HIV感染/AIDSの感染病態とその生体防御に関する研究

文献情報

文献番号
199800525A
報告書区分
総括
研究課題名
HIV感染/AIDSの感染病態とその生体防御に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
倉田 毅(国立感染症研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 岡慎一(国立国際医療センター)
  • 佐多徹太郎(国立感染症研究所)
  • 生田和良(北海道大学)
  • 石川栄治(宮崎医科大学)
  • 高橋秀実(日本医科大学)
  • 宮沢正顕(近畿大学)
  • 松下修三(熊本大学)
  • 横田恭子(国立感染症研究所)
  • 向井鐐三郎(国立感染症研究所)
  • 滝口雅文(熊本大学エイズ)
  • 小柳義夫(東京医科歯科大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 エイズ対策研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
110,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
有効なワクチンや抗HIV療法を開発するためには、HIV感染者体内でのウイルスの分布、体内
伝播の機序を明らかにし、HIVの遺伝子変異と病態進行過程を詳細に解析し、体内での細胞死、それらを
制御する生体防御機構との関係を明らかにする必要がある。また遺伝子変異を凌駕する細胞障害性T細胞
機能の活性化・増強機序を賦活・持続するワクチン、物質の開発を目指す。またエイズ治療を目的とした
遺伝子治療に関する基礎研究を行う。わが国でも最近発生したウインドウ期での輸血感染阻止は血液診断
上緊急かつ重要な課題であり、より迅速正確な診断技術開発が求められている。上記の問題を解決してい
くために人の症例での検討と同時に非人類霊長類発症系を用いて感染発症機序の解析とその制御法の開
発を行なう必要がある。これらの研究から、医療上の感染の防止、HIV感染防御、エイズ進行防止に対す
る有効な手段が提供される。
研究方法
1)感染個体での遺伝子変異と病態進行について
・前年度明らかにしたSIとNSIの間でのrecombinationによる薬剤耐性発生機序について、long-PCR
産物でrecombinationの部位の確定を行う。(岡)
・感染個体内での細胞死の機序の解明と、その促進又は抑制因子を患者末血、リンパ節で解析する。ま
た治療によりウイルス負荷の低下したキャリアから長命型持続感染ウイルスを分離し細胞死誘導能を調
べる。(生田)
・ヒトエイズ剖検材料で、エイズ病態としての重要な脳症と、非脳症型でのHIVについてウイルス性状
を比較する。(佐多、倉田)
・剖検時採取した眼球組織をウイルス病理学的に解析しHIV感染宿主におけるCMV活性化の機序を明
らかにする。(倉田、佐多)
2)感染初期のウインドウ期を短縮する超高感度迅速診断系の開発
HIV-1抗原と抗体およびRNAの超高感度迅速検出法を免疫複合体及びポリヌクレオチドハイブリッド
の固相から固相への転移の原理を応用開発し、ウインドウ期短縮を目指す。(石川)
3)6Cl-ddGはSIV感染サルで、脳内ウイルス量を一時的に低下させうるが、エイズで最も重要なエイ
ズ脳症発症モデルで、ウイルス量やウイルスの性状と脳症発症機序の相関を解析し、病理学的検討を加
えて、脳症、脳炎の制御を試みる。またその遺伝子変異を解析する。(向井、佐多)
4)HIV感染の宿主生体防御―ワクチン系を有効にするシステムの開発(横田、高橋)
・HIV gag発現ベクターをDNAワクチンとして経鼻を介して投与し、粘膜及び全身の免疫系における
抗gag液性及び細胞性免疫反応効果を検討する。(横田)
・前年度開発されたHIV V3を組み込んだインフルエンザHA遺伝子カセットをDNAワクチンとして
用い、種々の投与方法によりその細胞性免疫賦活能を個体で検討する。(高橋)  
5)HIV感染下でのHIVの細胞障害性と免疫反応及びその応答強化法に関する研究(滝口、松下、小柳、
宮沢)
・リバースイムノジェネティック法により、HIV-1 CTLエピトープを固定し、それを用いてCTLによ
るHIV-1の認識とCTLからのエスケープの機序を明らかにする。(滝口)
・HIV感染者の抗免疫機能とウィルス株の変異について解析し、免疫応答強化方法を検討する。(松下)
