糖尿病網膜症重症化の原因の究明とその対策

文献情報

文献番号
199800537A
報告書区分
総括
研究課題名
糖尿病網膜症重症化の原因の究明とその対策
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
堀 貞夫(東京女子医科大学眼科)
研究分担者(所属機関)
  • 船津英陽(東京女子医科大学糖尿病センター眼科)
  • 山下英俊(東京大学眼科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 感覚器障害及び免疫・アレルギー等研究事業(感覚器障害研究分野)
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
35,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
視力障害の主因である増殖糖尿病網膜症(増殖網膜症)への進展機構を、臨床的および基礎的に検討して、網膜症進展の病態を解明するとともに、進展予測法を検討して、今までの治療法をより有効に施行するための治療指針(ガイドライン)の作成を目指す。
研究方法
①網膜症の進展機構の臨床的解明、②網膜症管理のためのガイドライン作成、③網膜症の進展機構の基礎的解明、④糖尿病患者の意識調査、⑤網膜症判定基準の草案、⑥新しい治療法の確立の6項目について検討した。
1.網膜症の進展機構の臨床的解明
対象として重症単純網膜症、増殖前網膜症を有する糖尿病患者を登録して、1年間のprospective studyを行なっている。登録時に全例10方向のカラー眼底撮影および蛍光眼底撮影 (FAG) を行ない、撮影結果を画像解析装置によって解析し、網膜症病期、眼底所見の重症度、黄斑浮腫の程度をEarly Treatment Diabetic Retinoopathy Study (ETRDRS)分類、福田分類を用いて判定、記録した。
2.網膜症の進展機構の基礎的解明
「1.網膜症の進展機構の臨床的解明」で登録した症例を対象に、登録時に全身および眼局所因子として年齢、性別、糖尿病罹病期間、内科的治療法、HbA1c、喫煙歴、アルコール消費、高血圧、収縮期血圧、拡張期血圧、body mass index (BMI)、眼圧、緑内障、腎症を調査して、血液中のvascular endothelial growth factor (VEGF)、tumor necrosis factor-α (TNF-α)、interleukin-6 (IL-6)、transforming growth factorβ1 (TGFβ1)、advanced glycation endoproducts (AGE)、thrombomodulin (TM)、von Willebrand factor (vWF)、lipoprotein(a) (Lp(a))の濃度を測定した。
また、硝子体手術および白内障手術時に、硝子体液および前房水を採取して、眼内液中のVEGF、TNF-α、IL-6、TGFβ1、AGEの濃度と血液中のVEGF、TNF-α、IL-6、TGFβ1、AGE、TM、vWF、Lp(a)の濃度を測定した。
血管新生因子の作用機序を調べるため、培養血管内皮細胞でのプロテアーゼ産生、増殖、遊走、管腔形成に対する作用を検討するシステムを確立した。そのシステムが動いていることを血管新生因子として確認されているVEGFを用いて検討した。ヒアルロン酸合成酵素(HAS)による産生制御を検討した。培養細胞としてはウシ大動脈内皮細胞を用いた。positive controlとしては培養ウシ角膜内皮細胞を用いた。
3.網膜症判定基準の草案
単純網膜症および増殖前網膜症をETDRSの判定基準を参考にして、毛細血管瘤・網膜出血、線状・火焔状出血、硬性白斑、輪状硬性白斑、軟性白斑、網膜内細小血管異常、網膜動脈白線化、静脈の数珠状拡張、静脈のループ形成、静脈の白線化、新生血管の11所見について、独自に1-3枚の基準写真を設け、判定基準を作成した。各所見は4から7段階に分類し、判定基準となる眼底写真を準備した。
4.統計学的解析法
統計学的解析法にはStatistical Analysis System (SAS)を用い、単変量および多変量解析を行った。
結果と考察
1. 網膜症進展機構の臨床的解明
