ダイオキシン類の汚染状況及び子宮内膜症等健康影響に関する研究

文献情報

文献番号
199800563A
報告書区分
総括
研究課題名
ダイオキシン類の汚染状況及び子宮内膜症等健康影響に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
堤 治(東京大学医学部)
研究分担者(所属機関)
  • 武谷雄二(東京大学医学部)
  • 遠山千春(国立環境研究所)
  • 諸橋憲一郎(基礎生物学研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 生活安全総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
14,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
ダイオキシンは極めて有毒な環境汚染物質で、少量でも発癌性を有することなどが知られていた。ダイオキシン類には・大気中への排出による直接的曝露、・食物連鎖による影響、・母乳に含まれるダイオキシン類の新生児・小児への影響などへの不安が高い。最近ダイオキシン類には内分泌撹乱物質として各種動物において生殖・発生異常を生ずることが報告され、サルを用いた実験で子宮内膜症の病因となりうることも示唆され、生殖機能への影響が注目されはじめた。またダイオキシン類は母乳中に多量に含有されることが明らかになり、小児期あるいは成人に達した時点での影響が危惧されている。しかしながらダイオキシン類の曝露量ならびに体内負荷量と子宮内膜症発症などを含めた生殖機能に及ぼす影響に関する研究はほとんどなされていないのが現状である。安全限界の設定は暫定的であり、ことに生殖機能への影響の有無、安全限界などは未知であるのが現状である。本研究で明らかにしようとするダイオキシン類の生殖機能への影響が明らかになれば、現行のダイオキシン類規制の見直し、改定にも重要な資料となることが期待される。仮にダイオキシン類濃度と判定指標が陰性となっても、生殖機能への影響に対する不安に答えることになり国民のニーズを満たすことができる。
研究方法
1)子宮内膜症患者手術時に皮下脂肪組織、子宮内膜症組織、子宮内膜組織、腹腔内貯留液、血液を採取する。これら組織および体液中のダイオキシン類濃度およびインターロイキン6などのサイトカイン濃度やNK細胞活性(免疫能評価)の測定もおこなう。対照は婦人科疾患で手術を受ける患者で、子宮内膜症を有しないことを確認したものとする。
更に、症例の蓄積のみならず患者背景などを含めた疫学的検討も加え解析する。
2)不妊症患者で精液検査を受ける男性および健常男子ボランティアより精液・血液および皮下脂肪組織を採取、ダイオキシン類濃度を測定し、精液所見(精子濃度、運動率、奇形率)と比較検討する。
3)体外受精患者の採卵時に得られる卵胞液を、卵胞毎に種別保存し、ダイオキシン類濃度およびエストロゲン、プロゲステロン、各種サイトカイン濃度を測定する。卵成熟度、受精率、卵割率、妊娠率のパラメーターとの比較検討をおこなう。
4)実験動物(マウス)の未成熟卵、成熟卵、受精卵、発育段階にある卵を採取し各種濃度のダイオキシン存在下で培養し、受精率・胚発育率・糖取り込み能の発達などを解析する。
結果と考察
1)子宮内膜症患者の脂肪組織と対照患者の脂肪組織のダイオキシン類濃度を測定したところ、少数例の検討では有意差を示唆する所見が得られた。一方、日本子宮内膜症協会会員や東京大学病院の患者および一般ボランティア女性を対象としたアンケート調査を施行し、母乳哺育が後々の子宮内膜症の発症リスクとなりうるかを検討した。その結果、月経困難症などの症状を持たない健常群の母乳哺育率が68%に対して腹腔鏡・開腹手術による子宮内膜症群では51%と健常者で母乳哺育率が高かった。これより母乳哺育により相対的に高いダイオキシンの被曝を受けることは子宮内膜症発症のリスクとはならないことが示唆された。2)乏精子症患者と正常対照患者の精液中のダイオキシン類濃度を測定したところ、ダイオキシン類濃度と精子濃度に強い相関を示唆する所見が得られた。3)ヒト卵胞液中のダイオキシン類の検出をガスクロマトグラフィーマススペクトロメトリー法により試みた。その結果polychlorinated dibenzodioxin (PCDD) およびpolychlorinated dibenzofuran (PCDF)が卵胞液中に約1pg/ml (0.01 pg TEQ/ml)存在することが明らかになった。血中濃度よりは低いがヒト卵巣への汚染が存在することが示された。4)マウス2細胞期胚を用いてダイオキシンの胚発育への影響を検討したところ、ダイオキシン類の1種である2,3,7,8-TCDDを1-5pM添加した時、2細胞期の8細胞期への発育率は有意に抑制された。この作用は10-100pMでは検出されなかった。これよりTCDDは低濃度では胚発育に抑制的に作用することが示された。ところが2細胞期胚から胚盤胞への発育率では1-5 pMで観察された抑制効果は認められない。そこで、8細胞期胚の胚盤胞への発育率を見ると、TCDDは胚盤胞形成に促進的に作用した。これよりTCDDの胚発育に対する作用は胚発育時期に特異的にかつ特定の濃度域で抑制的ないし促進的に作用することが示唆された。これにより、初期胚発育における無毒性量(NOAEL)および最小毒性量(LOAEL)が設定できた。子宮内膜症はこの20ないし30年の間に増加の一途をたどっているといわれる。