LMX1B関連腎症の実態調査および診断基準の確立

文献情報

文献番号
201510012A
報告書区分
総括
研究課題名
LMX1B関連腎症の実態調査および診断基準の確立
課題番号
H26-難治等(難)-一般-015
研究年度
平成27(2015)年度
研究代表者(所属機関)
張田 豊(東京大学 医学部附属病院)
研究分担者(所属機関)
  • 北中 幸子(東京大学 医学部附属病院 )
  • 磯島 豪(東京大学 医学部附属病院 )
  • 服部 元史(東京女子医科大学 腎臓小児科 )
  • 芦田 明(大阪医科大学 小児科 )
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 疾病・障害対策研究分野 難治性疾患等克服研究(難治性疾患政策研究)
研究開始年度
平成26(2014)年度
研究終了予定年度
平成27(2015)年度
研究費
918,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
 爪膝蓋骨症候群(nail-patella症候群)は爪形成不全、膝蓋骨の低形成、腸骨の角状突起、肘関節の異形成を4主徴とする遺伝性疾患である。頻度は5万人に一人程度といわれているが、本邦の患者数は明らかでない。原因はLMX1B遺伝子異常である。
 一方、nail-patella症候群と同様の腎症を有するが爪、膝蓋骨、腸骨などの変化を伴わない例が少数報告されている(nail-patella-like renal disease (NPLRD))。NPLRDは、腎生検における特徴的な電子顕微鏡所見(糸球体基底膜の不規則な肥厚、虫食い像)によってのみ診断されるため、腎疾患患者の中には診断に至っていない症例が多く存在すると推察される。またLMX1BのR246変異が末期腎不全に至る巣状分節様糸球体硬化症を引き起こすことも報告されている。このようにLMX1B変異を原因とする、腎外症状を伴わない一群の腎症が存在することが明らかになったが、その頻度、予後は全く不明である。
研究方法
 H26年に行った実態調査をもとに、典型的な爪膝蓋骨症候群とは異なり腎外症状を有しない孤発性腎症のうち、LMX1Bの関与が明らかな症例と関与が疑われる症例について臨床病理学検討を行った。
 古典的な疾患であるにもかかわらずこれまで本邦を含めて爪膝蓋骨症候群の厳密な診断基準は明確に規定されていない。そこで本邦のLMX1B関連腎症の実態調査結果を踏まえ爪膝蓋骨症候群(LMX1B関連腎症を含む)の診断基準の作成を行った。
 さらに爪膝蓋骨症候群腎症と病理所見上鑑別が必要なCollagenofibrotic Glomerulopathy(日本語病名を膠原線維糸球体沈着症とした)の個票の作成もあわせておこなった。
結果と考察
1, LMX1B R246Q変異患者の腎病理像
 本調査に含まれたR246Q変異を有する患者は7人であり全員小児期に血尿蛋白尿として発症していた。爪、膝蓋骨、腸骨、肘関節などの腎外症状は有していない。病理学的所見としては磯島らが報告した症例(Isojima et al., 2014)では糸球体基底膜に爪膝蓋骨症候群腎症と同様の病理像を呈した。しかしそれ以外の家系例で腎生検が行われた3例のうち1例で基底膜の部分的な菲薄化が認められたものの、いずれの症例でも特徴的な基底膜変化(虫食い像など)は認めなかった。その他の海外からの報告も含めてLMX1B変異が同定された孤発性腎症で基底膜変化が明らかになった症例は本邦の一例のみであった。必ずしも基底膜変化がLMX1Bによる腎症の発症に必須ではないことを示唆する。
2, LMX1B R246Q変異患者の腎予後
 実態調査に含まれたR246Q変異患者のうち、二人は治療を受けずに末期腎不全に至っていた。また四人はレニン・アンジオテンシン系阻害薬を処方され、これらの患者は腎不全には至っていない。このうち一人はCKDのステージ2であるが、残りの三人は小児であり、薬物治療が長期的な腎保護の面で有効かどうかは現時点では不明である。
3, Nail-Patella-Like Renal Disease (NPLRD)の検討
 本調査ではNPLRDの6例の内5例に遺伝子検査を行ったが、これらの症例ではLMX1B遺伝子変異は同定されなかった。またこのうち、同胞症例(症例L1およびL2)においてNUP107の変異が同定された(Miyake et al., 2015))。これらの症例では爪膝蓋骨症候群腎症の病理像との区別は困難であった。このため基底膜への線維性物質の沈着はLMX1B変異に特異的なものではなく、糸球体上皮細胞の機能障害によって起こる二次性の変化である事が示唆された。特徴的な基底膜病変を有する症例においてLMX1B変異が同定されない場合には網羅的解析により他の原因が明らかになる場合が有ることを示唆している。
4, 爪膝蓋骨症候群(LMX1B腎症を含む)の診断基準の作成 
5, 膠原線維糸球体沈着症: Collagenofibrotic Glomerulopathyの疾患概要の作成 
結論
 これらの疾患では慢性腎不全への進行を視野に入れた長期的なフォローアップが必要であり、また今後の症例の集積により長期の腎予後などについて検討すべきと考えられる。これらの疾患群の全貌を明らかにし、遺伝的あるいは病理学的な所見により新たに診断基準として定義した事でこれまで未診断であった難治性腎疾患の再分類が可能となる。本研究の成果は将来的な各疾患の予後調査や個別の治療法開発などの基礎として必須のものであり、本邦の腎疾患患者の診断・診療の質の向上に貢献しうると考える。