・臨床ウイルス分離株の標的細胞の特異性の差異と増殖様式を明らかにする。(小柳)
・感染防御に有効なCD4陽性T細胞認識エピトープワクチンのT細胞活性化とエフェクター機構誘導機
序を明らかにし、感染阻止の機序を明らかにする。(宮澤)
結果と考察
1)感染個体内での遺伝子変異と病態進行について:
HIV感染/AIDS経過中のウイルスを遺伝子変異させることなく非常に効率よく分離できるMagic5 Cl-
10を見出し、検体株取から2週間で逆転写酵素阻害剤及びプロテアーゼ阻害剤の薬剤耐性をphenotype
に検出しうる系を確立し、従来のgenotypic assayでは分からなかった耐性ウイルスの検出が可能となっ
た(岡)。
また剖検36例の脳、リンパ節、脾臓からのnestedPCR法でHIV-1 env C2V3領域を増殖し塩基配列を
見ると脳症、非脳症の脳で、脳由来クローンが他臓器由来クローン(M方が多い)と異なる集団を形成(T
型)しており脳内には隔絶したクローンの存在が示唆された(佐多)。HIV感染宿主ではCMV感染に陥
りやすく特にCMV網膜炎はエイズ末期に頻回に繰り返し、最終的に失明に至る。眼球と視神経を検索し、
網膜周辺に初発するindolent type(6例)と、後極型fulminant type(8例)が見られ、9例では視神
経に感染が進行していた。視神経のCMV感染はHIV感染宿主以外で生じることはなく、重篤な視力障害
の原因である(倉田)。
HIV-1の主標的細胞群である。T細胞群は産生するサイトカインのパターンからTh1、Th2、ThO細胞
に大別されるが、臨床分離株を見ると急性感染期のウイルスはIL-12刺激Th1細胞において増殖性が高
い分離株が多かったのに対し、無症候期及びAIDS発症期の患者より分離したウイルスはIL-4刺激Th2
細胞培養系でも増殖性の高い分離株が多いことが明かとなった。これは体内でのサイトカイン又はTh細
胞サブセットの変更がウイルスの変異を促進しうる大きな要因であることを示す(小柳)。
健常者末血T細胞のサブセット(CD4+/CD38-)が粒子吸着によりアポトーシス誘導エフェクター活性
を獲得するが、その機序について非感染性L-2粒子吸着によるT細胞の活性化を見たところ、非感染性
であっても粒子吸着を受けるとCD38陽性になったT細胞はウイルス高産生の細胞へと変化することが
明らかになり、一方CD25陽性となった活性化T細胞(CD38)はウイルス低産生で周辺非感染T細胞を
アポトーシスに導くエフェクター活性を獲得すると考えられる(生田)。
HIV-1の易変異性は、ワクチンや抗ウイルス剤の開発を阻む大きな要因である。この変異が出現する逆転
写機構において宿主topoisomeraseIは、RNAを結合させる作用によりウイルス因子と共同し、逆転写を
進めていることが判明した。この反応はATPにより調節されており変異発生の分子機構として重要であ
る(協:高橋秀宗)。
さらにヒト単球マクロファージへのHIV-1の感染増殖に関与する宿主因子をHIV-1持続感染U1細胞で
みると、ERK1/2のリン酸化を介した活性化が示唆された(協:天野)。
2)感染初期のウインドウ期を短縮する超高感度迅速診断系の開発:
高感度免疫複合体転移測定法により・19例のパネル血清で抗p17IgG、IgM抗体がHIV-1p24抗原、RNA
より早く検出された・12例のパネル血清ではp24抗原の出現はRNAと同時か、あるいはより早かった
・HIV-2gp36合成ペプチドを抗原として用いると、19例中2例がウエスタンブロッティングで、他は全
てこの方法が高感度しあった。この方法の早期実用化が期待される(石川)。
HIV-2の高感度検出測定系の開発の目的で特異的プライアーを新たに設計(LTR-GAG領域)したところ
西アフリカの血清で90%以上(ガンビア、ギニアでは100%)で検出可能であった。さらにガンビア、
象牙海岸の検体209例(血清学的に混合感染と思われる)のサンプルでPCRで72%が陽性となった(協:
石川)。
3)SIV感染発症サルモデル系での病態の研究:
SIV/MAC239株を接種したカニクイザル及びこの血清を輸血したカニクイザルがエイズ脳炎で死亡した。
この脳組織を培養し、SIVを産生する細胞株を樹立した(BM1&5)。このBM5細胞のゲノムはenv、nef
領域に突然変異が集中していたがgag、pol領域には全く変異がみられなかった(向井)。
抗エイズDNAワクチン開発を目的としSIV envをフレンドマウス白血病ウイルスに組換え、キメラウイ
