食中毒予防対策のあり方に関する研究

文献情報

文献番号
199800590A
報告書区分
総括
研究課題名
食中毒予防対策のあり方に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
七野 護(社団法人 日本食品衛生協会)
研究分担者(所属機関)
  • 藤原真一郎(国立公衆衛生院)
  • 小沼博隆(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 久繁哲徳(徳島大学医学部教授)
  • 小宮山寛機(財団法人北里研究所基礎研究所)
  • 山本茂貴(国立公衆衛生院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 生活安全総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
-
研究費
25,400,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
分担研究1:わが国における食中毒発生の主要な原因施設である飲食店、集団給食等の調理施設に対しては、これまでも食中毒防止対策が重点的に講じられてきたが、これら施設を原因とする食中毒の発生は増加傾向にある。その原因として従来の衛生管理手法の不備が指摘され、調理施設に対してもHACCPシステムを導入すべきとの議論がある。調理施設における衛生管理の手法としてHACCPシステムを適用しようとしても、現状では種々の問題点が存在し困難が予想される。本研究は、調理施設にHACCPシステムを適用する際に営業者等を支援する有用な資料となるHACCP導入モデル、マニュアル類を作成することを目的とし、本年度は、調理施設においてHACCPを適用する際の諸問題について各種情報を収集整理し、マニュアル類作成の要件を検討した。
分担研究2:ドライシステムとは、調理環境を乾いた状態に維持するシステムで、衛生面、作業者の健康面、作業の能率面等において有効なシステムであると考えられている。しかしながら、ドライシステムの導入による衛生面での効果、特に調理施設内の微生物検査に基づく有効性について調べた情報はないのが現状である。そこで今回は、ドライシステムの衛生面での有効性を調べることを目的として、ウェットシステムまたはドライシステムを導入している関東地区の小学校及び病院給食調理施設の微生物検査を中心として調査を行った。
分担研究3:食中毒の予防に対しては、国際的には、HACCP(危害分析重要管理点方式)が効果的な方法として確立している。こうした食品衛生管理の対策方法を導入するうえで、その費用と利益を総合的に検討し、経済的効率と実施可能性を評価することが、併せて検討されている。そこで、わが国の学校給食にHACCPを導入した場合の費用と利益について、予測的な評価を実施した。
分担研究4:次亜塩素酸ナトリウム(次亜水)の毒性を文献調査し、安全性を再度調べた。また、食中毒予防のために厨房を対象とした消毒を研究室規模で検討し、さらに実際に食料品を扱っている小売業の厨房を対象として有効性を調べた。
分担研究5:食中毒による被害はこれまで事件数、患者数、死者数という直接的な被害を表す数値によって表現されてきた。しかし、このような指標は原因の異なる食中毒の被害を十分に比較できず、食中毒が社会的または経済的に及ぼす影響について評価しがたいという問題を持っている。これらの問題を解決する1つの方法として経済損失額により被害の大きさを表現するという手法が知られている。そこで、細菌性食中毒による経済損失の推計方法及び推計に必要なデータを調べるために米国農務省のBuzbyらが行ったcost-of-illnessの推計方法を検討した。
研究方法
分担研究1:厚生省がこれまでに通知した院外調理の衛生管理指針、大量調理施設衛生管理マニュアル、文部省の学校給食における衛生管理の通知、平成9年及び10年度に実施した調理施設のHACCP試行事業等の内容について精査し、調理施設にHACCPシステムを効果的に適用する観点から検討課題を整理した。さらに、民間の給食事業における衛生管理の実態、都道府県の食品衛生監視員が調理施設のHACCP導入について営業者に指導助言した事例を調査し、調理施設へのHACCPを導入する際の留意事項について整理した。また、米国FDAにおける食品の小売段階の衛生管理指導事項であるフードコード及び1998年に公表されたHACCP導入の提案内容について検討し、調理施設へのHACCP導入を図るため、各種課題に対するわが国の現状を踏まえた解決の方策を考察した。
分担研究2:ウェットシステム及びドライシステムで運用している小学校及び病院給食調理施設について、施設内の温湿度測定、床、壁、作業台等のふきとり検査、床溜まり水等の採取検体の微生物検査、浮遊菌数の測定、浮遊粒子数の測定を行った。