公開日・更新日

公開日
2016-05-10
更新日
-

研究報告書(PDF)

文献情報

文献番号
201510012B
報告書区分
総合
研究課題名
LMX1B関連腎症の実態調査および診断基準の確立
課題番号
H26-難治等(難)-一般-015
研究年度
平成27(2015)年度
研究代表者(所属機関)
張田 豊(東京大学 医学部附属病院)
研究分担者(所属機関)
  • 北中 幸子(東京大学 医学部附属病院)
  • 磯島 豪(東京大学 医学部附属病院 )
  • 服部 元史(東京女子医科大学 腎臓小児科)
  • 芦田 明(大阪医科大学 小児科)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 疾病・障害対策研究分野 難治性疾患等克服研究(難治性疾患政策研究)
研究開始年度
平成26(2014)年度
研究終了予定年度
平成27(2015)年度
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
 爪膝蓋骨症候群(nail-patella症候群)は爪形成不全、膝蓋骨の低形成、腸骨の角状突起、肘関節の異形成を4主徴とする遺伝性疾患である。約半数は蛋白尿や血尿を呈する腎症を発症、その一部は末期腎不全に進行し、腎予後がQOLに多大な影響を及ぼす。原因はLMX1Bの遺伝子異常である。
 LMX1B変異はまたnail-patella症候群と同様の腎症を有するが爪、膝蓋骨、腸骨などの変化を伴わない孤発性腎症(nail-patella-like renal disease(NPLRD))や巣状分節性糸球体硬化症(FSGS)の原因となる。FSGSは緩徐に腎機能が進行する代表的な慢性糸球体疾患であり、その一部は遺伝子異常を原因とするが、多くの原因は未だ不明である。これまでFSGSや原因不明の腎不全と診断されている症例の中で、LMX1B変異を原因とする症例が一定数いると考えられ、このような腎症全体をLMX1B関連腎症という一つの疾患概念として定義し直す必要がある。
研究方法
 本研究ではH26年度にLMX1B関連腎症の本邦で初めての実態把握を行い、可能な場合には遺伝子解析をあわせて行った。またH27年度は調査結果を元にLMX1B遺伝子変異を原因とする孤発性腎症と、LMX1B異常は同定できないものの爪膝蓋骨症候群腎症と病理学的に区別のつかない腎症の臨床病理学的特徴を検討した。またその両者をまとめてLMX1B関連腎症とし、爪膝蓋骨症候群とあわせて診断基準を作成した。また今回の実態調査では爪膝蓋骨症候群と病理診断上鑑別が必要なCollagenofibrotic Glomerulopathy(日本語病名を膠原線維糸球体沈着症とした)の調査を実施し、その結果を元に疾患概要をまとめた。
結果と考察
 腎症を有する爪膝蓋骨症候群(17例)の腎外症状は多彩であり、なおかつ軽微なものが存在するため、本症候群と認識されておらず、当初FSGSと診断された症例が複数例存在した。本症の診断がなされていない腎疾患患者が多数存在する可能性が示唆された。
 LMX1B R246Q変異を有する患者は7人であり、全員小児期に血尿蛋白尿として発症していた。爪、膝蓋骨、腸骨、肘関節などの腎外症状はなく、その他中枢神経等の合併症も有していない。病理学的所見としては一例では基底膜に爪膝蓋骨症候群腎症と同様の変化を認めたがそれ以外の症例で腎生検が行われた3例では特徴的な基底膜変化(虫食い像など)は認めなかった。必ずしも基底膜変化がLMX1Bによる腎症の発症に必須ではないことを示唆する。
 爪膝蓋骨症候群と同様のあるいは類似する基底膜病変を有する症例(NPLRD)のうち、LMX1Bに変異が見いだされなかった症例が5例、また遺伝子検査がなされていないが爪膝蓋骨症候群と同様の基底膜病変を有する症例が1例あった。これらの症例は組織所見上は爪膝蓋骨症候群と区別することは困難である。全例腎機能低下を認めており、二例で末期腎不全に至っていた。若年で発症した二例は精神運動発達遅滞を合併していた。またNPLRDのうち、他の遺伝子変異が同定された症例が存在したことから基底膜への線維性物質の沈着はLMX1B変異に特異的なものではなく、糸球体上皮細胞の機能障害によって起こる二次性の変化である事が示唆された。
 膠原線維糸球体沈着症8例のうち、2例は学童期の発症であった。高齢の症例も多いものの、腎機能が悪化する確率が高く、4例が維持透析を施行されていた。二例の小児期発症例では中枢神経症状を合併していた。爪膝蓋骨症候群の腎症との鑑別については困難ではないと考えられた。
 これらの調査に基づき爪膝蓋骨症候群(LMX1B腎症を含む)の診断基準および 膠原線維糸球体沈着症の疾患概要を作成した。
結論
 これらの疾患群の全貌を明らかにし、遺伝的あるいは病理学的な所見により改めて診断基準として定義した事でこれまで未診断であった難治性腎疾患の再分類が可能となる。本研究の成果は将来的な各疾患の予後調査や個別の治療法開発などの基礎として必須のものであり、本邦の腎疾患患者の診断・診療の質の向上に貢献しうる。

