レジオネラ感染症の新しい診断技術の開発とその標準化に関する研究

文献情報

文献番号
199800476A
報告書区分
総括
研究課題名
レジオネラ感染症の新しい診断技術の開発とその標準化に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
斎藤 厚(琉球大学医学部)
研究分担者(所属機関)
  • 藪内英子(愛知医科大学)
  • 嶋田甚五郎(聖マリアンナ医科大学)
  • 山口恵三(東邦大学医学部)
  • 渡辺治雄(国立感染症研究所)
  • 河野 茂(長崎大学医学部)
  • 二木芳人(川崎医科大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
16,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
新興再興感染症の中でも、世界中に広く分布し、極めて重要性の高い疾患であるレジオネラ感染症の新しい診断技術の開発とその標準化を行い、それに基づいた診断技術の向上と普及および予防対策の確立を目的とする。レジオネラ感染症の診断法は、比較的煩雑で時間を要し、それが本邦におけるレジオネラ感染症の実態把握を妨げる大きな要因であった。従って、診断技術の改善あるいは新しい診断技術の開発とその標準化、およびこれらの新しい診断技術を用いたより広範囲かつ信頼性の高い疫学調査が急務とされている。本研究の成果が国民の福祉に大きく貢献することが最終的な目的である。
研究方法
1) 全国各施設より検査依頼のあったレジオネラ肺炎疑診例を対象に、培養、血清抗体価、尿中抗原検出法、PCR法、薬剤感受性試験などの検査を行い、その有用性について検討した。
2)確定診断のつけられた症例を対象に、集積された各種検査結果と臨床結果を合わせて解析し、その診断学的および臨床的特徴について検討した。
3) レジオネラ感染症の鑑別法として、経験したレジオネラ肺炎のうち、写真が撮影されていた症例において、胸部CTの有用性を検討した。
4) レジオネラ肺炎の予後を予測する補助診断法としてのKL-6の有用性を検討した。
5) 細胞内で増殖したレジオネラに対する抗菌薬の効果を判定する方法として、ヒト単球由来細胞株を使って各種抗菌薬のLegionella pneumophila に対する細胞内増殖抑制効果を検討した。
6) 培養不能な菌体を含めてLegionella属細菌を検出する方法として種々の蛍光染色を検討した。
7) L. pneumophilaの宿主であるマクロファージや、感染防御に携わるリンパ球に対するapoptosis誘導能を解析・検討した。
8) 様々な条件でのレジオネラの生理状態を検討した。L. pneumophila のスーパーオキサイドディスムターゼ(SOD)とカタラーゼについて解析を行った。
9) レジオネラ肺炎モデルを作成し、その観察を行った。
10) Legionella longbeachae の感染源は園芸用培養土であると考えられているため、わが国の園芸用培養土におけるレジオネラの分布の調査をおこなった。
結果と考察
1) レジオネラ肺炎に対する早期診断法としての尿中抗原検出法の検討
従来の検査方法との比較では両者の一致率は95.4%、97.6%、89.2%であり尿中抗原検出法はレジオネラ症の診断に高い感度および特異性を有することが示唆された。また尿検体を濃縮することで測定感度の上昇が認められた。レジオネラ症の診断にはL. pneumophila血清群1以外の血清型および他のレジオネラ属菌種によるレジオネラ感染症の診断に対しても有用であることが示唆された。尿中抗原検出法は簡便かつ迅速な検査法で発症早期から陽性となり、高い感度、特異度を有していた。今後本症の確定診断法の有力な検査方法として検討していく必要があると思われた。
2) レジオネラ肺炎の診断学的・臨床的特徴に関する検討-過去6年間における66症例の解析-
患者の平均年齢は57.9歳で男性に多くみられた。60例が市中肺炎、1例が院内肺炎として発症しており、基礎疾患としては高血圧、糖尿病が多かった。Legionella肺炎の診断は血清抗体価測定、尿中抗原検出法、PCR法で行った。推定起炎菌はL. pneumophilaが48例、L. bozemaniiが3例であり、L. pneumophila肺炎のうち血清型が判明したものでは血清型1が最も多かった。胸部X線に関する情報が得られた48症例の解析では多発性陰影、肺胞性陰性を示しており、胸水の貯留も確認された。入院時に強い低酸素血症を示すこともあった。ほとんどの症例で入院経過中にマクロライド剤が投与されていたが、死亡の転帰をとった症例もあった。
3) レジオネラ肺炎のCT所見
キルト様外観を呈する淡い浸潤性陰影と気管支透亮像の明瞭な均等性陰影が全ての症例で認められ、前者の炎症が強くなるにつれ、不均等性陰影を経て均等性陰影へ移行するものと思われた。また、レジオネラ肺炎の基本陰影であるキルト模様の淡い浸潤性陰影を来す機序として気管支血管系の拡張、肥厚を主体とするキルト模様と軽度の滲出物による肺胞性病変の存在が推察された。胸部X線単純写真で認められない微細な陰影をCT画像は示していたが、陰影分布に関しては単純X線写真所見とCT所見の間にそれ程の差がないように思われ、強い低酸素血症を説明できるか否かに疑問が残った。
