ハンセン病発症に関わるらい菌の生物学的特性

文献情報

文献番号
199800473A
報告書区分
総括
研究課題名
ハンセン病発症に関わるらい菌の生物学的特性
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
柏原 嘉子(国立感染症研究所ハンセン病研究センター)
研究分担者(所属機関)
  • 松岡正典(国立感染症研究所ハンセン病研究センター)
  • 甲斐雅規(国立感染症研究所ハンセン病研究センター)
  • 中田 登(国立感染症研究所ハンセン病研究センター)
  • 青山由利(創価大学工学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
-
研究費
20,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
ハンセン病は多剤併用化学療法の世界的普及によりその登録患者数は減少してきたが、毎年50万人を超す新規患者発生(97年度69万人)は減少傾向を示さず、最近は増加傾向すら示している。 更に治療薬に対する耐性を獲得した菌の出現も報告されている。しかし有効なワクチンもまだ開発されておらず、薬剤に対する耐性獲得機構、病原性に関与する因子等も解明されていない。
ハンセン病はらい菌によって引き起こされ、皮膚と末梢神経を主病変とする慢性細菌感染症である。その発症には病原体であるらい菌と宿主の因子が複雑に関与する宿主・寄生体関係を介して成立し、らい菌と宿主の生存競争を反映している。その発症機構の解明はハンセン病の予防・治療に貢献することが期待される。                
本研究はハンセン病発症に関与する菌側の要因、特に、現在のハンセン病対策で緊急に解決を求められている課題、薬剤耐性獲得機構の解明、感染源や感染経路を解明するための分子疫学的手法の開発とそれを用いた疫学的研究、新しい治療薬開発の標的となるらい菌の宿主細胞内での生存・増殖機構、宿主への攻撃機作などの解明を目的とする。
研究方法
①薬剤耐性に関する研究:薬剤耐性が疑われる臨床分離株について、現在用いられている治療薬に対する感受性試験 a)マウスを用いたin vivo試験、b)代謝活性に基づくin vitro試験を実施すると共に、各薬剤耐性に関与するrpoB, gyrA 及び 23S rRNA遺伝子については変異の検出を行い、らい菌における各薬剤耐性菌の簡易検出法を検討した。また、ハンセン病の治療に広く利用されかつその歴史の長いダプソンに対する耐性機構は、全く解明されていないため、培養可能抗酸菌を用い、人工的にダプソン耐性株を作製、感受性株と耐性株で発現に相違がある遺伝子を探索することにより、ダプソン耐性獲得機構の解明を行った。②らい菌の型別法の開発:マウスにおける増殖速度の著しく異なるらい菌分離株間に認められた遺伝子の差異を利用したらい菌の遺伝子型別法を作成、地理的及び由来を異にするらい菌分離株72株について遺伝子型を検討した。③らい菌の宿主細胞内生存・増殖機構の解明のために、らい菌が増殖するマクロファージで多量に産生される殺菌性酸素代謝物を処理機構に関する解析を遺伝子レベルで検討した。
結果と考察
①薬剤耐性機構並びに薬剤耐性菌の調査:現在世界のハンセン病対策では多剤併用化学療法が用いられているが、有効な治療薬に耐性を獲得した菌の出現が報告されはじめている。らい菌は人工培養ができず、迅速な薬剤感受性試験法が存在しない。迅速な薬剤感受性試験法の確立が臨床現場から急ぎ求められている。リファンピシン、ニューキノロン、マクロライドについてはらい菌のrpoB遺伝子、gyrA遺伝子、23SrRNA遺伝子の標的部位を増幅し、その塩基配列を調べることにより臨床分離株のこれら薬剤に対する耐性獲得を検討した。その結果わが国において分離された多くのらい菌がハンセン病の主要な治療薬2剤以上に耐性を獲得していること、わが国の菌陽性患者の10%以上がこれら耐性菌のため治療に抵抗性を示していることが判明し治療現場へその結果を還元する事ができた。また例数は少ないがハンセン病流行地のらい菌にも2剤耐性の菌が検出され、化学療法後の耐性菌調査、並びにその対策の重要性が示唆された。また代表的ハンセン病治療薬ダプソン(DDS)耐性機構は現在全く不明である。