東アジア地域で流行している小児の急性死を伴う手足口病のウイルス学的研究

文献情報

文献番号
199800505A
報告書区分
総括
研究課題名
東アジア地域で流行している小児の急性死を伴う手足口病のウイルス学的研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
萩原 昭夫(国立感染症研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 清水博之(国立感染症研究所)
  • 網 康至(国立感染症研究所)
  • 岩崎琢也(国立感染症研究所)
  • 奥野良信(大阪府公衆衛生研究所)
  • 大瀬戸光明(愛媛県立衛生環境研究所)
  • 牛島廣治(東京大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
-
研究費
10,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
エンテロウイルス71(EV71) は、手足口病の主要な原因ウイルスであるが、非ポリ
オエンテロウイルスの中では、中枢神経症状を起こしやすいウイルスとして知られて
いる。マレーシアでは1997年6月、台湾では1998年6月を中心に、EV71感染による大規
模な手足口病流行と平行して、それぞれ30名および50名以上の小児の急性死症例が報
告された。マレーシア・台湾における急性死症例は、臨床経過および死亡例の剖検材
料の一部からEV71が分離されていることから、EV71感染による急性中枢神経疾患によ
るものである可能性が強い。
一方、日本では規模の大小はあるものの手足口病の流行は毎年夏期に認められてお
り、EV71は、コクサッキーA16、コクサッキーA10とともに数年ごとに流行を繰り返し
ている。今のところ日本では、マレーシアおよび台湾で起きたような重篤な症例の集
中的な流行はないが、少数ではあるがEV71の関与が疑われる小児の中枢神経疾患が認
められており、死亡例も報告されている。そのため、将来的な手足口病重症例の流行
の可能性を念頭におき、EV71感染症の実態を把握し中枢神経症状発現のメカニズムを
解明することは、きわめて重要であると考えられる。
これまで、EV71感染症についての研究は世界的にもあまり進められておらず、特に
病原性に関する情報は限られたものである。本研究班では、日本を含めた東アジア地
域で現在流行しているEV71感染症の実態を把握することを第一の研究目的とする。同
地域において近年伝播しているEV71を手足口病患者あるいは重症例から分離し、ウイ
ルス学的・分子疫学的および血清疫学的解析を行なう。EV71感染症診断に必要な検査
方法についても検討する。さらに、EV71感染による中枢神経症状発現のメカニズムを
明らかにするため、動物実験モデルを用い、EV71の中枢神経病原性を病理学的および
ウイルス学的に検討する。今後、日本あるいは東アジア地域にEV71による手足口病重
症例の流行が再度おきた場合、本研究により得られた研究成果が有用な情報を提供す
るものと考えられる。
研究方法
1.近年東アジア地域で流行したEV71について分子疫学的比較を行なった。マレーシア・
台湾の重症例を含む手足口病患者から分離したEV71の部分的な塩基配列を解析し、分
子系統樹を作製し分子疫学的解析を行なった。患者の重症度と遺伝子型に関連性があ
るか疫学的に検討した。
2.日本で流行しているEV71についての分子疫学的解析を行なった。おもに1995年以降、
日本各地で分離されたウイルスを中心に比較した。日本・マレーシア・台湾のEV71の
関連を調べ、世界各地で以前流行したEV71についても、併せて比較解析を行なった。
3.1997年に大阪で流行した手足口病について、死亡例を含む重症例の臨床症状について
解析した。また、近年近畿地区で手足口病症例から分離されているエンテロウイルス
についての解析を行い、血清疫学的調査を行なった。
4.日本における手足口病の流行とEV71伝播の傾向を明らかにするため、愛媛県を中心と
して1973年以降継続して行なってきた手足口病流行調査についてまとめた。EV71流行
のサイクルについての血清疫学的データを得るため、EV71中和抗体保有状況について
の調査を行なった。
