輸入動物及び媒介動物由来人獣共通感染症の防疫対策に関する総合的研究       

文献情報

文献番号
199800497A
報告書区分
総括
研究課題名
輸入動物及び媒介動物由来人獣共通感染症の防疫対策に関する総合的研究       
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
吉川 泰弘(東京大学)
研究分担者(所属機関)
  • 内田幸憲(神戸検疫所)
  • 鈴木大輔(成田空港検疫所)
  • 神山恒夫(国立感染研)
  • 小竹久平(関西空港検疫所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
15,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
世界的に新興再興感染症の流行が増加する傾向にあり、各国ともその防疫体制の確立に努力している。これらの感染症の多くは動物からヒトに感染する人獣共通感染症(zoonosis)である。わが国でも平成10年に感染症新法が告示され、サル類のマールブルグ病、エボラ出血熱及び狂犬病防疫対象動物としてイヌの他にネコ、キツネ、アライグマ、スカンクが指定され、輸入動物検疫が義務づけられた。しかし、これまで我が国にもゲッ歯類に由来する腎症候性出血熱(韓国出血熱、HFRS)やラッサ熱のようなウイルス性出血熱の侵入があり、またBウイルス、細菌性赤痢、アメーバ赤痢などヒトに感染する病原体を保有するサル類が輸入されている。さらにペットブームの影響で、いわゆるエキゾチックアニマルが無検疫で大量に輸入されている現状がある。
世界的にはペット動物の輸入を禁止したり、輸入野生動物の検疫や予防接種の義務付けを行っている国がほとんどである。また侵入・媒介動物に対する規制も実施している。我が国でも輸入野生動物や媒介動物に関する実地調査による科学的データに基づいた危険度評価と適切な対応が感染症新法施行後も重要な課題として残っている。これまで我が国では医学部や獣医学部で人獣共通感染症を対象とする教育、研究が十分なされて来なかったため、この分野の感染症に関する研究ネットワークや情報が全く欠落している。本研究班では、輸入動物や侵入動物由来の人獣共通感染症について基盤研究を行うとともに、将来の行政対応を考慮した実地調査研究を行い、人獣共通感染症予防のためのネットワークとシステムの確立のための提案を行うことを目的としている。
研究方法
エキゾチックアニマルを含む輸入動物及び侵入動物、媒介動物に由来する人獣共通感染症に対する防疫対策を確立するための現状調査、情報ネットワークの確立及び重要な人獣共通感染症に対する簡便な診断方法を開発するための基盤研究を行うため以下のグループで研究を進めている。また国内ネットワークの他に、主要なサル類の輸出国であるフィリピンの熱帯医学研究所に海外委託研究を依頼し、当研究班と共同でエボラウイルスレストン株に関する現地調査研究も行っている。
1)政策のための調査研究:政策的研究の基盤調査を行うため東レリサーチセンターに委託して、これまで主要な人獣共通感染症に関する国内の文献やデータ収集を行ってきた。本年度は特に国内のエキゾチックアニマル診療の実態を明らかにするため、日本小動物獣医師会人獣共通感染症委員会と共同で全国調査を行った。
また成田空港、関西空港の検疫所を中心に、国内では初めてシステマティックに輸入動物種や動物数の実態調査を行った。
2)輸入動物、侵入動物感染実態調査:輸入動物及び侵入、媒介動物の人獣共通感染症に関連する病原体汚染状況を把握するため、動物の抗体調査や病原微生物の分離・同定をおこなっている。侵入動物としてのげっ歯類を中心にペスト、HFRS,LCMについて調査をすすめている。また検疫所職員やアニマルケアにたずさわるヒト、輸入動物等と接触する機会の多いヒトについて、人獣共通感染症との関連について抗体の保有状況など実態調査を始めた。
3)簡易診断法の開発:人獣共通感染症の病原体について、遺伝子組換え技術等先端技術を駆使して我が国で迅速かつ安全に診断出来る手技を確立し技術移転を行うことを目的に研究を進めた。今年度はフィリピンでエボラウイルスレストン株のPCRによる遺伝子の検出と新世界ザルでのトキソプラズマ原虫のPCRによる遺伝子検出等を試みた。
結果と考察
