文献情報
文献番号
199800532A
報告書区分
総括
研究課題名
頻度の高い視聴覚障害の発症機序並びに治療法に関する研究(難治性黄斑疾患に対する外科的内科的治療)
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
田野 保雄(大阪大学医学部眼科)
研究分担者(所属機関)
- 石橋達朗(九州大学医学部眼科)
- 白神史雄(岡山大学医学部眼科)
- 不二門尚(大阪大学医学部器官機能形成)
- 山本修士(大阪大学医学部眼科)
- 林篤志(大阪大学医学部眼科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 感覚器障害及び免疫・アレルギー等研究事業(感覚器障害研究分野)
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
30,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-
研究報告書(概要版)
研究目的
難治性黄斑疾患である血管新生黄斑症に対して、当該施設が開発した中心窩移動術は、血管新生黄斑症に対して視力を回復させる可能性のある唯一の治療法である。本年度の研究では、新たに開発したより侵襲の少ない術式である「強膜短縮による中心窩移動術」の中~長期的治療効果、合併症を統計解析し、本方法の適応につき検討した。また治療成績をより向上させるため、外科的治療を補う内科的治療法については、新生血管再発防止に関する遺伝子導入、網膜色素上皮障害における創傷治癒、近視の進行防止に関して昨年度までの成果を発展させるべく、基礎的実験を行った。
研究方法
(1) 外科的治療法の研究(ⅰ) 強膜短縮を伴う中心窩移動術の成績:強膜を短縮法による中心窩移動術施行後の移動距離、視力予後に関する中~長期的成績を検討した。(ⅱ) 強膜短縮を伴う中心窩移動術の合併症。①角膜乱視の検討:中心窩移動術後の角膜乱視を低下させる切開法を、豚眼による実験で研究し、これを踏まえて臨床例において切開法の違いによる乱視量の違いにつき検討した。②網膜皺襞の検討:イヌを用いた実験で、網膜に生じた皺襞部の視細胞の変化を組織学的に検討した。(ⅲ)中心窩移動後の回旋複視に対する斜視手術:中心窩移動後の回旋複視の評価法および有効な斜視手術法につき検討を行った。(ⅳ)網膜下新生血管膜のインドシアニングリーン(ICG)蛍光造影による術前評価:ICGによる新生血管の起始部の検索と、血管膜抜去術後の視力の関係につき検討した。
(2) 内科的治療法の研究。(ⅰ)網膜色素上皮および脈絡膜毛細血管板の障害抑制:新生血管膜を抜去時に生じる網膜色素上皮障害のモデルを、家兎で実験的に作成し、脈絡膜毛細血管板の萎縮を抑制する因子に関して検討した。(ⅱ) 遺伝子導入の研究 ①黄斑疾患の原因遺伝子の検索:遺伝性黄斑ジストロフィーのひとつであるX染色体伴性劣性網膜分離症の患者に対して、遺伝子変異の検索を行った。②網膜下へのレトロウイルスベクターを用いた遺伝子導入:導入遺伝子を長期間発現させることが可能なレトロウィルスベクターを用いて、実験的に脈絡膜血管新生を誘導した有色ラットの網膜下にβガラクトシダーゼを投与し、発現部位を検討した。③HVJリポソーム法によるTIMP3の網膜下への導入:導入部位に強光凝固を行って実験的網膜下新生血管を誘発した有色ラットに対して、血管新生抑制遺伝子であるTIMP3をHVJリポソーム法により網膜下に導入し、新生血管の抑制効果を検討した。 (ⅲ) 近視化の進行防止:①網膜グリア細胞の収縮能に対する一酸化窒素(NO)供与剤の影響:実験近視の進行抑制に一酸化窒素供与剤が有効であることが、前年度までの研究で明らかになったが、NOの作用機作に関して網膜も支持細胞である、グリア細胞に注目し、培養グリア細胞細胞の収縮能に対するNOの影響を検討した。②強度近視に関係する遺伝子の検索:白内障の手術を行った症例の内、挿入した人工レンズの値が10ジオプトリー以下であった強度近視症例に対して家系調査を行い、遺伝性が認められた患者に対してDNA採血を行った。
