わが国の重症心身障害児施設におけるアメーバ感染の実態調査

文献情報

文献番号
199800511A
報告書区分
総括
研究課題名
わが国の重症心身障害児施設におけるアメーバ感染の実態調査
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
竹内 勤(慶応義塾大学医学部)
研究分担者(所属機関)
  • 橘 裕司(東海大学医学部)
  • 野崎智義(慶応義塾大学医学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
5,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
わが国においてアメーバ感染は1970年代後半~1980年代にかけて明瞭な増加傾向を示した。その理由としては、①男性同性愛者間の性行為による感染;②輸入感染;③各種収容施設における集団感染、が主なものとして挙げられるが、重症心身障害児や知的障害者の収容施設における集団感染は入所者の行動の特殊性などのため実態の調査は極めて困難となっている。また病原性のあるEntamoeba histolyticaと非病原性のE. disparとは別種である事が確定し、臨床的な取り扱いも異なる事となったため、疫学調査でも両種の同定も要求されるに至っている。他方、各種収容施設、特に重症心身障害児あるいは知的障害者の施設におけるアメーバ感染の頻度は最近上昇している事を示唆するデータが得られつつあり、衛生・福祉行政面から考え、早急な対策の実施が求められている。本研究では以上のようなアメーバ感染の状況に基づき、①わが国における重症心身障害児、知的障害者収容施設におけるアメーバ感染の実態を糞便検査、各種免疫診断法によって明らかにする事、②E. histolytica、E. disparのどちらが関与しているかを調査する事、③以上を通して収容施設における疫学調査の体系化を計り、衛生・福祉行政にフィードバックさせて、対策指針をたてる資料とする事、を目的とする。
研究方法
まず調査対象として各地の心身障害児または、知的障害者の収容施設のうち、感染が活動的であり、最も緊急性が高いと思われた西日本地区の知的障害者収容施設を対象として実態把握、調査手法の確立の検討を行なった。
調査内容はまず施設の建築学的な様態の調査、内部の収容状況の調査など、およびこれまでの経過の再確認を施設の嘱託医を交えて行い、ついで収容施設の職員を対象として赤痢アメーバおよびその感染症の特徴、診断、治療などに関して説明会を行なった。その後で入所者、施設の職員から採血を行い、血清を分離して、慶大医学部にて免疫診断を行なった。実施した免疫反応はゲル内沈降反応(GDP)、酵素抗体法(ELISA)、及びサンドイッチELISAである。ELISAは以前の我々の研究に基づいてPHEX(フェノール抽出抗原)、CRAR(可溶性分画の蛋白抗原、またはアメーバの粗抽出液を使用する)の2種類の抗原を使用して行なった。サンドイッチELISAではやはり我々のグループが開発したモノクローナル抗体を使用して糞便中の抗原を定量することによってE. histolytica/E. dispar感染の同定を試みた。合わせて糞便検査を川崎医大の研究協力者のもとで直接塗抹法、フォルマリン・エーテル法の両法を使用して行った。
更に以上の検索の結果を評価し、必要であれば分離株のアイソザイム分析、糞便中の嚢子を対象とした遺伝子解析まで実施し、最終的に嘱託医に協力して治療を行なうと云うスケジュールをたてた。
結果と考察
この施設の規模は中程度で、入所者は成人男性25名、女性26名、職員数は26名であった。今回の一連の調査では検査前に職員に対して説明会を開催したが、職員に現状認識、およびアメーバ、アメーバ感染症と防圧に関する知識を与えることができ、協力体制を作るのに有効であった。調査では施設のこれまでの経過の聞き取を行なったが、これまでに4名のE. histolyticaによる発症を疑わせる入所者が見いだされており、この中には死亡した症例も含まれている。このうちの2例は以前我々の教室に免疫診断の依頼があり、帰京後記録を調査した結果陽性と判定されている事が明らかになった。また1998年に施設の判断で外注して行なった間接赤血球凝集反応でも7名が陽性とは判定されており、本施設における赤痢アメーバ感染はかなり長期にわたって起こってきていると推測された。
検査ではまず糞便検査を職員を含み全員に施行し、5名からE. histolytica/E. disparの嚢子を見いだした。しかしこの5名は何れも明瞭な臨床症状を有せず、E. histolyticaの感染によるものとは断定できなかった。免疫学的診断としては、まずELISAでは採血できた74名中15名が陽性と判定され、13名がキャリアまたは急性期の発症前のパターン、6名が治癒後のパターンと判断された。一方同一の血清に対して行なわれたGDPでは1名が明瞭な陽性、5例が弱陽性と判定された。GDP陽性と判定された6例は何れも粗抗原を使用したELISA(CRAR-ELISA)でOD1.0以上と強い陽性を示しており、また一部に行なった間接蛍光抗体法(IFA)でもx256以上と明らかな陽性であった。やはり一部に実施した間接赤血球凝集反応(IHA)でもこれらの6名はx80~x2,560と陽性であった。サンドイッチELISAは現在施行中であるが、GDPの結果はこれまでの研究でほぼE. histolyticaのinvasiveな感染に対応すると思われているので、以上の免疫診断の結果は本施設では活動的なE. histolytica感染が採血した1999年3月の時点で起こっていると判断して差し支えない事を示している。またGDPとIHAの両者が陽性であった者ではIHAの抗体価が高かった4名は感染が慢性期に移行していることを示唆している。更に上記の所見を確認すべく、これらの6名のうち2名から分離したアメーバ株をSargeauntの方法でhexokinase、phosphoglucomutaseなどのアイソザイムパターンを調べた結果、2株ともE. histolyticaであることが明らかになった。この6名のバックグラウンドを対応させた結果、1名が本施設の入所者ではなく職員であることが明らかになった。この職員はIFAはx256以上と強い陽性であったが、IHAはx160と比較的低い抗体価で、恐らく感染がかなり最近起こったのではないかと思われた。事実1年前ほどの血清も保存されていたので、同様にGDPにて検索したが沈降線は検出できなかった。
これまでわが国でも重症心身障害児あるいは知的障害者収容施設でのアメーバの集団感染と思われる事例が神奈川、大阪などで報告されているが、糞便検査陽性者が職員に見いだされた事はあるが、血清学的に明瞭な陽性者が検出されたことはない。今後早急に家族を含め対応が必要で、当研究班の仕事の一環として施設の嘱託医と連携のうえ対処したい。
結論
西日本地区のある知的障害者の収容施設にてアメーバ感染の実態調査と調査方法、その後の対処方針の確立に関して検討を行なった。ELISAでは入所者の70%前後が感染の既往があるか、現に感染が疑われるとの結果となった。また注目すべきは職員に明瞭な血清反応陽性者が見いだされたことで、今後の早急な対応の必要が認識された。調査方法としては糞便検査、免疫学的検査の併用で、必要があれば生化学的検査、遺伝子検査を併用することで一応対応できるものと思われた。また職員への衛生教育の必要性が認められた。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-

研究報告書(紙媒体)