食品中遺伝毒性物質の「事実上の閾値」形成におけるDNAポリメラーゼζ(ゼータ)の関与

文献情報

文献番号
201522048A
報告書区分
総括
研究課題名
食品中遺伝毒性物質の「事実上の閾値」形成におけるDNAポリメラーゼζ(ゼータ)の関与
課題番号
H27-食品-若手-020
研究年度
平成27(2015)年度
研究代表者(所属機関)
石井 雄二(国立医薬品食品衛生研究所 病理部)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 食品の安全確保推進研究
研究開始年度
平成27(2015)年度
研究終了予定年度
平成28(2016)年度
研究費
3,750,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
遺伝毒性発がん物質はDNAを損傷することから「閾値」は存在しない.しかしながら,生体には様々な防御機構が存在することから遺伝毒性物質においても「事実上の閾値」が形成されると考えられている.DNAポリメラーゼζ(Polζ)はDNA損傷の乗り越え複製とミスマッチ末端からの伸長反応を行うことから,ミスマッチ末端が形成された細胞の細胞死か変異誘発かを決定づけるポリメラーゼと考えられ,「事実上の閾値」形成への関与も疑われる.しかしながら,化学物質が誘発する突然変異へのin vivoにおけるPolζの関与は未だ明らかになっていない.一方,能美らはPolζの2610番目のロイシンをメチオニンに置換することでPolζの活性が増大したPolζ KI gpt deltaマウスを樹立した.このマウスの17番染色体にはそれぞれ約80コピーのλEG10DNAが挿入されていることから,Polζ活性化の影響をgpt及びSpi-アッセイで評価することが可能である.そこで本研究では,Polζ KI gpt deltaマウスを用いることで食品中化学物質の突然変異誘発性及び「事実上の閾値」形成におけるPolζの関与を検討した.
研究方法
平成27年度は陽性対照としてbenzo[a]pyrene(BaP)を被験物質とした.用量設定試験では,雄性6週齢のgpt deltaマウスにBaPを0.02,0.2,2,20及び200 mg/kg体重の用量で単回腹腔内投与した.投与後31日目の肺を採取し,gpt assayに供した.本試験では雄性7週齢のPolζ KI gpt deltaマウス及びgpt deltaマウスにBaPを10,40及び160 mg/kg体重の用量で単回腹腔内投与した.投与後31日目に肺を採取し,gpt assayに供した.また,平成28年度に実施する香料estragole(ES)の評価に先立ち,その用量設定を行った.雌性6週齢のgpt deltaマウスにESを0.02,0.2,2,20及び200 mg/kg体重の用量で28日間強制経口投与した.最終投与から3日目に肝臓を採取し,gpt assayに供した.
結果と考察
gpt deltaマウスを用いた用量設定試験から,本試験で使用するBaPの低用量,中間用量及び高用量をそれぞれ40,80及び160 mg/kg体重に設定した.Polζ KI gpt deltaマウス及びgpt deltaマウスにBaPを上記の用量で投与した結果,肺におけるgpt MFsは両遺伝子型ともに40 mg/kg群で変化は認められず,80 mg/kg群で上昇傾向が,160 mg/kg群でそれぞれの対照群に比して有意な上昇が認められた.両遺伝子型を比較した結果,160 mg/kg群ではPolζKI gpt deltaマウスがgpt deltaマウス に比して3倍以上の有意な高値を示した.一方,その他の群で遺伝子型間の差は認められなかった.変異スペクトラム解析の結果,160 mg/kg群ではG:C塩基対における塩基置換と欠失変異の顕著な増加が認められ,いずれも野生型マウスに比して高値または有意な高値を示した.また,PolζKI gpt deltaマウスでは連続した2塩基または1塩基をまたいだ2塩基の特徴的なcomplex変異が高頻度に認められた.これらの変異の3’末端側又は5’末端側の塩基はグアニン又はシトシンであったことから,Polζがグアニン塩基の損傷によって生じたミスマッチ末端から伸長反応を行った際に誤った塩基を挿入したことで生じたものと考えられた.以上より,PolζがBaPによるグアニン塩基の損傷に対する乗り越え複製と形成されたミスマッチ末端からの伸長反応を行うことが明かになった.一方,gpt MFsの上昇傾向が認められた80 mg/kg群では遺伝子型間に差は認められなかったことから,本実験条件下においてPolζはBaPの「事実上の閾値」形成に寄与しない可能性が示唆された.今後、BaPのDNA付加体量の測定及びPolζを構成するサブユニットであるRev3及びRev7の遺伝子発現解析を行い,それらの結果も含めて考察する.また,ESの用量設定試験の結果,平成28年度に実施する本試験で使用する低用量,中間用量及び高用量をそれぞれ12.5,50及び200 mg/kg体重に設定した.
結論
PolζがBaPにより生じたグアニン塩基の損傷に対する乗り越え複製とミスマッチ末端からの伸長反応を行うことが明かとなり,BaPの突然変異誘発に重要なポリメラーゼであることが示された.一方,Polζは本実験条件下においてBaPの「事実上の閾値」形成へ寄与しない可能性が示唆された.

公開日・更新日

公開日
2016-08-10
更新日
-

研究報告書(PDF)

研究報告書(紙媒体)

公開日・更新日

公開日
2016-12-20
更新日
-

収支報告書

文献番号
201522048Z