平成9年度の厚生省研究班の調査報告では約12万人の女性が子宮内膜症の診療を受けていることが確認された。子宮内膜症とダイオキシンとの関連が特に注目を集めたのは、Rierらの報告による。これはサルを用いて4年間ダイオキシンを投与、その後10年間経過を観察したところ無投与群、連日5ppt投与群(126 pg/kg/day相当)、75ppt投与群(630 pg/kg/day相当)で子宮内膜症の発生率は各々2/6(33%)、5/7(71%)、6/7(86%)と用量反応的に増加した。また、マウス、ラットを用いた研究でもダイオキシンが実験的子宮内膜症の発育に関係するという成績もある。子宮内膜症の患者の血液中のダイオキシン濃度を測定したところ、健常者より患者で高いとする報告もある。しかしヒト血中有機塩素量は子宮内膜症と関係ないという否定的データもある。またダイオキシンとAh受容体を介して作用するとされているコプランナーPCBを同系のサルに投与したArnoldらは無処置群(6/16;37%)より投与群(16/64;25%)で子宮内膜症の発生率が低い傾向にあり、投与量と内膜症の進行度との関連も見られなかったと報告した。今回の我々の少数例の検討では、子宮内膜症患者の脂肪組織中ダイオキシン類濃度は対照患者と比べて有意差を示唆する所見が得られた。また、最近の我々の研究では、子宮内膜症患者の腹腔内貯留液中のkeratinocyte growth factor (KGF)濃度は対照患者と比べて有意に高かった。今後更に症例数を増やし、各種サイトカインの動態とともに、子宮内膜症発症およびその重症度とダイオキシン類濃度との相関について、出産経験の有無や居住地域などを考慮した厳密なcontrolled studyを計画することが急務であると考える。ダイオキシンは母乳中に高濃度に含有され、乳児の摂取は100pg/kg/day程度と算定される。ダイオキシンは前述したRierらの報告で
は微量(126pg/kg/day)でも子宮内膜症の病因となりうる可能性が示された。しかしながら、今回の我々の疫学的調査では母乳哺育により相対的に高いダイオキシンの被曝を受けることは子宮内膜症発症のリスクとはならないことが示唆された。逆に母乳は子宮内膜症の発症を予防する可能性もあり、母乳が優れた栄養源であり、かつ少なくとも過去において安全性に問題がなかったことを支持するデータと考えられる。母体投与されたダイオキシンは胎盤および母乳を介して胎仔、新生仔期に作用しその後の性機能にも現れる。精巣機能に関してはMablyらが妊娠15日のラットにダイオキシンを投与し、用量反応的に精子数が減少することを報告した。異常が現れた最小投与量は64 ng/kgであった。Grayらはさらに50 ng/kgでも精子の異常を認めた。これらは、毒性量の1000分の1レベルで生殖異常が惹起されるということと同時に、昨今の人類の精子減少傾向にダイオキシン曝露が関係している可能性を示唆する。今回の我々の検討でも精子濃度と精液中ダイオキシン類濃度に有意な相関を認めた。今後は、そのメカニズムについて検討を重ねることが不可欠と思われる。ダイオキシン類は特異的レセプターであるarylhydrocarbon receptor(Ahレセプター)を有し、この特異的Ahレセプターは初期胚にも検出され、ダイオキシンの生殖器官への汚染が注目される。今回の我々の検討によりヒトの卵胞液よりダイオキシン類が初めて検出され、低濃度ではあるもののヒト初期胚が既にダイオキシン類に曝露されていることが明らかとなった。更に、マウス2細胞期胚を用いた検討により、ダイオキシンは胚発育時期に特異的に、かつ1-5pMという特定の濃度域で抑制的ないし促進的に作用することが示唆された。通常TCDDのin vitroにおける作用域はnMレベルであることから、胚のTCDD感受性は高いとも考えられる。TCDDの初期胚発育への作用メカニズムは明らかではないが、胚に発現しているAhレセプターが関与することは示唆される。TCDDはepidermal growth factor (EGF)のレセプターをダウンレギュレートすることが知られており、TCDDの胚発育への制御機構にはEGF作用を介している可能性もある。TCDDがEGF同様マウス新生仔期に眼瞼開裂や歯牙の発育を促すことも報告されている。またこれら初期胚にはエストロゲンレセプターαβがともに発現しており、エストロゲン作用に対する内分泌撹乱作用によっていることが想像される。今後は、ダイオキシンが非常に低用量で胚発育に作用するメカニズムを糖取り込み能や糖輸送担体発現など生化学的・分子生物学的指標から検討し、更に他の内分泌撹乱物質との相互作用についても解析していくことが不可欠と思われる。
結論
子宮内膜症患者では正常対照群に比べて母乳哺育を受けた割合が有意に低く(51%対68%)、母乳により相対的に高いダイオキシン類の曝露を受けることが後の子宮内膜症発症のリスクとはならないことが示唆された。
ヒト卵胞液中にダイオキシン類が約 1pg/ml (0.01 pg TEQ/ml)存在することを明らかにした。さらに、マウス2細胞期胚に2,3,7,8-TCDDを1-5 pM添加した時、2細胞期の8細胞期への発育率は有意に抑制され、8細胞期胚の胚盤胞への発育率は有意に促進され、初期胚のダイオキシン類に対する感受性が高いことが示唆された。

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