流行域が拡大しつつあるエキノコックス症の監視・防遏に関する研究

文献情報

文献番号
199800492A
報告書区分
総括
研究課題名
流行域が拡大しつつあるエキノコックス症の監視・防遏に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
金澤 保(産業医科大学医学部寄生虫学・熱帯医学教室)
研究分担者(所属機関)
  • 神谷正男(北海道大学大学院獣医学研究科)
  • 伊藤亮(旭川医科大学)
  • 神谷晴夫(弘前大学医学部)
  • 土井陸雄(横浜市立大学医学部)
  • 木村浩男(北海道立衛生研究所)
  • 小山田隆(北里大学獣医畜産学部)
  • 内田明彦(麻布大学環境保健学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
18,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
エキノコックス症は1960年代に根室地域で患者の発生がみられた後、短期間の
うちに北海道全域が流行域となった。しかしながら、本症制圧に有効な対策は何か、いま
だ暗中模索しているのが現状である。このような状況にあって、本研究は、エキノコック
ス症が人畜共通感染症である点を重視し、媒介動物とヒトとを研究対象とし、本症の監視
・防遏に資する基礎的な情報と知見の収集、および技術の開発を目的としている。その内
容は、疫学的研究、感染源対策的研究およびエキノコックス症の診断治療に関する研究の
三点にまとめることができる。
研究方法
北海道においては定点監視地区において昨年度に引き続き媒介動物の感染状況
調査を行った。さらに飼い犬(一部飼い猫)の感染状況も糞便内抗原検出法により調査を
おこなった。本州においては関東地方南部、青森県東部地域において野生動物を捕獲し、
剖検により感染状況調査を行った。本州以南で発生が報告されている多包虫症の患者につ
いて感染地、感染推定年、性別等の疫学情報の検討を行った。感染源対策として、北海道
の定点監視地区において駆虫薬を混じた餌をキツネ巣穴周辺に散布し、キツネの感染率の
推移を調査した。特に餌の種類、駆虫薬の混じ方等の基礎的な検討を行った。エキノコッ
クス症の動物実験モデルの開発を目指し、モルモットを用い抗マクロファ-ジ、抗 T 細
胞モノクロ-ナル抗体を投与し感染抵抗性の解析を行った。エキノコックスと血清学的に
近縁な疾患である有鉤嚢虫症の血清学的鑑別法について、前者ではEm18抗原を、後者では
特異抗原の分離を等電点電気泳動法を用いて検討した。in vitroで殺エキノコックス作用
が観察された中国伝統生薬の二剤、竹茹と黄符について、エキノコックス感染スナネズミ
を用いてin vivoの実験を行った。
結果と考察
定点観察地においてキツネのエキノコックス感染率の年変化を引き続き観察
しているが、季節に関係なく一年間を通してエキノコックス感染を認めた。飼い犬345頭
、飼い猫17頭を糞便内抗原検出法で検査したところ、それぞれ 7頭と 1頭が陽性であった
。関東地方南部においてホンドキツネ18頭、ホンドタヌキ59頭およびノネズミ 2種、合計
349頭、その他の野生動物257頭を捕獲し検査したがエキノコックス感染動物を見い出すこ
とはできなかった。青森県東部地域においてはノネズミ 7種、合計577頭を、ホンドギツ
ネ14頭、ホンドタヌキ31頭、ホンドイタチ 8頭およびニホンリス 1頭を捕獲し検査したが
エキノコックス感染動物を見いだすことはできなかった。今迄の調査からは本州において
エキノコックス感染動物は見い出されていない。しかしさらに検査頭数を増やし引き続き
調査を行う予定である。本州以南から76例の多包虫症患者の発生が確認できた。そのうち
わけは海外(千島列島、樺太)での感染が推定される症例30例、北海道内での感染が推定
される症例23例、本州以南で感染したと推定される症例19例、感染地不明症例 4例であっ
た。エキノコックス感染源対策としてフイ-ルドに駆虫薬を混じた餌の散布を行い感染率
の推移を観察した。キツネによる餌の接食率は50%以下であった。以上のことよりキツネ
が接食しやすい餌についての検討が必要であると思われた。駆虫薬を混じた餌を投与され
た地区に棲息しているキツネではエキノコックス感染率の低下が一時的に観察された。し
かし駆虫薬投与をやめると短期のうちに元の感染率まで上昇した。このことからキツネで
は容易に再感染が起こっていることが推定された。今後、駆虫薬を混じた餌の投与時期、
投与後のモニタ-法などに更なる検討が必要である。大規模に行うことになると費用-効
果の観点からも検討が加えられねばならい。F344ラットではエキノコックス感染後の血清
抗体の出現パタ-ンがヒトの場合と類似しており、ヒトのエキノコックス感染モデルとし
て応用できるものと考えられた。モルモットにモノクロ-ナル抗体を投与しても感染抵抗
性の減弱を観察できなかった。ヒトの多包虫感染を血清学的に鑑別する方法は、Em18抗原
を用いると感度、精度ともに優れた検査を行えること、有鉤嚢虫症との鑑別診断は有鉤嚢
虫の抗原を等電点電気泳動法で分離できる糖タンパクを用いれば可能であることが示唆さ
れた。in vitroで殺エキノコックス作用が観察された竹茹と黄符をエキノコックス感染ス
ナネズミに投与した。しかしエキノコックスの発育抑制効果は認められなかった。薬剤の
投与方法、投与時期についてさらなる検討が必要と思われた。
結論
昨年度に引き続き、今年度も順調に当初の計画に則って研究が遂行されている。 2
年目としては満足すべき成果が出ていると思われる。本州におけるエキノコックス患者の
発生動向調査を完了できた。本州以南から報告されているエキノコックス症患者の中に原
発症例は確かに存在している。一方、媒介動物調査を積極的に行っているがエキノコック
ス感染動物を見い出すには至っていない。そのためエキノコックスの生活環が本州以南に
存在するか否かは不明といわざるをえない。北海道でエキノコックス感染が疑われる飼い
犬や飼い猫が今迄考えられていたよりも多く存在する可能性がでてきた。この事実はエキ
ノコックス症の予防対策上大きな問題となると思われる。最終年度も調査を続行するが調
査結果に注目したい。感染源対策的研究が、技術的な問題が残されているにせよ、実際の
フイ-ルドを用いて開始されたことは特筆される。これには、昨年度の研究成果である糞
便内抗原検出法の開発が基礎となっていることを強調しておく。北海道内のエキノコック
ス症をコントロ-ルするには感染源対策が必須であるという点に関して当研究班内では意
見の一致をみている。さらなる情報の蓄積、技術面での検討が最終年度の重要課題となる
。エキノコックス症および近縁疾患との血清学的鑑別診断法がほぼ確立されたことも大き
な成果である。ヒュ-マンサイエンス財団の新興・再興感染症研究推進事業のうち海外委
託研究によって得られた寄生虫材料および血清試料が本研究の遂行に大きく貢献している
ことを付記する。本疾患が感染症新法で第 4類感染症となったことから、国内での検査シ
ステムの整備が必要である。エキノコックス症の血清検査センタ-的機能を、北海道立衛
生研究所の他に、旭川医科大学寄生虫学教室が整備し、全国からの検査依頼に対応できる
体制がつくられた。さらに国立感染症研究所獣医科学部人獣共通感染症室でも検査できる
体制を作りつつある。エキノコックス症に有効な薬剤開発に関する基礎的研究は進捗状況
に遅れがみられる。最終年度の成果に期待したい。

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