居住環境における電磁界安全対策研究

文献情報

文献番号
199800607A
報告書区分
総括
研究課題名
居住環境における電磁界安全対策研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
大久保 千代次(国立公衆衛生院)
研究分担者(所属機関)
  • 多氣昌生(都立大学)
  • 伊坂勝生(徳島大学)
  • 中川祥正(大月保健所)
  • 牛山 明(国立公衆衛生院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 生活安全総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
13,870,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
建築物内における超低周波電磁界の曝露状況を把握すると共に電磁界曝露とが
ん増殖との関連の有無を含めて、電磁界の健康影響を追究する。
研究方法
研究班を目的に応じて3課題に分けて調査研究を行った。第一の課題は、建築
物内における50Hzあるいは60Hzの商用周波数を含む超低周波(300Hz以下)の電磁界
曝露状況の把握である。これを伊坂および多氣が担当した。第二の課題は、電磁界安全性
を評価として最も注目されているがんとの因果関係を実験的に明らかにすることである。
そこで超低周波電磁界曝露とがん増殖作用の追究を、大久保および牛山が担当した。第三
の課題は、電磁界の健康影響に関する国際的な研究状況の把握にある。米国が1992年か
ら行っていたラピッド計画の報告書に関する調査は中川が担当した。
結果と考察
第一課題の電磁界曝露評価に関する研究について述べる。居住環境では、商
用周波数のみならず、電源のオンオフに起因する大きなピークをもつ非正弦波(トランジ
ェント)が、健康影響の関連から注目を集めはじめているものの、その詳細には不明な点
が多い。そこでトランジェントの実態兆歳を目的として、3軸方向の測定が可能な機器開
発に着手し、これに成功した。そこで、一般家庭内におけるトランジェントの発生実態の
事例調査を行った。その結果、大きなピークを有するトランジェントは24時間中2回に
過ぎず、その発生頻度は高くないことが示唆された。第二課題の電磁界のがん増殖作用に
関する研究について述べる。マウス乳がん由来の細胞株を培養し、これを蛍光色素でラベ
ルした後に、マウス背側皮膚透明窓内へ移植したがん細胞が、がん微小循環網を構築し、
経時的に増殖する過程を定量的に把握することができた。この担がんモデルを対象に、全
身性に50 Hz、3 mTの条件で商用周波数を継続的に2週間に亘り曝露して、非曝磁群と
がん増殖の程度を比較した結果、両群には差が無く、電磁界のがん増殖作用は認められな
かった。第三の課題は、電磁界の健康影響に関する国際的な研究状況の把握である。電磁
界曝露の健康影響は世界各国の衛生行政機関にとって重大な環境衛生課題であり、アメリ
カ・スウェーデンを中心に多くの報告が出されている。世界的な関心の広がりとともに先
進諸国はこの問題に国家規模で取り組まざるを得なくなっているので、この問題に取り組
んでいる各国および国際機関の主なものの紹介として、今年度は米国のラピッド計画が今
年度最終年を迎え、ワーキンググループ報告書が提出されたので、特に関心を集めている
白血病について翻訳し、解説を加えた。居住環境の快適性や安全性を求める時、上下水道、
電気、ガスなどのインフラ整備のみならず、カビ、ダニ、浮遊粉塵、酸化窒素、揮発性有
機化合物など室内空気の生物的化学的因子や、温湿度、照明、騒音などの物理的な環境因
子を一定水準に保つ必要があるのは言うまでもないが、人々は居住環境やオフィスビルで、
より快適性や便利を求めて、さまざまな家電製品やパソコンなどの事務用品が氾濫してお
り、今後ますます増加すると予想されている。しかし、これらの製品はそれぞれが局所的
な電磁界発生源である。換言すれば、居住環境のアムニティは電気の使用によって一定水
準に保たれている側面があり、人々は電磁界に曝されて生活していることになる。一方、
電磁界曝露とがんなどの健康影響との因果関係が、欧米の疫学研究によって指摘され、日
本を含む先進諸国では、マスメディアを介して国民に漠然とした電磁界に対する不安が漂
っている。電磁界の安全性の検討と、その対策は今日的研究課題といえよう。今日の電磁
界問題、特に磁界の結構問題は、1979年に米国のコロラド州において実施された疫学調査
が、超低周波電磁界、特に超低周波磁界が人体の健康に影響を及ぼすのではないかという
問題提起に始まる。その後、多くの研究が行われてきたが、未だはっきりした結論は得ら
れていない。環境レベルで見られる弱い超低周波電磁界による生体影響に関する現在の状
況を整理すれば、①疫学調査の結果は、電磁界発生源と近接した居住環境と小児白血病の
罹病率のあいだにやや相関(相対危険率で1.5倍程度)があることを示唆している。②超
低周波磁界に曝露したときの影響に関する動物実験の結果は、発がんとの関連を支持して
いない。③in vitroの生物学実験の結果は、健康への障害をもたらすような生体影響の存
在を示していない。④一部の実験では生体機能への変化(健康に関わるかどうかは不明)
の存在を示唆している。ただし、再現性が不十分であり影響の存在を結論づけることがで