初期登録した症例の内訳は、単純網膜症例、増殖前網膜症例であった。福田分類ではA2:55例、B1:95例、ETDRS分類ではLevel35(以下同様):48例、43:50例、47:29例、53:23例であった。また、黄斑浮腫の程度は、黄斑浮腫なし:36眼、局所性浮腫:11眼、びまん性浮腫:23眼であった。これらの症例は1年後に再度眼底撮影を行ない、網膜症の病期変化および眼底所見変化について詳細に解析して、網膜症の診断および治療のガイドラインを作成する予定である。
2. 網膜症進展機構の基礎的解明
1)網膜症の重症度と全身因子
網膜症の重症度と関連する全身因子としては、多変量解析の結果、喫煙歴、高血圧、腎症、血液中のVEGF、AGE、 TM、vWF、Lp(a)が統計学的に有意であった。ただし、これらの結果は眼底撮影時における断面調査の結果であり、1年後に行なう網膜症変化との関連性をさらに詳しく検討する必要があると考えられる。
2)黄斑浮腫の程度と全身および眼局所因子
多変量解析の結果、黄斑浮腫の程度と後部硝子体剥離の状態、血液中のIL-6濃度が有意な相関がみられた。眼内液中のサイトカインの濃度との間には相関がみられなかった。黄斑浮腫の病態としては後部硝子体剥離に伴う接線方向の牽引が関与していることが示唆されているが、血管透過性亢進の作用を有するIL-6濃度が血液中の上昇していることは、黄斑浮腫の病態を解明する上で重要な要因であると考えられた。
3)網膜症の重症度と眼局所因子
70例、95眼の眼内液を採取した。眼内液を採取した手術症例の網膜症病期の内訳は、ETDRS分類でLevel10(以下同様):11眼、20:2眼、35:12眼、43:8眼、47:4眼、53:2眼、61:9眼、65:2眼、71:3眼、75:5眼、81:9眼、85:3眼であった。
網膜症の重症度と解析因子の中で眼内液中のVEGFとTNF-αの濃度が関連性が高く、VEGFは網膜症が重症になるほど高値を示していたのに対して、TNF-αは網膜症の軽症例において高値を示し、重症例では低値を示していた。眼内と血液中のVEGF、TNF-α、IL-6、TGFβ、AGEの濃度との間には相関はみられなかった。VEGFの産生亢進には網膜虚血ばかりでなく、他のサイトカインとの相互作用(サイトカインネットワーク)の関与が指摘されている。今回の検討では、単純網膜症でTNF-α濃度が高値を示し、増殖網膜症では低値を示していた。このことはTNF-αが単純網膜症の時期に高値を示し、VEGFの産生、分泌の引き金となっている可能性があると考えられた。また、TNF-αは血管新生モデル (in vivo) において、低濃度で血管新生促進、高濃度で血管新生抑制を起こすことが報告されており、眼内液中のTNF-α濃度が単純網膜症例で高く、増殖網膜症例で低かったことと相応しており、TNF-αの血管新生作用が示唆された。
4)血管新生制御実験系の確立
VEGFは培養血管内皮細胞でのプロテアーゼ産生、増殖、遊走、管腔形成を促進した。培養ウシ角膜内皮細胞ではHAS1、HAS2、HAS3の3つのアイソフオームのmRNA が発現されていた。ウシ大動脈内皮細胞ではHAS2のみが発現されていた。
3. 網膜症判定基準の草案
作成した新しい網膜症判定基準においては、各眼底所見においてGradeが高いほど眼底所見の出現頻度が低くなっており、臨床に即した結果となっていた。また、米国のETDRS(撮影画角30度、7方向撮影)と我々の撮影方法(撮影画角50度、4方向撮影)を比較したところ、我々の撮影方法ではETDRSに比較して4%の眼底所見もれがみられたが、網膜症の出現頻度の高い鼻側網膜では我々の撮影法の方がカバーする領域が広く、経済的効果や患者負担も考慮すると、ETDRSの撮影法に遜色がないと考えられた。
結論
網膜症重症化の病態にはVEGF以外にもTNF-α、IL-6など複数のサイトカインが、眼局所および全身においてネットワークを形成して関与していると考えられる。また、AGE、TM、vWF、Lp(a)、腎症などが網膜症の進展に関与していると考えられた。今後、1年後における網膜症変化と眼局所および全身因子との関連性を解析することにより、網膜症重症化の病態を検討する必要があると考えられた。また、網膜症進展阻止を目指した治療指針(ガイドライン)作成の第一歩として、早期網膜症判定基準を作成した。

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