我が国におけるパルスネット構築のための緊急研究

文献情報

文献番号
199800515A
報告書区分
総括
研究課題名
我が国におけるパルスネット構築のための緊急研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
水口 康雄(千葉県衛生研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 渡辺治雄(国立感染症研究所)
  • 大月邦夫(群馬県衛生環境研究所)
  • 寺嶋淳(国立感染症研究所)
  • 山井志朗(神奈川県衛生研究所)
  • 濱端崇(国立国際医療センター研究所)
  • 伊藤喜久治(東京大学大学院)
  • 甲斐明美(東京都立衛生研究所)
  • 仲西寿男(神戸市環境保健研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
-
研究費
25,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
我が国において、感染症は減少傾向にあるものが多いが、食中毒あるいは、食品媒介感染症に関してはむしろ増加傾向にあるものが多い。この原因は流通システムの発展により多数の食品の流通が広域化したこと、外食の普及等にあると考えられる。汚染された食品が市場に出回ると、広域的に多数の患者が発生する事となる。平成10年に発生した北海道産イクラを原因とする腸管出血性大腸菌O-157のいわゆるdiffuse outbreakや平成11年になって全国的な広がりを見せ始めた「いか」を汚染食品とするSalmonella Oranienburgによる食中毒はその典型的な例である。感染源究明のための疫学マーカーとしては、従来より血清型、生物型、ファージ型などが利用されてきたが、近年、パルスフィールド型電気泳動法(PFGE)による分子疫学的な方法がより有用であるとして注目を引いている。本法により患者から分離された菌株と食品や環境から分離された菌株との関係を知ることが可能であり、また異なった地域で発生した複数の事例についてその関連性を明らかにすることができる。そこで、本研究においてはこのPFGEを用いた遺伝子解析法の標準化を図り、その結果をオンラインで情報交換する事により食中毒や食品媒介感染症に対する予防対策とする、いわゆるPulse Netの構築の可能性を追求することを目的とする。
研究方法
食中毒並びに食品媒介感染症の原因微生物のうち、腸管出血性大腸菌および赤痢菌(寺嶋分担研究者)、腸炎ビブリオ(山井分担研究者)、コレラ菌(濱端分担研究者)、カンピロバクター(伊藤分担研究者)、毒素原性大腸菌(甲斐分担研究者)、サルモネラ(仲西分担研究者)、の以上に加えて、近年いくつかの集団発生事例で問題になってきたA群レンサ球菌(水口主任研究者)を選び、それぞれの菌種においてPFGEを行う際の制限酵素の種類、泳動条件等を検討し、最適な条件の決定、検査法の標準化を試みた。また得られた制限酵素切断パターンが実際に菌の型別に使用可能か否かについて検討を加えた。渡辺分担研究者は、すでに米国で実施されている Pulse Netについての実態の調査ならびに評価を担当し、本システムを我が国に導入するための条件について、またすでに我が国においても存在しているFood NetやWISH Net等との連携についても評価を行った。大月分担研究者は同一の腸管出血性大腸菌株を用いて感染研、愛知衛研、大阪府公衛研、及び福岡県保環研の4研究所にPFGE解析を依頼し、制限酵素の種類、泳動条件、あるいは泳動装置の差などが泳動パターンにどの程度の影響をもたらすかについて比較検討を行った。また併せて地研におけるパルスフィールド電気泳動装置の整備状況を調査した。
結果と考察
寺嶋分担研究者はBio-Rad社のイメージ解析ソフトを使用し、1998年に我が国で分離された腸管出血性大腸菌O157:H7約500株について解析した結果、北海道産イクラによるdiffuse outbreakに関連する事例からの菌が1つのグループを形成する事を示した。しかしその場合においても画像データとして入力する際には相当な補正を必要としたことから、精度管理が重要であることを明らかにした。また、PFGEの比較のみでは情報として不十分であり、ネットの構築には疫学情報を含めたデータの交換ができるシステムにする必要がある事を強調している。一方、腸炎ビブリオについては、山井分担研究者によると、PFGEにより菌株間の比較は可能であるが、異なる制限酵素を用いると異な