分担研究3:食品衛生管理による食中毒の予防対策について、費用-便益分析を用い、社会的な立場から評価を試みた。費用については、HACCP導入の費用、施設改修・機械設備の費用の項目を設定した。また、便益については、HACCP導入により削減できた医療費(直接費用)とともに、介護などの時間費用(間接費用)、死亡による生命の損失を項目として用いた。また、分析結果の安定性を検討するために、感度分析を実施した。
分担研究4:1.次亜水の毒性を文献検索(用いた調査方法はメドラインでSodium hypochlorite + toxicityで調べた。1970~1999年では、90件の報告があったが、毒性に関係が近いと思われる論文14報を選び、それらの記載されている内容を詳細に調べた。)、2.インビトロ試験(タイル、ステンレス、ガーゼに大腸菌(EC)、サルモネラ菌(ST)、黄色ブドウ球菌を付着させ(1×106 CFU/mlの0.1及び1%のスキムミルク添加PBS液に浸漬し、30分乾燥)洗浄した後、生菌数を測定した。)、3.フィールドテスト(スーパーマーケットの厨房を対象にして、電解水の消毒効果を従来法と比較した。用いた次亜水及び電解水は、次亜水:pH 9.0、有効塩素濃度 100ppm、強酸性電解水(pH 2.62、有効塩素濃度 36ppm)、強アルカリ電解水(pH 11.4)。試験1:従来の洗浄法との比較=厨房内のさまざまな箇所を作業前後の検体表面を100cm2拭き取り、細菌数を測定した。洗浄方法は従来法として:水道水+洗剤、今回の洗浄方法として:強アルカリ電解水+強酸性電解水とした。試験2:鮮魚処理場=アジ8匹を3枚におろす工程において、作業前後の検体表面(フキン、まな板、包丁、手指)を100cm2拭き取り、細菌数を測定した。洗浄方法は、従来法として:作業中は、水道水とたわしによる洗浄を行い、作業後は、上記+次亜水にて殺菌した。今回の洗浄方法は:強アルカリ電解水+強酸性電解水及びたわしによる洗浄とした。)
分担研究5:1991年から1995年の横浜市で発生したサルモネラ食中毒事例を中心にcost-of-illnessの手法を用いて解析した。
結果と考察
分担研究1:調理施設において通常実施されている衛生管理の現状にそのままHACCPシステムを適用しようとした場合、HACCP適用の前提となる各種条件に適合しない事例が多くさまざまな問題が生じてくる。さらに、HACCPは、特定の食品の製造加工を対象として構築するものであり、調理施設においても原材料、調理方法等をあらかじめ限定しなければHACCPは適用できない。特に集団給食施設における衛生管理上の諸問題は複雑化しており、その解決のためには、対象となる施設ごと個別に問題の原因となる各種要素を特定して改善しなければならない。集団給食施設におけるHACCP構築に当たって留意すべき事項は、次のとおりである。当該給食施設において、最初に、どの程度の規模で、どのような調理方法を採用して、誰に、どのような形態で喫食させるのか規定する。給食の規模、調理方法、喫食対象者及びその方法を特定したうえで、当該施設の衛生管理の現状を考慮して献立を作成する。献立の作成に当たっては、原材料の衛生水準、給食施設の衛生管理の実情を把握し、無理のない衛生管理が可能なものに限定すべきである。特に提供する品目のグループ化、調理方法のパターン化等により、従事者が作業上混乱しないよう、危害分析がある程度容易に実施できるようなものを作成する。集団給食施設では、調理から喫食までの方法が通常同一であるため、事故が発生すれば結果として大規模となる。事故拡大のリスクを減少させる観点から、調理・喫食の方法、場所、時間等の計画的配分、喫食者による品目選択の可能性について検討する。献立を特定して品目ごとに危害分析を実施する際、危害因子とその消長をできる限り定量的に把握する必要がある。例えば、原材料の細菌汚染の実態、生産段階での衛生管理の実情等について、原材料納入の条件として衛生管理上の各種データを蓄積していけば、原材料の選定、献立作成が容易になると考えられる。HACCPの効果的継続的な運用のために管理体制、責任の分担、命令系統の明確化が不可欠であり、標準的な作業手順の確実な実行と確認による組織的衛生管理が重要である。