1)調査研究:主要な人獣共通感染症の国内における学会誌、研究機関年報、病院や大学紀要、一般科学誌などでの報告件数に関する調査ではヒット数が多かったものとして結核,マラリア,紅斑熱,つつが虫病,日本脳炎,サルモネラ,トキソプラズマ,パスツレラなどがあった。今年度約5千人の小動物獣医師を対象にエキゾチックアニマルの診療について行ったアンケート調査(回答約2700人)では、エキゾチックアニマルの診療を行っているか、という質問に対しては全国、東京とも90%がYesという回答であった。またペット動物全体に占めるエキゾチックアニマルの診療件数の割合は60~70%の病院が一割以下、他方2割以上を占めるという病院は全国で5%、東京では9%であった。エキゾチックアニマルの診療数の増減を尋ねた結果では増加が75%を占めた。診療経験のある動物で上位はげっ歯類ではモルモット、ハムスター、リスなど、他にウサギ、食肉類ではフェレット、アライグマ、サル類はリスザル、鳥類は小鳥、ハト、インコ、オウム、爬虫類はカメ、イグアナなどであった。全国と東京はどの質問に関してもほぼ同じ傾向であり、大都市と地方都市での差は全く見られなかった。このことは全国的規模でエキゾチックアニマルのペット動物化が定着していることを示唆している。
成田空港の輸入動物調査では、本格調査を開始した4月から12月で得られた回答による動物輸入頭数は約55万頭で、内訳はげっ歯類が22万、鳥類が9万、爬虫類が23万、哺乳類が4500、サル類は887であった。回答率が約1/2であり、実際にはこの倍以上の動物が輸入されていると思われる。一方関西空港で89年5月から99年1月に得られた調査では魚類が主体で280万、鳥類が243、爬虫類、両生類が4万、げっ歯類が4000、サル類が146等であった。年間の推定輸入動物数としはこの数の約30倍である9千万頭(魚類を除くと100万頭)が輸入されると考えられる。
2)侵入動物調査と輸入動物などに関する人獣共通感染症の汚染状況:媒介動物侵入調査では一部の航空機内に蚊、ハエ、ゴキブリ等が生息していること、また空港、港湾の輸入コンテナ内(約20%)にも何らかの昆虫類が生息していることが明らかになった。昨年度の調査で広く日本の港湾地区の野鼠がHFRSウイルス抗体を持っていることが明らかにされた、今年度はHFRSウイルスの高度汚染地区で勤務した経験のある検疫所職員に関して、間接蛍光抗体法で抗ウイルス抗体の調査行った。健康調査を含めて腎症候性出血熱への感染は証明されなかった。
3)簡易診断法開発と海外委託研究:フィリピンにおける野生サル類の捕獲許可と捕獲、国内輸送、繁殖に関するシステムを明らかにした。環境省の許可を受けた繁殖施設は第9区画に属するミンダナオ島のトラップサイトに野生サルの集荷を依頼し(約千頭/年)、捕獲されたサル類はホールディングサイトで一定期間飼育と健康管理をされた上でマニラの繁殖施設に移される。
1996年フィリピンのサル繁殖施設で起こったエボラウイルスレストン株のアウトブレイクに関する疫学解析を行った。その結果各施設の地理的分布や動物のケア方式が流行の拡大に強い影響を及ぼしたことが示唆された。またほとんど全ての感染動物は発症し、抗原陽性となるが抗体陽性個体は非常にまれであった。本年度はウイルスゲノムの検出を目的として、RT-PCR法を用いてエボラウイルス・レストン株(1996年繁殖施設の流行株)の3つの遺伝子(NP, GP, Pol)の検出を試みた。RTーPCRの技術は国立感染症研究所ウイルス1部外来性ウイルス室の森川室長のもとにRITMから研究者を派遣し、技術移転を受けた。96年の流行時に採取した肝臓材料を用いてPCRを行った所、NP, GP, Polの3遺伝子に関してウイルス遺伝子の検出が可能であった。どの臓器で最も効率よく検出されるか、どのステージで検出可能かについては、さらに詳しい解析が必要である。
結論
制度上の理由で明らかに出来なかった輸入動物の実態調査をシステマティック行うことが可能になった。魚類を除き年間300万頭前後の輸入動物が人獣共通感染症保有動物の対象として考えられる。また全国的にエキゾチックアニマルのペット動物化が進行していることが明らかになった。今後さらに侵入動物の病原体汚染状況、ハイリスクの職業についているヒトなどを対象に抗体調査を進め、有効な防疫対策の立案を行う必要がある。海外委託共同研究ではフィリピンにおける野生サルの捕獲、輸送、繁殖システムが明らかになり、またレストン株の一部の遺伝子検出が可能になり、簡易確定診断開発への基盤が確立されつつある。

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