公開日・更新日

公開日
2016-05-10
更新日
-

研究報告書(PDF)

行政効果報告

文献番号
201510012C

成果

専門的・学術的観点からの成果
 これまで原因不明とされた腎疾患患者の中にLMX1B遺伝子変異を原因とする患者が存在する可能性が推察されていたが、その頻度や予後などの全体像は全く不明であった。今回これらの疾患群の全貌を明らかにし、遺伝的あるいは病理学的な所見により新たに診断基準として定義した事でこれまで未診断であった難治性腎疾患の再分類が可能となった。今回の調査は国際的にも初めてのものである。
臨床的観点からの成果
 本研究の成果は将来的な各疾患の予後調査や個別の治療法開発などの基礎として必須のものであり、本邦の腎疾患患者の診断・診療の質の向上に貢献しうる。また研究班を立ち上げたことにより調査対象に入っていなかった症例について医療機関や患者からの相談・問い合わせを頂くようになり、今後さらに症例を集めてさらなる検討を予定している。
ガイドライン等の開発
 古典的な疾患であるにもかかわらずこれまで本邦を含めて爪膝蓋骨症候群の厳密な診断基準は明確に規定されていな買った。本研究では本邦のLMX1B関連腎症の実態調査結果を踏まえ爪膝蓋骨症候群(LMX1B関連腎症を含む)の診断基準の作成を行った。さらに爪膝蓋骨症候群腎症と病理所見上鑑別が必要なCollagenofibrotic Glomerulopathy(日本語病名を膠原線維糸球体沈着症とした)の個票の作成もあわせておこなった。
その他行政的観点からの成果
 本研究班では爪膝蓋骨症候群(LMX1B関連腎症を含む)の診断基準およびCollagenofibrotic Glomerulopathy(日本語病名を膠原線維糸球体沈着症とした)の個票を作成した。爪膝蓋骨症候群/LMX1B関連腎症については2017年度から指定難病に追加された。
その他のインパクト
 LMX1B遺伝子を中心とした腎疾患の全体像を明らかにする実態調査、それを基にした診断基準の作成は国際的にも他に類を見ない。今回明らかにした結果は小児科医や腎臓科医、遺伝診療医など様々な専門分野の診療や研究に影響を及ぼす可能性がある。

発表件数

原著論文(和文)
2件
原著論文(英文等)
10件
その他論文(和文)
7件
その他論文(英文等)
1件
学会発表(国内学会)
8件
2016年度の日本腎臓学会のシンポジウムで発表。
学会発表(国際学会等)
1件
その他成果(特許の出願)
0件
その他成果(特許の取得)
0件
その他成果(施策への反映)
2件
その他成果(普及・啓発活動)
0件

特許

主な原著論文20編(論文に厚生労働科学研究費の補助を受けたことが明記された論文に限る)

論文に厚生労働科学研究費の補助を受けたことが明記された論文に限ります。

原著論文1
Yutaka Harita, Sachiko Kitanaka, Tsuyoshi Isojima et al.
Spectrum of LMX1B mutations: from nail-patella syndrome to isolated nephropathy
Pediatric Nephrology , 32 (10) , 1845-1850  (2017)
DOI 10.1007/s00467-016-3462-x
原著論文2
Yutaka Harita, Seiya Urae, Riki Akashio et al.
Clinical and genetic characterization of nephropathy in patients with nail-patella syndrome
European Journal of Human Genetics  (2020)
DOI 10.1038/s41431-020-0655-3

公開日・更新日

公開日
2016-05-10
更新日
2020-06-16

収支報告書

文献番号
201510012Z