劇症肝炎 A 群レンサ球菌感染症の分子発症機構

文献情報

文献番号
199800475A
報告書区分
総括
研究課題名
劇症肝炎 A 群レンサ球菌感染症の分子発症機構
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
大国 寿士(日本医科大学老人病研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 浜田茂幸(大阪大学歯学部)
  • 山井志朗(神奈川県衛生研究所)
  • 渡辺治雄(国立感染症研究所)
  • 内山竹彦(東京女子医科大学)
  • 赤池孝章(熊本大学医学部)
  • 清水可方(国保旭中央病院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
22,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
劇症型由来株、咽頭炎由来株並びに健常学童由来株の生化学的、血清学的性状について比較、検討し、劇症型感染症の発症に関わるA群菌(GAS)が特定の、ないしは新たに出現したクローンであるか否かを分子疫学的、分子遺伝学的検討から明らかにすると共に、各菌株間の細菌学的、疫学的特徴を把握する。さらに劇症型由来株に特異的た新規の病原因子の存在について検討し、加えて菌体代謝物質並びに菌体表層物質の病変成立における意義を明らかにすることを目的とした。また、治療法並びに予防法を確立するための基礎的検討も行った。なお、本年度は臨床的研究として、分娩時における本症の発症危険因子に関連した全国的なアンケート調査を実施した。
研究方法
1)得られた各菌株の生化学的性状はRapid ID 32 STREPキットで、血清型別には市販型別用抗血清と自家製抗M蛋白抗体を用い、発赤(発熱)毒素遺伝子の解析はPCR法により行った。各菌株の染色体DNAの制限酵素切断断片長多型(RFLP)解析はパルスフィールドゲル電気泳動法(PFGE)により行った。また、各種抗生剤に対する感受性は最小発育阻止濃度(MIC)を測定することにより検討した。2)劇症型由来株特異的蛋白の存在を検討するため、劇症型株並びに対照株をハートインフュージョン培地に5%羊血液を加えて、5%炭酸ガス存在下で培養し、得られた菌体から菌体蛋白を抽出し、これを抗原としてウエスタンブロット法にて劇症型患者血清との反応を試みた。3)劇症型由来株と猩紅熱由来株を用いて、マウスに対するLD50の検討と経時的に血中の菌数計算を行なうと共に、両菌株間におけるSPE-A, -B, -CとSLOの産生能を比較、検討した。4)GAS菌体表層のフィブロネクチン結合蛋白(FBP)であるSfb1, PrtF1, Fbp54 に対してPCR用の特異的プライマーを作製し、血清型の異なる菌株を鋳型にしてPCRを行った。GASゲノムDNAを鋳型としてfbp54 遺伝子をPCRで増幅し、組み換え蛋白を作製した。この蛋白をマウスに投与し、血中の抗Fbp54 抗体をELISA法で測定すると共に、同マウスにGASを感染させ、その生存率を検討した。
5)ヒト血漿からプロテアーゼインヒビターであるα1-PI を DEAE-Sepharose FF, SP-Sepharose FF, Blue-Sepharoseを用いて精製した。このα1-PI の SPE-B プロテアーゼ活性の阻害作用、GAS に対する抗菌活性、SLOに対する活性阻害について検討した。
6)臍帯血から分離した CD34 陽性細胞を rSCF 並びに rIL-6 存在下で培養し、マスト細胞を、また、rIL-3 存在下で培養し、好塩基球を得た。これらの細胞をSPE-B で刺激し、遊離するヒスタミン量を HPLC で測定した。末梢血白血球を用いても同様な実験を行なった。7)劇症型患者血清を用い、その血清中の抗 C- 多糖体抗体を ELISA 法で測定すると共に、併せて C-多糖体抗原の測定をサンドイッチ ELISA 法で測定した。また分娩時に起こる劇症型(劇症型産褥症)について全国的なアンケート調査を実施した。
結果と考察
劇症型並びに対照群から分離されたGASの生化学的性状、異なる血清型の PFGE パターン、発赤毒素遺伝子 (spe-A, -C ) 、抗菌剤感受性をそれぞれ比較し、その細菌学的、疫学的検討を行った。咽頭炎患者から分離された M1/T1 型の PFGE パターンと発赤毒素遺伝子型は 1981 年~1988 年の分離菌と 1989 年~1997 年に分離された菌とで相違し、また、M12/T12 型の PFGE パターンと薬剤感受性において 1981 年~1988 年の分離菌と 1989 年~1997 年の分離菌間に相違が認められた。しかし、M3/T3型ではこの様な変化は認められず、また、劇症型患者から分離された菌株の M1/T1 型は咽頭炎患者分離株と、M3/T3 型では咽頭炎患者並びに健常学童からのそれと区別することが出来なかった。従って、生物学的性状および分子遺伝学的性状の上で対照株と劇症型との間に明瞭な差は見出されなかった。しかし、 PFGE パターンでは対照株とは区別されない新しい病原因子が劇症株に存在する可能性は否定出来ないと思われる。
