言語の認知・表出障害に対するリハビリテーションの体系化に関する研究

文献情報

文献番号
199800540A
報告書区分
総括
研究課題名
言語の認知・表出障害に対するリハビリテーションの体系化に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
児嶋 久剛(京都大学大学院医学研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 内藤泰
  • 庄司和彦
  • 藤木暢也
  • 平野滋(京都大学大学院医学研究科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 感覚器障害及び免疫・アレルギー等研究事業(感覚器障害研究分野)
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
43,200,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
言語の認知や表出の障害は社会生活上致命的なハンディキャップとなることは衆知の通りであるが,従来,我が国ではこの問題に十分な対応がなされてきたとはいいがたい。これは治療の主体が聴覚,構音の末梢器官に限定され、リハビリテーション法も言語聴覚士の経験に頼られていたためである。今後これら障害の治療を考える上では、中枢における言語処理機構を解明することがまず重要である。本研究の目的は,これら言語処理にかかわる中枢処理機構を解明し、それに則った合理的,科学的な治療体系を作ることである.
(1)聴覚障害に関して
感音難聴者に対する医療の第一選択は補聴器であるが,この効果のない高度感音難聴や聾に対しては人工内耳が選択される。しかし,従来,これらの患者の治療を補聴器によるか人工内耳によるかの客観的な判断基準は確立されていない。また,個々の症例でどのタイプの補装具が最適かを見極める評価法も十分には確立されているとは言い難い。本研究では,言語の認知と表出に関する末梢と中枢の神経機構の客観的な評価から,総合的な治療体系のフローチャートを確立する。また,補聴器の適応判定についても言語認知を重視した評価法を確立する。
(2)言語障害に関して
言語の表出と認知とは表裏一体の関係にあり,聴覚を切り離して言語障害を論ずることはできない。吃音や痙攀性発声障害,さらには難聴による構音障害などの病態を,言葉の認知機構と表出機構の相互作用の観点から解明し,科学的,効率的なリハビリテーション法を開発する。
研究方法
ポジトロン断層法(PET)をはじめとする脳機能画像法を用いて,言語の認知・表出にかかわる中枢神経機構を観察する.対象は難聴者、人工内耳使用者、言語障害者であり、言語聴取や発話時の脳活動を検討した.同時に、適宜コントロールとなる正常データを正常人のボランティアの協力により計測した。
(1)聴覚障害について:
1)聴覚障害の評価に先立ち,正常な言葉の認知機構を明らかにする。既に獲得された言語はカテゴリー認知であるに対し,未知の言語や音楽などはアナログ認知と言えるが,これらの認知機構の相違点をPETで解明し,言語の学習機構を明らかにする。
2)補聴器,人工内耳患者に対して,これらの方法による音刺激が中枢レベルでどのような効果となるのかを観察し,そのデータに基づき,言葉の認知を重視した補聴器の改良や人工内耳の選択の基準化を行う。また言語の再習得過程における中枢処理機構の変化を観察し,有効なリハビリテーション法や新しい刺激方法を開発する。
3)先天聾者に言語を如何に習得させるかは,人工内耳の医療において最重要課題である。これらの患者は手話や読唇などの視覚言語を用いることが多いが,人工内耳手術を行う前に視覚言語を習得しておくことが,術後の言語習得に有利かいなかは現在なお不明である。本来聴覚処理に当たるべき神経機構が音刺激を受けないためにまったく機能をもたない領域に終わるのか,あるいは視覚を介した言語の情報処理に当たるのかを検討することは,先天聾患者の新しい治療プログラムを作成する上に極めて重要である。
(2)言語障害の治療について:
発話障害患者,中でも従来言語療法士の経験的な指導に頼っていた吃音や痙攀性発声障害の発話中枢の機構を,聴覚・言語の相互作用から観察し,末梢レベルでのこれまで知見を合わせてその病態の総合的な解明を図る。
結果と考察
(1)脳機能画像の3次元構築
