化学物質の経気道暴露による毒性評価の迅速化、定量化、高精度化に関する研究- シックハウス症候群を考慮した不定愁訴の分子実態の把握と情動認知行動影響を包含する新評価体系の確立-

文献情報

文献番号
201524007A
報告書区分
総括
研究課題名
化学物質の経気道暴露による毒性評価の迅速化、定量化、高精度化に関する研究- シックハウス症候群を考慮した不定愁訴の分子実態の把握と情動認知行動影響を包含する新評価体系の確立-
課題番号
H26-化学-一般-001
研究年度
平成27(2015)年度
研究代表者(所属機関)
北嶋 聡(国立医薬品食品衛生研究所 安全性生物試験研究センター 毒性部)
研究分担者(所属機関)
  • 慶長直人(公益財団法人 結核予防会 結核研究所 生体防御部)
  • 菅野 純(国立医薬品食品衛生研究所 安全性生物試験研究センター 毒性部 )
  • 種村健太郎(東北大学大学院 農学研究科 動物生殖科学分野)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 化学物質リスク研究
研究開始年度
平成26(2014)年度
研究終了予定年度
平成28(2016)年度
研究費
18,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
実験動物による吸入毒性試験において病理組織学的な病変を誘発する暴露濃度は、人のシックハウス症候群(SHS)の指針濃度をはるかに超える濃度であることから、そこから得た毒性情報を人へ外挿することの困難さが指摘されてきた。これに対し、先行研究では「厚生労働省シックハウス問題に関する検討会」が掲げる物質をその指針値レベルでマウスに反復吸入暴露(7日間)し、病理組織所見が得られない段階での遺伝子発現変動をPercellomeトキシコゲノミクス法により測定し、肺、肝において化学物質固有及び共通のプロファイルを網羅的に捕えた。加えて、海馬に対し化学構造の異なる3物質が共通して神経活動抑制を示唆する遺伝子発現変化を誘発したことから、これが人のSHSにおける「不定愁訴」の原因解明の手がかりとなる可能性が示された。本研究は、反復暴露の結果の検証とその判定根拠の一般化を目指し、①同一個体の海馬、肺、肝の遺伝子発現変動を解析し神経活動抑制の上流に位置する分子機序と肺・肝の関与の解明、②情動認知行動解析と海馬における神経科学的物証の収集による中枢に対する有害性の実証データと、遺伝子発現変動データの突合による、遺伝子発現情報からの中枢影響に関する予見性の確認、を目的とする。この際、脳が高感受性期にある子どもの特性に配慮した幼児期暴露-遅発性影響も検討する。
研究方法
検討会が掲げる物質を対象に、1) SHSレベルでの、トキシコゲノミクスのための2時間単回(4用量、16群構成、各群3匹)、及び情動認知行動解析の為の22時間/日×7日間反復(2用量、回復群設定あり、6群構成、各群8匹)のマウス吸入暴露の実施、2)経時的に採取した脳・肺・肝サンプルについての網羅的遺伝子発現解析、多臓器連関及びインフォマティクス解析、3) 吸入暴露影響の情動認知行動解析と神経科学的物証の収集、及び4) 人への外挿にかかわる臨床的解析及びヒト気道上皮細胞系による毒性応答メカニズムの研究、以上4部から成る、人への外挿性を考慮した高精度な解析を行う。
結果と考察
平成27年度は、ホルムアルデヒド(指針値:0.08 ppm)及びアセトアルデヒド(指針値:0.03 ppm)について、目標通りにSHSレベル(ホルムアルデヒド:0、0.1、0.3、1.0 ppm、アセトアルデヒド:0、0.03、0.10、0.3 ppm)での2時間単回吸入暴露を実施し、経時的に採取した海馬、肺、肝サンプルについて、我々が開発したPercellome手法(遺伝子発現値の絶対化手法)を適用し、網羅的に遺伝子発現変動を解析した結果、両物質ともに海馬において、神経活動の指標となるImmediate early gene (IEG)の発現の抑制(ホルムアルデヒドでは抑制傾向)が、暴露2時間直後の時点で指針値レベルの濃度から先行研究での反復暴露(7日間)での場合と同程度に観測され、海馬神経活動の抑制を示唆する所見が再確認された。この抑制は、その2時間後には回復していた。またホルムアルデヒド(0、1.0 ppm: 1.0 ppmは指針値の10倍濃度)について、22時間/日×7日間反復暴露を成熟期のマウスに実施し情動認知行動を解析した結果、空間-連想記憶及び音-連想記憶の有意な低下が認められ、この影響は暴露3日後でも回復しなかった。幼若期に7日間反復暴露した場合、昨年度実施のキシレンと異なり、情動認知行動の遅発影響が認められなかった。ホルムアルデヒドが母動物の被毛に吸着され幼若動物に吸入されなかった可能性があり、吸着性の高いガスの実験方法に課題が残った。ヒト気道上皮細胞株を用いるin vitro解析系において、高濃度のキシレン、ダイアジノンにおいてはIl1β遺伝子の発現増加が認められた。
結論
ホルムアルデヒド及びアセトアルデヒドのSHSレベルの極低濃度暴露により、昨年度のキシレン、パラジクロロベンゼンに続き、2時間以内にIEGを抑制する因子が海馬に作用し、その神経活動が抑制される事が示唆された。IEGの抑制機序として、先行研究において、肺或いは肝からの二次的シグナルとしてIl1bが海馬に働く可能性が高いことを報告したが、今後、検証を進める。また、SHSレベルでのホルムアルデヒド暴露により成熟マウスに学習記憶異常が誘発された。この事は、海馬に対する有害性を分子レベルで実証し、海馬での遺伝子発現変動データは上記情動認知行動の逸脱を予見することを確認したものと考える。加えて、ヒト気道上皮細胞株を用いるin vitro解析系の実用性が示され、肺を仲介した影響を含む人への外挿性の向上を計ることが可能となった。本研究の成果を通して、急増中の新規物質についての極低濃度域での中枢影響を含む有害性を見落としなく検出可能な吸入毒性評価系の構築が期待される。

公開日・更新日

公開日
2018-05-29
更新日
-

研究報告書(PDF)

収支報告書

文献番号
201524007Z