分担研究2:(1)温湿度測定 1)小学校 今回調査した小学校給食調理施設は、開放系であり、空調設備による温湿度の制御はなされていなかった。そのため、ウェットシステムとドライシステムの湿度の違いはみられなかった。2)病院 今回調査した病院の給食調理施設は密閉系で、空調設備による温湿度の制御がなされていると考えられた。そのためウェットシステム、ドライシステムともに温湿度の変化は少なかった。(2)ふきとり検査及び採取検体の微生物検査 1)K小学校(ウェットシステム)では、煩繁に作業台等の熱湯洗浄が行われ、床の一般細菌数が104~107程度、大腸菌群はほとんど検出されなかった。また、糞便系大腸菌群、大腸菌、黄色ブドウ球菌、サルモネラも床1か所から黄色ブドウ球菌が検出された以外はすべて陰性であった。2)Y小学校(ドライシステム)では、調理施設の構造はウェット仕様で、下処理工程はウェットシステムにより運用されるという、不完全なドライシステムで運用されていた。一般細菌数は床で104~106程度、大腸菌群はほとんど検出されなかった。一般細菌数は床で104~106程度、大腸菌群はほとんど検出されなかった。また、糞便系大腸菌群、大腸菌、黄色ブドウ球菌、サルモネラも床1か所と軍手から糞便系大腸菌群が検出された以外はすべて陰性であった。3)N病院(ウェットシステム)では、調理施設の構造はウェット仕様で、運用もウェットシステムということであったが、調査時に床が濡れている場所は少なかった。一般細菌数は、床で105~108程度、大腸菌群は102~104検出された場所があった。また、食器洗浄槽水からは、大腸菌群が105/ml検出され、床及び食器洗浄槽水が大腸菌群の汚染の原因になる可能性があると考えられた。糞便系大腸菌群は床、作業者の靴底、洗浄槽及び床溜まり水からの検出率が高かった。また、黄色ブドウ球菌が床1か所、野菜洗浄槽水から検出された以外は大腸菌、サルモネラともにすべて陰性であった。4)S病院(ドライシステム)では、構造上不完全であったが、空調も含めたドライシステムの運用を試みていた。一般細菌数は、床で104~106程度とN病院に比べ低く、大腸菌群もほとんど検出されず、ドライシステムの有効性が認められた。糞便系大腸菌群は床、作業者の靴底から検出され、黄色ブドウ球菌は床2か所から検出された。大腸菌、サルモネラは、すべて陰性であった。(3)浮遊菌数の測定 小学校給食調理施設は、いずれも開放系であったため、浮遊菌数は外気の影響を受けていたと考えられるが、ウェットシステムとドライシステムとの間に明らかな差は認められなかった。病院給食調理施設は密閉系であり、菌数はドライシステムの方が少ない傾向にあった。これは空調設備の能力の差によるものであると考えられた。(4)浮遊粒子数の測定 小学校給食調理施設の浮遊粒子数は、ドライシステムの方が多い傾向にあったが、これは浮遊菌数同様、調理施設が開放系であったため、浮遊菌数は外気の影響を受けていたと考えられる。病院給食調理施設は密閉系であり、浮遊粒子数はドライシステムの方が明らかに少なかった。これは空調設備の能力の差によるものであると考えられた。
分担研究3:導入後、15年間で、純便益(費用、便益ともに5%割引)は、239億円であった。割引率を変化させた感度分析では、3%で305億円、7%で185億円となり、いずれも正の純便益となった。なお、間接便益の家族の時間費用を除外すると、マイナス108億円となった。分析結果に重要な影響を与える要因として、食中毒予防患者数とともに、治療費用、間接便益、生命価値、対策費用、割引率を取り上げ感度分析を行った。その結果、純便益は多くの場合正となり、安定していると考えられた。ただし、予防患者数と対策費については、純便益が負となる可能性も高いため、注意が必要である。今回の結果の重要な意義は、上記の結果にあるのではなく、こうした経済的評価の方法論が、わが国の医療政策の意思決定にも十分適用可能であることを示唆している点である。今後、こうした方法論を個別の事例に積極的に適用するとともに標準化を進め、政策上の基本的な方法として意思決定に組み込むことが必要と考えられる。
分担研究4:次亜水の毒性を文献検索 MaltoniらはSDラットに次亜水(750-100mg/1)を104週間飲ませた。その結果、雌ラットでリンパ系腫瘍が観察されたが、薬量相関は見られなかった。Exonら、Frenchらはラットあるいはマウスに経口投与したところ、9週間投与(30ppm)で軽度な免疫抑制が認められた。Hayashiらは雌雄のラット及びマウスに経口摂取させて(500-2000ppm×100週以上)発癌性の有無を調べたが認められなかった。総説としてはRacioppiらが、欧州7か国の1989~1992年の毒性コントロールセンターのデータを基に次亜水の安全性を述べている。塩素系漂白剤を酸あるいはアルカリと混ぜて発生するガスを吸入する事故が最も多く、次いで眼、皮膚刺激などであった。優れた総説であるが食品消毒への応用についての記載はない。 電解水の厨房への応用 電解水の消毒効果を厨房へ利用する場合、問題は妨害物質である。次亜塩素酸ナトリウムの毒性を文献検索したが、塩素系の消毒剤は歴史が古いために食品添加物としての一連の毒性報告を見いだせなかった。電解水を厨房へ応用する場合、食品への付着は次亜水に比べて極めて低濃度であり問題はないと思われる。有効性に関するインビトロの研究から有機物の混入が多い場合には強アルカリ電解水との併用が必要であることが示唆された。特記することは、フィールドテストにおいて作業を中断することなく水道水感覚で使用することで、対象物を滅菌し感染経路を遮断しうる可能性が高い。短所として、対象とする器物によっては錆が出やすいことと初期投資(機器の購入、配管)及び定期点検が必要ではある。