(2) 内科的治療法の研究。(ⅰ)網膜色素上皮および脈絡膜毛細血管板の障害抑制:新生血管膜を抜去時に生じる網膜色素上皮障害のモデルを、家兎で実験的に作成し、脈絡膜毛細血管板の萎縮を抑制する因子に関して検討した。(ⅱ) 遺伝子導入の研究 ①黄斑疾患の原因遺伝子の検索:遺伝性黄斑ジストロフィーのひとつであるX染色体伴性劣性網膜分離症の患者に対して、遺伝子変異の検索を行った。②網膜下へのレトロウイルスベクターを用いた遺伝子導入:導入遺伝子を長期間発現させることが可能なレトロウィルスベクターを用いて、実験的に脈絡膜血管新生を誘導した有色ラットの網膜下にβガラクトシダーゼを投与し、発現部位を検討した。③HVJリポソーム法によるTIMP3の網膜下への導入:導入部位に強光凝固を行って実験的網膜下新生血管を誘発した有色ラットに対して、血管新生抑制遺伝子であるTIMP3をHVJリポソーム法により網膜下に導入し、新生血管の抑制効果を検討した。 (ⅲ) 近視化の進行防止:①網膜グリア細胞の収縮能に対する一酸化窒素(NO)供与剤の影響:実験近視の進行抑制に一酸化窒素供与剤が有効であることが、前年度までの研究で明らかになったが、NOの作用機作に関して網膜も支持細胞である、グリア細胞に注目し、培養グリア細胞細胞の収縮能に対するNOの影響を検討した。②強度近視に関係する遺伝子の検索:白内障の手術を行った症例の内、挿入した人工レンズの値が10ジオプトリー以下であった強度近視症例に対して家系調査を行い、遺伝性が認められた患者に対してDNA採血を行った。
結果と考察
中心窩移動術は、中心窩を網膜下組織が健常な部位に移動させることにより、視機能を回復させることを目的とした、新しい術式である。当該施設で開発した強膜短縮による中心窩移動術は、当初困難であった人工的網膜剥離の作成が、極細の潅流針を用いることにより確実に行えるようになるなど技術的に進歩した結果、重篤な合併症を発症することのない、安全な手術として確立した。本術式で治療した患者の中ー長期的予後に関して検討した結果、視力改善例は視力1.0が得られた例を含めて、近視性血管新生黄斑症の方が加齢性黄斑変性より良好であった。この理由としては、近視性の方が手術時年齢が若く、加齢による網膜の変化が少ないこと、新生血管膜の大きさが近視性の方が小さいことなどが考えられた。中心窩の移動距離は平均0.65乳頭径と小さいことも考えあわせると、本術式は近視性血管新生黄斑症に適していることが示唆された。術後合併症として最も頻度の高かった角膜乱視は、強膜切開を2象限行うことにより、有意に減少することが判明した。網膜剥離は再手術により治癒し、新生血管再発は抜去術により視力低下することなく治癒した。中心窩の移動に伴う回旋偏位は10°以下で、多くの場合術後6ヶ月以内に適応可能であるが、残存した場合近江らの方法(水平直筋の水平移動術)で解決可能であることが示された。強膜短縮による中心窩移動術の最大の問題点は、網膜が再接着する際剰余部が存在するため、網膜が皺襞を形成することである。自覚的には物が波うって見えるという変視症の訴えが多く、また視力回復も不十分となる。動物実験では皺襞が形成された部位の外顆粒層ではアポトーシスが起こっており、また錐体が障害されている所見も得られた。従って黄斑部での皺襞形成は避けるべきであり、またそれが可能な術式を確立することが重要な課題と考えられた。 網膜下新生血管の起始部の位置の同定に、インドシアニングリーン蛍光造影の有用性が確認され、これは術後の網膜色素上皮障害の位置を推測する上で有用であることが分かり、今後手術の方針を立てる上で有益と考えられた。
外科的治療を補助する内科的治療に関しては、主として動物モデルを用いた基礎研究を行った。新生血管膜抜去時に、網膜色素上皮が障害された場合、二次的に脈絡膜毛細血管板が萎縮し、不可逆的視力障害が生じる。今回の家兎を用いた実験では、機械的に網膜色素上皮を除去した後の脈絡膜毛細血管板の萎縮は塩基性線維芽細胞増殖因子の投与により有意に抑制されることが見出され、中心窩移動術後の脈絡膜の障害を最小にとめる内科的治療法の一つとして、塩基性線維芽細胞増殖因子の有用性が示唆された。新生血管の再発は視力低下の大きな原因であり、今回の臨床例でも窩移動術後13例中2例に再発が見られた。本年度の研究では、血管新生抑制遺伝子であるTIMP3を血管新生抑制遺伝子であるTIMP3をHVJリポソーム法によりラットの網膜下に導入すると、新生血管の発生が抑制されることが示された。またより長期に遺伝子を発現させる可能性のあるベクターであるレトロウイルスを用いて、ラット網膜下に遺伝子を導入すると、遺伝子の発現部位は脈絡膜新生血管膜に限局するという結果が得られた。