4) レジオネラ肺の予後と補助診断における血清KL-6の有用性の検討
血清KL-6値のレジオネラ肺炎群の平均値は一般細菌性肺炎群に比較して有意に血清KL-6の上昇を認めた。レジオネラ肺炎の死亡群と治癒群の比較検討では血清KL-6値は死亡群では治癒群の平均値より有意に高かった。レジオネラ肺炎患者の血清KL-6の値は一般細菌性肺炎患者の値と比較して有意な上昇を示し実質性肺炎における鑑別診断の補助診断として有用性が示唆された。レジオネラ肺炎患者の死亡群の血清KL-6値は治癒群の値と比較して有意な上昇を示し、予後の予測因子として有用な視標となることが示唆された。
5) L. pneumophilaの細胞内増殖性の観察と細胞内MICの測定
Cell assosiated MIC (CA-MIC)と微量液体希釈法によるMICを比較すると、L. pneumophila に対してrifampicin、minocycline、マクロライド系、ニューキノロン系には、ほぼ同等の値であった。臨床的には無効とされているβ-lactum薬のaminobenzyl penicillin、Cefotiamは、MICは、それぞれ0.25μg/ml、0.5μg/mlであったが、本モデルでは、64μg/mlでも L. pneumophila の細胞内増殖を抑制しなかった。このように本モデルを使って、抗菌薬のLegionella属に対する細胞内増殖抑制効果を評価することは非常に有意義であると考えられる。
6) 蛍光染色法によるレジオネラ属細菌の検出法
実験に供したL. pneumophilaはすべての方法で染色されたが、呼吸活性を検出するCTCについては染色結果を蛍光顕微鏡で検出できない場合が認められた。またエステラーゼ活性の基質であるCFDAは対数増殖期の菌体で取り込まれなくなる傾向が見られた。RNAの識別染色では、増殖期においてRNA量が多く橙色蛍光を呈する菌体がコロニー数とともに増加した。生理活性やRNA量を指標とする蛍光染色法はLegionella属細菌の検出同定に有効である。ただし生理活性の検出法は実際の試料や検体で使用するには解決するべき問題点がある。
7) L. pneumophila感染によるヒト単球系THP-1細胞由来マクロファージのapoptosis
Virulent株ではヒト単球系THP-1細胞由来マクロファージに対しapoptosisの誘導能が認められたが、avirulent株では認められなかった。また、ヒトTリンパ球系由来Jurkat細胞に対してもapoptosisの誘導はみられなかった。ヒト単球系THP-1細胞由来マクロファージに対するapoptosisの誘導能の結果から、hostに対するapoptosis誘導能は菌の病原性と相関することが示唆された。
8) Respiratory burst に抵抗するレジオネラの因子について
本菌は SodB (Fe-SOD) と SodC (Cu, Zn-SOD) の 2 種類の SOD と、KatA と KatB の 2種類のカタラーゼ-ペルオキシダーゼをもち、SodC と KatAはシグナル配列を有していることがわかった。 SodC と KatAは、菌体膜外に分泌され、宿主細胞の産生する活性酸素の消去に働いている可能性が示唆された。
9) L. pneumophila による肺炎の動物モデルとしてのマウス
C57BL/6マウスを遺伝的背景とするgp91phoxKOマウスを、MφでL. pneumophilaが増殖可能(Lgn1s)なA/Jマウスと交配することにより、MφでL. pneumophilaが増殖でき、かつ食細胞がスーパーオキサイドを産生できない免疫不全マウスを作製した。このマウスを用いることにより、マウスでもL. pneumophilaによる顕著な肺炎を認めた。このマウスは今後診断と治療の研究に有用である。
10) わが国の腐葉土からのレジオネラの分離
17検体のうち16検体からレジオネラを検出した、L.longbeachae serogroup 1 も分離された。分離された31菌株のなかではL.bozemanii serogroup 1 が最も多かった。園芸用培養土からのレジオネラ感染の危険性についてはさらに検討をおこなう必要がある。
結論
レジオネラ感染症診断法の検討では、PCR法と尿中抗原検出法が優れていた。また、新しい診断法として蛍光染色法が開発された。レジオネラ肺炎の臨床診断に有用なCT所見の特徴や血清中KL-6の予後判定への有用性が示された。また、本症は極めて多彩な臨床像を呈することが明らかにされた。細胞内感受性測定法の開発が行われた。動物実験モデルやレジオネラの病原因子の検討により、本症の病態解明に役立った。以上より、これらの研究成果は今後のレジオネラ感染症の研究に大いに寄与するものであり、それにより国民の福祉に役立つと思われた。

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