分担研究5:横浜市におけるサルモネラ食中毒のcost-of-illnessの推計を行った結果、1991年から1995年に横浜市内で起きた食中毒事件のcost-of-illnessはおよそ850万円(1993年の円に換算)(1年当たり平均約170万円、患者1人当たりの費用は約44,000円)、横浜市民の中で発生したサルモネラ食中毒の1年間のcost-of-illnessはおよそ7,700万から5億3,000万)(患者1人当たりの費用は約23,000円)と推計された。
結論
分担研究1:調理施設におけるHACCPモデル及びマニュアルの作成のため、特に集団給食施設においてHACCPシステムを適用する際に問題となる事項について検討し、調理及び喫食の方法の限定、標準作業手順の確実な実行確認等の組織的管理体制の確立、危害分析を容易かつ的確に実施することが可能となるような原材料選定と献立作成が現状の問題点であると考えられた。また、調理施設におけるHACCP適用の前提となる衛生管理要件について整理し、調理・喫食の方法に対応した原材料選定及び献立作成について考察した。
分担研究2:国内において従来から因習的に行われてきた、調理施設のウェットシステムによる運用をドライシステム化することの有効性を調べることを目的として、小学校及び病院のウェット及びドライシステムを採用している調理施設について、主に微生物学的衛生状態の調査を行い、以下の結論をえた。(1)小学校給食調理施設では、大腸菌群、大腸菌、黄色ブドウ球菌、サルモネラ等はほとんど検出されず、顕著な差を認めることはできなかった。ただし、ウェットシステムでは、床の一般細菌数が著しく高いところが認められた。(2)病院給食調理施設では、ドライとウェットシステムの床の一般細菌数及び大腸菌群数を比較すると、明らかにドライシステムの方が菌数は少なくドライ化の有効性が示唆された。(3)床上の壁、柱等の一般細菌数は、ウェットシステムの方が多い傾向にあり、濡れた床から垂直方向への微生物汚染の可能性が示唆された。(4)温湿度変化、浮遊菌数及び浮遊粒子数は、開放系では主に外気の影響を、密閉系では、空調設備の影響を受けていると考えられた。空調設備を含めたドライシステムでは、より制御された環境が維持されていることが示唆された。以上の結果から、今回の調査では、病院の床の一般細菌数測定結果にドライシステム化の有効性が認められたが、調査時期が気温の低い時期であったこと、完全なウェットシステム、ドライシステムで調査できなかったこと等により、顕著な差を認めることはできなかった。今後、気温が上昇した時期の調査を検討する必要があると考えられた。
分担研究3:わが国の学校給食における、食品の衛生管理(HACCP導入)の経済的評価を実施した。方法論としては、米国で先駆的に実施された費用-便益分析を用い、社会的な立場から評価を試みた。その結果、導入後15年間の間で純便益(費用、便益ともに5%割引)は、239億円であった。分析結果に重要な影響を与える要因として、食中毒予防患者数とともに、治療費用、間接便益、生命価値、対策費用、割引率を取り上げ感度分析を行った。その結果、純便益は多くの場合正となり、安定していると考えられた。ただし、予防患者数と対策費は、最も重要な要因であり、純便益が負となる可能性も高いため、今後、厳密な評価が注意と考えられた。ただし、今回の結果の重要な意義は、上記の結果にあるのではなく、こうした経済的評価の方法論が、わが国の医療政策の意思決定に十分適用可能であることを示唆している点である。今後、こうした方法論を個別の事例に積極的に適用するとともに標準化を進め、政策上の基本的な方法として意思決定に組み込むことが必要と考えられる。
分担研究4:1.次亜水の安全性に関する文献調査では免疫抑性作用以外毒性は特に見当たらなかった。2.たんぱく質などとともに付着している細菌に対しては十分な強アルカリ電解水の洗浄を併用すると強酸性水に期待される効果が得られる。3.フィールドテストでは、次亜水による除菌と同等な効果が確認された。総論として経済性、作業効率、確実性、簡便性などを加味すると電解水は有益な洗浄消毒方法といえよう。
分担研究5:食中毒による経済損失の算定法を調べ、既存のデータを利用して、サルモネラ食中毒のcost-of-illnessを推計した。今後、精度の高いcost-of-illnessを行うためには、使用する質の高いデータを得るための疫学研究の充実が必要であると考えられる。

公開日・更新日

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