これらは、遺伝子導入による新生血管の治療に向けた基礎的な成果と位置づけることができる。より本質的な遺伝子治療のためには、血管新生黄斑症に関係する遺伝子を見出すアプローチが必要であるが、本年度の研究では、黄斑変性を来す遺伝的疾患であるX染色体伴性劣性網膜分離症の遺伝子解析を行い、新規遺伝子を含む遺伝子異常が見出された。今後加齢黄斑変性の症例に対しても、検索を進める予定である。また近視性の血管新生黄斑症に対する網脈絡膜萎縮の予防として、近視の進行防止が不可決であるが、本年度は基礎的な研究として、網膜内の情報系の変化が、なぜ眼軸延長を引き起こすかということに対して、培養グリア細胞を用いて行いて検討し、一酸化窒素が、グリア細胞のトーヌスを修飾するという事実を見出した。眼球の病的リモデリングとしての近視化の機構解明の一助となる成果である。
外科的治療を補助する内科的治療に関しては、主として動物モデルを用いた基礎研究を行った。新生血管膜抜去時に、網膜色素上皮が障害された場合、二次的に脈絡膜毛細血管板が萎縮し、不可逆的視力障害が生じる。今回の家兎を用いた実験では、機械的に網膜色素上皮を除去した後の脈絡膜毛細血管板の萎縮は塩基性線維芽細胞増殖因子の投与により有意に抑制されることが見出され、中心窩移動術後の脈絡膜の障害を最小にとめる内科的治療法の一つとして、塩基性線維芽細胞増殖因子の有用性が示唆された。新生血管の再発は視力低下の大きな原因であり、今回の臨床例でも窩移動術後13例中2例に再発が見られた。本年度の研究では、血管新生抑制遺伝子であるTIMP3を血管新生抑制遺伝子であるTIMP3をHVJリポソーム法によりラットの網膜下に導入すると、新生血管の発生が抑制されることが示された。またより長期に遺伝子を発現させる可能性のあるベクターであるレトロウイルスを用いて、ラット網膜下に遺伝子を導入すると、遺伝子の発現部位は脈絡膜新生血管膜に限局するという結果が得られた。これらは、遺伝子導入による新生血管の治療に向けた基礎的な成果と位置づけることができる。より本質的な遺伝子治療のためには、血管新生黄斑症に関係する遺伝子を見出すアプローチが必要であるが、本年度の研究では、黄斑変性を来す遺伝的疾患であるX染色体伴性劣性網膜分離症の遺伝子解析を行い、新規遺伝子を含む遺伝子異常が見出された。今後加齢黄斑変性の症例に対しても、検索を進める予定である。また近視性の血管新生黄斑症に対する網脈絡膜萎縮の予防として、近視の進行防止が不可決であるが、本年度は基礎的な研究として、網膜内の情報系の変化が、なぜ眼軸延長を引き起こすかということに対して、培養グリア細胞を用いて行いて検討し、一酸化窒素が、グリア細胞のトーヌスを修飾するという事実を見出した。眼球の病的リモデリングとしての近視化の機構解明の一助となる成果である。
結論
本年度の研究では、手術侵襲をより少なくすることをめざし新たに開発した、強膜短縮による中心窩移動術の中―長期的成績を検討した。当初困難であった人工的網膜剥離の作成は、極細の潅流針を用いることにより、確実に行えるようになり、重大な合併症を生じることなく過半数の症例で視力改善が得られた。中心窩の移動距離は、平均0.65乳頭径で、手術適応は近視性血管新生黄斑症のような、新生血管膜の比較的小さな症例に限られることが判明した。合併症として、黄斑部の皺襞形成が存在するが、動物実験で皺襞部の視細胞にアポトーシスが生じることが、明らかになり、皺襞形成が視力改善を阻害する重要な因子であると推察された。今後黄斑部の皺襞形成を確実に避けられる術式の確立が必要である。新生血管予防の実験的研究として血管新生抑制遺伝子であるTIMP3をHVJリポソーム法によりラットの網膜下に導入すると、新生血管の発生が抑制されることが示された。また、実験的網膜色素上皮障害モデルにおける、脈絡膜毛細血管板の萎縮が、塩基性線維芽細胞増殖因子の投与により抑制されることが見出された。これらの内科的療法を、臨床応用可能なものとし、外科的治療法と併用することにより、ごく近い将来、血管新生黄斑症が効果的かつ安全に治療できるようになることが期待できる。本治療法が多施設に普及すれば、これまで視力低下により、社会的な活動が困難であった人がの多くが視力改善し、社会的な活動が可能になることが期待される。
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