劇症型患者からの分離株を HIB 培地に羊血液を加え、5%炭酸ガス存在下で培養して得られた全菌体から蛋白を抽出し、これを抗原として劇症型患者血清とウエスタンブロット法にて検討した。その結果、劇症型患者の回復期血清がこの菌体蛋白と分子量約 60 kDa に相当するところで反応し、咽頭炎患者由来菌体蛋白とは反応しなかった。この事は対照株とは異なり、劇症型由来株は培養条件によっては新たな (病原) 因子が発現する可能性を示している。菌側の病原因子に関する研究において、猩紅熱患者由来株に比較して劇症型由来株ではマウス致死作用 (LD50) が強く、前者の菌に比し、後者の菌はマウス生体内でのクリアランスが遅れ、且つ溶血毒である SLO の産生能が高いことが示された。しかし、 SPE-A, -B, -C の産生能は猩紅熱患者分離菌に比し低下している傾向にあった。従って劇症型由来株は組織侵襲性が強く、SLOの産生能が高いと考えられ、この性状が病態形成に関連する可能性があると思われた。また、劇症型では敗血症性ショック病態を来すことから、このショックを誘導する因子についての研究がなされた。ヒト培養マスト細胞、同培養好塩基球および末梢血白血球を SPE-B で刺激することにより、これら細胞から脱顆粒と共にヒスタミンが遊離された。この事は敗血症ないしは感染局所の場で、菌体から放出される SPE-B によりヒスタミンのような chemical mediators が遊離され、これが病態形成の一つの因子として働くことを示していよう。 SPE-B はまた、cystein proteinase としての活性を持ち、これがアポトーシスを誘導することが報告されていることから、ニトロソα1-PI の SPE-B proteinase 活性阻害効果について検討した。その結果、α1-PI はこの proteinase の活性を抑制すると共に、SLO の溶血活性を阻害し、且つ GAS に対し増殖抑制活性を有することを明らかにした。この事は本インヒビターが劇症型感染症の治療に有効であろうことを示唆している。一方、GAS の細胞侵入性に関与する菌体表層 FBP に関連する分子遺伝学的研究において、FBP の内 Fbp54 は全ての GAS 菌株に保持されていることが明らかになり、これをマウスに免疫し、産生された抗体が感染防御抗体として働くことが示され、fbp54 遺伝子は M 型別に関係なく存在していることから、GAS の感染防御抗体を誘導するワクチンとして、このFbp54 が使用される可能性のあることを示した。また、劇症型感染症患者の血清は対照群に比し抗 C- 多糖体抗体価が低く、C- 多糖体抗原が流血に存在することを明らかにした。この事実はGAS 成分に対する抗体価の低値が劇症型の発症における宿主側の要因の一つとして考慮されるかも知れないことを示している。なお、アンケート調査から、分娩時における劇症型の発症の危険因子として経産婦で 、高齢出産であること、且つ妊娠 35~37週の陣痛発作例に発症例が多いことが明らかにされた。
結論
分離菌の PFGE パターン、 SPE-A 並びに SPE-C の遺伝子解析からは劇症型由来株と対照群由来株間では相違を認めることが出来なかったが、培養条件を変換することにより、劇症型株で検出される分子量約 60 kDa の蛋白が劇症型患者血清と特異的に反応することを明らかにした。また、劇症型由来株は猩紅熱由来株に比し、マウス致死活性、組織侵襲性並びに SLO産生能が強く、逆にSPE-A, -B, -C の産生は著明ではなかつた。一方、SPE-B にはマスト細胞や好塩基球からヒスタミンを遊離せしめ、これがショック病態の成立に関連することを示唆し、また、劇症型患者血清中の抗 C- 多糖体抗体価は対照群に比し低く、且つC- 多糖体抗原が流血中に検出された。α1-PIにはSPE-B の酵素活性並びにSLO の溶血活性を阻害し、GAS の増殖を抑制することから、このα1-PI が GAS 感染症の治療剤としての可能性と共に、FBPに対する抗体がGAS の感染防御抗体として働くことを示し、これが GAS 感染症のワクチンとして有効であろうことを示唆した。

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