きない。生物学的な研究から、電磁界が人間の健康に害を与える作用を持つことが、多く
の実験が行われているにもかかわらず十分に示されないため、疫学調査に見られる相関は、
何らかの交絡因子があるか、希な疾病で症例数が少ないことによる偶然によるものであり、
疫学調査の結果が健康への障害の証拠にはならないという解釈がある。この解釈は十分に
妥当であるが、これまで実施された調査の多くで小児白血病と電磁界曝露の関連が示唆さ
れていることを考えれば、見落としている要因がないかどうかを慎重に検討することが大
切である。これまでに行われている生物実験では、曝露する磁界を時間的に定常で空間的
に均一な、周波数50/60Hの純度の高い正弦波としてきた。しかし、実際に生活環境中に
存在する電磁界は実験装置内の電磁界に比較し、時間的、空間的な変動が大きい。どのよ
うな違いがあり、それがどのような性質であるかという実態を把握することが重要な課題
である。本研究では、昨年度に空間的な変動に注目した測定法の検討を実施した。そこで、
今年度は、時間的な変動、特に波形が非正弦波的に変化する性質に着目した実態調査を行
うための測定システムを開発し、実際に一般家庭内での測定事例を紹介した。その結果、
2kHzまでの帯域で見た場合に、テレビ使用時の平均レベルは2.5mGから3.5mG程度で
あり、1周期内での実効値に対して数倍以上のピークの発生は24時間の測定で2回に過
ぎなかった。これまで、トランジェント波形の影響を示唆した疫学調査として、アームス
トロングによるカナダの電力設備作業者におけるパルス界の曝露と肺ガンの関連性を示唆
した研究報告が知られているが、その中でトランジェント波形の多くが作業者の使うトラ
ンシーバや携帯電話による電波をカウントしたものであり、信頼できるデータではないと
指摘している。本調査では、電力設備作業者でなく、一般居住環境でのトランジェント電
磁界に着目したものであるが、2kHzまでの帯域では、トランジェント電磁界と分類でき
そうな、大きなピーク値を持った波形がそれほど頻繁に発生していないことが示唆された。
トランジェント電磁界に対する問題提起は、低周波磁界の疫学調査と生物実験結果の不一
致(前者が影響の可能性を示唆しているのに対して、後者で影響の存在が確認できない)
と、上記のパルス電磁界についての疫学調査結果から推測されたものである。低周波電磁
界の健康影響を与える要因の候補として、「トランジェント」ということばが頻繁に使わ
れていても、実際に居住環境の中にどのような「トランジェント電磁界」が存在するかが
明確にされていなかった。ここでの測定結果は、まだ予備的段階ではあるが、その実態の
一部を示したものといえる。次年度にさらに調査を進め、トランジェント電磁界の実態を
明らかにする必要がある。電磁界曝露による発がんのイニシエーションやプロモーション
作用に関する研究報告は数多くあるが、がん増殖作用の有無についての検討は極めて少な
い。そこでプログレッション作用についての検討は今後の電磁界安全対策を立案する際に
重要な影響を与えると思われる。今回50 Hz、3 mTという強磁界環境で乳がんの増殖作
用を経時的に微小循環レベルで乳がん組織の血管新生を定量的に評価した結果、非曝磁の
対照群に比べて乳がん増殖には差が無く、電磁界の全身暴露による乳がん組織へのプログ
レッション作用は認められなかった。今年度の曝露条件は一般の居住環境で遭遇する0.3 μ
Tの1万倍の磁界強度であり、この結果だけで即断は出来ないものの、ある程度は電磁界
の安全性を示唆する結果が得られたと思われる。今年度はマウス由来の乳がん細胞を移植
して、電磁界のプログレッション作用を検討したが、次年度は、ヒト乳がん細胞を特殊な
マウスに移植して、これを評価したい。前述のとおり、世界的に電磁界の安全性評価につ
いて各国で真剣な取り組み行われているが、昨年度報告した世界保健機関が実施している
国際電磁界プロジェクトと平衡して、現在最も注目されている電磁界プロジェクトに米国
のラピッド計画がある。今年度そのワーキンググループは報告書(原案)を提出した。そ
の中で世界的に非常に注目を浴びているは、送・配電線による商用周波数電磁界曝露と小
児の急性白血病、および職業性電磁界曝露と慢性白血病との因果関係を、国際がん研究機
関の判定基準に準じて、可能性あり(2b:possibility)とした点にある。平成11年3月末
の段階では、米国議会へ提出される最終報告がどの様な内容になるか決定されていないが、
原案で電磁界による発がんの可能性を認めた、その論拠を理解することは、今後の電磁界
安全対策を立てる意味でも、報告書原案に記載された内容を翻訳し、その情報提供するこ
とは有意義と考える。
結論
電磁界の曝露量評価に関しては、居住環境内での時間的な電磁界変動、特に波形が
非正弦波的に変化する性質(トランジェント)に着目した実態調査を行うための測定シス
テムを開発し、実際に一般家庭内での測定事例を紹介した。電磁界の安全性に関しては、
健康影響として注目される乳がん増殖への影響評価モデルによるプログレッション作用に
ついて検討した結果、電磁界にはその作用は認められなかった。電磁界の健康影響に関す
る調査研究の世界的動向として、米国のラピッド計画ワーキンググループ報告書を紹介し
た。

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