エキノコックス症発生動向把握のための緊急研究

文献情報

文献番号
199800512A
報告書区分
総括
研究課題名
エキノコックス症発生動向把握のための緊急研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
櫻田 守美(青森県環境保健センター)
研究分担者(所属機関)
  • 神谷晴夫(弘前大学)
  • 土井陸雄(横浜市立大学)
  • 竹内重正(十和田食肉衛生検査所)
  • 湊美代治(田舎館食肉衛生検査所)
  • 大友良光(青森県環境保健センター)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
-
研究費
5,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
青森県からは、現在までに21例のエキノコックス(多包虫)症患者の報告があり、北海道以外の地域では、最多の患者数が報告されている。しかも、そのうちの9例は県内での感染(原発例)が推測され、青森県への多包条虫の伝播が強く危惧されている。本州への多包条虫の侵入経路として、青函トンネル開通後のトンネルを介するキタキツネの移動の可能性や、北海道から搬出される牧草が虫卵に汚染されていたり、それに感染ネズミが紛れこむ可能性等が示唆されてきたが、今迄のところ、本州において家畜及び野生動物からの多包(条)虫が検出された事はない。しかしながら、北海道における多包虫症の激しい流行状況を考慮すれば、時空的に最も伝播の可能性が高いのは青森県である事は推測に難くない。このような可能性の高い流行伝播の拡大に対して、青森県内で本症の疫学調査を実施し、それを基に恒常的な監視体制を構築して、エキノコックス症の予防に事前に対応可能な作業モデル・プログラムを検討する。
研究方法
青森県において、エキノコックスの生活環に係わるキツネ、タヌキなどの野生終宿主動物と、中間宿主動物の生息状況並びに、感染疫学調査の指標として重要なブタの生産状況等に関して調査し、その定常的入手方法を検討する。そのための基礎データーとして、県内の野生終宿主、中間宿主動物を採取し感染状況を調べる。更に、ブタでの感染を、病理学的検索と血清学的な検査を連関させ、感染動向を把握するパラメーターとしての有用性を明らかにする。また、青森県の多包虫症患者に疫学的解析を加え、県内での流行状況の特色を明らかにし、過去並びに今後の流行に関する考察を行う。以上の検討結果を基に、青森県における、エキノコックスの発生動向を把握し、行政と大学等の研究機関との協力体制を検討し、本症の発生に対する事前対応型の監視体制を構築する。
結果と考察
1.青森県における野生動物の生息状況と感染調査
(1)終宿主動物:青森県ではエキノコックスの終宿主として重要なキツネ(Vulpes vulpes)、タヌキ(Nyctereutes procyonoides)が狩猟期間に多く狩猟される。また、ノイヌ(Canis familiaris)は有害駆除対象動物であり、これも終宿主動物として今後、充分に関心を払う必要があろう。今迄のところ、キツネ 2、タヌキ 13、テン 36、 イタチ 2の計53頭を調べたが、感染は認められなかった。
(2)中間宿主動物:青森県でのエキノコックスの重要な中間宿主としては、ホンドハタネズミ(Microtus montebelli)、トウホクヤチネズミ(Eothenomys andersoni)が生息する。また、ホンドアカネズミ(Apodemus speciosus)、ホンドヒメネズミ(A. argenteus)、ヒミズ(Urotrichus talpoides)が生息する。今回の調査では、1994年、1995年並びに今年度採取した動物からは、エキノコックスの感染は検出されなかった。
2.家畜の疫学調査
(1)ブタでの疫学調査:青森県においては、年間83万頭余りのブタがと殺・検査されている。今回の調査では、延べ45市町村から採取された感染が疑われたブタの病理組織並びに血清検査によっても、エキノコックスの感染を特定出来なかった。特に、エキノコックス症の調査法としてのブタでの血清診断の可能性を調べたが、その技法の確立には今後の検討が必要であった。しかしながら、年間利用頭数の多さと、県内から広く検体を収集する事が可能な事から、調査の恒常的継続が望まれる。
(2)イヌ・ネコでの疫学調査:青森県においては、前述したノイヌやノラネコがかなりの頭数捕獲されている。終宿主動物としての検査対象とし考慮する必要がある。ネコは都市部に本症の流行が波及した場合の事を考えて、関心を払っておかなければならない。同様に、青森県では都市部とそれ以外の地域との区別がさほど明瞭でない事を考えれば、必要に応じて捕獲犬での調査も開始する必要があろう。
3.患者発生動向
青森県では北海道に次いで多数の多包虫症患者の発生が報告されている。それらの患者は、感染したと推測される地域によって、①原発?群、②北海道群、③海外群、④不明群に分類出来た。各群の患者性比を比較すると、原発?群では、他の群により低く、青森県の農業経営の基礎などを加味すると、この群は居住地であった青森県内で本症に感染した可能性が高くその点を考慮して、今後の実態調査・対策に取り組むべきである事が示唆された。
4.エキノコックス症監視体制の構築-行政と大学等研究機関の役割
本症の流行監視体制の基本としては、前述のような疫学調査を継続して実施する事が必須である。その体制を維持するためには、行政と大学等研究機関の緊密な連携が必要である。青森県においては、青森県環境保健センターを事務局とし、青森県、弘前大学、外部関連大学等で組織するのが適当である。それぞれの単位組織とは次のような連携、業務分担が考えられた。
(1)行政機関の役割 :① 食肉検査所及び青森県環境保健センターでエキノコックスの浸潤監視並びに患者発生を想定した「エキノコックス感染症対策マニュアル」を作成する。 ② 野生動物の捕獲及びその円滑な入手体制を恒常的なものにする。 ③ 食肉検査所におけるブタでの病理学的検査並びに血清採集をルーチン化する。④ 環境保健センターの予測事業である日本脳炎抗体調査に供されるブタ血清で、今後、継続的にエキノコックス抗体検査を実施する。
(2)大学の役割:① エキノコックスに関する調査・研究並びに専門的知識普及の中核として機能する事が望ましい。② エキノコックスを取り扱う際の危険性を考慮し、野生動物の感染疫学調査等での血清学的及び解剖学的な確定的検査を行う。③ ブタでの血清疫学的技法の改良を行う。
(3)その他外部研究機関との連携: 流行地の関連行政機関等との情報交換を密にし、随時共同作業の実施を図る。
以上のような監視体制の構築によって、エキノコックスの青森県への伝播を押さえ、不幸にも流行が確認された場合であっても、その流行を最小限に止め得るものと考えている。更に、早急にこの様な監視体制プログラムを基に、本県における「エキノコックス症対策協議会」が設立され、その機関が中心となって、地域住民に対して本症に関する適切な衛生教育を実施し、流行に対して社会的混乱を招かないように対策を講ずる事が望まれる。
結論
北海道で激しく流行しているエキノコックス症が、本州で最多の患者発生がある青森県に伝播する可能性を検討した。現在までの野生動物並びに家畜での疫学調査では、感染を特定出来なかった。しかし、今後、その可能性が高い伝播・流行を押さえるための、行政並びに大学等研究機関との緊密な連携を検討し、それを基に効果的監視体制の作業プログラムを構築した。

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