ルスDNAを作成したところ、サル由来細胞(COS)で限局的に感染・複製が確認された(協:俣野)。
4)HIV感染の宿主生体防御機序―ワクチンを有効にするシステムの開発:
HIV-gagを発現するDNAを用い、gagen gunあるいは筋中で投与すると、DNAにはプライミング効果
がある、筋中はTh1型の免疫を誘導しやすい可能性があることが分かった。さらに弱毒化Salmonella
typhimuriumを抗体としてgag発現DNAを投与すると、腸管粘膜にp24IgA抗体が誘導される(横田)。
HIV特異的CD8陽性細胞障害性T細胞(CTL)をエピトープペプチドで処理すると著明にキラー活性が低
下し、Anergyに陥るが、このCTLの性状を調べると・キラー活性の抑制は一時的であり、時間の経過と
共に回復する、・キラー活性抑制時にIL-2レセプターβ鎖発現が低下しているが、活性の回復にともな
い経時的にβ鎖の発現が上昇する、・キラー活性の低下はGranzyme Bの放出による細胞障害生因子の枯
渇に起因すること等々を明らかにした(高橋秀実)。
5)HIV感染下でのHIVの細胞障害性と免疫反応及びその応答強化に関する研究:
HIVは生体内では主に少しずつ似ている集団(クワシスピーシス)として存在する。この急激な変化が病
状を進行させ、中和が困難となっている例を明らかにしたが、この中和領域のアミノ酸配列をみるとtip
配列の両側の4個所を含む5個所に変異があり、トロピズミに変化が見られ、血清抗体の反応低下が確認
された。この中和抗体からのエスケープ変異を抑制する免疫強化を可能とするのが今後の課題である(松
下)。
無症候HIV-1キャリア(AC)末梢血CD8陽性リンパ球はHIV-1抑制作用を持ち、無症候期のウイルス量
の低下に貢献すると考えられるが、HIV感染の各ステージでの患者での活性を見ると、末梢CD4陽性細
胞数が50-200/μlの発症移行期にこれはMHC-1非拘束性のCD8陽性細胞のHIV抑制能は拘束性抑制
に先行して減弱することが分かった(協:神奈木)。
CTLによるHIV-1の認識を明らかにするためにAIDS発症を遅らせる因子と考えられるHLA-B51を提
示するHIV-1 CTLエピトープをリバースイムノジェネティクス法を用いて7種類のHLA-B5101拘束性
エピトープを同定した。またHIV-1のCTLからのエピトープ機序についてみるとNef蛋白によるHLA
クラスIの細胞表面の発現が低下するとCTLによる認識も低下することが分かった(滝口)。
一方ウイルス感染細胞からウイルスの排除をきわめて有効に行なう宿主免疫反応を誘導するために、フレ
ンド白血病レトロウイルスの系を用いて調べると、単一のCD4陽性T細胞エピトープを用いて予めCD4
陽性T細胞を感作しておくと、ウイルス感染後CD8陽性T細胞を活性化し、レトロウイルス感染細胞を
排除できる。この際レトロウイルス感染に伴って誘発される免疫抑制状態も回避できる。これによりレト
ロウイルス感染防御ワクチンの備えるべき要件が明らかにされる(宮澤)。
AIDSの発症を予防する方法としてHIVとMMTVプロモーターの共道の抑制エレメントを探索したとこ
ろ、天然物であるタンニン酸に応答してプロモーター活性を抑制するACTGモチーフが存在することが
明らかになった。この系を臨床応用に持ち込み、HIV遺伝子発現をコントロールし、潜伏期間の長期延長
の効果が期待される(協:田沼)。
結論
当班の研究は、ヒト宿主レベルあるいは動物モデル(サル)での免疫不全ウイルス感染による病
態解明とその防御を目指すものである。本年度の成果からヒト体内での多様なHIV-1遺伝子の変異を性
状を変えることなくウイルス分離しうる細胞系を確立したことは、薬剤耐性機構の解明と対策にきわめて
大きな貢献をすることが確信できる。ヒトHIV脳症脳内における遺伝子変異(少ない)と末血内のそれ
(多い)との乖離は薬剤の投与方法への工夫が求められるが、脳内ウイルスの遺伝子の把握が困難なこと
から問題は消えない。その他非感染細胞の細胞死の機序と、細胞障害性とそれに対する対応等の研究が推
進された。ワクチン開発への宿主側の基礎研究は着実に進んでいるが、応用段階に入るにはまだ時間が必
要となろう。

公開日・更新日

公開日
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更新日
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