再興感染症としての結核対策のあり方に関する総合的研究

文献情報

文献番号
199800477A
報告書区分
総括
研究課題名
再興感染症としての結核対策のあり方に関する総合的研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
森 亨(財団法人結核予防会結核研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 山岸 文雄(国立療養所千葉東病院)
  • 高鳥毛敏雄(大阪大学医学部公衆衛生学教室)
  • 宍戸 真司(国立療養所松江病院)
  • 青柳 昭雄(国療東埼玉病院)
  • 増山 英則(財団法人結核予防会第一健康相談所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
12,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
再興感染症としての日本の結核は社会経済的、身体的な弱者としての特定リスク集団への集中を強める一方、これに付随して非協力・不規則受診や、薬剤耐性などによる治療への抵抗、基礎疾患に関連する副作用による治療失敗、そして対策の破綻ともみえる医療施設での感染といった問題が現出しつつある。このような問題に対して、本課題では昨年に継続して、新しい方策立案の基礎となる知見を得るため以下の研究を行った。
①免疫抑制宿主における結核発病の防止方策:現在制度化されていない中高年齢者への化学予防の必要性と可能性を明らかにする(継続)。
②大都市特定地域の結核問題の把握と対応:問題を明らかにし、治療脱落対策としての直接監視下化療の応用を含めて患者管理の強化の可能性を探る(継続)。
③医療施設内での結核感染防止:日本の結核院内感染の結果として医療従事者の結核発病の実態を明らかにする(一部継続)。
④長期入院患者の入院長期化要因:1年以上にわたる長期間入院を余儀なくされている結核患者の関連要因を明らかにする。
⑤BCG再接種の今後のあり方に関する検討:小中学校におけるBCG再接種の実施状況、それによる局所の強い反応の発生状況を明らかにする。
研究方法
各分担課題ごとに以下のような方法で実施する。
①免疫抑制宿主における結核発病防止:さらに以下のようなテーマに分けて研究を行う。各種リスク要因の結核発病に対する相対危険度を最近の研究文献の調査。糖尿病患者の結核発病要因についての症例対照研究(健康管理の行き届いた大集団で)。最近の結核発病における糖尿病の寄与危険度割合の観察。諸種免疫抑制宿主の肺結核発病状況(後2者は結核病院での観察)。
②大都市特定地域の結核問題:結核高蔓延特定地域を持つ東京(台東、新宿)、横浜、名古屋、大阪、神戸、尼崎、堺の関係者を研究協力者とし、各地域の実情を明らかにし、同時に以下のような特定テーマを検討した。異常死体検案における結核(大阪)。特定地域患者の医療中断、自己退院の関連要因分析(患者コホートの調査-台東、横浜、大阪、尼崎)。更正施設での結核発生状況(東京)。新たな患者管理の実践についての検討(東京・山谷のDOT、新宿でのDOT導入条件など)。特定地域住民の胸部X線検診の所見(名古屋)。
③医療施設:全国の状況を結核発生動向調査年報報告(1993~1997年)からみた看護職の結核発病状況の推定、中四国9県市での医療従事者の結核発病状況に関する調査。
④長期入院患者の入院長期化要因:全国で50床以上の結核病床を有する病院の中から志願参加した施設で、1年以上入院中の結核患者について関連要因を調査した。
⑤BCG再接種の今後のあり方:標準的な技術でツベルクリン反応検査、BCG接種が行われている地域(札幌、東京、埼玉、千葉、沖縄)の小中学校でBCG再接種の実施状況、接種後の局所反応について観察した。
結果と考察
各個の研究結果の要旨と考察は以下のとおりである。