本研究の中心となる中枢機構の観察には主にポジトロン断層法(PET))を用いているが,これは脳血流の分布を示す画像であり、これだけでは脳活動部位の同定は不可能である.そのため脳のMRI水平画像一枚一枚の上に脳の活動部位を着色して並べる方法や、標準化された脳図譜上に前後、左右,上下3方向の投影図として提示する方法が行われてきた。しかし、断層画像のみからは上下方向の形や繋がりがわかりにくく、投影図でも提示したいものが重なってしまい、正確な部位同定が困難であった.本研究では,まずこのPET画像のより正確な解析を目指して、その3次元再構築が可能となるプログラムをボリュームレンダリングの手法を用いて開発した.その結果,脳活動部位の正確かつ客観的な把握が可能となった.
(2)聴覚障害について
1)言語の学習機構についての正常人での観察結果
言語障害の治療にあたっては、言語の学習機構を把握する必要があった。そこで正常成人を対象にポジトロン断層法(PET)を用いて観察したところ、言語の認知・学習においては聴覚野のみならず小脳や補足運動野といった運動関連領域が強く関与していることがわかった。すなわち、新たな言語の聴取においては補足運動野が活動し、構音運動を参照した言語認知の訓練がなされ、これには右半球の聴覚野が優位であること、そしていったん言語認知が完了すると小脳が働き、よりスムーズな言語理解が可能となり、この時には左聴覚野が優位に活動することが見出された。
2)難聴者の脳機能の観察結果
補聴器や人工内耳使用者の脳活動を観察し、各種補装具の脳にもたらす効果を検討した結果,いずれの補装具においても、言語認知成績と聴覚連合野の活動の度合いには正の相関があることがわかった。すなわち、補聴器での言語成績が不良で人工内耳を施行した患者では、補聴器による聴覚連合野の活動は極めて不良であったが,人工内耳使用によりこの活動が活発になった。また、人工内耳の発火様式の違いでは、以前のMPEAK方式に比べ最近のPSEAK方式の方が言語理解もよく、聴覚連合野の活動も有意に良好であった。また、言語認知においては小脳の働きが正常人での観察と同様に重要であることもわかった。聴覚連合野をさらに詳細に観察すると、右は末梢からの補聴器などを介した入力の効果を、左は言語理解の程度を表す指標になることも確認された.
3)先天聾の脳機能の観察結果
先天聾の言語機能は、補聴器による聴覚から読唇・手振り言語などの視覚言語によるものまで、その環境によって多大の影響が与えられることが見出された。言語発達期に視覚言語の習得をおこなうと、聴覚連合野が視覚言語の処理にあたるようになり、人工内耳をいれてももはや聴覚連合野は活動しなくなる可能性が示された。一方,視覚言語を習得していない症例では人工内耳による聴覚連合野の活動はよく言語理解も良好であった。
(3)発話障害について
痙攀性発声障害、ジストニアの患者の脳機能を観察した。その結果、正常人の日常的な発話時には聴覚連合野の活動はなく、自分の声をモニターしていないのに対し、痙攀性発声障害者では聴覚連合野の活動がおこり、これが発声障害の一因である可能性が認められた。一方,ジストニア音声では、聴覚連合野の活動はないが補足運動野や小脳といった運動関連領域の過剰な活動が認められた。このように、発話障害の脳機能は各疾患による違いが大きいことが示唆された。
結論
脳機能画像を用いることで正常な言語処理機構が把握された。それに基づいて聴覚・言語障害者の脳機能を観察すると、これら障害の病態および障害によってもたらされる脳神経機構の再編が確認された。さらに、各種補装具の脳にもたらす影響も脳機能画像を用いることで観察でき、これが補装具の性能や適応の評価に役立つことがわかった.
聴覚障害については、正常人を用いた言語学習機構の観察結果、難聴患者の脳機能の結果より、各難聴者にとって有効な補装具の選択や、改良への活用が今後期待される。補聴器か人工内耳かの選択には、補聴器装用での脳活動を観察し、補聴器による言語認知の向上が期待できるかどうかが判断できる。また、言語認知により重要な部位の活動をより多く惹起できる補装具が望まれるわけで、そのためにどのような情報を脳に送ればよいのかを見極めれば、補装具の改良に大きく貢献できると考えられる。先天聾の脳機能データからは、言語獲得時期における視覚言語と聴覚言語の競合が認められ,先天聾患者の教育を考える上で重要と考えられた.
発話障害については、未だデータ数が少なく結論には至らないが,少なくとも今まで原因不明とされてきた機能性発声障害の病態解明の糸口がみえてきたといえる。

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