耐性の簡易検出系作成を目的とし、培養可能抗酸菌を用い、耐性菌を作成し、耐性関連遺伝子の解明を試みた。その結果、耐性菌ではその発現が抑制されている遺伝子断片が得られた。現在その遺伝子の単離、同定を進めている。この結果はDDS耐性検出系作成への道を開くものである。 ②マウスでの増殖速度が著しく異なるらい菌分離株間で、発現調節因子の1種であるシグマ因子をコードするrpoT遺伝子の6塩基からなる繰り返し構造に差を認めた。この差異はらい菌分離株間で良く保存されており、菌の識別に利用可能であることが明らかになった。地域あるいは由来を異にする分離株72株について解析した結果、分離株は2群に分かれ、さらに2つの遺伝子型が極めて特徴的な分布を示すことを明らかにした。即ち、わが国本土と韓国由来のらい菌は同一遺伝子型を示し、沖縄、アジア、ラテンアメリカ、及び自然感染アルマジロやマンガベイサル由来のらい菌と異なる型を示した。この遺伝子型分布の偏りを説明するためには今後更に世界各地からの分離株で検証する必要がある。しかし、今回開発した方法は疫学に応用可能で有ることが示され、現在株間の識別方法がないらい菌の型別法の開発に道を開いた。これまでにらい菌の多様性についてはFsihiらの報告があるのみであるが、その報告は5株について比較をおこなっただけであり、今回のように地域及び由来を異にする多数の分離株を用いたらい菌の型別調査を行ったのは世界で初めての例である。今後
、より細分化可能な型別法の構築を目指す。 ③らい菌の宿主細胞内生存・増殖機構:らい菌が宿主の産生する活性酸素などの攻撃から逃れて増殖するにもかかわらず、そのために重要な働きをすることが知られているカタラーゼ遺伝子に欠陥があり、遺伝子産物としての蛋白質を作る能力のないことを明らかにしてきた。従って、らい菌は何らかの代償作用を持ってこれら活性酸素を処理すると考えられるが、その機構は全く不明である。らい菌が人工培地で培養不可能なため、モデルとして培養可能抗酸菌を用いて種々の変異株を作製、過酸化水素に対する耐性を検討した結果、カタラーゼ以外の因子の関与を示唆する結果を得た。また、高等哺乳動物における薬物代謝あるいは酵母のステロール代謝に関与する1原子酸素添加酵素と類似のタンパクをコードする遺伝子が結核菌からクローニングされ、大腸菌で発現させることができた。発現タンパクは哺乳動物や酵母と同様の特徴を保持していた。このタンパクの抗酸菌中での機能については現在検討中である。このタイプの蛋白質の抗酸菌での存在は報告が無く、今回らい菌ゲノムDNAを用いたPCR法では用いた条件下では増幅されてくる遺伝子は検出できなかったが、 らい菌でのこのような1原子酸素添加酵素の存在について更に確認する必要がある。
結論
①薬剤耐性に関しては、らい菌の遺伝子を利用した耐性を推定する方法を確立し臨床分離株に適用して調べた結果、わが国にリファンピシン、ニューキノロンなどハンセン病治療薬2剤以上に耐性になっている菌がかなり出現していることが明らかになった。結果を臨床へ還元しその要請に応えると共に、耐性菌対策の重要性を示した。さらに、ハンセン病流行地からの分離株でも2剤に耐性を獲得したらい菌が検出され、世界的に普及している化学療法後の耐性菌の出現調査やその対策の必要性を示した。また耐性機構が不明なダプソン(DDS)耐性機構の解明に糸口を得た。
②らい菌の型別法の確立と疫学への応用に関しては、らい菌のrpoT遺伝子構造の差による型別法を開発し、地域及び由来を異にする分離株72株について検証した。本法によりらい菌が2群に分類され、わが国には2つの型のらい菌が存在すること、2つの遺伝子型が極めて特徴的な分布をしていることを明らかにした。これまで多くの分離株を用いたらい菌の型別調査は世界でもなく、この結果が初めての例であり、本法が型別に利用可能であることを示した。
③らい菌の宿主内増殖機構の解析に関しては、らい菌が宿主の防御機構の1つである活性酸素処理機構に関し、カタラーゼ以外の機構によることを示唆する結果を得た。また哺乳動物の薬物代謝や酵母のステロール代謝に関与する酵素の遺伝子が結核菌で検出され、組み換え体蛋白として得られた結核菌のタンパクは哺乳動物や酵母の同酵素と類似の特徴を有した。本蛋白の生理的役割の解析、並びにらい菌における存在を検討中である。

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