遺伝性難聴の遺伝子解析に関する研究

文献情報

文献番号
199800531A
報告書区分
総括
研究課題名
遺伝性難聴の遺伝子解析に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
宇佐美 真一(弘前大学医学部耳鼻咽喉科)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 感覚器障害及び免疫・アレルギー等研究事業(感覚器障害研究分野)
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
-
研究費
33,200,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
疫学統計によれば小児の難聴の約半数は遺伝性のものと考えられているが、ここ数年の分子遺伝学のめざましい発展により、すでにいくつかの遺伝性難聴の原因遺伝子、あるいは原因遺伝子の存在する染色体上のおおよその位置(遺伝子座)が特定され始めている。また一般的に遺伝性難聴というとごく限られた先天性の難聴家系を思い浮かべがちであるが、後天性の難聴でも加齢、騒音、感染、耳毒性薬物等に対する受傷性には一般的に個人差が多いことからこれら環境因子に遺伝性の因子が加わった難聴というものを含めるとまさにほとんどの難聴には遺伝子が関与していることになる。今後はこれらの分子遺伝学的知見が増すにつれ難聴の正確な診断がなされるようになり、治療やカウンセリングに結びついていくと思われる。今回、当科で集積した遺伝性難聴家系を中心に、難聴の原因遺伝子の解析をするために本研究を企図した。
研究方法
当科で集積した遺伝性難聴家系を中心に随伴する症候、遺伝形式、聴力像、画像診断などから臨床分類を行うとともにこれらの症例に関してマイクロサテライト多型解析による連鎖解析を行い病因遺伝子座の決定を試みた。また既知の原因遺伝子の関与についてはヘテロデユプレックス法、直接シークエンス法などを用い検討した。
結果と考察
近年CTやMRIの発達に伴い、数多く報告されるようになった「前庭水管の拡大を伴った難聴」症例が家族性にみられることが多いことから特定の常染色体劣性遺伝子が関与していると考え、マイクロサテライト多型解析による連鎖解析を行い原因遺伝子座位の決定を試みたところ、7番染色体長腕(7q31)に原因遺伝子座がこの領域に存在することが明らかとなった(Abe et al.,1999)。この領域は難聴と甲状腺腫を伴うPendred症候群の原因遺伝子(PDS)の存在部位と同じ領域であることより、PDSが前庭水管拡大を伴った難聴の原因となっている可能性があると考え、前庭水管拡大を伴った難聴症例におけるPDSの変異の有無について検討した結果、患者の中にいくつかの新しいPDS遺伝子変異が同定され、Pendred症候群の原因遺伝子(PDS)が同時に前庭水管拡大を伴った非症候性難聴の原因でもあることが明らかとなった(Usami et al.,1999)。今回検討した疾患群は甲状腺腫を伴わず、Pendred症候群とは臨床的に異なっていることより、同一の遺伝子が表現型の異なる2つの疾患の原因遺伝子である可能性が示唆された。変異の存在部位により表現型が異なるか否かに関しては今後さらに検討する必要があると思われる。従来、Pendred症候群の患者の中には甲状腺腫を伴わない非典型的な症例が存在するといった報告があり、臨床型にバリエーションがあることが知られていたが、今回の結果を考え合わせると前庭水管拡大を伴った難聴症例とPendred症候群は一連の疾患群である可能性が高く両疾患群の間には多くの移行型が存在する可能性が考えられた。従って、両疾患群は今後「PDS遺伝子の変異が引き起こす同一の疾患群」として診断、加療されるべきだと考えられた。一連の遺伝子解析により従来全く異なる疾患群と考えられていたこの2つの疾患が実はPDS遺伝子の変異による同一の疾患群であるという新しい疾患概念を確立することが出来た。またコネキシン(Cx)26遺伝子はギャップ結合蛋白をコードする遺伝子として知られているが、Cx26の変異が常染色体劣性遺伝や優性遺伝形式をとる難聴家系に見い出されて以来世界的に注目を集めている。我々の外来を受診した難聴患者に関しCx26の変異をスクリーニングした結果、主として劣性遺伝形式をとる家系にいくつかの新らたな変異が確認された。従ってCx26遺伝子の変異が日本人の難聴にも深く関与していることが
明らかとなった。また興味あることに日本人に多く見いだされた遺伝子変異は欧米で報告されている変異と異なっており、日本人の難聴者の遺伝子解析に基づくデータベースの重要性が明らかになった。また我々の症例の中にミトコンドリア遺伝子の変異(1555A->G点変異)を持つ症例が多く見い出されたが、この変異があるとアミノ配糖体抗生物質により容易に難聴を来たすことが知られている。しかし症例を詳細に検討したところ中にはアミノ配糖体投与歴が無く、いわゆる特発性難聴の形で難聴を来たした症例もあり、種々の外因により難聴が引き起こされる可能性があることが明かになった(Usami et al.,1997,1998)。すなわちこの遺伝子変異が内耳の易受傷性と関連している可能性が示唆された。またこの遺伝子変異を持つと副作用が少ないとされる新世代のアミノ配糖体抗生物質に対しても容易に難聴を来たすことが明らかとなり注意が必要であることを報告した(Usami et al.,1998)。しかしながらこの遺伝子変異を持つ高度難聴患者に対し人工内耳を行ったところ良好な成績が得られたことは難聴者にとって大きな福音となると思われた(Tono et al., 1998)。この遺伝子変異を持つ患者に関しては予防が可能であることから、家族や血縁者に対しては積極的に遺伝子検査を行い、予防の必要性を強調している。現在この変異を持つ患者に対してはアミノ配糖体抗生物質に注意するよう「薬物カード」を渡している。頻度調査を行ったところこの1555A->G点変異は難聴患者の約3%に見い出された(Abe et al,1999)。またこのミトコンドリア遺伝子変異の起源を明らかにするため分子進化的検討を行った結果、この遺伝子変異は一人の先祖に由来するものではなく進化の過程で比較的最近多発的に起こったことが明らかとなった(Abe et al, 1998)。従って、この変異はある地域に限局しているのではなく全国的に見いだされる可能性が高いことが推測された。またこの遺伝子変異の検出頻度はアミノ配糖体による難聴患者に限るとさらに高くなり私どもの症例で検討した結果、アミノ配糖体による難聴者の約30%に変異が検出された。対象の患者を絞り込めばかなりの頻度でこの変異が見い出される可能性が高いと思われる。難聴の原因遺伝子として同定されたいくつかの遺伝子のうち、EYA1遺伝子はBOR症候群の原因遺伝子として8番染色体に存在することが明かにされている。今回我々が経過観察している1家系に関して解析したところexon7に変異が存在することが明らかになった。本症例は日本人家系では初めての報告である(Usami et al.,投稿中)。
結論
今回の研究で難聴患者の中に難聴の原因遺伝子の変異が数多く発見されたことより、難聴患者を診察する際には遺伝子が関与している可能性があることを常に念頭に入れる必要があると思われた。難聴の遺伝子解析によって得られたこれらの新事実は従来の疾患概念を変えてしまうばかりでなく、病態の解明につながっていくものと思われ、将来的に難聴の診断法、治療法、予防に大きく寄与するものと思われた。

公開日・更新日

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