血、胎盤、臍帯及び母乳中の油症関連物質の測定を行った。2例の患者の母体血および母乳中の油症関連物質の濃度レベルは、健常人のそれと同程度であったが、他の2例はPCBs、PCQs 及び PCDFsが健常人より明らかに高い濃度レベルで検出された。また、一例のみであるが、油症患者の臍帯血、胎盤、臍帯から油症原因油の摂取に起因すると考えられるPCDFsを主とするダイオキシン類が検出された。高分離能ガスクロマトグラフ/質量分析装置により、PCB の異性体/同族体 209 種の分離について検討した結果、原因ライスオイル中に約 130 種の PCB の存在が確認された。この方法により、油症患者の母乳と血液に残留する PCB を分析した結果、一般人血中より4倍以上の高値を示す PCB は 18 種類観察された。また、母乳中の PCDF と PCDD 類の分析も併せて実施し、TEQ 換算で評価した結果、油症患者母乳では PCB 関連物質の 80 % 以上は PCDF 類によって占められることが確認された。
PCB 並びに関連物質の毒性は、その機構がよく理解されておらず、このことが治療法の確立の大きな障害となっている。この問題解決のため検討を継続し、SeBP と酸化的ストレスとの関連性、CAIII 抑制のメカニズムおよび PCB/PCDF 水酸化体の遺伝毒性並びに女性ホルモン様作用などを明かにした。これらの知見が毒性発現とどのように関連するのかは今後の課題であるが、未解明問題の解決に向けた新事実として注目される。ガンとの関係では、1-NP 誘発発ガンにおける PCB のプロモーター作用が証明され、これは環境汚染と油症との関連を注目すべきことを示唆しているのかもしれない。また、患者 CK 上昇の原因究明やミエリンタンパク発現機構に関して一定の成果が得られ、筋組織や神経組織に対する PCB の影響を評価するための基礎研究が前進した。

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