5.EV71の病原性、特に神経毒性を検討するため、カニクイザル感染実験の条件検討を行
なった。遺伝子型の異なるEV71分離株をカニクイザル脊髄内に接種し、麻痺・運動失
調等症状の発現を経時的に観察した。中枢神経組織の組織標本を作製し、病理学的な
比較解析を行なうと同時に組織中のウイルス量を測定した。
6.EV71同定に必要な抗EV71中和抗体を作製し評価を行なった。また、病理組織中のEV71
抗原の特異的免疫染色に適したEV71抗体を作製し有用性を評価した。
結果と考察
1.近年東アジア地域で分離されたEV71について分子疫学的比較解析を行なった結果、マ
レーシア、台湾、日本では大きく分けて2種類の遺伝子型(A-2型およびB型)のEV71が
伝播していることが明らかになった。マレーシアからはA-2型、台湾からはB型が多く
分離された。EV71標準株であるBrCr株、1985年以前に世界各地で分離されたEV71株、
近年の東アジアのEV71流行株は、分子系統樹上でそれぞれ異なるグループを形成した
。マレーシアの死亡例由来のEV71はすべてA-2型、台湾の死亡例からはB型が分離され
ており、EV71の遺伝子型と手足口病の重篤化に直接的関連は認められなかった。
2.近年日本で分離されたEV71の分子系統解析によると、マレーシアで多く分離されたA-
2型および台湾で多く分離されたB型に類似した塩基配列を持つ異なる2種類のEV71が
同時に伝播していることが明らかとなった。同じ時期、同じ地域に異なる2種類の遺
伝子型のEV71が流行していることが示された。
3.1997年に大阪で流行した手足口病流行時に3例の急性死症例が報告され、臨床経過は
マレーシア・台湾の急性死症例との類似が認められた。3例のうち1例からEV71が分離
され(C7/Osaka株)遺伝子型はA-2型であった。
4.愛媛県における手足口病の定点追跡調査により、3~5年ごとにEV71が流行していたこ
とが示された。1973年の手足口病流行時には比較的高い割合で中枢神経合併症状が報
告されているが、その後の手足口病流行では、中枢神経合併症状は低い割合で推移し
ている。血清疫学的調査から、中和抗体を保有しない小児の増加がEV71による手足口
病の流行を規定していることが示唆された。
5.EV71の神経毒性をカニクイザル感染モデルで比較した。遺伝子型の異なるEV71分離株
をカニクイザル腰髄内に接種し症状の発現を経時的に観察した。接種ウイルス株によ
り、接種後比較的早い時期(4~6日目)に麻痺を伴う重篤な神経症状を呈した群と、接
種後7日目以降に振戦・運動失調等の中枢神経症状を示した群に分けることが出来た
。剖検によると、多くの個体で神経病理学的変化が認められたが、早期に強い中枢神
経症状を呈した群においては、脳幹部を中心にEV71特異的ウイルス抗原が検出され、
組織からのウイルス分離も可能であった。
6.精製EV71ウイルスを抗原としてウサギに免疫を行い、高力価の抗EV71中和抗体を作製
した。精製EV71ウイルスをSDS処理した抗原を免疫することにより抗血清を作製し、
免疫組織染色における有用性を確認した。
結論
東アジア地域で最近(1997~1998年)流行した小児の急性死を伴うEV71感染症につい
て、ウイルス学的、分子疫学的、血清疫学的および病理学的研究を行なった。分子系
統解析により、東アジア地域(マレーシア、台湾、日本)で伝播しているEV71は、大き
く2種類の遺伝子型に分けられることが明らかになったが、手足口病の重篤化とEV71
の遺伝子型との間に明らかな関連性は認められなかった。日本における過去および最
近の手足口病流行について解析し、EV71感染症の流行は周期的に起きているものの、
重篤な中枢疾患の発生は、今のところ稀であることを確認した。カニクイザル感染モ
デルによりEV71の神経毒性を評価する系を用いて、EV71分離株の病原性について、神
経病理学的に比較検討した。今後のEV71感染症診断に必要な検査法の開発および抗体
作製を行なった。
本研究において、東アジア地域のEV71感染症の実態についての基礎的データが得ら
れた。さらに、今後、EV71による中枢神経症状発現および手足口病重症例流行のメカ
ニズムを解析していく上で必要な実験系の開発を行うことが出来た。

公開日・更新日

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