①免疫抑制宿主における結核発病防止:免疫抑制宿主(糖尿病、悪性新生物、悪性リンパ腫、腎不全、るいそう、胃切除、血友病、副腎皮質ホルモン剤、膠原病、塵肺など)は様々な程度に結核発病相対危険度が高く、結核対策上重要である。肺結核患者の糖尿病合併頻度は最近明らかに上昇している(12年間で11%→16%)。糖尿病患者からの結核発病には日常の健康管理・健康関連習慣の破綻が重要であった。反面糖尿病患者の結核が糖尿病管理の中で診断された例はわずか(12%)である。その予防のためには結核治療歴なく、胸部X線上治癒病巣ある者に対し化学予防が必要である。また肺癌、膠原病患者で長期間のステロイド剤投与を行う症例にも同様である。糖尿病患者の化学予防の実施についてはその要綱案を作成した。糖尿病については患者の3分の1を予防できる可能性がある。同時にこの分野の診療従事医師への啓発も重要であろう。
②大都市特定地域の結核問題:研究対象地域では治療中断、事後退院等の治療脱落者が20%~30%と極めて多い。患者は40歳代から60歳代の中高年齢層、職業別には日雇いの労働者等の者、住所不定の者の生活基盤が脆弱な者が多い。これら患者の治療完了率を上げるためには、患者の居住空間の確保、さらに生活の場における医療サービスの提供、DOTSなどの対策が不可欠である。そこで、都市の具体的な結核対策として、東京都台東区の実践例、東京都新宿区および大阪市のDOTS方式を導入しての対策案について検討を行った。そのためにも患者管理を行う「保健所」、医療を担う「医療機関」、患者の生活保障に関わる「福祉機関」が従来の業務形態を越えた特別対策が必要であると考えられた。また特定地域での結核感染の発生を具体的に明らかにするためには、患者分離菌株についてのRFLP分析をもとにした研究を行うことが有用と考えられた。
③医療施設:全国の結核発生動向調査からの推計では、調査対象年間を通した看護職の結核発病相対危険度は2.5であり、これは年次とともに上昇傾向である。年齢別には20代が3.3と最も高く、そのご低下するが50歳代までは有意に一般女性より高い。中四国各県市の調査でも20歳代では一般女性よりも明らかに高かった(2倍)が、他の年齢では一定の傾向はみられなかった。かかる患者発生情報を入手している保健所が患者(医療職員)の勤務施設に対してどう対応するか、は今後も大きな課題である。
④長期入院患者の入院長期化要因:結核病床を有する全国68病院の参加の下に該当する長期入院患者361人の患者について調査が行われた(調査日に入院中の結核患者4,164人の8.7%)。うち60例(17%)は10年以上入院、また再治療例が43%、多剤耐性結核が69%を占めていた。古い時代の名残の患者も少なくない。多剤耐性の原因としては「初回耐性・再治療の当初のつまづき」が重要で、かかる問題の初期の適切な対応がとれる医療機関のネットワーク化が重要である。同時にこのような長期にわたる入院治療への施設面からの対応として、結核病床のあり方についても今後整理が必要である。
⑤BCG再接種:対象地域の初回接種率は93.9~98.2%と極めて高い。再接種率は地域差が大きい(小1で10.8%~30.7%、中1で3.3%~15.0%)。再接種後のBCG瘢痕数と発赤の大きさの間には相関があり、技術的に良好な接種をされた群で瘢痕の癒合、ケロイドのような強い局所反応を示す者が多い(20%)。BCG再接種による局所の強い反応に関しては、今後そのあり方の検討が求められる。
結論
日本の結核は、永く続く罹患率改善の低迷から逆転上昇へという芳しからぬ疫学的状況にある。本課題はその原因となっている、高齢者を中心としたハイリスク集団での結核発生への対応を中心に、医療、予防について検討した。社会経済弱者に対する強力で柔軟な行政の介入が必要であると同時に、リスク集団の日常診療の中での結核の位置づけの見直しがますます必要であり、これが院内感染や職業曝露の予防にもつながる。また治療困難な結核患者への効果的な対応のために高度専門医療供給体制の整備が必要である。

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