る結果が得られる場合があることが見いだされ、また多数の血清型があることから、血清型とPFGEの関連性を知るためには、今後のデータの集積が必要であると結論づけている。コレラ菌については、PFGEによる分子疫学的手法は極めて有効である事が明らかにされた(濱端分担研究者)。すなわち、コレラ菌では泳動パターンはクリアーであり、インドその他の地方で分離されたO1コレラ菌、O139コレラ菌について比較検討を行ったところ、O139流行以前のO1コレラ菌と以後のO1コレラ菌とでは泳動パターンが異なること、また各地で分離されたO139コレラ菌は同一のパターンを示すこと等で、ネット構築の際の対象微生物として適当であることを明らかにした。 カンピロバクターについてはPFGEが適用できない場合がある事が報告されており、伊藤分担研究者により検討が行われる予定である。毒素原性大腸菌については甲斐分担研究者により解析が行われたが、この場合も多数の血清型が存在するため、近年急増しているO169:H41を代表とし、主として制限酵素の種類を変えて検討を行った。その結果、いくつかの制限酵素が有用であることが明らかになったが、この結果が他の血清型にも応用可能であるか否かについては更なる検討が必要と考えられる。サルモネラは2,000に及ぶ血清型を有するため、血清型やファージ型などの既存の型別方法とPFGEのパターンとの関係を明らかにするには、膨大なデータの蓄積を必要とすることが考えられる。仲西分担研究者はそこで対象を主としてSalmonella Enteritidisに絞り、集団食中毒の事例よりの分離株、鶏卵由来分離株等について、解析を行い、標準化を図れば疫学的な追求に応用可能であることを示した。またS.E以外の血清型、特に最近全国的な食中毒発生で問題となっているS.Oranienburg等についても解析を実施中である。A群レンサ球菌に関しては水口主任研究者のグループにより食中毒様の発症形態をとった菌株について解析が行われ、患者、従業員および食品由来株の解析が行われた。その結果、ある酵素による切断では全ての菌株が同一パターンを示したが、異なる酵素では2種類のパターンに分類されることが判明した。A群レンサ球菌にはやはり多数の抗原型が存在するため、更なる検討が必要であると結論づけている。
Pulse Net全体の評価は渡辺分担研究者によって行われた。その利点としては、菌株間の比較が短時間で容易に行えることがあげられるが、データの精度管理に問題点があること、疫学的な情報が必要不可欠であることなどから、Food Netで関知した異常発生についてPulse Netで迅速に比較検討するという目的に使用する事が妥当であろうと結論づけている。大月分担研究者はPFGEタイプのIからVIIに型別された3組、計14株の腸管出血性大腸菌O157(感染研より分与の)を愛知県、大阪府および福岡県の3地研に配布し、それぞれの研究所においてPFGEによる解析を行った結果について比較をした。独自のDNA調製方法、異なった泳動装置を用いても、これらの地研で行った結果は、感染研のそれと基本的に一致し、Pulse Netの導入が可能であると結論づけている。また同時に行われた全国の地研におけるパルスフィールド型電気泳動装置の整備率の調査の結果、都道府県の地研においては100%、指定都市の地研では83%、その他の政令市・特別区では36%であり、合計すると73地研中62地研85%の所有率である事が判明し、全国的な規模でのNet構築が可能である事を示した。
結論
各分担研究者における検討の結果、菌種によりNet構築がすぐにも可能なもの、腸炎ビブリオ、サルモネラ、カンピロバクター、A群レンサ球菌等のようにPFGEが疫学マーカーとして有用か否か、更なる基礎的データを必要とするものがあり、多様であることが判明した。一方可能な場合でも、PFGE解析はあくまで疫学情報を補完するものであり、ネットの構築はFood Netとの連携あるいは疫学情報を含めた情報交換が可能なものにすべきであると結論づけられた。一方、アンケート調査の結果は85%の地研が泳動装置を有するため、PFGEの標準化によりネットの全国的な展開が可能であることを示した。

公開日・更新日

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